第177話 一年分の成果!
翌朝、十時少し前に研究室の扉を開けると、陸は入口で足を止めた。
一年前、この部屋の作業台には切断された武器や、焼けて歪んだ部品がいくつも転がっていた。今もその端に分解途中の何かは置かれている。けれど、真ん中に並んでいるのは見覚えのない物ばかりだった。
灰色の箱型の装置。弓が一本。肘から先と腰回りを覆うような、骨組みだけの装具。銀色の袋に入った平たい何か。どれにも小さな札が付いていて、部屋の奥にはガラスで仕切られた細長い区画まで増えている。
「片付いてる……」
「佐藤さん、おはようございます。今日は片付けました」
白衣の研究担当者が、作業台の向こうから顔を上げた。窓際では高瀬が端末を手に立っていて、陸と目が合うと小さく頭を下げる。
「おはようございます。昨日はお電話で失礼しました」
「いえ、こっちこそ。あ、先にこれ渡しときます」
陸は所持アイテムを開き、昨日分けておいた魔石と素材を作業台の端へ出した。青白い光と一緒に、ケースが三つ並ぶ。研究担当者は中身を軽く確認しただけで、すぐ別の台車へ移した。
「いつもありがとうございます。じゃあ、早速見てもらっていいですか」
研究担当者はまず、灰色の箱型の装置の前へ立った。電子レンジより一回り大きく、側面に細長い窓がある。その奥に、親指ほどの魔石が三つ縦に並んでいた。
「昨日、街で見たって言ってましたよね。非常電源のプレート」
「あ、街灯の!」
「中身はこれです。ちょっと見ててください」
研究担当者が壁際のブレーカーへ手を伸ばし、レバーを一つ下ろした。
天井の照明が一瞬だけ暗くなる。そのまま消えるかと思ったら、すぐ元の明るさへ戻った。作業台のモニターも、測定機器のランプも、何事もなかったように点いている。
装置の窓の中で、三つの魔石が淡く光っていた。
「止まらない!」
「止まらないです。電気が切れたら勝手にこっちへ切り替わるんで、使う側は何もしなくていい。今はもう、病院とか避難所にはだいたい入ってますね」
研究担当者がレバーを戻すと、魔石の光がすっと引いた。
「エリナ、昨日の街灯、中これだって」
「ちいさいいし、みっつ」
「街灯のはもっと小さいですよ。一個で何日か持ちます」
研究担当者はそれ以上説明を足さず、隣に置かれた弓を持ち上げた。
握りの上に、暗灰色の金具が付いている。大阪城で隊員たちが使っていたものに似ているが、さらに一回り小さい。差し込まれた黒い部品は、ほとんど金具の中へ隠れていた。
「で、本題の一つ目です。覚えてます?」
「覚えてます! 大阪城のやつ!」
研究担当者が作業台の引き出しを開けた。中から出てきたのは、黒く焼けて先が少し膨らんだ部品だった。
「これが一年前の。三発くらいで交換、って言ってたやつです」
並べてみると違いがよく分かった。新しい方は長さが半分ほどしかなく、表面に細い溝が何本も走っている。
「ちっさ……。これ、何発もつんですか?」
「それは撃って見せた方が早いです」
研究担当者は弓を持ったまま、ガラスで仕切られた区画へ陸たちを案内した。
奥行き二十メートルほどの細長い部屋だった。突き当たりに頑丈そうな台があり、そこへ板が一枚固定されている。表面の色に見覚えがあった。
「あれ、コボルトの盾ですか?」
「ヴァンガードのです。佐藤さんにもらった素材から切り出しました」
研究担当者は弓を区画の手前の固定具へ取り付けた。弦を引く機構と照準が付いた、試験用の台らしい。人が引くと毎回力が変わるので、比べる時はこっちを使うのだという。
「じゃあ、いきます」
手元のボタンを押す。弦が鳴り、矢が板へ突き刺さった。
鈍い音だった。大阪城で、ヴァンガードの肩へ矢が沈んだ時と同じ音だ。
研究担当者は何も言わずに次の矢を装填し、また撃った。三本目。四本目。部品を抜く様子はない。五本目が板の真ん中近くへ刺さり、六本目がそのすぐ横に並んだ。
「もう六発……!」
「まだいけますよ」
七、八、九。十本目を撃ったところで、ようやく研究担当者は手を止めた。
突き当たりの板には、十本の矢がほとんど同じ深さで刺さっていた。
研究担当者が金具から部品を引き抜いて陸へ渡す。ほんのり温かいだけで、焦げた跡はどこにもなかった。
「熱くない……。これ、まだ使えるんですか」
「同じ強さなら、あと何十発かは。一年前のは、魔力が一点に集まって焼けてたんです。今は溝で逃がしてるので、一回の力は少し落ちましたけど、ほとんど傷まない」
「十発撃って、交換なし……」
陸は手の中の部品と、引き出しの焦げた部品を見比べた。あの時、右の弓の隊員は戦いの途中で焼けた部品を引き抜き、急いで新しいのを差し込んでいた。
「これ、今みんな使ってるんですか?」
「対策庁の班はほぼ全部です。民間の探索者向けにも出始めてますけど、まだ高いですね。数が足りなくて」
研究担当者は少し笑い、次の矢を固定具へ置いた。
「Cランクを相手にする班がだいぶ増えたんですよ。一年前は、六人でやっと一体だったのに」
陸はガラスの向こうの板を見た。あの盾を、人間が普通に撃ち抜いている。
「……これ、Bにも効きます?」
研究担当者は答える代わりに、作業台からもう一枚の板を持ってきた。黒に近い青色の鱗だった。
「アビスリザードのです」
ヴァンガードの盾を外し、鱗を台へ固定する。研究担当者がボタンを押した。
カンッ、と高い音がした。
矢は鱗の表面で止まり、根元から折れて床へ落ちた。鱗には白い筋が一本残っただけだった。
「……あー」
「こうなります」
研究担当者は折れた矢を拾い上げた。
「量産する方は、Cランクの素材と魔石で作ってるので。これ以上出力を上げると、また一年前みたいに焼けます。Bの鱗を割るなら、やっぱり蒼星鉱の方じゃないと」
「それでも、Cがいけるだけで全然違いますよね」
「全然違います。BとかAに当たったら、逃げてもらうしかないですけど」
陸はもう一度、白い筋が一本だけ入った鱗を見た。自分のところのBランクたちなら、この鱗を割ってくれる。タイラントドレイクの鱗は、そのBランクでも浅い傷しか付かなかった。
人間の装備がここまで来ても、その上はまだ遠い。
「次、こっちです」
研究担当者はガラスの区画を出て、骨組みだけの装具の前へ移った。
肩から肘、手首までを覆う細い枠と、腰を支える幅広の帯。関節の位置に小さな箱が付いていて、そこから細い線が背中の板へつながっている。背中の板にも、魔石が一つ収まっていた。
「これは戦闘用じゃなくて、工事とか物流の現場向けです。昨日見た建物の現場でも何人か使ってますよ」
「あ、梁押してた人たち……!」
「たぶんそうです。佐藤さん、ちょっと着てみてください」
「いいんですか!」
腕を通すと、枠は思ったより軽かった。研究担当者が腰の帯を締め、背中の板の留め具を確認する。
足元に、金属の塊が詰まった箱が置かれた。持ち手の横に「80kg」と書かれている。
陸は膝を曲げ、持ち手をつかんで持ち上げた。
重さそのものは、正直どうということもなかった。称号の補正が乗った今の身体なら、八十キロくらいは普通に持てる。
驚いたのは別のところだった。
持ち上げようとした瞬間、腕と腰の箱がほんの少しだけ先に動いた。陸の力が入る方向へ、枠が一緒に押してくる。腕を止めると、枠も止まる。箱を左へ振ると、遅れずに左へついてきた。
「うわ、これ……動く前から分かってるみたいな」
「腕の筋肉の動き始めを拾ってます。最初は遅れて、逆に重く感じたんですよ。そこを詰めるのに半年かかりました」
「全然遅れないですよ、これ」
陸は箱を持ったまま、腕を上げたり下げたりしてみた。枠の関節が小さく鳴るだけで、引っかかるところはない。調子に乗って片手で箱を胸の高さまで上げると、隣でエリナが前脚を上げた。
「リク、のせて」
「え、これに?」
「のる」
箱を床へ下ろすと、エリナはさっさと蓋の上へ乗った。陸がもう一度持ち上げると、エリナは箱の上で翼を少し広げ、高くなった目線で部屋を見回した。
「たかい!」
「八十キロとエリナで……いや、全然いける」
研究担当者が笑いながら端末を操作する。
「普通の人だと、一人で持てなかった物が二人分くらいの感覚になります。腰を痛める人がかなり減ったって、現場からは結構喜ばれてます」
陸は箱を下ろし、エリナが飛び降りるのを待ってから装具を外した。枠を返す時、背中の板の魔石が目に入った。昨日の配達機に入っていたのと、同じくらいの大きさだった。
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