57、告白1
六月の末、ラングルトとフリージアはルドベキア邸に招かれることになった。紹介も兼ねてベルツ家のアンとロイドも同行する。
婚約式まで後一ヶ月、仕上がってきた衣装の確認をするのだ。式の段取りの打ち合わせや招待客の準備もあり、先方のお言葉に甘えて一泊する。一晩では終わらないのだろう。
それに、ラングルトは遠征の際の衣装の礼もしなくてはいけなかった。
すでにラングルトが帰ってきた事を聞いたフォルセアから、内定が無事にもらえた事が書かれた手紙ももらっている。
「お前は何か祝いは要りますか」
一旦ベルツ邸に帰ってきている妹に聞けば、「いりませんわ」とにべもない。相変わらず物欲がないのだ。
「フォルセアもいらないと思います」
と続ける。
「そうですか」
確かに、お気持ちだけで結構です。などと言われそうな気はする。
「たくさんおめでとうって言ってあげてくださいな」
にっこりとフリージアは笑う。
「成程」
ラングルトは小柄な妹の頭を撫でた。
「おめでとう」
「フォルセアにです!」
「勿論、フォルセア様にもお伝えします」
髪が乱れたと憤慨するフリージアの顔が赤い。「もう!」と怒ってアンのところへ行ってしまった。
ルドベキア邸に行くのは午後からだ。
ラングルトはソファに深く腰を掛けて、目を閉じた。
*
「このブローチですか?」
「そうです、ネックレスはこれで」
「リボンはこれです!フリージアお義姉さま、私たちとお揃いなんですよ!」
「まあ、畏れ多いですわ…」
大きな衝立の向こうでは女性達の声が飛び交っている。
「…すごいですね」
「ああ」
ロイドは肩身が狭そうに直立し、ラングルトはすっかり着替え終わって足を組んで椅子に座っている。
ルドベキア邸に着くなり、大歓迎を受けたベルツ家一行だ。初めての侯爵邸に緊張しきりの執事のロイドとメイド長アンを紹介して、一旦用意された客室へ向かう。
荷物を置けば、一息つく間もなく衣装合わせが始まった。
来月の式まで日がないのだ。ラングルトには仕事が、フォルセアには学業があるため週末の限られた時間で用意を進めなければいけない。
フォルセアとろくに挨拶もできないまま衣装部屋に放り込まれたベルツ兄妹は、着せ替え人形と化している。
ラングルトの服は小物の付け方と着丈の調節ぐらいで済んでしまい、今はひたすらフリージアが女性達に揉みくちゃにされていた。
式当日にベルツ家の従者として同行するアンも、ルドベキアの侍女たちに負けず劣らずら張り切ってフリージアの着付けを行なっている。
前からの知り合いだったのではというぐらいの馴染みようだ。
「失礼いたします。フォルセア様のご準備が整いました」
ノックの後、シリスの声がする。
部屋の中からアニエス付きの侍女長が扉を開けると、ラングルトは椅子から立ち上がった。
落ち着いた青い色のドレス、胸元には見事な銀の刺繍、広がる裾はレースが重なり青の濃淡でグラデーションになっている。
「まあ!」
フリージアが衝立の向こうから歓声を上げる。女性陣が沸き立った。
「お姉さま素敵です!」
「フォルセア、とてもお似合いですわ」
「フリージアも、よく似合ってる」
フォルセアが目を細める。下ろされた金の髪がさらりとむき出しの肩を流れる。
「髪型はラングルト様と並んでから決めるらしくて…」
きょろり、フォルセアは視線を巡らせる。
「ラングルト様」
部屋の奥で立つラングルトに気付く。
「…よくお似合いです」
短いラングルトの言葉は心からの言葉だと分かっている。フォルセアは破顔した。
「ラングルト様も、本当に素敵です」
ラングルトの衣装の色は黒に近いダークグレーだ。ポケットチーフはフォルセアのドレスの色。
フォルセアはドレスの長い裾を軽く持ち上げて、ラングルトのもとまで歩く。コツコツと、ヒールの音が小さく響いた。
一ヶ月以上会えていなかったフォルセアの姿に、ラングルトは手を伸ばす。そっと手を乗せてくれたフォルセアの甲に口付けた。
「やっと貴女のもとへ帰って来れました」
「お待ちしていました。お帰りなさい、ラングルト様」
ラングルトが心からの言葉を吐き出すように告げると、フォルセアが目元を緩めた。少し耳が赤い。
「さあさあ、見つめ合うのは式で出来ますから、まずは仕上げですよ。フォルセア、ラングルト様と一緒に鏡の前に立ってね、髪型を決めますよ」
ぱんぱん、と手を叩いてアニエスが部屋に入ってきた。二人の様子を声を殺して見守っていた人々が、はっとして動き出す。
衝立越しのフリージアや双子の顔が赤い。フォルセアとラングルトのやり取りにすっかりのまれてしまっていた。
アンに至っては涙ぐんでいる。生まれた頃からラングルトの世話をしてきた彼女だ、喜びに感極まってしまったのだろう。
大きな鏡の前に立つ。
「頑張りましょう」
ラングルトの腕に手を添えて、フォルセアは苦笑する。
「はい」
ラングルトも、眩しそうに目を細めた。
息つく暇もない。
フリージアたちは婚約式での衣装に続き披露目のパーティーで着る衣装を確認し、ラングルトもパーティー用の一着、フォルセアは途中で着替えるからと二着を新たに身にまとって宝飾品や髪型などを全て決定できた。
大はしゃぎだったエリシアとリディアもさすがに疲れてしまったようで、夕食まで部屋で休むとメイドに連れられて衣装部屋から出て行ってしまった。
この場には居なかったが、レイナードも別室で衣装合わせをさせられており、
「スウェン家の式に着た服じゃなかったんですか⁉︎」
「あらまあ、妹たちが着替えるんだからあなたももう一着用意しなきゃ」
と、母と息子の声が廊下に響いていた。アニエスは疲れも見せずに生き生きとしている。
フリージアは緊張も相まって疲れた顔で、それでもフォルセア達に付き合い衣装部屋の椅子に腰掛けて二人の様子を見守っていた。
ロイドはフリージアの隣で立ちっぱなしだ。
アンの様に発言をすることはない。彼の仕事は衣装ではなく式の段取りの打ち合わせなのでまだこれからだ。真剣な顔をしているが、内心ではフォルセアに対するラングルトの様子に驚き続けている。
はい、自分の知っている主人ではないですね。
「フォルセア様、ベルツ様、お疲れ様でございました」
衣装係の侍女達と同席していたデザイナーが一礼する。
さすがにフォルセアもふう、と息を吐いて疲れをみせる。ラングルトも肩の力を抜いた。心なしか猫背になっている。
「夕食会までどうぞお休みください、使いがお迎えに上がります」
侍女長が一礼して扉を開ける。
使用人達がラングルトとフリージアをまた客間に案内するようだ。
「フォルセア」
「フリージアもお疲れさま、しばらく休んでくれ」
親友に軽く手を振ったフォルセアは、次にラングルトに笑みを浮かべた。
「また、夕食の時に」
「はい、また」
ラングルトは胸に手を当て一礼する。ベルツ兄妹と従者達を見送って、フォルセアは伸びをした。さすがに身体が痛い。
「フォルセア様」
シリスが労うように声を掛けてくれる。たくさんの衣装を片付ける使用人たちに「よろしく頼む」と声を掛けて、フォルセアも衣装室を出た。
「一度湯を使わせてくれ」
「かしこまりました」
さあ、夕食会の準備だ。
オレンジの光がカーテンを染める。
夏とはいえさすがに日も暮れてくる時間。ラングルトは大きなソファに身を預けてしばらく目を閉じていた。
討伐では丸一日立ちっぱなしの事もある。慣れているかと思いきや、衣装合わせで立ち続けるのは違った疲労が襲ってくる。腰も痛い。
「ラングルト様、戻りました」
ノックと共にロイドが入ってくる。ラングルトはちらりと視線を向けると、疲れた顔の執事が紙の束を机に置くところだった。
「招待客と宿泊施設の一覧や、式までのスケジュールです。あと、国王ご夫妻が出席するしないで揉めているそうで、もしご出席になったら警護の人員を増やさなくてはいけなくて更に色々準備が必要だそうで、」
「分かった」
ロイドのげっそりとした声音をラングルトは止める。
「後で確認する」
「ちょっと座っていいですか」
「どうぞ」
執事の体裁が保てないぐらい疲れているようだ。ロイドはラングルトのそばの椅子に腰掛けて、いてて、と背中をさする。
「高位貴族ってすごいですね」
「ああ」
つくづくとぼやくロイドは、母さん大丈夫かな、と漏らす。アンは侍女室に詰めているはずだ。休憩できているであろうか。
ロイドは少し躊躇ってから、目を閉じている主人を見る。
「…フォルセア様おきれいでしたね」
「はい」
「ラングルト様が婚約したって急に事後報告しにいらっしゃった時は、屋敷の皆でそれはもう驚いたんですけど、…本当だったんですね」
「何だそれは」
「今頃実感が湧いてきました。いや、兄的な立場としても嬉しいです、ご家族含めてびっくりするぐらい良い方々で本当に良かったですね」
ロイドはラングルトよりも二歳年上だ。中央学園に入学するまであまり外に出ることがなかったラングルトとフリージアが、唯一親の許可なく会って良い子供だった。
「そうですね」
「二重婚姻の一件でも思いましたが、ラングルト様の変わりように正直驚いてます。フリージア様から伺っていましたが、予想以上です」
同じ人間とは思えない。
ロイドの正直な感想にラングルトは口の端を歪めた。自覚はある。歯止めが効かないのだ。
「フォルセア様のおかげです」
あの方が自分を見出してくれたからだ。
「これも惚気ってやつなのかな…」
ロイドは頭をかいた。
「ベルツ魔道伯爵、夕食会の衣装をお持ちしました」
ノックの音。
部屋の外から声が掛けられる。身体を起こしたラングルトとロイドは顔を見合わせた。
「お待ち下さい」
ロイドが立ち上がり扉の外へ出る。廊下でメイドと何やら話していて、困惑しながら大きな箱を持って戻って来た。
「侯爵家は夕食でも着替えるんです?」
「初耳です」
しかし、ロイドが開けた箱の中を見て、ラングルトは目を大きくした。口元を手で押さえる。
「うわ、すごいスーツ…特注ですかね」
濃紺に金の刺繍のそれは、ノースポール辺境伯家に届けられた物だ。
(フォルセア様だ)
「着替えます」
「あ、はい」
表情を変えた主人にロイドは戸惑う。慣れた様子で着替え始めたラングルトの脱いだ服を順に拾って行く。
「あと半時間ぐらいで夕食だそうです」
「分かりました」
鏡の前で髪を整え始めたラングルトの姿は、どこか急いでいるようにも見える。
(婚約者様関連かな)
さすがの乳兄弟の見識だ。
前回ラングルトが袖を通してからも手入れがなされたのだろう、シワひとつないスーツの立ち姿は見事だ。
「フォルセア様をお迎えに行く」
「は?いやいや、駄目でしょう」
侯爵家の使いが来るまでは部屋で待機のはずだ。きっともうすぐ呼びに来る。
ロイドの静止も聞かずラングルトは部屋を出る。廊下にはメイドが一人控えている、外に出たラングルトの姿にわずかに驚いたようだ。
「失礼、フォルセア様のお部屋は」
「あちらの階段で、三階にございますが」
「分かりました」
「御主人!」
さっさと歩いて行ってしまうラングルトにロイドは慌てて着いて行く。侯爵家のメイドに頭を下げてその背を追った。
と。
「ラングルト様?」
階段に小さく響くヒールの音。
三階から二階へ、シリスを従えたフォルセアがゆっくりと降りて来ていた。
「今、ラングルト様をお迎えに上がるところでした」
わずかな驚きと共に、フォルセアがほがらかに告げる。
紺のドレス、細かい金の刺繍が散りばめられ、まるで夜の空のようだ。
珍しくまとめ上げられた金の髪の毛、長い首には控えめな青い宝石の首飾り。
これまでラングルトは自分の容姿などどうでも良かった。しかし、今は違う。紺はラングルトの目の色だ。それを身にまとうフォルセアの、何と美しいことか。
階段を降りるフォルセアに手を差し伸べると、フォルセアは当たり前のようにその手を乗せてくれる。
二階に降りたフォルセアの手を取ったまま、ラングルトは片膝を付いた。
「何よりも貴女のそのお姿にお会いしたかった」
ラングルトの言葉に、フォルセアは「嬉しいです」と顔を綻ばせた。




