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6、フォルセア、魔道伯爵に相対する1


 そんな一件も、もう先週の話だ。

 昨日から中央学園は冬季休暇に入ったため、フォルセアも王都にあるルドベキア侯爵家の邸宅に帰って来ている。

 領地にある本邸への帰郷は夏の休暇だけだ。冬は王都での式典や行事がそれなりに多いため、父侯爵が多忙なのだ。

 王都主催の新年を迎える式典と夜の祝賀会は十日後。フォルセアが帰ったことでその準備も大詰めだ。

 王都邸の使用人たちですら、忙しない表情を隠しきれていない様子だ。

 昨日は帰宅早々家族に囲まれ、特にまだ十一歳の妹たち、双子のエリシアとリディアは姉から離れず同じ寝台で眠ったため、フォルセアはやや身体が痛い。

 首や腰をさすっていると、侍女のシリスがノックと共に入室した。

 「お嬢様、御出立の準備が整いました」

 「ありがとう」

 一礼するシリスに、フォルセアは頷く。

 とうとうこの日だ。

 休暇前にフリージアに仲介を頼みベルツ魔道伯爵への面会を求めると、さほど日を待たずに返事があった。

 事務的な文面で指定されたのは。

 今日この日、ベルツ魔道伯爵の邸宅で。

 フォルセアは深く息を吸い、長く長く吐ききった。

 「さあ、行こうか」

 自分の人生の分かれ道だ。


   *


 フォルセアは出かける理由について、家の者達にはフリージアに会いに行くと告げてあった。もし提案をラングルト・ベルツ魔道伯爵に断られれば、それだけが事実になるからだ。

 寮生活では侍女シリスだけが付き従うが、侯爵家から馬車を使っての外出ともなればそうはいかない。

 御者が一人と護衛の兵士が二人、フォルセアの従者となる。

 馬車に揺られながら、

 「彼らには聞かれたくないな」

 とシリスに告げると、向かい側で座っている侍女は「そのようにいたします」と応えた。

 そう、これはあくまで親友に会いに行くだけなのだ。偶然、休日の彼女の兄君が在宅だっただけで。

 フリージアから届いた招待状も、その体で作られている。


 ベルツ魔道伯爵邸までは馬車で一時間ほどの所にあった。

 王都の中心街からは離れた場所にあり、兄と妹の二人が住むにしては大きい邸宅だ。

 門を越えると多くの植物が雑然と植えてある、実のなる木や薬草などが主体のようだ。

 門を過ぎた所でフォルセアたちは馬車から降りる。

 「護衛とはいえここは魔道伯爵邸です。過剰な警戒は失礼にあたるので、屋敷の外の警護をお願いします。邸内では私がお嬢様をお守りします」

 「かしこましました」

 さすがにシリスの指示は的確だ。

 護衛たちはすぐに、門の外と中にわかれる。御者は馬を休ませる用意をしはじめた。

 「すまないな、行ってくる」

 フォルセアが門内の二人に声をかけると、

 「行ってらっしゃいませ」

 きれいな一礼が返ってきた。


 屋敷の扉のドアノッカーをシリスが叩くと、すぐに応えがあった。馬車が入ったことで準備をしてくれていたのだろう、フリージアが扉を開けてくれる。

 主人である魔道伯爵の意向で、この屋敷に常駐する使用人はいないらしい。ベルツ伯爵家本邸の使用人が週に一度清掃に来るだけだ。

 「ようこそおいで下さいました、ルドベキア侯爵令嬢様」

 「お招きいただき感謝いたします、ベルツ伯爵令嬢様」

 邸内に入りドレスの裾を引く。

 そして。


 「ようこそ、ルドベキア侯爵令嬢様。初めてお目にかかります、ラングルト・ベルツでございます」


 フリージアの隣に立ち、すっと礼をした男性。

 (この方が、ラングルト・ベルツ魔道伯爵)

 「フォルセア・ルドベキアでございます。お会いできて光栄です、ベルツ魔道伯爵様」

 じろじろと見るのはどんな場合でも失礼にあたる。フォルセアは自然に礼を解き顔を上げた。ラングルト・ベルツと目が合う。

 オルソーよりも背が高い青年だ。フリージアが小柄なので、並ぶ二人の身長差が凄い。

 フリージアと同じ黒に近いブルネットの髪に濃紺の瞳。だが生き生きとしたフリージアの目の輝きとは違う、感情の読めない無機質な視線。

 探られているわけでもない、ただ、フォルセアを見ただけの視線。

 フォルセアは令嬢らしい笑みを浮かべた。

 「この者は私の侍女シリス、同席をお許し下さい」

 少し後ろで控えるシリスが沈黙のまま礼をする。

 「構いませんわ、シリスもよく来てくださいました」

 「ベルツ伯爵令嬢様、ありがとうございます」

 家長ではなくフリージアが許可を出すが、兄ラングルトは何も言わない。可ということなのだろう。

 「さあ、お部屋へどうぞ」

 エントランスでの形式的な挨拶はもう終わりとばかりに、フリージアがフォルセアへ笑顔を向ける。

 「フォルセア、案内させてくださいませ」

 「ありがとうフリージア」

 ふわりと、ドレスの裾をなびかせてフリージアは一階の廊下を進む。

 この屋敷は魔道伯爵位の叙勲と共に与えられた報奨のひとつだが、応接室の位置は基本的な貴族の邸宅と変わらないようだ。

 「フリージア、私が」

 「はい、お兄さま」

 応接室の扉をラングルトが開ける。

 「どうぞ、ルドベキア侯爵令嬢」

 「ありがとうございます。それとどうぞ、フォルセアとお呼びください」

 「かしこまりました」

 入室し、ソファに座る。

 フリージアの好きな濃い緑のベルベットの手触り。調度品は彼女が選んだのかもしれない。

 お茶の用意にフリージアが部屋を出ようとすると、シリスが声をかける。台所の使用を許してもらえれば、彼女が代わりに用意すると話しているのだ。

 この邸宅には今日も使用人は居ないようだ。聞かれたくない話をするのだから、フォルセアにはありがたい。

 「お嬢様、しばし失礼いたします」

 「ああ、よろしく。シリス」

 フリージアの許可を得たのだろう、シリスは台所へ消える。台所の場所も大体同じだ。一階の北側だろう。

 「フォルセア、失礼しますわ」

 「うん?」

 フリージアが、向かいに座る兄の隣ではなく自分の隣に座ったので、フォルセアは少し驚く。

 フォルセアの腕に手を絡め、フリージアは笑顔を浮かべた。

 「わたくしはこちらに。お許しくださいね」

 「…ありがとう」

 常の彼女ならばしない行動だが、きっとこれはフリージアなりの応援なのだろう。

 自分は、フォルセアの味方だと。

 とんでもない提案をしに来たのだ、どうしたって緊張する。フォルセアは自分の肩に力が入っていたことにようやく気付いた。

 「助かるよ」

 小さく言えば、フリージアも兄からは見えないように拳を握り親指を立てた。健闘を祈るということだろう。

 妹たちのやりとりにラングルトは無言だった。

 フォルセアは彼の視線を感じたが、気付かないふりをした。

 悪い感情を向けられているわけではないようだし、先ほども感じた、ただ見ている、そんな視線だったからだ。

 「失礼いたします」

 シリスが戻り、ティーカートから菓子と紅茶を並べていく。

 フォルセアたちが持参した焼き菓子の他に、生菓子も用意されていた。可愛らしい、小ぶりなケーキだ。

 「フォルセア、お土産をありがとうございます。私たちも用意いたしましたので、よろしければ召し上がってください」

 「ありがとう、わざわざ生菓子を準備してくれたのか」

 日持ちのしないケーキは屋敷の料理人が用意するか、当日にわざわざ買いに行かなくてはいけないはずだ。

 「ええ、朝からお兄さまと買いに行きました」

 「兄君と?」

 少し驚いた声を出してしまう。

 ラングルトの方に視線を向けると、彼は軽く頷いた。

 「それなりに並びました」

 使用人ではなく魔道伯爵本人が、ケーキ屋に、妹と、並ぶ?

 すごい光景だ。

 他の客や店員はさぞ驚いたことだろう。それとも、姿はあまり知られていないかもしれないから、仲の良い兄妹に見えただけだろうか。

 想像してしまって、フォルセアは頬がゆるんだ。ふふ、と声が漏れてしまう。

 「それは、ありがとうございました」

 フォルセアの笑みに、ラングルトは少しだけ目を大きくし、そしてすぐに伏せた。

 「お口に合えばよろしいですが」

 「ベルツ魔道伯爵様は甘いものはお好きなのですか?」

 「ラングルトで結構です、フォルセア様。…そうですね、少しならば食べます」

 「お兄さまはチョコレートの方がお好きかもしれませんわね」

 フリージアが補足する。

 「そうですか、次の機会があればチョコレートをお持ちします」

 「恐れ入ります」

 それ以降は、シリスの給仕の元、フォルセアとフリージアの会話に時折ラングルトが加わる形で時間が過ぎ、そして。

 茶器が一度片付けられた折に、フォルセアはとうとう居住まいを正した。


 「さて、…この機会を設けて下さったことを改めて感謝いたします。ベルツ魔道伯爵」


 先ほどまでの会話と違いラングルト様、ではなく再び爵位で呼ばれたことで、ラングルトは背筋を伸ばした。

 彼女は妹の友人ではなく、再び侯爵令嬢として自分に話しかけて来たと感じる。

 ラングルトは元々、今日の休暇については、フリージアからは親友を紹介したいから家に居るようにとしか言われていない。

 それまで名前しか聞いてこなかった妹の友人、確かに妹が世話になった礼を伝えるのは筋かもしれないと二つ返事で了承したが。

 (どうやら、本題は違うようだ)

 己を見つめるフォルセア侯爵令嬢の真剣な表情に、ラングルトはただの茶会ではなかったのだと悟る。

 (さて、何かしらの難題でも押し付けられるか)

 少し話しただけだが高位貴族とは思えないようなさっぱりした、しかし情の厚そうな性格のご令嬢だ。

 あれほど仲の良いフリージアの兄である自分に、揉め事を押し付けるような貴族然とした行動はしなさそうではあるが。


 「失礼を承知で、貴方にお願いがあって参りました。私の勝手で個人的な都合にかかわる事なのですが、貴方に私と契約結婚をしていただきたいのです」


 「……、…は?」

 自他共に認める無愛想。感情を表に出すことの少ないラングルトですら、さすがに、間の抜けた返事になってしまう。

 侯爵令嬢が告げたのは、型破りの、しかし、真剣な言葉だった。



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