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灼熱の魂  作者: ねこと
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第7話

「……むむ?」 


――何か、とんでもないものが混ざっていた気がする。


 いや、気のせいじゃない。


 絶対におかしいものがあった。


 しかも問題はそこだけじゃない。


 私は、赤い靴下の中身をちょっと(のぞ)いただけで、それが何か分かってしまった。


 普通じゃない。


 たとえば紙束の側面を斜めから見ただけで、その正体が婚姻届の束だと見抜くなんて、名探偵でも引くレベルだろう。


 ……なのに、私は分かってしまった。


 なぜなら、見覚えがあったからだ。


 最悪なことに、全部。


「うそでしょ……」


 (のど)が引きつる。


 頭の中で嫌な予感が、じわじわと形になっていく。


 私は五年前から、いつ捕まってもおかしくない罪人だ。


 だから常に警戒してきた。


 覚悟だってしてきた。


 でも――


 これは、さすがに想定していない。


「去年、私の誕生日になった直後、あり得ない量のプレゼントと人口総数を超える婚姻届が家に届いて、もう送って来ないでって泣いてお願いしたのに、今年もまた!?」


 叫んだ瞬間、確信してしまう。


 空から降ってきたプレゼント。


 あれ、全部――私宛てだ。


 自宅に送る代わりに、街へ降らせた。


 個人を祝うために、街ひとつ使った。


 だから、誰もいない。


 見物人なんて、私一人で十分だったから。


「いやいやいやいやいやいやいや」


 首を横に振る。


 認めたくない。


 こんな現実、認められるわけがない。


「っていうか、しれっと婚姻届をプレゼントに混ぜてくる感性が狂いすぎてるでしょ、いーやー!!」


 私は世界で一番高い建物の上で、頭を抱えて叫んだ。


 正直に言って。


 大捕物が始まって血で血を洗う殺し合いになった方が、まだ正気を(たも)てる。


 それくらい、ひどかった。


「この世の狂いっぷりは何なの!? 十五年前から薬で幽体離脱(ゆうたいりだつ)できるようになって、肉体を寝かせたまま霊体で遊び回れて、睡眠不足もストレスもなくなって、みんな幸せになりましたって!? その結果、(うつ)い子がただ一人を除いて絶滅して、そのたった一人が世界中から愛されるとか、狂ってるにもほどがあるでしょ!!」


 私はまるで他人事みたいに叫ぶ。


 でも、本当は違う。


 分かっている。


 その“たった一人”が、私だ。


 世界で唯一の鬱人(うつびと)


 世界で一番、間違った存在。


 生きる理由は復讐だけ。


 睡眠を必要とする唯一の人間。


 しかも罪悪感で、まともに眠れもしない。


 だから私は、今もこんなふうに壊れかけている。


「メギドレイ、メギドレイ、メギドレイ……!」


 私は仇の名を何度も繰り返す。


 一秒でも早く。


 一瞬でも早く。


 あの化け物を殺したい。


 復讐を果たして、私も終わりたい。


 だって。


 仇を討ったところで、恩人の女の子は帰ってこない。


『ありがとう』の意味だって、分からないままなんだから。


「だから、せめて……!」


 顔を上げる。


 空を見る。


 今だけは、願う。


 赤い靴下に何一つ願わなかった私が。


 今だけは、ただ一つ。


 仇を、この手で殺したい。


 爪先立ちになる。


 手を高く伸ばす。


 握り潰すように、空を掴む。


 その瞬間だった。


 世界から、色が消えた。


 いや、違う。


 消えたのは色じゃない。


 ――光だ。


 街の明かりが、一瞬で死んだ。


 雪の白も。


 傘の青も。


 何も見えない。


 すべてが闇に沈む。


 深く。


 冷たく。


 息すら呑まれる闇。


 けれど、その闇の中で。


 私は、聞いた。


「なんて最高のプレゼント!」


 嬉々(きき)とした声だった。


 待ち焦がれていた者の声。


 そう。


 私は知っている。


 この闇こそが前兆だ。


 人類の敵。


 “最強”が現れる、前触れ。


 遠くの空に、白い点が灯る。


 黒に白が混ざる。


 灰色になる。


 広がる。


 さらに白が満ちる。


 やがて空の一角が、真っ白に染まった。


 ひびが走る。


 ぱきり、と。


 丸いレンズを踏み割ったみたいな鈍い音が響く。


 そして――


 空が、割れた。


 真っ白な断片を()き散らしながら。


 “それ”は降ってくる。


「霊界の主――メギドレイ!」


 巨大だった。


 狼霊(ろうれい)なんて言葉で説明できるものじゃない。


 空から、荒れた岬そのものが落ちてきたみたいな巨体。


 青白く光る毛並みが、世界の明暗を塗り替える。


 黄金の瞳は、灯台みたいに遠くまでを照らす。


 吠える。


 落ちる。


 それだけで、世界が震える。


 山向こうの隣街に落ちたはずなのに。


 その余波だけで、()てつく風がここまで届く。


 それでも。


 私は、笑っていた。


「まさか、この手で殺すチャンスが巡ってくるなんて!」


 『霊界からの(のぞ)き穴』は、零時を越えれば世界中に現れる。


 霊獣も、そこから降ってくる。


 でもメギドレイは違う。


 滅多に現れない。


 神出鬼没。


 災厄そのもの。


 そんな怪物が、隣街に現れた。


 こんなの、奇跡だ。


 私にとっては。


「さあ――殺してやる!」


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