62、オルソー・トラジアの話1
オルソー・トラジアは傭兵である。
オルソーの両親は二人とも傭兵で、地方ごとにある傭兵ギルドにも所属せずに旅をしながら各町に訪れては稼ぎ、次の町へ行く流れ者の傭兵だった。
一つの場所に定住しないため、姓もない。
父親の名はシュリーク。彼は元々はどこかの国の力のある商人の次男か三男でそれなりに立派な戸籍を持っていたのだが、優れた容姿のせいで評判の悪い貴族に目をつけられ、父親に賄賂代わりに送られそうになったので出奔したそうだ。
はるか西方の国出身の母親のアナダは根っからの流れの傭兵だった。
アナダは学と金はあるが生きるための知識のなかった父親に雇われ一緒に旅をする内に、夫婦になったらしい。
オルソーは生まれた頃から旅ばかりで、地図を見ながら「次はどこに行きたい?」と父に聞かれて「ここ!」と適当に指差した場所に向かう生活を楽しんでいた。
傭兵ギルドは拠点を置かない流れ者に親切な所と、そうでない所と色々あったのだが、何だかんだと幼い子供連れの若い夫婦を邪険にすることができずに仕事を回してくれたり世話を焼いてくれた。
母親がとにかく強かったので、その筋では有名だったらしい。
父親も商人の出とはいえ学校に通っていて護身術も身に付けてきたので素養はあったのだろう。更に妻にしごかれたせいでそれなりに役に立った様で、対魔物というよりは対人の護衛などで引っ張りだこになっていた。
見目がよく学があり、腕が立つならば金持ちの護衛として重宝されるのだ。
オルソーは両親が仕事に出ている間は傭兵ギルドで留守番をする。
きちんと金を払って部屋を借りているのでゆっくりすれば良いのだが、幼いオルソーは忙しく働くギルドの職員を手伝って掃除をしたり重い荷物を運んだりと何かと動くので、職員や傭兵たちにとても可愛がられた。
傭兵の可愛がり方は豪快だ。普通に武器を握らされ使い方も教わったので、オルソーは五歳くらいの時には小さな魔物を狩れるようになっていた。母親からの血筋もあったのだろう。
両親がとうとう定住を決めたのは、オルソーが十一歳の時だ。
選んだ町はアルストロメリア王国の東側、海沿いのトラジア地方だ。エラズの町の傭兵ギルドはトラジアの地方領主が運営するギルドで、他のギルドに比べるとまだ「お行儀が良い」場所だった。
何故ここを選んだか。
オルソーの父が討伐の最中に足を負傷して、片足を失ってしまったせいだ。
傭兵稼業は出来なくなるが、幸いにして父シュリークには商人の息子として鍛えられた学があったので、このギルドの職員として働くことを熱望されたのだ。
流れ者の母アナダも、片足のない夫と共に旅をする気にはなれなかったようだ。オルソーも大きくなってきたし、「まあ良いか」と、とうとうエラズの町に小さな家を買ったのだ。
こうしてオルソーは十一歳で後に故郷となる場所を手に入れた。
父はギルドで、オルソーは母と共に傭兵として働く日々が続いた。
変化が起こったのは、オルソーが十二歳の時だ。トラジア地方の領主がわざわざ町に遊びに来たのだ。
手には大きな道具を持って。
エラズの傭兵ギルドは領主が出資していて、ギルド長は領主の古い友人だ。
自慢げに道具を自慢する領主に、ギルド長は呆れた顔を見せ、他の傭兵や職員たちも野次馬のように群がる。
「魔力を測定する道具だ!」
凄いだろう!
領主は得意げだ。こんな田舎でこれを導入するのは凄いことなんだ、と、領主はほくほくと話す。
「魔力が凄くてどうするんだ。ギルドに魔道士部門でも作るのか?」
ギルド長はひたすら呆れている。
ギルドには魔法を使う傭兵も多くいるが、平民の彼らはきちんと魔法を学んだことはない。先達が自己流で教えた魔法を使っているので、上手い下手なども不明だ。
「まあまあモノは試し」
と、領主は傭兵や職員の魔力量を片っ端から調べていく。どの数値が凄いのか、誰も分からなかったがオルソーの父シュリークの数字が誰よりも高かった。
「シュリークが凄そうだな、おい、オルソーは?オルソーも試そう」
傭兵たちがやんややんやと外に出ていたオルソーを抱えて来る。
文字通り荷物のように抱えられて運び込まれたオルソーは、何が何だか分からない内に道具に手をくっつけられ、周りがどよめいた事に怪訝そうに眉をひそめた。
「何なんだよ」
「オルソー、お前はこれ、凄いんじゃないか?」
傭兵達が「なんか凄そうだ」と褒めちぎる。
シュリークを見れば、父はオルソーの数値に少し難しい顔をしていた。よくない事だったのだろうか。
「領主様、」
ギルド長の声が真剣だ。
のんきにしていた領主も、オルソーを真剣な顔で見下ろした。彼らには数値の意味が分かったのかもしれない。
「このまま傭兵として育てるには惜しい数値だ。オルソー、お前なら魔道士だって目指せる」
魔道士は国家資格だ。
「はあ?」
領主の言葉にオルソーは声をひっくり返した。
「何言ってんですか、親父、これって何だよ」
父親に助けを求めれば、シュリークは杖を付いてオルソーのそばに来た。
「これは魔力量を測る道具だ。オルソー、お前の魔力はかなり多いみたいだな。剣を振るわなくても魔法で大型の魔物を倒せるぐらいだぞ」
シュリークの分かりやすい説明に盛り上がったのは野次馬の傭兵達だ。凄い凄いと囃し立て、オルソーを魔道士にしてやろう、どうやるんだと無責任に笑う。
「はあ?みんな何バカな事言ってるんだよ」
少年のオルソーは呆れ顔だが、領主とギルド長はひそひそと話し始めてしまった。
とても面倒くさそうな、悪い予感がする。
「おい、親父」
助けを求めるように父親を見上げれば、
「…アナダにも話さないとな」
と、告げられたので、オルソーのとても面倒くさそうな未来がほぼ確定してしまったのだ。
結論として。
オルソーはトラジア領主の推薦状を持って王都の学園を受験する事になってしまった。
トラジア領が属する東部ナスタチウム辺境伯領にも学校はあるのだが、「どうせだったら一番を目指せよ!」というノリの良い傭兵たちの後押しで王都に向かう事になってしまったのだ。
傭兵たちは流れ者だったシュリークとアナダを暖かく迎え、オルソーを育ててくれた人たちだ。
王都までの交通費や受験料まで、皆んなでお金を出し合って用立ててしまった。
王都の中央学園の高等部は通常十五歳から十八歳までの四年間在籍する。オルソーは十四歳で受験するために一度王都に向かう事になったのだ。
国は違えどまあまあ良い所の出で、学だけはあった父から指導を受けて生まれて初めて勉強漬けになったオルソーは、耳から暗記した知識が抜けていきそうになりながらなんとか試験に向かい、なんと合格してしまった。
滞在費がもったいないからと王都から町までトンボ返りしたため、トラジア領主が発表からだいぶ後になって合格通知をわざわざ町まで持ってきてくれた。
傭兵ギルドだけでなく、町人たちも大騒ぎだ。
田舎の町から王都の学校へ行くなど、本当に大事件なのだ。
オルソーは父譲りの優れた容姿と母譲りの剣の腕で、すでに町では一目置かれていた。
オルソーが町から居なくなると泣く女子たち(大人の女性も居た)が続出し、私を忘れないでね、といった手紙や贈り物が町の外からも続々と届き、「ちょっとやばいな」と判断したトラジア領主が出立の日まで自分の屋敷に匿ってくれたりした。
そこで領主直々に王都について教わり、領主の館に出入りする商人から信用できる宿屋や商店なども教わり、オルソーは入学式ギリギリで商人の護衛という仕事を受けつつ王都に入ったのだった。
*
中央学園は全寮制だ。
基本は貴族や商人など、金持ちの子弟が通う学園だが平民への門戸も開かれている。
平民が通う場合は、教科書や毎食の食事は無料である。制服は卒業生たちが寄付した中からサイズの合う物を譲ってもらう。
全く金が掛からないかと言われればそうではない。
授業で使う文房具や魔法道具、魔法の授業で使う杖、休日に着る私服などの身の回りの物や朝昼夜以外の間食など、細々とした出費は必要なのだ。
オルソーは自分や家族の稼ぎだけではなく、仲間の傭兵たちやトラジア領主から渡された金を極力節約しながら使い日々を過ごした。
友人はできなかった。
入学初日から、オルソーはクラスで浮いてしまった。
自己紹介の時に「オルソー・トラジア」と名乗った時点でざわめきが起こったのだ。
トラジアは地名である。それを名乗るという事は、オルソーは平民どころか戸籍すらないのだと、中央学園に通う生徒ならば分かってしまうのだ。
差別されたわけではない。
ただ、よく知らない世界の人間だと思われてしまったように思う。
オルソーはクラスメイトから遠巻きにされ、授業で必要な時以外は話しかけられる事はなかった。
中央学園の高等部は中等部からの持ち上がりの生徒が大半で、高等部から受験した途中入学の生徒は少ない。
持ち上がりだろうと思われる生徒の中には、身分に固執した派閥が幾つかあって、オルソーとすれ違うと眉をひそめたり陰口を叩く者もいたが、直接危害を加える発想はないようだった。
オルソーが傭兵出身だとどこからかバラされていたので、怖がられていたのかもしれない。
孤独ではあったがオルソーは意外と平然と日々を過ごしていた。
気に食わない人間と無理矢理親しくする必要がないのは気楽だった。
困るのは課題や教室変更など、急に教師が言い出す連絡事項などがオルソーまで届かない事だろうか。
それと学園の「昔からある習慣」が分からないので、この時はこうする、という暗黙の了解が察せられないのだ。当たり前すぎて教師すら説明を省くのは勘弁して欲しい。
時折、授業に遅刻したり知らない伝統に恥をかいたりしつつ、オルソーは日々を過ごす。
魔道士の資格を持って帰って来い、と、意味が分かっているのかどうなのか、景気良く送り出してくれた年上ばかりの傭兵仲間を思い出す。
魔道士ってのはどうやってなるんだ、と、いまだにオルソーは考える。
何となく教師に聞くのもためらわれた。
オルソーは一部の貴族籍の教師に蛇蝎の如く嫌われている。
そういったオルソーの生活が変わってしまうのは、オルソーが入学して二ヶ月ほど経過した頃だった。
いや、生活どころかこの先の彼の人生すら変えてしまった出来事だ。
「失礼、オルソー・トラジアという生徒は居るか?」
がちゃり、と放課後すぐの教室の扉が開かれる。
凛とした声音の女生徒が、オルソーの所属するクラスを訪ねてきたのだった。




