第117話 天変地異!
陸は立ち上がると、そのまま窓を開けてベランダへ出た。エリナもすぐ後ろからついてくる。
「……なんだこれ」
さっきまで静かだった夜空の向こうに、巨大な雲が立ち上がっていた。
街のさらに奥。暗い空を押し上げるように、積乱雲が何層にも重なっている。雲の中では白い光が何度も瞬き、そのたびに膨らんだ輪郭が一瞬だけ浮かび上がった。
「でっかい!」
「雲……だよな?」
次の瞬間、雲の中から伸びた稲妻が、地面へ落ちずに空を横へ走った。
白い光が夜空を裂き、そのまま遠くまで伸びていく。
「うわっ!」
「リク! いま横に走った!」
「見た! なんだ今の!」
少し遅れて、低い雷鳴が腹に響く。
その直後、風が一気に強くなった。
道路脇の木々が大きく揺れ、遠くの雲が目に見える速さで流れていく。さっきまで街の上を覆っていた雲が横へ押し流されたと思ったら、その後ろからまた別の黒い雲が現れた。
「雲、速すぎない?」
「めっちゃ動いてる!」
二人で手すりの向こうを見ていると、今度は雨が降り始めた。
最初はまばらだった雨粒が、あっという間に街全体を白く霞ませるほどの豪雨へ変わる。道路へ叩きつける雨で景色がぼやけ、遠くの建物が見えなくなった。
それなのに、ベランダへ吹き込んでくる雨は一滴もない。
「すご……」
しばらくすると、雨音が弱くなった。
白く霞んでいた街が少しずつ見え始める。
「あれ?」
エリナが空を見上げた。
雨に混じっていたものが、いつの間にか白い雪へ変わっていた。
「雪!?」
「ゆき!」
大粒の雪が街灯の光を受けながら舞い落ちていく。さっきまで雨に濡れていた道路や屋根が、少しずつ白く染まり始めた。
その上では、まだ雷が光っている。
「雪降ってんのに雷鳴ってるぞ……」
陸が空を見たまま呟く。
さらに時間が経つと、今度は街の向こうから白い霧が広がってきた。
建物が一つずつ飲み込まれ、道路も街灯も見えなくなる。ベランダのすぐ先まで白く染まり、目の前には何もないような景色になった。
「まっしろ!」
「ほんと何でもありだな」
二人はしばらくそのまま眺めていた。
やがて霧が薄くなり始める。
街の明かりが少しずつ戻ってきた、その上。
「……え?」
陸は空を見上げたまま動きを止めた。
夜空いっぱいに、緑色の光が伸びている。
薄い布を何枚も重ねたような光がゆっくり揺れ、その隣には紫や青の光まで混ざっていた。雲の切れ間から星も見えているのに、そのさらに手前で光の帯が大きく波打っている。
「きれい……」
エリナも空を見上げたまま、小さく声を漏らした。
「オーロラ……だよな、これ」
日本で、それも自宅のベランダから見るような景色じゃない。
遠くではまだ雷が光り、白くなった街の上をオーロラが揺れている。
「……ちょっと座るか」
「うん!」
陸はベランダに置かれているリクライニングチェアへ座った。エリナも隣の椅子へ飛び乗る。
背もたれを倒し、二人でそのまま空を眺める。
オーロラが薄くなったと思えば、また別の場所で雷が光る。雲は相変わらず異様な速さで流れ、ときどき雪が舞った。
見ていても、全然飽きなかった。
「……すげえな」
「うん」
陸は空を見たまま目を細める。
文明攻略戦の疲れも残っていた。
次に目を開けた時には、空が明るくなっていた。
「……ん」
陸はしばらくぼんやりしたまま空を見る。
「朝か……」
隣を見ると、エリナも椅子の上で丸くなって眠っていた。
陸は身体を起こし、もう一度街へ目を向ける。
夜が明けても、世界更新は終わっていなかった。
青空の向こうでは巨大な積乱雲が立ち上がり、その周囲を灰色の雲がものすごい速さで流れている。遠くでは雷が光り、その少し手前では一部だけ雨が降っているのか、街の一角が白く霞んでいた。
「昨日からずっとこんな感じか……」
シャワーを浴び、エリナと朝食を食べてから、陸はスマホを持ってもう一度ベランダへ戻った。
SNSを開く。
「うわ……世界中じゃん」
流れてくるのは、どれも見たことのないような景色だった。
海外の街へ迫る巨大な砂の壁。
夜の海を青白く染める光。
噴煙を上げる火山。その黒い雲の中を何本もの雷が走っている映像。
空いっぱいに広がるオーロラ。巨大な積乱雲。雪。雹。豪雨。
『世界更新やばすぎ』
『これ天変地異だろ』
『海光ってるんだけど何これ』
『こっち真昼なのにオーロラ出てる』
『火山雷初めて見た』
「どこ見てもすげえことになってるな」
陸はスマホを下ろした。
それからもしばらく、二人はベランダで空を眺めて過ごした。
気づけば、もう昼が近い。
目の前の空では、さっきまであった巨大な雲がもう遠くへ流れ、その向こうでは別の雲が渦を巻くように広がっていた。
エリナも隣で空を見上げる。
「リク」
「ん?」
「ここでバーベキューしたい!」
「……今?」
「うん!」
陸は空を見る。
遠くではまだ雷が光っている。そのさらに上では、薄い緑色の光が昼の空に残っていた。
「この状況で?」
「これみながら!」
エリナは翼を広げて、すっかりやる気になっている。
陸は少しだけ空を見たあと、笑った。
「まあ……これはこれで面白そうだな」
準備を済ませ、二人はベランダでバーベキューを始めた。
肉を網へ乗せると、ジュウッ、と音を立てて脂が落ちる。香ばしい匂いが広がる向こうで、巨大な雲がゆっくり形を変えていた。
「やけた!」
「まだ早いって」
「もういい?」
「もうちょい」
エリナが網の上を覗き込み、そのたびに陸が笑う。
遠くで雷が光った。
その少し後、青空の端を緑と紫の光がゆっくり流れていく。
陸は焼けた肉を皿へ取りながら、もう一度空を見上げた。
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