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第175話 実証試験!

 大阪城ダンジョンの石造りの通路は、前に来た時と同じように広かった。


 違うのは、前を歩いているのがスケルトンではなく人間だということだ。対策庁所属の探索者が六人。大盾が二人、弓が二人、槍が一人、それに後ろから指示を出す班長らしい男。全員が同じ濃い灰色の装備で揃えていた。


 陸とエリナは、研究担当者と一緒にその少し後ろをついていく。陸のすぐ横にはロイヤルナイトが一体だけ立っていた。


「本当に、何かあるまで出さなくていいんですよね」


「はい。今日は佐藤さんは見ててください。危ない時だけお願いします」


 祭壇で分けておいた魔石と素材を研究室へ届けたのが、昨日のことだった。その時に、ちょうど明日現場で試すと言われた。蒼星鉱を使わない方が、ようやく人に持たせられるところまで来たらしい。


 研究担当者が、弓を持った隊員の手元を目で示した。


 弓身の握りの上に、見覚えのある暗灰色の金具が付いている。ストームボウに付けたものより少し小さく、差し込まれた黒い部品には窓がなかった。


「中身は普通の材料と、魔石とCランクの素材です。昨日もらった分も、何個かにはもう入れてあります。蒼星鉱はゼロ。その代わり、一個で三発くらいはもちます」


「三発……。威力は?」


「あの時の二射目とは比べないでください」


 研究担当者が苦笑した時、前の班長が片手を上げた。


 通路の先、分岐の手前に影が一つ立っている。片手に戦斧、もう片方に分厚い盾。犬のような頭を低く構えたまま、こちらを見ていた。


「コボルトヴァンガード……」


 モンスターハウスで戦ったのと同じCランクだ。


 隊員たちが無言で広がった。大盾の二人が前、その斜め後ろに槍、弓の二人はさらに後ろで左右へ分かれる。


 ヴァンガードが盾を前へ突き出し、そのまま石床を蹴った。


「止めろ!」


 ガンッ、と重い音が通路に響いた。大盾の一人がまともに受け、靴底ごと後ろへ滑る。もう一人がすぐ横から盾を重ね、二枚がかりでようやく突進が止まった。


 弓の二人が撃つ。だが矢はヴァンガードの盾に当たって弾かれ、一本は肩をかすめただけで後ろへ抜けた。槍の隊員が盾の外側へ回ろうとすると、戦斧がそちらへ振られる。槍の隊員は踏み込みかけた足を止め、大きく下がった。


「無理に入るな! 盾の後ろから突かれるぞ!」


 班長の声に、槍の隊員が距離を取り直す。


 ヴァンガードは盾を構えたまま、じりじりと前へ出てくる。大盾の二人はそれを受け止めながら一歩ずつ下がり、その間も弓は何度か撃っているが、ほとんどが盾に吸われていた。


「……押されてるな」


 陸は思わず小さく漏らした。


 一体だけなら、ロイヤルナイトを前に出せばすぐ終わる。それでも今日は、見ているだけの約束だった。隣の研究担当者も、何も言わずに前を見ている。


「右、装填!」


 班長の声で、右側の弓の隊員が矢をつがえ直した。金具の差し込み口がうっすら光る。


「盾が上がったら撃て。――今!」


 大盾の一人が、ヴァンガードの盾の下へ自分の盾の縁を叩き込んだ。押し上げられた盾が一瞬だけ浮き、その上に肩が覗く。


 弦が鳴った。


 さっきまでと音が違った。ドスッ、と鈍い音を立てて、矢が肩の付け根へ深く沈む。ヴァンガードの身体が大きく傾き、振り上げかけていた戦斧が途中で止まった。


「入った!」


 陸が言うより早く、槍の隊員が動いていた。


 止まった戦斧の外側へ回り込み、がら空きになった脇腹へ穂先を突き込む。ヴァンガードが唸りながら身体をひねった時には、槍の隊員はもう後ろへ跳んでいた。


「下がった! 盾、前!」


 大盾の二人が再び前へ出る。崩れた体勢を立て直そうとしたヴァンガードへ、今度は左の弓が一本。肩口へ刺さり、盾がまた少し下がった。


「今の、左も装置付き……?」


「はい。二人とも同じです」


 研究担当者は前を見たまま答えた。右の弓も続けて二本撃ったが、ヴァンガードが盾を振ってどちらも受け止めた。


 ヴァンガードが吠えた。


 低く身体を沈め、盾を正面へ構え直す。次の瞬間、さっきよりずっと速い突進が大盾へぶつかった。前の一人が弾かれて膝をつき、もう一人の盾も大きく横へずらされる。


「あっ……!」


 陸の手がロイヤルナイトの方へ上がりかけた。


 だが、膝をついた隊員の前に、透明な壁が立ち上がった。後ろにいた班長が片手を突き出している。戦斧が壁へ叩きつけられ、ひびが走ったが、その一撃は隊員まで届かなかった。


「右、交換!」


「交換します!」


 右の弓の隊員が、焼けて黒くなった部品を引き抜き、腰のケースから新しいものを差し込む。慣れた手つきだった。そこだけは、何度も練習してきたのが分かる。


 膝をついていた隊員が立ち上がり、二枚の盾がもう一度並んだ。


「さっきと同じだ。盾で上げる。弓は二人同時。槍は弓の後」


 短い指示に、全員の位置が少しずつ変わる。


 ヴァンガードが盾を構えて前へ出る。大盾が受ける。押し合いになったところで、片方の盾がまた相手の盾の縁を下から跳ね上げた。


 今度は二本だった。


 右の矢が胸へ、左の矢が戦斧を持つ腕へ深く刺さる。ヴァンガードの腕が下がり、膝が石床へ落ちた。


 そこへ槍が入った。正面からではなく、盾が下がった側から首元へ。続けて大盾の一人が盾ごと体当たりし、傾いた身体を床へ押し倒す。


 ヴァンガードはしばらくもがいていたが、やがて動かなくなった。


 通路が静かになる。


 班長が手を下ろし、透明な壁が消えた。大盾の隊員の一人がその場に座り込み、もう一人が肩を叩いている。槍の隊員は穂先を下げたまま、倒れたヴァンガードをしばらく見ていた。


「……勝った」


 陸は、ロイヤルナイトの方へ上げかけたままだった手を下ろした。


「勝った! 人間だけでCランク倒した!」


「たおした!」


 エリナが陸の横で跳ねる。


 大阪城公園で初めてCランクが外へ出てきた時、前にいた人たちは下がるしかなかった。あの時は、陸がスケルトンを出して倒した。


 今は、誰もスケルトンを呼んでいない。


「あの部品、あれで弱い方なんですか」


「弱い方です。蒼星鉱入りなら、一発目でもっと深く入ってます」


 研究担当者は、右の弓の隊員が外した黒い部品を受け取り、手のひらで転がした。焼けた跡はあるが、ストームボウで壊れた時ほど歪んではいない。


「でも、一発で決めなくていいんですよ。盾を一回上げれば、その間に二人撃てる。今日見たかったのはそこです」


 陸はもう一度、倒れたヴァンガードを見た。


 肩と腕に刺さった矢。脇腹と首元の傷。どれか一つで倒したわけではない。


「蒼星鉱の方も、まだ続けてます。祭壇と黒い球体は……正直、まだ全然ですけど」


「そっちは、俺もまた何か持ってきます」


 入口まで戻ると、揺らぎの外の規制線の内側に、対策庁のテントが張られていた。中で待っていた高瀬が、研究担当者から受け取った端末の記録をしばらく見ている。


「班の状況は?」


「部品の交換が一回。負傷はありません」


 高瀬は小さく頷き、陸へ顔を向けた。


「佐藤さん。今日の結果をもとに、別の班でも同じ試験を進めます。部品の数を揃えるには、素材がまだ足りません。引き続き、お願いしてもいいですか」


「もちろんです。魔石なら、今めちゃくちゃたまってるんで」


 テントの外では、さっきの班がもう次の準備を始めていた。弓の二人が新しい部品をケースから出し、班長が通路の地図を指でなぞっている。


 陸は少しの間、その様子を見ていた。

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