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第119話 外へ!

 朝六時少し前。


 陸とエリナは、もう玄関の前に立っていた。陸がスマホを見ると、時刻は5時59分。いつもと変わらない玄関だが、この扉の向こうには今まで第1階層が続いていた。


「あとちょっとだな」


「もう?」


「もうすぐ」


 エリナが玄関をじっと見つめる。そのまま待っていると、スマホの表示が六時へ変わった。


「……よし。開けるぞ」


「うん!」


 陸はドアノブを回し、そのまま玄関を開いた。


「……おお」


 目の前にあったのは、石壁でも洞窟でもない。手すりの向こうから朝の空が見え、隣には見覚えのある部屋の扉、その先には階段が続いている。


「戻ってる……」


 ずっと住んでいたアパートの共用廊下だ。それだけの景色なのに、一ヶ月近く玄関から見ることがなかったせいか、妙に懐かしく感じた。


 エリナが陸の横から顔を出し、左右をきょろきょろと見回す。


「ここ、おそと?」


「まだアパートだけどな。下行こうぜ」


「いく!」


 二人で廊下へ出て、階段を下りていく。エリナは手すりの向こうを覗いたり、壁際の郵便受けや自転車置き場へ目を向けたりと、ずっと落ち着かない。


 陸にとっては見慣れた場所だった。けれど、こうして自分の足で歩くのは本当に久しぶりだ。


「なんか……すげえ久しぶりだな」


 アパートの前へ出ると、道路も電柱も、向かいの家もそのままだった。駐車場には何台か車が並び、少し先には信号と横断歩道が見える。昨日まで空ではあれだけ異常な現象が続いていたのに、街並みだけを見れば何も変わっていない。


「……普通だな」


「リク!」


 少し先へ走ったエリナが、駐車場の車を見つけて翼を動かす。


「くるま!」


「ほんとにあっただろ」


「うん!」


 道路を走っている車はまだ見えなかった。その代わり、近くの家やアパートからは人が次々と外へ出てきている。


 玄関の前で大きく伸びをする人。道路の端まで出て、しゃがんでアスファルトへ手をつく人。家族で辺りを見回しながら笑っている人もいれば、スマホを構えて外の様子を撮っている人もいる。


「出られた!」


「ほんとに外だ……」


「やっとだよ」


 あちこちから声が聞こえてくる。大騒ぎというほどではないが、まだ朝早い時間とは思えないくらい、街には人の気配が戻っていた。


「ひと、いっぱい!」


「みんな出てきたんだろ」


 陸も歩道へ出て、そのままゆっくり歩き始める。ただ近所を歩いているだけなのに、足の裏から伝わるアスファルトの感触まで妙に新鮮だった。


「……ほんとに出られたな」


 隣ではエリナが、マンホールを覗き込んだかと思えば、今度は信号を見上げている。赤かった信号が青へ変わると、陸について横断歩道を渡りながら、白い線の上を選ぶように歩いた。


「あっちもいきたい!」


「今日は近所だけな」


「なんで?」


「まだ何があるか分かんないから」


「そっか!」


 エリナはすぐにまた周りへ目を向けた。映画で見た街とは違って、目の前には本物の道路も家も車もある。その全部が珍しいらしく、歩いているだけで楽しそうだった。


 陸も久しぶりの街を眺めながら歩いていると、ポケットのスマホが何度か続けて震えた。


「ん?」


 取り出して見ると、SNSの通知が一気に増えている。何となく開いた陸の目に、最初に飛び込んできたのは見慣れない投稿だった。


『外にゴブリンいたんだけど』

『これマジ?』

『動画ある』


「……モンスター?」


 投稿には山沿いの道路らしき場所が映っていた。その端に、小さな緑色の影が何体かいる。


 陸は動画を開いた。遠くから撮られた映像の中で、確かに何かが道路脇を走っている。


「……ゴブリンっぽいな」


 エリナも隣からスマホを覗き込む。


「これ、そとにいるの?」


「たぶん」


 さらに画面を送ると、同じような投稿が次々に流れてきた。林の中に突然できたらしい洞窟の入口。見覚えのない石造りの階段。場所も投稿者もばらばらで、画像だけではなく動画まで付いている。


『近所にダンジョンできてる』

『これ前からあった?』

『入った奴いる?』

『外にも魔物出るようになった?』


「いや、ほんとかよ……」


 一件だけなら作り物かもしれない。けれど、似たような報告は画面を送るたびに増えていく。


「外にまでダンジョンとか魔物が出るようになったのか?」


「これも、リクのダンジョンみたいなの?」


「……あるっぽいな」


 まだ本当かどうかは分からない。それでも、別々の場所で似たようなものを見たという人が出始めていた。


 陸はスマホを下ろし、もう一度目の前の街を見る。信号が変わり、人が歩き、家の前では誰かが笑っている。見慣れた住宅街は、以前と何も変わっていないように見えた。


「……やっぱ、変わってるんだな」


 その横では、エリナがまた何かを見つけたらしく、楽しそうに街の先を見つめていた。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

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