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8、作戦会議


 カタン、

 扉のそばに控えていた侍女のシリスがフォルセアの側に進んでくる。普段ならば音など立てない彼女の仕草は、わざとなのだろう。

 フォルセアは握手をしていたラングルトからそっと手を離し、苦笑する。優秀な腹心だ。

 「お嬢様、お茶を入れ直して参ります」

 「ああ、よろしく頼む。すまないが私にはコーヒーを用意してくれ、濃いめで」

 (少し、冷静になりたい)

 かなり気が動転していたようだと自覚したとたんに、フォルセアに羞恥心が湧いてくる。

 と、

 「私も同じものをお願いします」

 ラングルトも続いた。

 思わずフォルセアはシリスから視線を移すと、ラングルトは軽く咳払いした。

 彼も気を落ち着かせようとしているのだろうか。そう思うだけで可笑しくて、フォルセアは破顔する。

 フォルセアの表情の変化を見たラングルトは、少し驚いたようにわずかに肩をすくめた。

 「シリス、わたくしはアイスティーをお願いしても良いかしら。興奮してしまって、暑くなってしまいましたわ」

 「かしこまりました」

 フリージアは拍手のしすぎだろう、手のひらをさすりながら顔を赤くしている。

 フォルセアは笑みを浮かべたまま、フリージアの隣に改めて腰掛けた。ラングルトも向かいの席に着いている。

 「ありがとうフリージア」

 「私も、貴女がお義姉さまになってくださって嬉しいですわ」

 「私も嬉しい」

 肩を寄せて、ふふ、と笑い合う。

 背もたれに深く背中を預けて、フォルセアは息を吐いた。

 この屋敷を訪ねてからまだ長い時間は経っていないはずなのに、かなりの疲労を感じる。

 時計を見れば、その通り、まだ二時間ほどしか針は進んでいない。

 まだ滞在していても失礼ではないはずだ。

 ルドベキア邸に帰宅するまでの時間も含めて、フォルセアは逆算する。

 そのうちに再びティーカートを押して、シリスが戻ってくる。

 新たなカップに注がれたコーヒーの苦味に、フォルセアは目を閉じた。

 そして。

 再びラングルトに向き合う。

 「では、早速ですが、今後のことを相談させて下さい」

 「もちろんです」

 ラングルトも頷いた。


   *

 

 「失礼ながら、お嬢様から告白した、は無理があるかと」

 「わたくしも同感です。ここはお兄さまが先に好きになったようにしておいた方が無難ですわ」

 シリスとフリージアが前のめりで発言する。

 契約結婚の前に、フォルセアの父であるルドベキア侯爵に婚約の許可を貰わなければいけない。

 できれば近日中に。

 ベルツ伯爵家はラングルト自身が当主なので問題ないのだが、肝心なのはフォルセアの家だ。

 この国に五家しかいない侯爵家の第三位。魔道伯爵の位を持っているラングルトすらかしずかなくてはいけない大貴族だ。

 なので、契約結婚であると悟られぬように、フリージア曰く「設定」というものを話し合うことになったのだが。

 フォルセアは親友と腹心の侍女に駄目出しをされ続けている。

 「だがこの話を持ちかけたのは私なのだから、私から告白したことで良いのではないか?」

 「フォルセアが恋に落ちるなんて想像ができませんわ」

 「旦那様も奥様もよく分かっておいでです。お嬢様、すぐに気付かれてしまう嘘は危険です」

 きっぱりと否定されてしまう。

 「酷い言われようだ…」

 フォルセアとラングルトよりも、フリージアとシリスの方が生き生きと発言を繰り返しているのだ。

 もはや主導権は彼女たちにある。

 すぐにでも婚約の許可を得るために、少なくとも数ヶ月前から想い合っており、このほど結婚を前提としてお付き合いを始めたと考えるまでは良かったのだが。

 順序を変えるらしい。

 「お兄さまがフォルセアに会ううちにだんだんと好きになっていくのです、そして、フォルセアが卒業後はお父上の選んだ方と結婚すると聞いて、意を決してプロポーズをして、フォルセアが悩んだ末に受け入れるのですわ」

 「小説のようだ…」

 「私もフリージア様の案の方がよろしいかと思います」

 深々と、シリスは頷いている。

 「待ってくれ、それはラングルト様の負担が大きすぎる。そもそも私に好きになってもらう要素などないだろう」

 フリージアとシリス、二人の様子にフォルセアは慌てる。ただでさえ無茶をお願いしているというのに。

 「ありますわ!フォルセアは素敵な方です!お兄さまはたくさんのご令嬢に言い寄られて辟易しているところに、全く自分に興味のない豪放磊落で清々しい性格のフォルセアに出会い、次第に惹かれていくのですわ!」

 力説するフリージアに、フォルセアは真顔になる。

 「これはあれだな、実は褒められていない、あのパターンだな」

 オルソーが居なくてもこの展開があるんだな?

 と、真顔で独りごちているフォルセアの向かいで、ラングルトは己の妹の洞察に感心した。

 (半ば正解している)

 「私はそれで構いません」

 「ラングルト様」

 さらりと言ってのけたラングルトにフォルセアは仰天したが、フリージアが嬉しそうに手を叩いた。

 「さすがお兄さまですわ!」

 「ありがとうございます、ベルツ魔道伯爵様」

 シリスも頭を下げている。

 「シリス」

 乳姉妹の侍女にまで裏切られ、フォルセアはなじるような声音になってしまうが、

 「お嬢様、ここで詰まりますと時間がなくなります。どんどん話を進めていきませんと」

 正論でその先を封じられてしまった。

 確かに、父侯爵が結婚相手を決めてしまう前に許可を得なくてはいけないのだ。何よりも急がなくてはいけないのはフォルセア自身。

 ぐうの音も出ない。

 「…わかりました。ラングルト様、よろしくお願いします」

 フォルセアとしてはもう、羞恥と申し訳なさを押し殺して頭を下げるしかなかった。


   *


 「明日もお会いできますか?」

 ある程度の「設定」はまとまったが今日一日ではまだ不十分だった。

 ラングルトの問いに、フォルセアは頷く。しかし、

 「私は可能ですが、ラングルト様はお忙しいのでは」

 と気遣う。

 確かに今日は日曜。

 平日の明日と行政府の冬季休暇が始まる明後日までは、ラングルトはまだ勤務が残っている。

 わずかの時間、ラングルトは明日明後日の業務に思い巡らす。冬季休暇前だ、事件でも起こらない限り期日が年内の書類を片付ける程度の筈だ。

 「午後から休みを取ります。またご足労いただいても?」

 「では明日は市街にある喫茶店で待ち合わせませんか。二日連続こちらにお訪ねするのは、さすがに家の者に止められそうです」

 フォルセアの危惧ももっともなのだろう。

 仲が良いとはいえフォルセアがフリージアの屋敷を訪ねたのは今日が初めてだったのだ。明日の訪問はさすがに失礼に当たるのだろう。

 ラングルトは視線だけで頷く。

 「分かりました、店の名は?」

 「中央通りを南下した場所にある青い屋根のひだまり亭です、店名の通り青い屋根なので目立つかと」

 「ミリのお家ですわね」

 「そうだ。何度か行ったが良い店だったし、あそこならば融通もきくだろう?」

 フリージアの言葉にフォルセアは頷く、そのままラングルトに補足した。

 「学園の友人の両親の店です。平民が主な客層ですが、二階に個室が用意してあるのです」

 高位貴族であるフォルセアがあまりにも気軽に店を利用するので、ミリの父親が慌てて用意した個室だ。

 だが、個室を設置したおかげで他の貴族も客として訪れるようになり、評判も良いらしい。

 「では、明日の二時にその店で」

 承諾するラングルトに、フォルセアはゆるく笑みを浮かべる。

 「ありがとうございます、予約はこちらでしておきます」

 「助かります」

 事務的なやり取りではあるが、ある意味では会話が弾んでいるのだろう。

 兄の人柄をよく知るフリージアは、二人のやりとりにホッとする。

 (どうか、何事もなく、上手くいきますように)

 別れ際にまた握手をしている親友と兄の姿に、フリージアは祈らずにはいられなかった。

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