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7、フォルセア、魔道伯爵に相対する2


 「…無礼を承知で、もう一度お伺いしても?」

 ラングルトの無機質ですらある言葉に、フォルセアは、

 「もちろんです」

 と頷いた。視線や声音に躊躇いなど一切見られない。

 「私は貴方に、契約結婚をしていただけないかと、お願いに参りました」

 (聞き間違いではないらしい)

 ラングルトはその言葉を反芻する。

 フォルセアの隣に座っている妹は、緊張した表情を浮かべている。これは、フリージアも承知していることなのか。

 ラングルトは侯爵令嬢の立場に戻ったフォルセアを見つめる。

 この屋敷に来た時の悠然とした貴族の顔とはまた違う、緊張した真剣な表情。

 フォルセアは口を開いた。

 「諸事情がありまして、私は父が決めるよりも前に、自分で婚約者を探さなくてはいけなくなりました。しかし私を相手に望む男性は少なく、また私の立場上、相手を探すにもある程度の条件を付けなくてはいけません」

 フォルセアは一呼吸置いた。

 ラングルトは沈黙。冷たい、まるで見定めるような視線を向け続ける。

 「実はヒュッテ・クレアドール伯爵から直々に、学園卒業後に行政府で働くことを打診していただきました。ご存知かもしれませんが、私は魔力が少なく、父からは卒業後は安全な家に嫁ぎ平穏に過ごすようにと言われていますが、…私は少しでも誰かの役に立ってみたいのです」

 フォルセアはしっかりと、視線をラングルトに向ける。ラングルトもその視線をらすことはしなかった。

 「父の意に沿わぬ行動です。父を説得するためには相応の実力と身分を持った方でなければいけないでしょう。私は貴方しか考え付かなかったのです、ベルツ魔道伯爵」

 フォルセアは膝の上に置いた手に力を込めた。

 自分は理路整然と話せているだろうか、緊張から、言語が絡まっているような、思考が空回っているような不安が押し寄せる。

 ラングルトはまだ沈黙している。

 呆れも嫌悪も感じ取れない、聞き流されているわけでもない、ずっとフォルセアを見つめている。

 まるで、論文を発表する側と審査する側の攻防のようだ。

 そこまで思考が飛躍して、少し、フォルセアは冷静になった。

 またひとつ、深呼吸。

 (落ち着け、正念場だ、落ち着け)

 「卿には本当に失礼なことでしょう。もし結婚をお考えの方がいらっしゃいましたら、すぐに言葉を取り下げます。ですがもし、意中の方がおらず、形式だけでも結婚をしても良いと思われましたら、私に協力していただくことは可能でしょうか」

 フォルセアは己の胸に片手を当てた。

 「聞くところによると、卿には縁談が多く持ちかけられ、断るのに苦心していらっしゃるとか。もし私を書類上の結婚相手にしていただければ、ほぼ全ての縁談がなくなると思います。これでも、侯爵家ですので」

 侯爵家の令嬢を妻に迎える男に縁談を持ちかける貴族など居ない。それは無謀であり、家を潰すことにもなりかねない。

 「行政府の人手不足にもお困りとか。もし、私の入局が叶いましたら、担当部署は違いますが粉骨砕身、全力で勤める覚悟です。一人分だけでも人材が増えると考えていただけますか」

 勤務するには、入局を許される相手と結婚しなくてはいけない、だから。

 「この通り、魔力も少なく血と身分以外は利点の少ない身ではありますが、」

 「フォルセア」

 溜まりかねたように、フリージアがフォルセアを制した。自己評価の低さを諌めたのだ。

 親友の気遣いに、少し、フォルセアは言葉を言い淀む。

 (確かに、売り込む相手に不利益を見せる物ではないか、……でも、)

 フォルセアは痛感する。

 自分は、自分自身では、誰かの益にはなれない。

 何度も聞いて来たあの言葉。

 どれほど頑張っても、認めてはもらえなかった、優しい両親の、愛に溢れた言葉。


 『お前は、そんな事をしなくても良いんだよ』


 魔力の少ない娘。

 貴族としての義務も碌に果たせない、ただ、可愛がられることしかできない、「役立たず」。

 最後の思い出にと、両親を説き伏せて無理矢理入学した学園で、身分の関係ない友を得た、役割ももらえた、少しでも、自分に何か出来たらと。

 そして天からの助けのような、クレアドール伯爵の誘い。


 「ベルツ魔道伯爵様、期間を限定しても構いません、できるだけご迷惑をかけないように努めます。私との契約結婚を検討していただけないでしょうか」


 三度目の言葉だ。

 もう、フォルセアに重ねる言葉は残っていない。

 不可ならばすぐに返事があるだろう。

 少しでも見込みがあるならば。検討してもらえる余地があるならば、フォルセアは返事を待つ心づもりだ。

 もしラングルトから別の要請があれば、できるだけ応じるつもりでもある。

 フォルセアばかりに都合の良い提案だ、ラングルトにもできる限りの利があって然るべきだ。

 返事を待つ。

 フォルセアはラングルトを見つめたが、さすがに居た堪れなくなってきていた。

 ラングルトもフォルセアを見ている。見ているが、どこか視線が合わない。彼なりに思案しているのだろう。

 (思案してもらえるぐらいには可能性があるのか、それともフリージアの手前、断るのに言葉を探しているのか…)

 ベルツ魔道伯爵の本当の性格をフォルセアは知らない。

 だが伝聞の彼は、いなやを言い淀むような人物ではない様子だった。それに妹が大事だからと、無理矢理侯爵令嬢と結婚するような気質ではないはずだ。

 (ちゃんと、ラングルト・ベルツ様自身の返事を、貰えれば)

 初めて顔を合わせた相手だが、驚くほど「ちゃんとした」人物だった。

 侯爵家の人間相手に媚びる事なく、必要な礼儀の分だけ敬意を払う。抑揚の少ない話し方、言葉も少なく、ともすれば無愛想と評されるだろうが、必要なことは応えてくれるし、相手の顔を見て話してくれる。

 (良い方なのだ)

 恋愛など全く想像ができないフォルセアだから、愛せるかといえば難しいかもしれないが、好きにはなれるだろう。尊敬もきっとできる。

 だが、自分が相手にそう思ってもらえるかといえば、何ひとつ自信がない。

 弟妹と比べて地味な色彩のくすんだ金の髪、たおやかとは程遠い体型。魔力もとても少なく、話し方も武骨。

 しかも、今日初めて顔を合わせた相手。

 親同士が決めた政略結婚ならば初対面でも当然だ。だが、こんな異例の結婚の要請。

 そして、時間にしてわずかだった沈黙が、破られる。


 「お引き受けいたしましょう」


 冷静な言葉。

 ひゅ、と、フォルセアは息を呑んだ。

 「…お兄さま…?」

 フリージアが恐る恐る、名を呼ぶ。

 フォルセアとフリージアの様子に、ラングルトは補足するかのように、もう一度言葉にした。

 「私にも願ってもないお話ですので、ぜひお引き受けいたします」

 淡々とした話し方。

 まるで何でもないことのように、返事をする。

 是、と。

 可、と。

 フォルセアは脱力するようにソファに沈み込んだ。よほど力を入れていたらしい、身体がわずかにソファから浮いていたのだ。

 「あ、りがとう、ございます…ベルツ魔道伯爵様」

 フリージアはまだ言葉が発せないでいる。

 扉近くで沈黙を守っていたシリスも、まだ戸惑っているような気配を感じる。

 フォルセアが一番状況を飲み込めて居ない様な、混乱の上、かえって落ち着いてきてしまうような、不思議な感覚を味わう。

 現実感がなくなる。

 今更汗が浮かぶ。

 「ラングルトとお呼びいただいて大丈夫です」

 対するラングルトの返事はどこかずれているような気がするが、今のフォルセアには判断が付かない。

 (心臓がうるさい)

 (手が震えているような気がする)

 予想外だった。

 フォルセアが覚悟していた返事とは、違う言葉だった。

 「…正直なところ、休暇中に検討していただいて、お返事を待つつもりでした」

 フォルセアは震える手を握り締め、隠しながら手のひらに爪を立てた。

 (落ち着け)

 「こちらにも多く利のあるお話でしたし、どうも返事を急いだ方が良いご事情がありそうでしたので。それに、色々と腑に落ちることもありました」

 対するラングルトはどこまでも平坦だ。

 「…というと?」

 「行政府の新部署の設立の話は我々局長職にも協力要請が来ています。更にクレアドール伯爵からは新部署の職員に高貴な身分の方を引き入れるから、守護の魔法に特化した有能な人材を寄越せと言われています。それは貴女のことなのでしょうね」

 「クレアドール伯爵が…」

 女伯の中ではフォルセアが入局することは決定事項らしい。

 面映い感覚がフォルセアに生じる。

 ラングルトは対照的に淡々と続ける。

 「それに、クレアドール伯爵から、結婚したければおすすめの令嬢がいるから紹介しようかとも。これも貴女のことでは?」

 「それは初耳です」

 フォルセアは心底驚いた。

 先程までの動悸が飛んでいってしまうぐらいに驚いた。

 目を大きくして自分を見つめるフォルセアに、ラングルトも意外なように考える。

 (どうやら、この契約の提案はクレアドール伯爵のものではなかったらしい)

 つまり、フォルセア自身が考えて、ラングルトのもとに来たということだ。

 ラングルトと、契約とはいえ、結婚をしたいと。

 まるで新規事業の提案のような振る舞いだった。融資を持ちかけられているような気分もあった。

 (縁談も、直接的な交際の申し込みもあったが)

 ラングルトは少し、愉快な気持ちになった。

 (プレゼンされたのは初めてだったな)

 なかなか新鮮であったし、清々しさも感じる。

 相手の必死の提案に、失礼な感想ではあるだろうが。

 今まで経験して来た、擦り寄るような熱を帯びた女性の視線とは違う、からりとした空気の女性。

 「これからよろしくお願いします、フォルセア様」

 ラングルトは立ち上がって、手を伸ばした。

 フォルセアもハッとしたような顔をして、同じく立ち上がる。ラングルトが伸ばした手を躊躇いなくしっかりと握った。

 固い握手。

 「こちらこそ、よろしくお願いします。ラングルト様」

 契約成立だ。

 ずっと我慢していたのだろう。フリージアが思い切り拍手をした。少し涙ぐんでいる。

 「おめでとうございます、お兄さま、フォルセア!」

 「ありがとうフリージア、これからも、よろしく頼む」

 「ええ、ええ、もちろんですわ」

 お任せくださいね、と、力強く頷くフリージアの後方で、シリスもまた深く頷いていた。


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