第1話
――この世は、狂っている。
クリスマスの夜。
空から、赤い靴下が降ってくる。
青い傘に吊るされて。
雪と一緒に、ふわり、ふわりと。
願いを叶えるプレゼント。
そんな都合のいいものが、本当にあるのだとしたら――
きっと、誰もが手を伸ばすはずだった。
……普通なら。
でも。
私は、手を伸ばさない。
交差点の真ん中で寝転んだまま、ただ空を見ている。
近づいてくる靴下を。
ぼんやりと。
虚ろな目で。
欲しいものなんて、ない。
願いなんて、ない。
「この世は狂ってる」
呟いて、顔を背ける。
見たくない。
こんなもの。
横を向いて。
さらに俯せになる。
本来なら。
ここは騒がしい場所のはずだった。
駅前。
バス停。
タクシー。
人の声。
車の音。
全部あるはずの場所。
なのに。
――何もない。
音がない。
人がいない。
気配がない。
動いているのは、信号機だけ。
誰が見ているわけでもないのに、規則正しく色を変えていく。
「いっそ滅びてしまえばいいのに」
ぽつりと呟く。
誰にも届かない声。
この世界には、私しかいないみたいだった。
空からは、まだ靴下が降ってくる。
でも。
誰も欲しがらないプレゼントなんて、ただのゴミだ。
青い傘も。
白い雪も。
全部、無価値だ。
その時だった。
――ドンッ!!
世界が、落ちた。
「なになになになになになになに!?」
飛び起きる。
視界が、赤と青で埋まる。
赤い靴下。
青い傘。
赤い靴下。
青い傘。
積み重なって、波になる。
「なに……何なのよこれ!?」
足元が消えていた。
道路が、ない。
白線も、アスファルトも。
全部、消えている。
広がっているのは――
青い傘の海。
揺れる。
沈む。
「あっぷ――!」
飲み込まれる。
分からない。
どうすればいいのか分からない。
傘の海の底は赤い靴下一色。
知らない現象。
未知の感覚。
「私は何も願ってないのに!!」
叫ぶ。
手を伸ばす。
掴みたいのは、プレゼントじゃない。
――犯人だ。
これをやったやつ。
そいつを引きずり出して、ぶん殴る。
そのために。
拳を握る。
体を反転させる。
狙いを定める。
――叩きつける。
でも。
何も起きない。
波一つ、立たない。
その代わり。
私は――飛んでいた。
一瞬で、空の上。
ビルより高い場所。
信号機なんて、遥か下。
でも。
「届かないっ!」
分厚い雲には手が届きそうだった。
でも、その先にいるはずの犯人まで手が届かない。
空を折り返し、着地した時だった。
――沈まない。
私は青い傘の上に、普通に立っている。
凹みもしない。
揺れもしない。
ありえない。
それでも。
私は、もう一度跳ぼうとして――
「……待って」
止まる。
違和感。
遅すぎる気付き。
「おかしいわよ、これ」
誰もいない。
こんな異常が起きているのに。
誰も出てこない。
駅を見る。
明かりはついている。
でも、人はいない。
ビルを見る。
灯りはある。
でも、誰も外を見ない。
店も。
コンビニも。
交番でさえ。
全部、無人。
「どうして……?」
頭が真っ白になる。
思考が止まる。
理解できない。
でも。
「……違う」
一瞬で、色が反転する。
思い当たる。
可能性が、一つだけある。
「まさか……大捕物?」
凶悪犯がいるなら。
人は隠れる。
街は止まる。
そして。
犯人の気を逸らすために。
異常を作ることもある。
例えば――
空からプレゼントを降らせる、とか。
「……ついにバレた?」
口元が歪む。
理解した。
これは偶然じゃない。
事故でもない。
――私を捕まえるための現象だ。
だったら。
やることは一つ。
「返り討ちにしてやる」




