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灼熱の魂  作者: ねこと
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第8話

 雪みたいに白い髪。


 細やかな刺繍(ししゅう)の入ったワンピース。


 一度見たら忘れられないくらい綺麗なのに、全体の線は細い。顔立ちも幼くて、どう見ても私より年下だ。


 何より。


 口を開けば猫みたいに鳴いて、塞いでも牛みたいな声を出す。


 意味が分からない。


「それでも、確かに私より霊温は高いのよね」


 私はできるだけ声を低くした。


 上から見下ろして、目でも(おど)す。


「認めたくないし、許したくもないけど……その熱、私に寄越しなさい。素直に霊温を高める方法を教えるなら、許してあげなくもないわ」


 少し間を置いてから、私は口元と手首から手を離した。


 どうせまた、にゃーにゃー鳴くに決まっている。


 その瞬間に灼焼煉火(しゃくやくれんが)を突きつけて黙らせるつもりだった。


 ――けれど。


 鳴き声は、しなかった。


 ただ、私の手から離れた熱だけが、すっと消えていく。


 それをじっと見つめたまま、白い少女は肩をゆっくり落としていった。


 ……返事がない。


「ちょっと? 私の要求、聞こえてたわよね?」


「黙ってくれって言われたから黙ってる!」


 その返答を聞いた瞬間、私は反射で両手を伸ばしていた。


 がしっ。


 両頬を掴む。


 爪を立てなかったのは、たぶん猫みたいな手の形になりそうで嫌だったからだ。


「私は猫が苦手なの。ついでに、空気の読めない人間も嫌いよ」


 どっちも理由はある。


 でも今はそんなことより、熱だ。


「猫はあんなに可愛いのに!?」


 頬を潰されているくせに、返ってきたのは心底不満そうな声だった。


 しかも、顔のすぐ前で手を丸めて、にゃん、みたいな仕草までしてくる。


 ……駄目だ。


 やっぱりこいつ、空気が読めない。


「これだからこの世の気分高揚人(こうようじん)はっ! 鬱人(うつびと)の天敵め!」


 思わず吐き捨てる。


 私はこの世にただ一人生き残った鬱人だ。


 泣いて嫌がっても、青い傘と赤い靴下を空から降らされるくらいには、世界から好かれてしまっている。


 誕生日当日なのに、もう来年のことを考えて鬱になるレベルで。


玲音(れおん)ちゃんほどの鬱人を前にしたら、誰だってテンション上がるわよ!」


「私はそれが――――は?」


 言い返しかけて、止まる。


 待って。


 今、何かおかしかった。


 いや、おかしいことだらけだけど、今のは別だ。


 私は世界で唯一の鬱人で、超有名人だ。


 世界中の人間から好かれていて、出産前の胎児の婚姻届を親が代筆するくらい狂った人気を誇っている。


 ……そこじゃない。


「いやいやいやいやいやいや、いーやー!!」


 頭を振る。


 でも、頭は最悪なほど回ってしまう。


 頬を掴む手もそのままだ。


「私の名前、知ってるのね?」


「あたしの名前も当ててみて!」


 答えろやこの野郎。


 本気で首を絞めたくなる。


「ヒント!」


 名探偵ごっこでも始める気なのか、こいつは。


 しかもヒントと言いながら、顔をぐいっと寄せてきて、青い瞳をぱちくりさせるだけ。


 何も言わない。


 何も説明しない。


 私はぶちっと何かが切れそうになって、両手をばっと広げた。


「正解! 玲音ちゃんが両手で示した通り、この世を青く包む空そのもの――(あおい)よ!」


「真っ黒な夜空で何言ってるの!?」


 しかも雪まで降ってる。


 快晴要素がどこにある。


「地球のどこかは昼で快晴だから大正解!」


「間違ってても正解になるこの世界、もう嫌っ!」


 私は空を指したつもりなんてない。


 ただのお手上げだ。


 なのに満面の笑みで正解扱い。


 蒼い瞳までうっすら月みたいに細くなって、妙に満足げだ。


 腹立つ。


 とても腹立つ。


「もういいから、さっさと教えて。蒼、が霊温を高めた方法を」


 名前を呼ぶだけで(のど)がつかえる。


 会って間もない他人の名前なんて、本来なら呼びたくもない。


 でもこの世は多数派が正義だ。


 私は手を下ろし、嫌々ながら蒼と呼んだ。


「逆に玲音ちゃんは、どうしてそんなに低いの?」


 ……は?


 当然みたいに“ちゃん”付けで返してきたうえ、自分の名前を呼ばれたことも完全に流された。


 しかも質問に質問で返す。


 小首を傾げているが、まったく可愛くない。


 大嫌いだ。


「これでも世界で一番高いんですけど!?」


 二番に落ちたなんて、絶対に認めない。


 普通、薬で幽体離脱すれば、霊体の温度は仮死状態の肉体につられて数度まで下がる。


 でも私は違う。


 薬なしで離脱できる。


 だから温度の落ち方が小さい。


 そのぶん、誰よりも“熱い”はずだった。


「玲音ちゃんが一番ってことは、みんな冷たいの? 世界ってもう滅んだの?」


「まだよ! いいから蒼はどうやって熱を得たの!」


 必死で話を戻す。


 でも。


 その時、妙な違和感が胸に引っかかった。


 蒼は、自分の熱を自覚していない。


 まるで、他人に触れたことがないみたいに。


 そんなこと、あり得るのは――


 かつての、自分くらいで。


「――――玲音ちゃん、優しくない。女の子に何か聞く時は、もっと優しくしないと嫌われるんだからね。いくら(うつ)い男の子だからって」


 蒼は唇を尖らせて、そう言った。


 その瞬間。


 私は固まった。


 口を開く。


 でも、声が出ない。


 頭の中が真っ白になる。


 だって今、こいつは。


 鬱い――男の子、と言った。


 私は世界中から“鬱い女の子”として愛されている。


 もし正体がバレたら、その瞬間に大捕物だ。


 終わる。


 全部終わる。


 なのに。


 喉の奥から、勝手に声が漏れる。


「い、今……なんて……?」


 唇が震えていた。


 自分でも分かるくらい、ひどく。

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