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5、フォルセア、相談する


 放課後、フォルセアはあえて言葉にしてフリージアの時間を空けてもらった。

 いつもの図書館ではなく、各寮にある談話室の一つの予約をシリスに取ってもらう。

 オルソーは不在だ。

 冬季休暇明けに始まる騎士課程の説明会があるためだ。

 王都の騎士になるためにはいくつかの条件があるが、中央学園では何よりもまず、騎士課程の単位が必須になるのだ。これで大半の者が振るい落とされてしまう。

 「真剣なお話ですのね?」

 放課後、真っ直ぐにこちらに向かってくれたのだろう。

 談話室の前で侍女と待っていたフォルセアに、フリージアは何事かを感じ取ったらしい。

 普段、学園内ではフォルセアは侍女を伴わないからだ。

 「シリスは部屋の外に居てもらう。一応な」

 自ら扉を開けて伯爵令嬢をエスコートする侯爵令嬢、というおかしな構図だが口を挟む者もいない。

 「シリス、よろしく頼む」

 「かしこまりました」

 防音魔法と人避けの魔法だ。

 フォルセアを守る役割もあるシリスは、侯爵家に仕える者たちの中では特に魔力の扱いに秀でている。

 ちなみに、防音魔法ぐらいならばフォルセアも行使できる。魔力量が少ないだけで魔法が使えないわけではないのだ。ただ、有事に備えて授業以外では魔力を温存しているだけで。

 …ちなみに防音魔法は範囲によっては一度使っただけで魔力が尽きるので、フォルセアにとっては魔法は使うものではなく使ってもらうものだ。

 「掛けてくれ」

 静かに扉を閉め、フォルセアは自分も席につく。

 寮の談話室は学生が使うものなので、事務的な机と椅子があるばかりだ。

 「何かありましたの?」

 フリージアはやや声が硬い。

 常ではない厳重さに緊張しているようだ。フォルセアはそんな親友に、安心させるように笑みを浮かべる。

 「昨日の話の続きだ。念の為シリスに見張らせているだけだから、気を楽にしてくれて大丈夫」

 「そう簡単に気は抜けませんわ、貴女は侯爵家ですもの」

 侯爵家の婚姻は時と場合によっては高度な政治に利用される事案だ。昨日の軽いノリのように話すことの方が不敬になる。

 平民の身分のオルソーが不在であることもフリージアが緊張する一因だろう。彼が不在であるのは偶然だが、平民には聞かせられない話をするのだと考えてしまっても仕方がない。

 フォルセアは軽く首を振った。

 「いや、本当に気にしないでくれ。むしろこちらが緊張してしまう。私はこれから、フリージアに一世一代の頼み事をするんだから」

 「わたくしに?」

 「ああ」

 フォルセアは深呼吸をする。

 (どうかどうか、彼女との友情が壊れてしまいませんように)


 「私の将来の相手として、フリージアの兄君、ラングルト・ベルツ魔道伯爵へ契約結婚の提案させていただきたいんだ」


 「は、?」

 フリージアは言葉を失った。無理もないことだろう。

 フリージア自身も昨日自寮に帰った時に考えたのだ。フォルセアの結婚相手について。

 フリージアは友人がとても少なく、フォルセアの友人と、かろうじて親しくする程度。

 厳しい親のもとあまり社交も許されてこなかったフリージアでは、考えられる男性の候補も少ない。

 冬季休暇に兄と会ったら、それとなく誰かいないかと尋ねてみようとは考えていたが。

 まさかその兄が選ばれるとは。

 (フォルセアが、お兄さまと?)

 フリージアは親友の予想外の提案に、しかし思考を放棄することはしない。

 若干、おかしな兄の思い出なども脳裏によぎり、少年時代の兄と今のフォルセアが隣に並んだり、などと混乱するイメージが浮かんだりもしたが。

 そう、少しパニックになってしまった。仕方のないことだろう。

 フリージアは意識して落ち着こうとする。

 (フォルセアは侯爵家、いざという時のために王家の次に守らなければいけない血筋ですわ。しかも彼女自身は強い方とはいえ一方的な魔法には太刀打ちできない)

 (侯爵家の縁戚となる嫁入り先が節度のない家でも困りますわ、いくらご両親から身分が低くても良いと言われていても、権力のバランスというのもがありますもの)

 魔道伯爵ならば、侯爵令嬢を妻に迎えても誰も否と言えないだろう。

 父、前ベルツ伯爵は早世し、フリージア兄妹の母であるベルツ前伯爵夫人は何かしら口を挟むかもしれないが、かの人も典型的な権力主義者だ、おそらく大丈夫だろう。

 そして、

(お兄さまは魔道伯爵。ルドベキア家の圧力があったとしても負けませんわ)

 魔道局の局長である兄ラングルトは、職員の人手不足、資質不足に苦労しているらしいのだ。

 どう考えても有能なフォルセアを働かせないわけがない。

 魔道伯爵は名誉職、領地などは与えられないが発言権はかなり強い。単純な序列だけなら辺境伯に準じるくらいの権力があるのだ。

 侯爵家がフォルセアを外に出さないように要請したとしても、きっと断れるだろう。

 というより、フリージアは己の兄が権力におもねっているところなど、見たことがない。

 (それにお兄さまは本当にお強いのですもの、きっとフォルセアを守ってくださいますわ)

 次いで、フリージアは兄の人柄を思う。

 (お兄さまにもたくさんの縁談あると聞いていますわ、全て断っていらっしゃるのも、恋人がいるのではなくきっと面倒だからですわ)

 フリージアたちの両親は政略結婚ではない。男爵家の次女であった母の美貌に魅せられた父が、親の反対を振り切って無理矢理妻にした。

 母は伯爵家の権力や名誉に溺れ、子供たちにとても苛烈な教育を施し、父は母の言いなりだった。

 ラングルトとフリージア兄妹よりも美貌の母の機嫌取りを優先したのだ。

 子供たちにもそれを隠さなかった両親の姿に、きっと兄も、結婚や夫婦というものを煩わしいものと考えているはずだ。

 (でも、フォルセアはとても良い人ですもの)

 フリージアはつくづく考える。

 中等部からの持ち上がりで中央学園の高等部に進学したフリージアにとって、フォルセアは初めてちゃんと出来た友人なのだ。

 中等部の三年間は優秀過ぎる兄の妹として、高等部へ進級する頃には叙勲された魔道伯爵の妹として、遠巻きに見られていたフリージアは、彼女自身の内向的な性格のせいもあって親しく話せる者はずっと居なかった。

 そんな中で、高等部から入学してきたフォルセアは、ある意味ではフリージアの肩書きよりも目立った。

 五大侯爵の一角ルドベキア家の令嬢、魔力量が低いせいで婚約破棄され、幼い頃から守られてきた少女。

 なのに本人は周囲の抱いてきた印象とは真逆の、溌剌として気さくで少し男性的な雰囲気の女性だった。

 「授業でどうしても分からないことがあるんだ」

 君が一番賢いと教えてもらってね、と自分の教室を訪ねてきたあの日をフリージアは忘れない。

 フォルセアと出会ったおかげで、フリージアの世界は広がったのだ。

 だから、きっと。

 (フォルセアはお兄さまとも仲良く出来ますわ)

 フリージアは確信する。

 自分と似て、兄は誰かと率先して関わろうとはしない性格だ。

 良く言えば研究熱心、他者と無駄に関わるよりは何かしらの研究を選ぶ人だ。喜怒哀楽の感情も薄く、話し方も淡々としているため冷たい人間だと思われもする。

 顔面が凍っているなどという悪口も耳にしたことがある。

 だが妹のフリージアには、彼なりにちゃんと優しいのだ。本当に冷たい人ではない。

 (フォルセアなら)

 きっと兄の良いところを理解してくれる。

 フリージアは意を決して話してくれたフォルセアの提案を、否定する気など毛頭起きなかった。

 兄とフォルセアの年齢は六歳差。少し離れているが貴族同士ならばさほど気にならない年齢差だろう。

 それに、何よりも大事なことがあるではないか。

 もし、フォルセアが兄と結婚したら。


 「フォルセア、わたくしは心から貴女を応援いたしますわ」

 「フリージア」

 フリージアの返答、第一声にフォルセアは安堵の息を吐く。

 「お兄さまと結婚するのなら貴女は私のお義姉さまになるのですもの。なんのしがらみもなく貴女といつでも会うことができますわ」

 グッ、とフリージアは握った右手の親指だけ上げて見せた。

 オルソーに教えてもらった合図で、優良であることや承諾を意味するらしい。健闘を祈る時にも使うそうだ。

 「…そこに至るまでの思考の変遷が気になるが、フリージアが許してくれて良かったよ」

 長い長いフリージアの思考は、返事を待つフォルセアには数分の間の出来事だが、それでも非常に緊張する時間だった。

 肩の力を抜いたフォルセアは、

 「じゃあ、作戦会議をさせてくれ」

 机に腕を乗せ、前のめりの姿勢でフリージアと向き合った。


   *


 「「冬季休暇中に、ベルツ魔道伯爵に結婚を申し込んでくる(きますわ!)」」


 フォルセアとオルソーが在籍する西寮の談話室、昨日と同じように外にフォルセアの侍女を待機させて、二人の令嬢はオルソーに宣言する。

 「一日会わなかっただけで、こんなに置いていかれるもんか?」

 フォルセアとフリージアの親指をグッとするポーズに、オルソーは頭を押さえた。

 自分の脳内でだけひたすら思案し、結果だけを伝えるのはフォルセアの悪い癖だ。

 さすがに、高等部で三年近く親しくしていればそれなりに慣れもする。だが、今回は。

 「フリージア、フォルセアのせっかちが感染ってるぞ」

 オルソーの指摘に、フリージアはサッと顔を赤くする。

 「それは…本当にそうでしたわね」

 「うん?私はなじられているのかな」

 「それでも、わたくしもしっかり考えた上での決断ですの」

 「私はせっかちということなのか」

 フォルセアの呟きは二人には届かない。

 「オルソー、聞いて下さい。もちろん、フォルセアの身分や安全を保証するのが最優先です。例え労働に全く躊躇なく従事できる気質も体力があるとしても、彼女は侯爵令嬢です。生半可な家では彼女の家系に釣り合いが取れません」

 フリージアはぐっと、己の小ぶりな手のひらを握った。

 「お兄さまは魔力量も、魔法の才能も、魔道伯という身分もあるのです。お金にも困りませんわ、魔道伯爵の叙勲の時の報奨金は全く手付かずですし、お給料だって凄いんです。きっとフォルセアの行政府勤めだって賛成してくれます。行政府は万年人手不足ですもの」

 とんでもない熱量だ。

 フォルセアの方からこの話を持ちかけたはずなのだが、フリージアの方が更に乗り気なように見える。

 (兄貴が取られる、とかそういう感覚はないみたいだな)

 オルソーはそんなことを考えて少し安心する。

 父親が早逝しており、母と疎遠なフリージアにとって、保護者は兄の魔道伯爵なのだ。

 かの御仁はフォルセアがその名を意識するよりずっと前から、オルソーにとってのラスボスだ。

 なんなら、オルソーはフォルセアよりもずっとラングルト・ベルツには詳しいぐらいだ。

 「フリージアの方が乗り気じゃねぇか」

 「ありがたいことだ」

 静観していたフォルセアに水を向ければ、つくづくと頷いている。

 (お前の将来の話だろうが)

 オルソーは内心で悪態を吐く。

 親友可愛さに、つい話よりも彼女の剣幕を愛でていたようだ。

 それに多分、フォルセアの中ではすでに決まっていることなのだ。と、オルソーは思う。

 貴族は重要な選択を間違ってはいけないらしい。家や領民の安寧を脅かすことに繋がるからだ。

 だから、フォルセアは決断をしたら迷わない、そのように教育をされているのだという。

 泰然とした姿勢は、場所を変えたらオルソーたち傭兵部隊の指揮官にだってなれそうな雰囲気だ。

 (高位貴族ってやつは…)

 覚悟の決め方に肝が座り過ぎている。

 オルソーは呆れて肩をすくめた。

 「オルソー、聞いていますの?」

 「聞いてる聞いてる」

 「もう!大切なことですわ!よく考えて下さい、フォルセアがお兄さまと結婚したら私たちは家族になるのです、奇跡ですわ!」

 たぶん、これを一番言いたかったのだろう。フリージアの頬が興奮と期待で赤くなっている。

 「うーん、照れるな」

 「おう、照れる」

 フォルセアとオルソーも釣られて少し赤くなる。

 「何を照れるというのです、凄いことですのよ」

 フリージアは二人の対応に憮然とするが、フォルセアの、

 「フリージアとオルソーの結婚が大前提だ」

 いや頼もしい、という言葉に目を大きくし、今までの比ではないくらいに顔を赤くした。

 いや、顔どころか首元も真っ赤だ。

 「…そ、それは、それは…!」

 爆発しそうだ。いや、冗談ではなく。爆発の魔法くらい放ちそうなうろたえ具合だ。

 「フリージア、落ち着け」

 フォルセアが煽るならば今はオルソーが落ち着けるべきなのだろう。談話室が破壊される事態は避けたい。

 「オルソー、私、わたくしったら…」

 恋人の前で結婚の話を、しかも叶う前提で堂々と宣言するなど。

 顔を手で覆ってしまった恋人に、オルソーはつい笑ってしまう。

 「大丈夫だ。最初に約束しただろ、俺も同じ予定だ、フォルセアよりは後になっちまうだろうが、絶対にお前と結婚する、大丈夫だ」

 出来るだけ声を落ち着けて、オルソーはフリージアに告げる。

 それは事実なのだと、何も恥じることはないのだと、告げる。宣誓するかのようだ。

 そっと手首を掴めば、そろり、と顔から外される。真っ赤な顔はそのままに、フリージアは涙を浮かべてオルソーを見上げている。

 「…信じていますわ」

 「おう、待っててくれ」

 オルソーの真剣な表情に、フリージアは少しだけ鼻をすすった。フォルセアが差し出したハンカチを受け取り、目尻をそっと押さえる。

 「…、フォルセア、失礼致しましたわ。貴女のお話ですのに」

 「構わないよ、フリージアとオルソーの話でもあるんだ」

 「茶化すなよ」

 「今日はもう茶化さないさ」

 「「今日は」」

 二人が繰り返したので、フォルセアは自信満々にしっかりと頷いた。フリージアを泣かせたいわけではないのだから。


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