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75、オルソー、腹をくくる


 「ご友人が増えましたか?」

 特使達が宿泊する屋敷の廊下で、フォルセアがラングルトに微笑む。

 二階の長い廊下、窓は開かれていて秋の風が入ってくる。気付けばもう秋も半ばだ。

 「まさかこの年齢になり友人のようなものが出来るとは」

 ラングルトはいささか腑に落ちないような、認めていないようなそんな表情だ。

 「実は北部滞在中にアルダール殿下からも側近という名目で友人になってくれと言われました」

 「え、」

 思いもしないラングルトの言葉に、フォルセアは少し大きい声が出てしまった。慌てて周囲を伺う。

 カエン以外の特使達の部屋がどこかは分からないが、むやみに騒いでは失礼になる。

 「殿下が?」

 声を落としてラングルトに近寄れば、彼は非常に不本意そうに口を引き結ぶ。

 ラングルトはふう、と息を吐いた。

 「国王陛下の様な友人が羨ましかったと。立場上望めなかったが、フォルセア様の婿ならば相応だと」

 アルダールの兄、エイリーク陛下には子供の頃から側近候補として侯爵家の子息達がそばに付いていた。現在のペラルゴニウム侯爵とブバルディア侯爵が同世代なのだ。

 確かに彼らと年齢の離れたアルダール殿下にはそういった存在は用意されていない。

 「目を付けられました」

 あまりにも不敬なラングルトの発言だが、だからこその友人候補なのかもしれないとフォルセアは思ってしまう。

 遠慮のない会話はただの臣下には無理だからだ。

 「どうお返事なさったのです?」

 「お断りしたのですが、フォルセア様を盾に脅されまして」

 「私を、…知らぬ間に盾に」

 「フォルセア様に頼み込んで巻き込んで私を説得させると。こんな事でフォルセア様を煩わせるのも腹立たしいので、仕方なくお受けしました」

 「殿下…」

 フォルセアは眉を下げた。

 幼い頃から親しく接してくれるアルダールは、フォルセアから見てもそういう、恥を気にしない手段をいとわない性格をしている。

 「せっかくなので、面倒ごとは全て押し付けさせて頂こうと考えています」

 しれっと真顔で告げるので、フォルセアは笑ってしまう。

 きっと怒りつつもアルダールは喜ぶだろう。そういえばカエンの一件で学園に助けに来てくれた時も、ずいぶんと気安い様子だった。

 「賑やかになりますね」

 カエンもまだアルストロメリアに滞在するのだ。ラングルト達は友人として、どの様に関わっていくのだろう。

 「フォルセア様がたくさんのご友人と楽しく過ごされるので、感化された気がします」

 ラングルトは少し視線を柔らかくする。

 「私ですか」

 「ええ。友人など特に居なくても気になりませんでしたが、フォルセア様はとても生き生きと過ごされているので、悪いものではないなと」

 「そうでしたか…」

 ゆっくり歩き、階段に差し掛かる。

 手すりはあるがラングルトが手を差し出してくれたので、フォルセアは甘える事にした。

 今日は放課後に学園からそのまま来たので制服だ。長い裾を気にせずに歩けるのはとても気軽である。

 「…実は、私はムキになって交友関係を広げていたんです。卒業したら自由に会えなくなるから、せめて今のうちにたくさん思い出を作ろうと、」

 階段の途中、ラングルトの歩みが止まる。

 フォルセアは、彼にこんな話を聞かせて申し訳ないな、と思う。

 でも、ラングルトが思ってくれたように、純粋に友人と過ごしていたわけではないのだ。

 むくりと罪悪感が湧いてしまった。

 「ラングルト様のおかげで、今はそんな考えもないのですよ。本当に。ですから、今の私を見てラングルト様が友人を持とうと思って下さったことが嬉しい」

 ラングルトは返事をせず、フォルセアの頭をそっと撫でた。何度か髪を行き来した手がそのまま頬に添えられたので、フォルセアは顔をかすかに傾けて大きな手のひらに委ねた。

 「貴女のお気持ちが知れるのは嬉しい」

 ラングルトの声音はとても優しい。

 「フォルセア様の、ご家族やご友人には明かさないだろうお気持ちを私には教えて下さる。それがどれほど光栄なことか」

 「ラングルト様が受け入れて下さるからです。貴方ならば大丈夫だと、つい思ってしまいます」

 「いくらでもどうぞ」

 フォルセアは、ふ、と笑ってしまう。しかしラングルトが頬に手を添えたまま近付いてきたので、びくりとした。

 「外ですよ、ラングルト様!」

 誰の目があるか。しかもソシン王国の特使達が滞在しているのだ。

 あまりに誰にも会わず、静かだったからフォルセアもつい安心して話し過ぎてしまった。

 「フォルセア様と二人の時は認識阻害と人避けの魔法を使っておりますのでご安心下さい」

 「は、そんな、」

 呆気に取られたフォルセアの声は、そのままラングルトにのまれてしまった。



 屋敷の控え室で待ってくれていたシリスと合流し、ラングルトは馬車まで二人を送ってくれた。

 馬車の扉が開かれ、フォルセアは乗り込もうとする。今日はシリスが御者役だ。

 「そう言えばフォルセア様」

 ふと、今思い出したかのようにラングルトは声を掛ける。

 「はい」

 「オルソー・トラジアが結婚したい恋人の為に騎士を目指していると私に言いました。ゾラは、フリージアは結婚を約束している相手がいると言っていました。フリージアの恋人はオルソー・トラジアですか」

 淡々と。

 確信しているかの様に告げられ、呆気に取られたフォルセアはがくん、と足の力が抜けてしまった。

 咄嗟に馬車の扉の取手を掴んだが、この行動でラングルトに悟られてしまっただろう。

 シリスも目を大きく見開いて、悲鳴を飲み込んでいる。フォルセアの迂闊さにではない、ラングルトの指摘に驚いているのだ。

 ついに、バレてしまった。

 「ラングルト様、」

 「そうなのですね」

 フォルセアに手を貸しながら、ラングルトは念を押す。

 「…はい」

 フォルセアは観念した。そうして、ラングルトに真剣な表情で向き直る。彼はフリージアの兄でベルツ家の当主だ。

 「反対なさいますか」

 ラングルトの表情は変わらない。

 「恋人であることは否定しません。しかし、結婚となると反対せざるを得ません」


   *


 三者面談である。


 いや違う。フォルセアも同席するし、なんなら扉のそばにはシリスも控えている。

 五者面談である。大所帯だ。

 五人中三人がオルソーの味方であるのだが、ラスボス一人が強大過ぎて心強さがあまりない。

 わざわざ週末に学園に申請までして、西寮の面談室の予約を取ったのはラングルトだ。

 オルソー・トラジアとの面会とわざわざ寮の管理人に申請してから呼び出した。もちろんフリージアも。

 フォルセアとシリスは事態を変えてしまった責任を感じ、つい、同席を申し出てしまったのだが、ラングルトは断らなかった。

 なので、五者面談だ。

 事務的な簡素なテーブルと椅子。ラングルトが座り、向かい側にはオルソーとフリージア。

 フォルセアは二人の後ろ、シリスは扉のそばだ。

 一対四の構図だがラングルトの表情は冷ややかなままだ。

 フォルセアから話はすでに伝わっている。オルソーはフリージアと共に正式に謝罪された。

 しかし何年間も付き合いを兄に黙っていたのはオルソーとフリージアだ。フォルセアを責める気は一切ない。

 むしろ、先送りにしてきた問題をどうにかする頃合いでもあった。

 オルソーはこの秋が終われば、卒業後に騎士見習いとして騎士団に所属することが認められる。

 騎士課程の必要な単位を二学期中に全て収めると見なされ、貴族からの推薦状も提出したのだ。

 教官からも、これからよほどの問題を起こさない限りは大丈夫だと告げられている。

 「さて」

 ラングルトは机の上で手を組んだ。

 フリージアがびくりとする。

 「手短に話しましょう、フォルセア様にはお伝えしてありますが、現時点では貴方達の結婚を認めるわけにはいきません」

 「お兄さま…」

 フリージアが視線を落とす。彼女は貴族だ。結婚には責任が伴う、そして、当主の許可が必ず要る。

 オルソーもそれは十分理解している。

 ベルツ伯爵家当主ラングルトが認めなければ、無理なのだ。

 「私は平民以下ですが、卒業後には騎士見習いの資格が得られます、必ず騎士になりフリージア様に見合う身分を手に入れます」

 はやる気持ちを抑え、オルソーは物凄く気をつけて言葉を発した。

 正しい話し方は散々聞いてきた。お手本がすぐそばに居るのだ、落ち着けば、真似できる。

 「貴方(あなた)方(がた)が付き合った頃ならばそれで良かったでしょう。良い計画です。ですが今のフリージアに見合う身分はただの騎士爵で贖えません」

 ラングルトの声は冷たいが、その言葉の意味はオルソー達が覚悟していたものと少し違う。

 反対するだけならば、良い計画などと言うだろうか。

 オルソーとフリージアからは見えないが、二人の後ろのフォルセアがハッとして顔色を変えた。

 ラングルトはフォルセアの姿をしっかりと視界に収め、少し肩をすくめる。

 「これは私のせいでもあります。今や私はフォルセア様の婚約者、来年には夫となります。ベルツ家はルドベキア家の傘下に入り、フリージアはルドベキア侯爵令嬢の義妹となるのです」

 フリージアも思い当たったようだ。

 さあっ、と顔色を悪くする。

 「この身分のフリージアを妻とするならば、ただの騎士爵しか持たない相手を私は立場上許すわけには行かない」

 「盲点でしたわ…」

 フリージアが顔を押さえて俯いてしまった。

 「悪い、いや、…すみません、どう言うことですか」

 「フリージアと結婚するには身分が足らないんだ。…すまない、オルソー…」

 オルソーの後ろからフォルセアが説明する。物凄く申し訳なさそうに。

 「私が侯爵家なばかりに…」

 ラングルト様と婚約してしまったから、妹のフリージアの身分が、つまり、価値が上がってしまった。

 「はぁ⁉︎」

 告げるフォルセアに、オルソーが振り返る。

 「俺はどうすりゃ良いんだよ、騎士以上ってなんだ」

 「戦功を立て勲章を得ていただきましょう」

 フォルセアを見上げるオルソーに、ラングルトは淡々と告げる。

 「我が国の騎士は勤続年数や部隊の役職以外にも勲章を持つことで得る序列が存在します。より素晴らしい働きをした者に与えられる希少な物であり、これらは退役した後でも貴方の地位を保証する物になります」

 「褒章とは違い、勲章を持つと退役した後の軍人恩給が増えるしとても信用のある身分証明にもなる」

 オルソーの後ろからフォルセアが補足する。

 ラングルトの意図が分かったのだろう、声がすとんと落ち着いている。

 「つまり、騎士になるだけではなく物凄く活躍しろということだ」

 「そんなの、やるだろ」

 オルソーは口の端を上げた。

 なんだ、それで良いのか。

 びっくりさせやがって。

 「やります、何としても勲章を取ります」

 立ち上がって、ラングルトに宣言する。

 「ならば、現時点で伝える事は以上です」

 ラングルトは立ち上がる。まだ混乱している様子の妹を見下ろし、

 「フリージア、分かりましたか」

 と尋ねる。

 視線を泳がせ、手をどこに置けば良いか分からないような仕草をしたフリージアの肩にフォルセアが手を置く。

 「フリージア」

 そっとフォルセアが声を掛ければ、ようやくフリージアは視線を兄に定めた。

 「ええと、分かりましたわ。お兄さま、ええと、ありがとうございます…」

 反対されたのではない。道筋を示しに来てくれたのだ。その事を理解したはずなのに実感がわかない。

 「貴方は妹さんの相手が私で良いのですか」

 オルソーがラングルトを見上げる。

 「私はろくな身分出身じゃないです」

 「オルソー…」

 こればかりは、変えられない事実だ。

 ラングルトの視線がフリージアからオルソーへ移る。しかし、それだけだ。

 「貴方をフリージアが選び、フォルセア様が認めている。今更私が言うことはありません」

 「そう、ですか…」

 あまりに呆気なく認められてしまった。

 つい、オルソーはフリージアと顔を見合わせる。

 「頑張ってください」

 応援もされてしまった。

 二人の覚悟も緊張も空回り、ちょっと返事ができない。

 しかし。

 「良かった!安心した、後はオルソーが怪我に気を付けて物凄く頑張るだけだ。フリージアは信じて待てば良い」

 フォルセアだけは事態をしっかり把握していて、にこにこと二人の背を何度も叩く。

 「ラングルト様、ありがとうございます」

 「いえ」

 笑顔のフォルセアに声音を緩めて、ラングルトは軽く一礼した。そのまま出口へ向かうものだから、オルソーもフリージアも背を見送ることしかできない。

 フォルセアはラングルトを見送るようだ。本当に切り替えが早い。

 「ラングルト様はお帰りになるのですか?」

 「いえ、私が学園に来ると報告が行ったらしく、学園長に呼ばれています」

 「そうですか」

 「また後日ご連絡いたします」

 「はい」

 穏やかに会話する二人が廊下に出て、ぱたん、と、付いて行くシリスが扉を閉める。

 「え、これで終わりなのか」

 オルソーが呟いた。

 

 


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