52、スタンピード3
戦場にはさすがに疲弊を隠せない騎士達が並んでいた。
第四波はトカゲ型を中心とした四足歩行の魔物の大群が現れ、そして今。
第一波開始から一週間が過ぎた午後、最後と思われるスタンピードがまもなく始まる。
第五波の規模は第一波と同じぐらいと想定されている。そして、ダメ押しとばかりに大型の魔物が混じっているケースが多い。
少しの油断が死につながる。
アルダールたち指揮官も表情に固さを見せていた。
「まもなくです」
カリファが計測結果を見つめている。
十数分。沈黙が降り、
「来ます!」
「第五波、第一陣の出現を確認しました!」
森林内の偵察部隊からの報告が響いた。
魔物の咆哮が響き渡る。
四足歩行の魔物達が再び進軍してくる中でほんの三十分も経たない内に。
「現れました!巨人種です!」
叫ぶ様な報告が伝えられた。
陣内に緊張が走る。
「巨人対策部隊!ベルツの指揮下に移れ」
アルダールが叫ぶ。
「ベルツ、巨人を前線に来させるな!」
「かしこまりました。ここの指揮はペストリに」
ラングルトは杖を振るい、その場から消えた。
*
王都。
時間は数日戻る。
行政府内にも、北部大森林の魔物討伐の情報が逐次入ってきていた。
特にフォルセアの研修先である国土管理局は、国防局に協力する形で支援物資や人員の輸送の経路や計画案を作っているのだ。
北部ノースポール領は遠い。
連絡魔法が使える魔道士が道中に何人も待機しているが、現場の情報や要請が届くのに二、三時間くらいの誤差が生じる。
討伐に関わる行政府の職員は、できるだけ研修生達に深刻な情報が伝わらないように気を付けてくれているようだが、漏れ聞こえてしまう言葉はどうしようもない。
フォルセアは、同じ場所で研修を受けるアルブレイとセーラと共に、視線を交わした。
国土管理局でのインターンもあと数日で終わる。
今三人に与えられている業務の中には、討伐が終わった後の遠征部隊の帰路の調整や、途中の宿泊施設やキャンプ地の確保などがある。
第三波を無事に討伐し終えた報告が伝えられると、アルブレイはフォルセアに声をかけた。
「…大丈夫?」
「うん?」
フォルセアはペンをはしらせる手を止める。最終日近くになってもフォルセアのメモを取る癖は健在なのだ。
「顔色が良くない気がする、フォルセアさん、ちゃんと休めてるかい?」
「私も思ってました」
アルブレイの言葉にセーラも頷く。向かい合わせの机に身を乗り出して、フォルセアを覗き込んでくる。
「確かにちょっと、眠れていない。すまないな、目立つだろうか?」
ゆるく笑んで、フォルセアは自分の目元を揉む。寝不足が化粧でも隠せていないということだ。
「フォルセアさんの元気が減ってる感じがします。最初の頃の笑顔が少ないです」
「元気が…」
セーラの表現にフォルセアは苦笑する。
二週間近く一緒に働いて、かなり親しくなった彼女の雰囲気はカレン・モンステラに似ている。西方女学園の生徒の特徴なのだろうか。
「顔色も少し悪そうではある。熱はない?」
「それは大丈夫」
つい先日発熱したフォルセアは、あの時の体調を覚えている。今はあれとは違う。
「今日は寮に戻ったらすぐに休むよ。ありがとう」
アルブレイとセーラに告げると、そこで雑談は終わる。三人は手元の地図と過去のキャンプ地の候補を見比べた。
フォルセアの二度目のインターン先は、一度目よりも身動きが自由にできる職場だった。
昼休憩も研修後半は誰と食べても大丈夫と伝えられていたので、フォルセアはフリージアと待ち合わせて二人で食事をとる日もある。
この日の昼も、出勤時から約束していた親友と食堂の入り口で待ち合わせていた。
「フォルセア、お待たせしました」
「お疲れさま」
早足で合流してくれた親友にフォルセアは笑みを浮かべる。しかし、フリージアは眉を寄せた。
「顔色が悪いですわ」
「皆に言われるな…」
フォルセアは困り顔で肩をすくめた。
「ちょっと寝不足が祟ってきたみたいだ」
「良くありませんわ、その、インターンで何かありましたか?」
「いや、皆さん良くしてくださる。中々やることは多いが」
「じゃあ、…お兄さまのことです?」
見上げてくるフリージアに、フォルセアは息を詰めた。その様子にフリージアは無言でフォルセアの腕を引く。
並んでいた注文の列から外れて、弁当販売のコーナーへ向かうとさっさと二つ購入して、そのまま中庭への扉をくぐった。
五月の晴れた日の中庭、外で食べる職員の姿も多い。
「フォルセア」
日陰になってしまっていて人のいないベンチにフリージアは先に座り、フォルセアを引っ張る。
「フリージアには負ける」
親友の勢いに押されて、フォルセアはまた肩をすくめた。
「フリージアは不安ではないのか、兄上が出征しているのに?」
思っていたことを正直に告げれば、フリージアは少し驚いたようだった。
「確かにお兄さまが魔物の討伐に行くたびに心配します。それはいつもそうです。でも、」
フリージアは言い淀む。
「お兄さま自身への心配はあまりしていませんの」
頬に手を当て、息を吐く。
「毎回お兄さまが物凄く疲れて帰って来るので、そこは本当におかわいそうだと思うんですのよ?でも、無傷なんです」
「無傷」
「討伐で怪我をしたことがないんです、あの人。治療してもらったこともないそうで」
何なら日常生活で背の高い頭をぶつける方がよっぽど怪我をしている。
「なので、お兄さまの無事は疑っていませんの。早く帰って来れれば良いとは思いますけれど」
ためらいがちに話し始めたのに、結局あっけらかんと言い切ってしまった。
フリージアはフォルセアの肩を撫でる。
「なので、フォルセアもあまり気を詰めないでください、お兄さまを心配してくださってありがとうございます」
「…そうか」
ふー、
フォルセアは長い長い息を吐く。肩から力が抜ける。
「フリージアは強い。ラングルト様を信頼してるんだな」
「魔物に負けるお兄さまが想像付かないだけですわ」
「確かに、お強いものな」
苦笑する。
フォルセアも目の前で助けてもらったことがあるのだ。だが。
「ラングルト様とお会いしてから、手紙のひとつも交わせないまま、これからもしばらくはお姿も見ない日が続くというのは、初めてのことだ」
少し寂しいな。
ぽつり、フォルセアが呟いたので、フリージアは両手で口元を覆った。目が輝いている。
(お兄さま良かったですわね!)
情緒が、情緒が!
あの、フォルセアの情緒が!
育っている!
フォルセアの心情の変化を目の当たりにして、フリージアは叫んでしまいそうだ。
「何でここにオルソーもシリスも居ないんでしょう!」
「フリージア?」
「独り占めするにはもったいないですわ…」
「何が」
太ももの辺りで手を握りしめ震えるフリージアに、フォルセアは少し、うろたえた。
*
現在の北部大森林。
巨人種はその名の通り人より遥かに大きな体躯を持ち、力が強い。
二足歩行で進むため両腕が自由に動かせる。その腕のひと薙ぎで大木は折れて人は吹き飛び、鎧ごと砕かれる。
ラングルトのもとに集まった部隊は、対巨人種に特化した訓練を繰り返してきた騎士達だ。
王都の騎士だけではなく、辺境伯領の騎士も居る。
「三名一組、魔道士は一人につき二組の補佐。前線から離れた場所に今から配置します、順次巨人を追加するので全て倒し切ってください」
「はい!」
数十名の騎士達の返事を合図にラングルトが杖を振る。目の前の騎士達は転移魔法の中に消えて、戦場の端に点々と移される。
すぐに彼らは陣形を整えた。
ラングルトは大森林の中に意識を向ける。前へ前へと走り続ける四足歩行の魔物達の後方、速度は遅いが大きな足を踏み締めて、次々に穴から現れる巨体を確認する。
まず十数体を一気に転移させた。
各小隊に分かれた騎士達の中心に、それぞれ巨人が送られる。すかさず魔道士が下半身を固定する魔法を掛けた。
「行くぞ!」
盾役一人、攻撃二人、騎士達は巨人に相対した。
前線では堀にどんどんと魔物が落下していく。
連日の戦いで堀の中は赤黒く変色してしまっている。初日と違うのは、堀を飛び越える魔物が現れたことだ。
前線の騎士達がそれを討ち、または盾で堀まで押し戻している。
魔物と騎士の咆哮と戦う音ばかりが戦場に響き耳が馬鹿になっている。ラングルトははぐれた魔物を遠距離で討ち、次元の穴から出て来る巨人種を拘束し続ける。
目の前の一体を倒した騎士達のもとへ、新たな巨人を送っていく。
「飛行種出ました!」
「弓兵、用意!」
アルダールと前線の指揮官達の声が響く。伝達魔法が声を拡散しているのだ。
巨人種も次々と出て来る。他の種類の魔物の出現もまだまだ止まらない。
ラングルトの居る場所まで魔物が届くことはまだない。同じ作業を何度も繰り返す。
もう日が暮れかけている。
視界が悪くなる。
弓兵ももう使えないだろう。
森に残る巨人の数はずいぶんと減ってきていた。穴からの出現も終わっている。
討伐する騎士達の動きも鈍くなる。
最後に各部隊に一体ずつ巨人種を転移させて、残りはラングルトが森の中で葬った。
このぐらいならば手を出しても構わないだろう。
堀はとっくに埋まり、また騎士達が直接相対している。
ラングルトは巨人種を倒した組から順に離れた救護所に送った。酷い怪我をしている者が多い。
巨人種最後の一体が絶命し、ラングルトは最後の騎士達を救護所に転移させると、自身もアルダールのもとへ戻った。
「ベルツか!」
「巨人種、すべて討伐しました」
「良くやった!騎士達は」
アルダールが手のひらで自身の腿のあたりを叩いた。
「全員救護所へ。復帰できる者から向こうの魔道士が転移させるでしょう」
救護所には優秀な治癒師と魔道庫。そして大量の包魔石を準備してある。
「分かった。お前はまだ行けるか」
「問題なく」
「上空と森の中は任せた」
「深度が元に戻ってきてる。もうすぐ終わるわよ」
「分かりました」
アルダールとカリファの言葉両方に、ラングルトは返した。
杖をかざす。
脳裏に描くのは次元の穴を中心にした大森林の地形。連日の探査でもうすっかり把握してしまった。
魔物達の行進のせいで、次元の穴からまっすぐ南に向かって木が薙ぎ倒され広大な道ができてしまっている。魔物の死体と散乱した木々で足場はとても悪いが見晴らしは良くなってしまった。
地図の更新が必要になるだろう。
討伐も終わりが見え、ラングルトも余分なことを思考する余裕が生まれる。
空に向かって放たれた魔物を、羽ばたいた直後に撃ち落としていると、急に魔物の出現が止まった。
ラングルトは森に向けていた杖を下ろす。
「止まった、…止まりました。もう出現はありません!」
カリファが叫ぶ。
「最後だ!今いる魔物を全て倒せ」
おおおおお!
最後の騎士達の叫びが暗い空に響いた。
北部大森林のスタンピード、討伐完了。
その知らせが王都に届いたのは、日付が変わった深夜遅くであった。




