第178話 研究協力者!
装具を台へ戻すと、研究担当者は作業台の端に残っていた銀色の袋を手に取った。
封を切ると、中から手のひらほどの薄いシートが出てきた。半透明の淡い緑色で、光にかざすと、中に細かな粒が散っているのが見える。
「これは救急用です。止血と、傷を塞ぐのを手伝うシート」
「ポーションみたいなやつですか?」
「そこまではいかないです」
研究担当者はモニターに画面を一つ出した。同じくらいの切り傷が二つ並んだ写真と、日付の付いたグラフ。片方は普通の処置、もう片方がこのシートだという。
「ダンジョンで取れる回復系の素材を、少しだけ混ぜてます。貼っておくと血が止まるのが早くて、傷が閉じるまでの日数もかなり縮みます。今は一部の救急車と、探索者の班に試験的に配ってるところです」
グラフの線は、途中から大きく離れていた。
「ただ、深い傷とか骨は無理です。なくなったところが生えてくる、みたいなこともない。そこはやっぱりポーションか、回復のスキル持ちの人じゃないと」
陸はシートを指先で持ち上げた。薄くて、少しひんやりしている。
大阪城公園の防衛線で、怪我をした探索者を腕輪で治したことを思い出した。あの時は、たまたま陸がそこにいた。いなければ、ああいう怪我人は救急車を待つしかなかったはずだ。
「これ、救急車に積まれ始めてるんだ……」
「スキルの人が近くにいなくても、とりあえずこれが貼れます。それだけで助かる人がいるので」
研究担当者はシートを袋へ戻しながら、さっき陸が出したケースの方へ目をやった。
「この中の回復系の素材も、だいたいこっちへ回ってます」
「え、俺の持ってきたやつですか」
「佐藤さんの分はかなり多いです。普通の探索者が採ってこられるのはDランクまでがほとんどなので、Cより上のまとまった量を毎週もらえるのは、うちくらいなんですよ」
研究担当者が壁のモニターを切り替えた。素材の種類と、どこから来たかを示す表が並んでいる。魔石の欄は、国内の探索者や企業の名前で埋まっていた。海外の機関らしい名前もいくつかある。Cランク以上の欄だけ、同じ名前がずらりと続いていた。
研究協力者・佐藤陸。
「……俺の名前、こんなに」
「魔石は今、いろんなところから集まってます。佐藤さん一人で全部、ってわけじゃないです。電源も配達機も、普通のDランクの魔石で動くように作ってるので」
高瀬が端末を下ろし、モニターの前へ来た。
「製品にするところは企業の方々の仕事ですし、海外の研究機関とも情報を交換しています。ここだけで作ったものはほとんどありません」
高瀬は表の、陸の名前が並んだ欄へ目を向けた。
「それでも、Cランク以上の素材が毎週、決まった量で届く。研究する側にとっては、それが一番大きかったと聞いています」
「いや、俺は狩ったついでに持ってきてただけで……」
陸はそう言いかけて、もう一度表を見た。
電源も、配達機も、装具も、シートも。全部を自分が作ったわけではない。どれも、名前も知らない誰かがこの一年、何度も焼いたり壊したりしながら作ってきたものだ。
それでも、その中に自分の持ってきた物が混ざっている。
「……ちょっと、嬉しいです」
「ちょっとどころじゃないですよ」
研究担当者が笑った。それから、少し声の調子を変えた。
「で、佐藤さん。今日一番見てもらいたかったのは、実はここまでのじゃないんです」
「え」
「預かってた蒼星鉱の件です」
陸は思わず作業台の奥を見た。一年前、そこには銀灰色の塊が置かれていた。端を少しだけ削った、一個しかないAランク素材。
今日は、その場所に見当たらなかった。
「高出力の方の研究、ずっと続けてたじゃないですか。部品を一発ずつ使い捨てるんじゃなくて、蒼星鉱そのものを壊さずに何度も使えないかって」
研究担当者は、部屋の奥にあるもう一枚の扉へ目を向けた。今まで陸が一度も通ったことのない扉だった。
「それが、形になりました。佐藤さん専用の試作品です」
「俺、専用……?」
「寸法も、佐藤さんに合わせてあります。試験区画の方にあるので、今から見てもらえますか」
研究担当者が扉の横の端末にカードをかざす。短い電子音がして、鍵の外れる音が続いた。
「行きます!」
返事をした時には、陸はもう扉の方へ歩き出していた。エリナがその横を、小走りでついてくる。
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