78、新年祝賀会 (第一部おわり)
大夜会が終わり、デビュタントも終わった冬になる直前、騎士の任命式や様々な論功行賞などが行われる。
今年は北部大森林のスタンピード鎮圧もあり、褒章を受ける騎士、魔道士達も多い。
フォルセアとイクシオも賞を授ける側として参列する。彼らのこの役目はあと二年と明言された。
第一王子が立太子されれば、今後は王太子がこの役目を行う。
毎年何かしらの功績を挙げつつも、褒章を辞退していたベルツ魔道伯爵も久しぶりに参列するので、式典の関係者は安堵した。
適した功績に適した褒章を。特に今回はスタンピード鎮圧での功績も大きいので、辞退されると他の受章者に示しがつかないのだ。
説得はドラセナ公爵にして王弟アルダールが行ったようで、説得の方法は明かされなかった。
何のことはない。
「フォルセア嬢から直接褒章を授与されたくないか?」
「出席します」
一撃である。
あまりにあんまりな理由なので、さすがのアルダールも口をつぐんだ。このほど友人になった男の面目を守ったのだ。
*
学園の冬季休暇になると、フォルセアとレイナードは新年祝賀会の準備で忙しくなる。
ラングルトとフリージアもルドベキア侯爵邸に何度も招かれる。二人の衣装はすっかりアニエス夫人が用意する事になってしまっている。
そしてフォルセアは、休暇直後に母の衣装部屋に閉じ込められ、新たな衣装に着替えさせられた。
黒地の胸元に金の花の刺繍がなされ、ペリース…片肩の外套が付けられた、男装である。
「またですか!」
しかも、愛らしい薄桃色のドレスを身にまとうエリシアと若草色のドレスのリディアがフォルセアの両隣に並ぶ。
あまりに可愛らしすぎてフォルセアは逃げられない。
「あと一着ありますからね」
「用意がよろしいですね…!」
嬉々としてアニエスはメイドに衣装を広げさせる。フォルセアはひたすら無の表情で、筆を取る絵師の前で佇むだけだ。
どうせ母のお願いには逆らえないのだ。
むしろベルツ兄妹が招かれていない時を選んでくれた事に感謝してしまいそうになる。
「フォルセアの男装姿、もちろん、あなただという事は秘密にしていますけどね、とても人気なのよ。商会長からぜひ他の衣装の絵姿もって頼まれてしまって」
「本当の男性ではないのに…?」
「そこが良いらしいのよ。本当の男性よりもかえって親しみやすいんですって。はしたないと思われにくいみたい」
「なるほど、」
そこでようやくフォルセアは納得する。確かに、本当の男性に向かって騒ぐ女性は…特に貴族の女性などは、はしたないとかふしだらだとかそういった体面を気にするのだろう。
その点、男装をしているだけの女性相手ならば、ある意味では安全なのかもしれない。
「私でなくても、役者の女性でも良い気もしますが…」
「貴族だから良いらしいわ。立ち居振る舞いや作法がどうしても違いますからね。あなたは特に紳士らしく振る舞うことが多いから適任なのよ」
「私の態度に思わぬ弊害が…」
子供の頃から護衛騎士達の訓練に交ぜてもらう時に、端的な話し方でないと意思疎通が難しい場面が多々あったのだ。
自然、フォルセアの話し方が男性的になっていき、騎士達の立ち居振る舞いも、身体の動きを覚えるうちに身についてしまった。
「お姉さまはとても素敵ですよ」
「ええ、とても格好良いです」
「ありがとう二人とも」
エリシアとリディアがにこにこしている。
「お前達も本当に可愛いよ」
妹達の賛辞に、フォルセアは苦笑する。
…それにしても、ずっと自分を見ているあの女性は何なのだろうか。
意識を妹達に向けつつも、フォルセアは気にしてしまう。アニエスの後ろに控えた金の髪の女性。衣装を手に持ち使用人の姿をしているが、初めて見る顔だ。
悪意も何もなくただじっと観察しているかのように、フォルセアを見ている。他者の視線を気にしないフォルセアだが限度がある。しかし、アニエスは何も言わない。二人の妹もだ。彼女の行動に気付いてるはずだろうに。
「そうだわ、せっかく着飾っているんですもの、エリシア、リディア、久しぶりにフォルセアにダンスの相手を務めてもらいなさい」
「今ですか⁉︎」
ここで?
歓声を上げる妹達に、フォルセアが驚く。
「もちろん場所は変えますよ、ほら、行きましょう。あなたもレイナードも寮にいるから、二人がダンスの練習を嫌がって困ってたのよ」
確かにフォルセアは、妹の為に男性側のダンスも習得して、レイナードと共に二人の妹と踊っていたが。
アニエスの提案は突拍子もない。
フォルセアはもう訳がわからない。「お兄さまも!」とリディアがねだるので、メイドが慌ててレイナードを探しに行く。
ぞろぞろとダンス用の練習室に向かう一団の中で、絵師は歩きながらも黙々とデッサンを描いているし、例の金髪のメイドもじぃっとフォルセアを見ている。
(何なんだ)
両手をそれぞれ妹に掴まれながら、どうも彼女達は何かを結託しているらしいという事は察せられる。
(嫌な予感がする…)
フォルセアはつい、己の無事を祈った。
答えが分かったのはフォルセアが学園を卒業した後の春の頃だ。
『金糸の君と春の乙女』
という題目で、男装の麗人に扮した凛々しい王家の姫君が、恋に破れ涙して、ついに悪い男達に狙われてしまった薄桃の乙女と若葉の乙女を助けるという歌劇の上演が発表されたのだ。
後援はラスタード商会、主演の男装の麗人は、なんとアニエスの後ろにいた金の髪のメイド(に扮していた役者)である。
上演前に刊行された同名の小説は飛ぶように売れ、歌劇も大盛況となる。
ここまで来ると、フォルセアも諦めるしかない。
それに、人気を博したのは自分ではなく見事に主演を務めた役者の女性である。そう思うとスッと気が楽になって、乙女のモデルとなった妹達と共に歌劇を楽しんだりも出来るようになったのだった。
*
新年祝賀会はつつがなく開催された。
新しい年を迎え、フォルセアは今年で十九歳になる。春には学園を離れ、とうとう行政府に入局する。
今回のエスコートはレイナードではなく、ラングルトだ。その代わりにレイナードはフリージアをエスコートしている。
両親がいて、弟がいて、婚約者となったラングルトと親友で義妹となるフリージアがいる。
去年と全く変わってしまった自分の状況を、フォルセアは不思議に思う。
目まぐるしい一年だった。
去年の祝賀会、ラングルトとはフォルセアから願い出た契約で婚約しただけの間柄だったけれども。
今は違うのだ。
「あっという間の一年でした」
「そうですね」
フォルセアの呟くような言葉にラングルトも応じる。
今夜の祝賀会、夏の婚約式にフォルセアが着用したドレスに似た衣装のご令嬢が多いので、さすがにフォルセアは全く新しい形のドレスを選んでいる。
イヤリングは大夜会にラングルトから贈られた物を、ネックレスなどもデザインを控えめにして色を合わせた。
対してラングルトは、フォルセアの濃い紫の目の色の宝石をあしらった装飾品を付けている。
去年の二人は年末に慌ただしく紙面の上で婚約しただけの立場だった。
そのまま迎えた新年祝賀会、あの時は当たり前だが一度だけしか踊れなかった。
ラングルトはそれを残念に思ってくれていた。
だからフォルセアは言ったのだ、婚約が公表されれば、もっと踊れると。そうしてその通りになり秋から二人は夜会で何度も踊ってきた。
婚約者同士ならば、連続で踊ってもマナー違反ではないと少々は見逃してもらえるから。
そうして今夜。
「連続で踊りますか?」
「いくらでも」
少しおどけたフォルセアの言葉にラングルトも緩く口の端を上げた。
婚約し、そして結婚を控えた二人には様々な立場が加わるので今夜は挨拶回りが意外と大変だ。
思わぬ人物から声をかけられることも増えた。
更に、今夜はソシン王国の特使達も特別に招かれている。彼らはこの冬の終わりに、多くの魔亀の素材を持って帰国する事になっている。
彼らとの正式な場での挨拶も今日が最後だ。
意外と忙しい二人は、踊れる時間が実は少ない。
通例でフォルセアはレイナードやイクシオ、ライナスとも踊るし、カエン・ゾラとも一度だけ踊る約束をした。ラングルトがとても怖い顔をしていたけれど、最後は許してくれた。友人の願いだと必死に訴えられ無碍にできなかったのだ。
ダンスフロアに響く曲が終わる。
次の曲が始まるまでの空白。
「私に栄誉をお与え下さいますか」
ラングルトがフォルセアに向かい、一礼する。去年のあの日のようだ。
「ええ、喜んで」
フォルセアは微笑んで、ラングルトに手を差し出す、そっと取られた手に、口づけられる。周囲の人々がさざめいて、フォルセアの耳のイヤリングが揺れる。
「では」
ラングルトのエスコートで二人は中央へ向かう。今年結婚を控えた魔道伯爵と侯爵令嬢の入場に拍手が送られる。
ラングルトはフォルセアの腰に手を当てる、つなぐ腕がすっと伸ばされ、フォルセアも背筋を伸ばす。
もうすっかり目に馴染んだ、凛とした姿。
人々の視線が注がれる。
指揮者がまるで二人の準備を待ってくれていたかのようだ。
指揮棒が振られる。
音楽が始まる、同時に二人はステップを踏んだ。
歓声が起こる。
ルドベキア侯爵令嬢のダンスの見事さは知られていたが、夜会嫌いと有名なベルツ魔道伯爵も優れた踊り手であった事は去年の祝賀会から徐々に伝わり、この秋の夜会で二人のダンスはすっかり有名になった。
どれほど注目を集めようと、フォルセアは慣れたもので気にならないし、ラングルトはフォルセアしか見る気がないので意に介さない。
「楽しいですね」
ふわりと、少しくすみのある金の髪が舞う。
「はい」
固い表情が常のラングルトが目元を緩める。
それだけで観衆は驚き、若い女性は頬を染める。
ルドベキア家の人々はすっかり見慣れた二人のやり取りを微笑ましげに眺め、フリージアはこの場にいないオルソーを想う。彼もこの場に立てるようになる日を彼女は信じている。
カエンは秋の夜会で忍び見た以来の二人のダンスに目を輝かせ、自分の順番を心待ちにする。
「私は来年だ」
イクシオは弟のライナスに楽しそうに告げ、
「デビューしたてのメラニア嬢にあまり無理をさせてはいけませんよ」
と、苦言を呈される。
「させないさ、私が守るからね」
自信満々に言い切る兄に、まだ少年のライナスは顔を赤くする。この兄といいフォルセア嬢といい、自分達の上の世代はどうしてこうも堂々としていられるのか。
くるり、ふわり、
フォルセアの深い色のドレスが広がる。
一人でも踊れてしまう体幹を持つフォルセアの腰を、それでもラングルトはしっかりと支える。
離さないと伝えられている様で、フォルセアは少し照れてしまう。
見上げるラングルトの表情はとても満足そうだ。フォルセアばかりを見つめているのに、しっかりと誰にもぶつからずにリードするものだから、中々すごいお方だと見当違いに感心してしまう。
「どうされました」
フォルセアの視線にラングルトは問う。
「今も魔法を使っているのですか?」
「ええ」
防音を。
ひそり、周囲に聞こえないと分かっているのにラングルトはフォルセアのそばで囁く。くすぐったさに少し目を窄め、そうしてフォルセアは笑った。
「ラングルト様とお会いできて良かった。私は幸せ者です」
ラングルトは瞠目して、そうして笑んだ。
「…私もです。貴女に会えた、貴女の隣を許された、これ以上の幸せを知りません」
ひとつ、曲が終わる。
しかしラングルトはフォルセアを離さず、フォルセアもその場に佇んだ。
次の曲が始まる。
去年の約束通り、二人はそのまま踊り始めた。
これは魔力の少ない侯爵令嬢が、この国に三人しかいない魔道伯爵に契約結婚を提案して、幸せになる物語。
第一部 おわり
これで第一部はおしまいです。
この後幕間がいくつかあり、第二部のフォルセア社畜編に続いて、終わります。
まだ第二部を最後まで書き切っていないので、幕間(週一程度予定)をはさんだあと、完成しましたら投稿を再開しようと思います。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。




