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69、西方の客3


 「整理をしよう」

 ようやくフリージアの研究室へ招かれたフォルセアは、怒りとは別の理由で真っ赤な顔のフリージアと彼女から離れないオルソーを一瞥して話し始める。

 「まず、ゾラ殿達ソシンの特使は以前オルソー達が狩った魔亀の素材を買い集めに来た」

 「魔亀?何でだ」

 「彼の国では魔亀は信仰の対象なのだそうだ。だが海のないソシンではそうそう手に入らない。今回は女王の命で何としても甲羅をはじめ骨なり血なりをあるだけ買い付けに来たそうだ」

 「魔亀の出現自体稀ですものね」

 フリージアが呟く。

 「すでに特使の一部は直接買い付けに東へ向かっているらしい。ゾラ殿は王都に残る外交官たちの護衛役で、彼らは王都の有力商人たちから素材を手に入れる算段を我が国に要請したそうだ」

 「何でそんなのをお前が知ってるんだ」

 オルソーの言葉に、フォルセアは苦笑する。

 「私の後ろで先生に自慢げに話していた。機密でも何でもないのだろうな」

 「それでも不用心ですわ…」

 フリージアは呆れ顔だ。先程の一件のせいで、カエンへの心象は最悪なものになっている。

 「この国の貴族にも詳しくないようだったな。ルドベキアの名を知らなかった」

 「留学していたのに?」

 「ラングルト様の時代は高位貴族は学園に在籍していなかった。関わることもなかったのだろう」

 最年少のペラルゴニウム侯爵からフォルセアとイクシオまでの年齢差は十五、その間を埋める高位貴族は居ないのだ。

 「商人と交渉するのなら、今の時期は貴族主催の夜会の場だろうな。今夜も外務局主催で晩餐会があるそうだ」

 「そんな事まで話しているのですか」

 「話していた…」

 もう笑うしかない。それはもう誇らしげに話していた。

 「イグノック先生は聞き役に徹していた。かの御仁のラングルト様への確執を知っていて、あえて私の事を話していない可能性もあるな」

 呼び止められる時に一度だけ名を呼ばれたが、それだけだった。

 「もう関わりたくないですわ」

 「俺もだ」

 心底嫌そうな二人の言葉に、フォルセアは即答できない。

 (まだしばらく滞在すると言っていたな、つまり、素材を買い揃えるまでは祖国に帰れないのだろう)

 「いざという時の覚悟は、しておいた方が良いなもしれない…」

 自信満々の、そう、まるで子供のようなあの顔を思い出してフォルセアは遠い目をした。


   *


 外務局主催の晩餐は、特使が到着してから数日遅れて開催された。

 外務局が有する建物の晩餐の間には飾り付けられた長い机が向かい合うように並べられ、ソシン王国の駐在員や特使たちとアルストロメリア王国の関係者が向かい合う。

 ソシンの特使達は数名がすでに東の辺境伯領に出発しており、王都に滞在するのは五名だけだ。外交官二名、神官、商人、そして王宮魔法使い。対するアルストロメリアは、ドラセナ公爵、フロックス侯爵、ベルツ魔道伯爵、外務局局長と職員複数名、そしてラングルトの魔道局の部下、魔道技術部部長のシュベリ・リナリアだ。

 シュベリは、男性ばかりの晩餐会で女性が外務局職員の一名だけになってしまったため急遽招集された。

 外務局が保管する衣装から深緑のドレススーツを着用し、普段は入れない会場に臆する事なくもりもりと食事を楽しむ姿はとても頼もしい。

 当たり障りない会話が行き来する中、晩餐は終わる。隣の部屋の扉が開き、外務局局長が客人を招いた。自由に歓談できるように、立食形式で軽食と飲み物が用意されている。

 「晩餐会って豪華ですね」

 うわ、デザートもある。

 シュベリは隣の上司に感心するように声を掛ける。

 ラングルト経由でアルダールから出席の要請を受けたシュベリは、驚きつつもひたすら楽しもうと心に決めて会に臨んだ。男爵家の彼女では到底お目に掛かれない世界なのだ。

 「お好きにどうぞ」

 無表情を貼り付けた抑揚のない声でラングルトはシュベリを案内する。手を取ることはないが、上司として面倒を見てくれる気はあるらしい。

 逆にシュベリはアルダールから「ベルツの面倒を頼む」と言われていたりする。

 「ものすごい食べても失礼ではないですか?」

 「どうせ大半が残るのでお好きなだけどうぞ」

 残った分は使用人達の取り分になるが、まあ、量は沢山あるはずだ。

 自分は食べる気はないのだろう、他人事のようなラングルトの許可に、よーし、とシュベリは腕まくりをする仕草をする。

 山盛りのクッキーにサンドイッチ、甘めのシャンパン。ほくほく顔の部下の隣でコーヒーを飲むラングルトは、歩いて来る「客人」の姿に眉を寄せた。

 とうとう来たか。

 「先日は失礼した、ベルツ殿」

 外交官に伴われる様にして、カエン・ゾラは不本意を顔に貼り付けながらも一応の謝罪をしてきた。

 「分かりました」

 ソーサーにコーヒーカップを置き、ラングルトは軽く一礼する。

 ……沈黙。

 「それだけか!」

 声を大きくするカエンにラングルトは無言だ。

 「全く!かつてのライバルがわざわざお前を訪ねたというのに、相変わらずお前という奴は!」

 「ゾラ殿!」

 年長の外交官がたしなめると、「ぐぅっ」とカエンは奥歯を噛んだ。

 「子供みたいね」

 シュベリは本当に小さく呟く。

 「お前に負けたままアルストロメリアを離れる事になってしまったからな。折角の機会だ、今度こそ、お前と決着を付けてやることにした。私は女王陛下に報いねばならん!」

 「迷惑です」

 「こら!局長」

 歯に衣着せぬ上司の発言に、ついシュベリはラングルトの背中を叩いてしまった。火に油を注いでどうするのか。

 「我が国では魔道士の私闘は禁止されておりますよ」

 つかつかと、アルダールが歩いて来た。

 ラングルトの眉が寄る。話を長くする人物が増えた。

 「これは公爵、この度はお招きありがとうございます」

 カエンと外交官は一礼する。

 ラングルト以外への当たりは確かに丁寧だ。

 「私も偉大なるソシン女王陛下の魔法使い、もちろん、貴国の手続きを行なった上で正式に腕試しとして行いますとも」

 カエンは朗々と告げる。

 アルダールはラングルトをチラリと見た。ラングルトが光のない死んだような目をしているのを確認して、肩をすくめる。

 「さて、私からは何とも。ソシン女王陛下のご希望は魔亀の素材とお聞きしています、無事に手になされる事を祈っておりますよ」

 「ありがとうございます」

 隣に出た外交官がカエンを後ろに下がらせる。

 しかしカエンは諦めないようだ。ラングルトの方へ近付く。

 「今日、学園のイグノック先生にご挨拶に伺ったんだ。大変世話になったからな!」

 「……」

 ラングルトの視線が動く。

 ようやくカエンに向けられた視線に、ふふん、と鼻を鳴らす。

 「お前の妹君を紹介してもらったぞ、お前に似ずとても可憐な女性で驚いた。所作も丁寧で理知的だ。しかも学年の首席で研究室持ちだろう、心底感心したぞ」

 「…どうも」

 「私と一緒にソシンに行くかと聞いて、断られた。結婚を約束している相手がいるらしい、本当に残念だ」

 カエンの周囲の人間が息を呑む。

 ラングルトの魔力が膨れた。

 「…金輪際、妹には関わることのないようにお願いします」

 言葉に温度があるならば、これは絶対零度だ。

 ヒェッ

 シュベリが口の中で悲鳴を上げる。

 (何なのこの子、竜の尻尾を踏む癖でもあるの⁉︎)

 カエンの言動に青ざめるのはソシンの外交官も同じのようだ。

 「そういえば、ベルツ魔道伯爵は婚約が決まったとか!誠におめでとうございます!」

 話を逸らそうとしたのだろう、

 「我が国にも知らせはすぐに伝わりました、いやはや、めでたいことですが我が国の姫君たちがそれはもう残念がって…」

 しかし、逆効果だ。

 「はあ?婚約!何でお前が…」

 カエンが過剰に反応してしまったのだ。

 「しかも何で、我が国の姫君の話が出て来るんです?」

 「結婚相手としてベルツ魔道伯爵へ打診をしていたのですよ。断られてしまいましたが」

 「何で私ではないんですか!」

 (うわーーー)

 シュベリとアルダールはつい顔を見合わせてしまった。

 ラングルトは心底面倒臭そうな顔をしている。

 「その、あれです。国外の要人に姫君が嫁ぐことが大事なのですよ」

 慌てる外交官の説明に、カエンは唸る。

 「何でこいつに婚約者が居て、私に居ないんだ…!」

 「女王陛下がきっと良いようにして下さいますよ」

 慰めるように外交官が言う。

 少し離れていたソシンの神官が助け舟のようにカエンの背を叩いた。

 「ゾラ殿、一旦落ち着きましょう、飲み物を選びに行きませんか」

 話の続きはそれからでも構わないでしょう。

 と、わずかに引っ張るように連れて行く。

 残った年配の外交官は額に汗を浮かべ、アルダール達に頭を下げた。

 「中々愉快な方のようだ。王宮魔法使いだとか」

 ソシンとアルストロメリアは魔道士の扱われ方が違う。王宮魔法使いとは女王直属の特別な十人の魔道士達の事である。

 皮肉を込めた言葉だ。外交官は受け流すどころか恐縮する。

 「実力は確かなのです。他でもない女王陛下がゾラ殿のあの人となりを非常に愛でておられまして、あえて要職に就けて育てようとのお考えなのです」

 「我が国にはお遣いの練習に来させた感じですか」

 つい、シュベリが言ってしまう。彼女は三人の息子を育て上げた歴戦の母親だ。

 「これ以上ない的確な表現です」

 外交官もつい笑ってしまった。

 つられてアルダールも笑う。いや、この方も大変そうだ。

 「ベルツ、お前が邪険にすればするほどあの御仁は構われに来るぞ。もう少しちゃんと話してやればどうだ」

 「話すことが一つもないので」

 「局長はまたそんな事を…」

 一体どんな学生生活だったんですか。シュベリが苦笑する。

 そこに大声が響いた。

 「ベルツ!お前の婚約者はルドベキアというのか!今日会ったぞ!学園の案内をしてもらった!」


 ひぇッ


 自慢げに「知っているぞ!」と声を上げるカエンに、使用人含めて会場中のアルストロメリア人が悲鳴を上げた。


 ルドベキアとはアルストロメリア王国の重要な貴族の家名である。それを呼び捨て。しかも、この場にはフロックス侯爵も居られるのに!

 そしてラングルト本人を知る人々は別の意味で悲鳴を上げる。

 ラングルトがフォルセアをどれほど大切にしているか。爵位すら返上するその場に立ち会った数名の人々はカエン・ゾラの不敬よりも彼が魔道伯爵の逆鱗に触れた事に恐怖した。


 「ゾラ殿!!」


 ラングルトの表情が変わったのを年配の外交官は全て目撃してしまった。

 他人の目など一切の配慮なく大声でカエン・ゾラの名を呼ぶ。叱責としか言いようのない声音だ。

 カエンはびくりと肩を震わせる。

 「アルストロメリアは我らソシンの友好国!今回の急な来訪を快く迎えて下さり、女王陛下のご希望である魔亀についても協力を申し出て下さっているというのに貴殿はどこまで無礼を働けば気が済むのか!」

 会場中に響き渡る怒声だ。

 「今回の件は全て女王陛下に報告させていただきます!」

 「ス、スイザン殿…」

 カエンが年配の外交官を呼ぶ。

 「謝罪を!」

 「でも、」

 「謝罪を!!」

 「申し訳ありません!!」

 それまでの自信に満ち溢れたカエンが、真っ青な顔で頭を下げる。

 大声が反響する。シュベリは耳を押さえた。

 「…我が国の魔法使いはいささか酔いが回ってしまったようです。申し訳ありませんが、彼は先に退出させましょう」

 外交官が声を落として頭を下げる。

 「ゆっくり休むとよろしい」

 アルダールが告げ、少し離れた場所にいるフロックス侯爵に目配せをすると、彼も頷いた。

 使用人たちがカエンの両端に立ち、半ば強制的に会場の外へ連れ出した。若い方の外交官が彼に付いて行くようだ、深く深く頭を下げて会場を後にする。

 後始末を押し付けられた形になるスイザン外交官は、長いため息を吐いた後、深々と謝罪の言葉と共に頭を下げた。

 


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