第179話 俺専用!
扉の向こうは、思っていたより広かった。
天井が高く、床一面に濃い灰色の柔らかい素材が敷かれている。壁際には測定機器らしい箱が並び、奥の一面だけがガラス張りになっていた。研究担当者が入口横のパネルに触れると、天井の照明が奥から順番に点いていく。
最後に照らされたのは、部屋の真ん中だった。
金属の台座に、人の形をしたものが一つ立っていた。
「……うわ」
肩、胸、前腕、脛。身体の要所を覆う暗灰色の装甲板を、関節ごとに細い骨組みがつないでいる。さっき着た作業用の装具とは、まるで別物だった。あっちは枠だけで、腕と腰を後ろから支える形だった。こっちは足の先から肩まで全部がつながっていて、装甲の継ぎ目に沿って細い溝が走っている。頭の部分だけはなく、首から上が空いていた。
台座の前に立つと、ちょうど陸の目の高さに肩の装甲が来た。
「かっこいい……!」
口から出たのはそれだけだった。陸は台座の周りをぐるりと回った。腕の装甲は前から見ると細いのに、横から見ると意外と厚い。膝には小さな箱が埋め込まれていて、そこから伸びた線が、脛の装甲の裏へ消えている。
「リク、これ、きるの?」
「たぶん……着るやつだよな、これ!」
「着るやつです」
研究担当者が笑いながら台座の横へ来た。
「さっきの装具と、考え方は近いです。でもあっちは現場の人がしゃがんだり持ち上げたりするのを手伝う物で、これは佐藤さんが戦う時に着る前提で作ってます。腕だけじゃなくて、脚と胴体もまとめて補助します。装甲は、まあ、おまけみたいなものですけど」
「おまけでこれですか」
「本題は後ろです」
研究担当者が台座の裏へ回った。陸もすぐ後を追う。
背中には、平たい箱のようなものが付いていた。ランドセルより一回り薄い。両側に魔石を差し込む口が二つずつあり、その真ん中に、縦長の窓が一つ開いている。
窓の奥に、銀灰色の塊が収まっていた。
形は少し整えられていたが、見間違えるはずがなかった。鈍い金属の色の内側で、青白い小さな光がいくつも瞬いている。角度を変えると、光る場所が次々と移っていく。
「ほし!」
エリナが窓へ顔を寄せた。第12階層の岩の間から、最初にこれを見つけたのはエリナだった。
「蒼星鉱だ……。これ、ほとんどそのまま入ってません?」
「入ってます。薄く削るのは、もうやめました」
研究担当者は窓の縁を指でなぞった。
「前の弓の部品、一発で焼けたじゃないですか。あれ、薄片に魔力が全部集まっちゃってたんですよ。だったら逆に、塊のままの方が受け止められるんじゃないかって。両側の魔石から流した魔力を、この蒼星鉱に一回通して、強くしてから手足の方へ回します。蒼星鉱そのものは削れも焼けもしないので、何回でも使えます」
「何回でも!?」
陸は思わず窓を覗き込んだ。焦げた黒い部品を、ストームボウから抜いた時のことを思い出す。継ぎ目が開いて、二度と差し込めなかった。あれと同じ蒼星鉱が、今は傷一つない塊のまま光っている。
「一発ずつ撃って終わりじゃなくて、着てる間ずっと、ってことですよね」
「そういうことです。試験の範囲だと、何十回回しても蒼星鉱の方は変わってないです」
「すげえ……」
研究担当者は少し照れたように頭をかいた。
「一年かかりました。何回か、本気で無理かなって思いましたけど」
窓際の端末のところでは、高瀬が静かにこちらを見ていた。陸と目が合うと、小さく頷く。
「着てみます?」
「着ます!」
「台座に背中を合わせて立ってください。胸の真ん中にボタンがあるので、それを長押しです」
台座の装甲は、前側が何か所かで開いていた。陸は言われるまま背中を合わせ、胸の装甲の縁にある小さなボタンを押し込んだ。
足元で、かちりと音がした。脛の装甲が閉じ、膝、腿と、下から順に身体へ沿って固定されていく。腰の帯がひとりでに締まり、胸の装甲が前から閉じる。最後に肩と腕が、もう一度かちりと鳴った。研究担当者は横で留め具を一つずつ目で確かめていたが、手は出さなかった。
「勝手に閉まった!」
「脱ぐ時も同じボタンです。ダンジョンの中で誰かに手伝ってもらうわけにもいかないので、一人で着られるようにしてあります」
重さは、ほとんど感じなかった。装甲の内側は柔らかく、身体の形にぴったり沿っている。肩を回してみると、骨組みの関節が陸の肩と同じ位置で曲がった。肘も、手首も、どこにも当たらない。
「サイズ、ぴったりなんですけど……」
「そこは頑張りました」
台座から一歩下りる。足音が少しだけ重い。
「リク、つよそう!」
エリナが陸の周りを一周した。後ろへ回ったところで止まり、背中の窓を見上げている。
「ほし、せなか」
「な。俺の背中に入ってんの、すごくない?」
「すごい!」
「じゃあ、動かしますね。最初は一番弱い出力からです」
研究担当者が端末を操作した。
背中で、小さく何かが噛み合う音がした。次の瞬間、両肩から腕へ、腰から脚へ、装甲の溝に沿って青白い光が走っていく。光は手首と足首まで届いたところで落ち着き、淡く残った。
「おお……!」
「まずは歩いてみてください。ゆっくりで」
陸は一歩踏み出した。
足を前へ出そうとした瞬間、脚の骨組みが一緒に前へ出た。太腿を持ち上げる力が、半分くらい外から来ている。床を踏むと、膝の箱がわずかに沈み込んで、着地の衝撃を受け止めた。
二歩、三歩。歩くたびに、身体が自分のものより少しだけ軽い。
「なんだこれ、軽っ! さっきのと全然違う!」
「脚が入ると、だいぶ変わりますよね」
陸は部屋の端まで歩き、振り返って戻ってきた。腕を前へ伸ばす。肘を曲げる。しゃがんで、立つ。どの動きにも、装甲の内側から同じ方向へそっと押してくる力がついてきた。立ち上がる時など、膝を伸ばすより先に腰ごと持ち上げられるような感じがする。
軽く腕を振ると、空気を切る音がした。
「これ、まだ一番弱いんですよね?」
「一番弱いです」
「え、じゃあ上げたらどうなるんですか」
「それは今日はまだです」
あっさり言われて、陸はもう一度部屋の端まで歩いた。さっきより少しだけ大股で。踏み出すたびに、脚の溝で青白い光が小さく揺れた。
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