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74、西方の客8


 カエンを呪う一派の一人を捕らえた。

 カエン・ゾラの呪いは解け、ソシンの特使達はアルストロメリアの保護下にある。

 アルストロメリア国王の親書は特別な経路を辿って他国に届けられる。

 約二日で迅速にソシン女王まで届けられた親書の返事は、更に五日も日が経った後にアルストロメリア王都まで届けられた。

 ソシン女王は親書を受けすぐに行動を起こしたようだ。

 カエンを呪い続けた勢力が捕まった。

 シイバ・ミスハリが所属する勢力から調査が始まると、道連れにするかのように彼らは協力者の名前を次々に吐き出して行ったのだ。

 驚くべき事に王宮魔法使いの第二席、第五席、第六席。長らく女王の治世を支えた魔法使いの名前まで消えてしまった。秘密裏にカエンの解呪を担っていた一派すら含まれていた。彼らが主犯であったのだ。

 逮捕だけで詳しい調査はまだこれからだが、アルストロメリア王国の善意に心から感謝する、とソシン女王直筆で書き記されている。

 スイザンは胸を撫で下ろし、その場に居たアルストロメリアの面々に深く頭(こうべ)を垂れた。

 「誠に申し訳ありませんでした。そして、本当にありがとうございました」



 カエンは己に起こっていた事に気付けなかった。高いプライドが、自身が呪いを受けた事を認められなかったのだ。

 やけにすっきりとした意識の中、彼がまだ学生の頃から名を知っていた、かの高名な魔道伯爵クリストル・イザから直々に、長らく呪いを受けていた事、無事に解呪をした事を教えられる。

 「本当に長い間、さぞ苦しかっただろう。狂い切らずによく耐えたものだと心から君を尊敬します。素晴らしい精神力だ」

 ゆっくりと、イザはカエンに告げる。

 「貴方は素晴らしい魔法使いだ。ソシン女王陛下もさぞ誇らしいだろう」

 カエンの目から涙が溢れた。

 嗚咽ばかりで言葉にならず、何度も何度も頷いて、イザ卿に感謝を、謝罪を、様々な感情を告げる。

 奇しくも、カエンは切望していたモノをもらってしまったのだ。

 なんとアルストロメリア王国が誇る最年長の魔道伯爵、三十年の長きに渡りその座を守り続けるクリストル・イザに。ラングルト・ベルツを唯一凌げる存在に。


 自分の努力を、才能を、認めてもらえたのだ。


   *


 ラングルトがカエンと面会したのは、ソシン女王から親書が届いた日から数日後だった。

 カエンは今も静養中で、外出する事なく用意された客室で過ごしている。ミスハリ以外の他の特使達も同じ屋敷に引き続き滞在しており、時間を見て色々と話し合っているらしい。

 事前に許可を得ての訪問だ。

 ラングルトを迎えたカエンは、気まずそうな顔を浮かべながら深く頭を下げた。

 「巻き込んでしまい、本当に申し訳なかった」

 学生時代から、一方的に確執を抱いていた。心が弱り、己の劣等感の象徴としてラングルトの存在があまりに鮮明に思い浮かんでしまったのだ、と。

 ぽつりぽつりと、躊躇いがちに語るカエンの目にはもう狂気はない。

 ラングルトは何となく懐かしいものを感じた。そうか、確かにこういう男だった記憶がある。

 「私はお前の才能や成果が妬ましかった。でもそれ以上に、誰にも、何にも左右されないお前の生き方が本当に羨ましかったんだ」

 そうか。

 あの時の自分は、その様に思われていたのか。

 「私は自分のプライドを守るために、祖国のために、自分の才能を信じてくれた家族のためにと言い訳を作ってみっともなく足掻いていたんだ。…ベルツ、あの頃のお前は、何のために学んでいたんだ」

 「私は、」

 静かに、ラングルトは口を開いた。

 あの頃。

 「とにかく妹と使用人達を路頭に迷わせないためにと、そればかりでした。正直なところ、私自身のことなどどうでも良かった」

 伯爵だった父が死んで急いで後を継いだ。

 母は伯爵夫人としての立場が弱くなり、喪に服さねばならなくなったし、自由に使える金が減ると荒れ、戸籍上の祖父母は葬式にも来なかった。

 どれほど賢くとも、当時のラングルトはまだ子供だった。

 自分の事を気にする暇などなかった。

 「そうか、お前は在学中にお父上を亡くしたんだったな…私はそんな事も気付かずにお前に張り合っていたのか」

 カエンは「すまない」と肩を落とす。

 ラングルトは返事をあぐねた。

 こういう時に、ちょうど良い言葉が返せない。

 気にするなで良いのか。過ぎた事だと、それとも、こちらも気遣えなかった事を謝るべきなのか。何も分からない。

 (きっとフォルセア様なら)

 適した返事をなさるのだろう。

 現実逃避にも似た事を考える。

 だが、そんな事を考えたせいなのかと、勘違いしてしまう様な事が起こってしまった。

 扉がノックされ、「ルドベキア侯爵家フォルセア様が面会をお求めです」と、護衛の騎士が告げたのだ。

 咄嗟にラングルトとカエンは立ち上がってしまった。本当に同時だった。

 二人で顔を見合わせてしまう。

 「どうぞ…!」

 カエンの声が震える。

 カチャ、騎士が静かに戸を開けると、フォルセアが淡く笑みを浮かべて入室した。

 「アルダール殿下からラングルト様がお見舞いにいらっしゃっていると聞いて、私も来てしまいました。急に申し訳ありません」

 すっと伸びた背筋。ラングルトに少しだけ視線を留めてから、フォルセアはカエンを向いた。

 「お加減はいかがですか」

 フォルセアの声は穏やかだ。本当にカエンを案じているのだろう。

 彼がどれだけの間呪いに晒されていたのか、ソシンの思惑、そういったものも彼女はすでに知っている。

 ラングルトは部屋の主の承諾なく窓際から椅子を運ぶ。フォルセアの手を取り腰掛けるのを見守ると、自分も隣の席に座った。

 カエンは返事が出来ずにいる。フォルセアの動きをずっと見つめて、口を開いたままだ。

 「ゾラ」

 つい、ラングルトは名を呼んでしまう。カエンはびくりと肩を跳ねさせ、今度は驚いた様にラングルトを見つめた。

 「名前を呼ばれた」

 呆然と言われて、ラングルトはフォルセアと顔を見合わせた。そんなに驚く事だろうか。…そういえば、名前を呼んだことがあっただろうか?学生時代の事などろくに記憶にない。

 カエンは少し滲んだ目元を慌てて擦り、そうしてようやくフォルセアに頭を下げた。

 「アルストロメリアの皆様のおかげで、こうして無事に過ごすことができております。フォルセア様におかれましては、本当に、誠に、申し訳ございません。あれほどの無礼を…」

 じわじわとカエンの顔から血の気が引いていく。自分のしたことは全て覚えているのだ。

 「どんな罰も受ける覚悟です」

 神妙に目を伏せるカエンに、フォルセアは気まずそうに、立ち上がった。

 ラングルトとカエンの視線が彼女を追う。

 「私こそ、その、投げてしまって本当にすみません。お怪我もしたでしょうし、…痛かったでしょう…?」

 咄嗟に身を守る為、だけではなかった。

 ちょっとイラッとしてしまった、意図的な攻撃だった。そう、フォルセアは彼に危害を加えたのだ、と。

 告白しながらフォルセアも頭を下げる。

 「申し訳ありません」

 「そんな、いけません、顔をお上げください」

 カエンは大慌てだ。罪を償うどころか謝罪されてしまったのだ。

 「あなたの喝のおかげで私はあの時思考が戻ったのです、腹の中に溢れた熱く苦しいものが冷えた瞬間があったのです。それに、あなたは私を認めて下さった、カエン・ゾラで良いのだと、私のままで良いのだと、教えて下さったではないですか、そのお言葉で私はようやく自分の矛盾に気付きました、呪いに気付けたのです」

 カエンの声がどんどんと大きくなる。

 とうとう目から涙が溢れ、ぼたぼたと床を濡らした。

 「助けて下さってありがとうございます」

 「ゾラ殿」

 袖で必死に涙を拭う様子がやはりどこか子供の様で、フォルセアは幼い頃の弟達にするように背中を撫でた。

 「私が貴方に怪我をさせた事に変わりはありません。本当に申し訳ありません。でも、私が貴方の…役に立てたなら、良かった」

 ラングルトは瞬く。

 フォルセアの言葉にきつく手のひらを握った。

 カエンはしばらくグスグスと鼻を啜り涙を拭い、ようやく顔を上げると、真っ赤な涙顔のままフォルセアにひざまずいた。

 「私の忠誠は女王陛下にございます。しかし、フォルセア様にいただいたご恩は決して忘れません。必ずあなたに報いる事を誓います」

 フォルセアの手を取り、甲に額を触れさせた。

 フォルセアは姿勢を、表情を正す。それは儀式に臨む彼女の姿だ。

 「カエン・ゾラ殿の誓いを受け入れます」

 「ありがたき幸せ」

 カエンは手を取ったままフォルセアを見上げる、フォルセアは笑顔で頷き、そうして。

 ラングルトは無言で歩み寄りカエンからフォルセアの手を回収した。

 「そろそろ終わって下さい」

 「はあ⁉︎」

 カエンは眉を吊り上げる。

 「今すごく大事な所だっただろうが!」

 「もう十分待ちました」

 「お前の判断は関係ないだろ…あ、ベルツお前、嫉妬か!これだけでお前…!」

 これ見よがしにフォルセアの手の甲を拭って、ラングルトは座らせたフォルセアの前に、壁のように立ってカエンを見下ろした。

 「理解したならフォルセア様から離れて下さい。私は貴方の呪いや確執云々には興味ありませんが、妹とフォルセア様にした事は許していません」

 「それは…っ、ごめんっすまない、っすみません!」

 ズ、と鼻を啜り、カエンは慌てる。

 「妹君にした事も謝罪する。すまない、つい、あんなに魔法への造詣が深い可憐な女性と日々研究しながら過ごせたらどれだけ楽しかろうと、思い…親から早く結婚をしろと急かされてもいたから」

 (おや、意外と真っ当な理由だった。…オルソーにはとても聞かせられないが)

 ラングルト越しにカエンを覗いて、フォルセアは感心する。

 「妹以外で探して下さい」

 「ぐぅっ」

 「…フォルセア様は?私への当て付けですか?」

 「まさか!実は、カトレア伯爵家の夜会に忍び込んでしまって、お前と踊るフォルセア様があまりに見事で美しくて、……やめろ怖い!」

 カエンはつい自分の懐の杖を探した。無い!そうだ、没収されていた!

 ついカエンは両腕で顔を庇った。

 自分を見下ろすラングルトの禍々しさに鳥肌が立つ。

 「今の私は、婚約者がいる方を狙う悪趣味な人間ではないから!」

 「ラングルト様」

 とんとん、ラングルトの背を叩いてフォルセアは苦笑する。

 「かわいそうになってきました」

 どこか子供のようなのだ。ラングルトと同じ年齢のはずなのだが。

 ふーー、と、長い長い息を吐いて、ラングルトはフォルセアの隣に戻り立つ。恐る恐るカエンは自分の椅子に座った。ずっとひざまずいたままだったのだ。

 「フォルセア様、そろそろ退出しましょう。ゾラも元気そうなので、これ以上お心を砕く必要はないかと」

 「私は来たばかりな気もしますが…そうですね、長居をしてお疲れになってもいけませんか」

 「疲れないです、」

 ラングルトの視線。

 「…何でもないです」

 フォルセアは苦笑した。不思議と慰めたくなる方だな。

 ソシンの人々はまだ帰国の許可が降りない。ソシン王国内の粛正がもう少し落ち着くまでは、カエンは帰国しない方が良いと判断されている。

 「また来ます」

 フォルセアの言葉に、カエンは表情を明るくする。ずっと部屋の中に籠るのも辛いだろう。

 「ベルツは、来てくれるか?」

 ためらいがちに見上げるカエンに、ラングルトは肩をすくめる。

 「フォルセア様をお一人で来させるわけがないでしょう」

 「そうか!」

 カエンは更に喜色を浮かべた。

 「本当は、私はずっとお前と普通に話してみたかったんだ、相手にされなかったらどうしようと二の足を踏んで、結局お前の才能に嫉妬して、勝手に私の敵だと思い込んで張り合って、…私は本当はベルツと友達になりたかったんだ」

 思わぬ告白に、ラングルトはさすがに言葉を失う。

 初めて見たのだろう、ラングルトの驚く表情に、カエンもつられて目を大きくする。

 はぁ。

 ラングルトは立ち上がり、フォルセアに手を差し出す。立たせたフォルセアと共に、扉を開けた。

 「…また来ます」

 ラングルトの言葉にカエンは呆然とする。フォルセアが笑みを浮かべて一礼し、そうして、扉が閉められる。

 ぱたん。

 「うん、」

 小さく返事をして、カエンはすでにびしょびしょになった袖で、もう一度、目を擦った。



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