51、スタンピード2
ひたすら討伐しているだけです。
興味のない方には申し訳ありません…
次元の穴は肉眼で確認できる現象だ。
しかし触れることはできず、景色の中に黒っぽい色の筋があるようにしか見えない。
今回スタンピードを引き起こす穴は子供の身長ほどの筋が、地面から少し浮いたところに伸びているように見える。
そこから、急に出現するのだ。
圧縮された魔物の塊が押し出されるように黒い筋から次々に出てくる。どう考えても穴の全長よりも大きな魔物が溢れるのだ。
何十もの咆哮が夜の大森林に響き渡る。
それがどんどん増えていく。
わずか数分で何百もの咆哮になる。
大気が震える。
少しの間消失した魔力の濃度が戻り、今度はどんどんと濃くなっていく。
「第一陣出現しました、四足歩行の魔物ばかりです!こちらに向かってきています、北側に進むのは二割ほど」
穴付近に待機している部隊から報告が入る。
「やはり南下してきましたな」
「サントリナ、よく観測した」
「ありがとうございます」
騎士団長が森に視線を送る。アルダールの言葉にカリファは軽く一礼する。
数百の魔物の咆哮はこの場所まで届いている。突進する魔物達が地面を震わせる。
小さな次元の穴から不定期に出現する魔物は規則性なく穴付近に留まったり徘徊したりする。土地に定着し繁殖すらするのだ。
しかし、大規模なスタンピードから出現した魔物は違う。
一定の方向に直進するのだ。
そこに障害物があっても構うことなく、走り続ける。命尽きるまで。
この大森林でのスタンピードでは、おおよそ北側か南側に向かって突進する。おそらく、人里の気配に呼ばれているのだろうと考えられている。
ドドドドド、
土煙が森を包み、多くの魔物がぶつかった森の木々が薙ぎ倒されていく。
大木にぶつかり速度が鈍った前の魔物に、後ろの魔物たちが次々に突進し、前から順に圧死していっても大群の足は鈍ることはない。
森の外に待機する騎士団にも土煙が視認できる距離になる。
「森の中の傭兵部隊、はぐれの討伐を開始しました!」
伝令の声が響く。
次元の穴の圧縮から解放された魔物が、時折群から弾き出されてしまい、異なる方向に向かって突進を始めることが多くある。
その場合、方向を変えたまま突進し続けるので、傭兵部隊はそれらを討伐するために森の中に分かれて待機しているのだ。
「穴から空に向かった魔物を数体確認!飛翔か跳躍かは判断不能」
伝令が叫ぶ。
「ベルツ!」
アルダールがラングルトを呼ぶ。
「確認しました、飛行種です。私が対処するので魔道士部隊は陸上の対応を」
「命令送ります!」
ラングルトの探査魔法は常に稼働している、九体の空飛ぶ魔物は暗闇の中でも真っ直ぐに南へ飛ぶだけだ、視力など必要ないのだろう。
ラングルトが杖を振る。
魔物の核と脳を全て同時に貫き、巨大な氷で覆う。
「仕留めました、下に落とします」
杖を短く下に振ると、氷の塊になった魔物が九体、勢いよく下の森に落とされる。
ほとんどが魔物の大群の頭上に直撃し、何体かがまた潰れ、落ちた氷塊に激突した魔物達も圧死していく。
「先頭の魔物が森を抜けます!」
「来るぞ!」
魔物の言葉なき巨大な咆哮が周囲を包む。
森と草原の境目には長大で深い堀が掘られている。ひたすら直進することしかできない魔物は先頭から順に堀に落ちていく。
そこに次々に魔物が降り注ぎ、下にいる魔物から順番に潰されていく。
篝火で照らされた夜の戦場に魔物達の血の匂いが充満し始める。
「魔物はまだ出現しているか」
ノースポール領の騎士団長が伝令役に声をかける。
「お待ち下さい」
伝令役の魔道士が杖を振るう、通信魔法が次元の穴の付近の偵察部隊に飛ばされる。
「未だ止みません!出現し続けています!はぐれ魔物の数もどんどん増えています」
「ベルツ、傭兵が間に合わない魔物を全て倒せ」
「かしこまりました」
ラングルトが少しアルダールたちから距離を取った。森林の中に入らずとも、ラングルトはここから全て迎撃できる。
「堀が埋まり始めました!」
時間が過ぎ、前衛から報告が入る。
魔物がどんどん積み重なっていく堀が、とうとう埋まり、道になってしまう。
そこを踏み、乗り越えながら魔物達が突進してくる。
「迎え撃て!」
アルダールが叫ぶ。
おおおおおお!
魔物達の咆哮に対し、騎士達の咆哮も夜の戦場を震わせた。
魔物の出現が止まったのは、もう少しで明け方を迎えるかというまだ暗い時間だ。
「完全に停止しました」
自らも攻撃魔法で討伐に参加していたカリファが、アルダールに報告する。
偵察に出ている部隊も、同じことを報告して来ていた。
「はぐれた魔物も全て討伐しています」
ラングルトが告げる。
アルダールがラングルトを見上げた。
「今ここで食い止めている分を全て倒し切る。ベルツ、やってくれ」
「ペストリ、殲滅準備」
「はい」
ラングルトが告げると、陣に控えていた魔道局直属の部下でもあるグリム・ペストリが早足で前に出る。彼はこの場では騎士団の魔道士長だ。
「騎士は全員安全圏まで下がらせてください、今いる分の魔物は全てこちらで押し留めます」
「分かりました」
騎士団長が頷くとすぐに伝令が走る。
次元の穴からの追加は無くなった。残るは眼前で突進してくる魔物たちだけだ。
堀はすっかり埋まり横に長く長く伸びる山になってしまっている。それでもその山を乗り越えてきた数十匹はまだ走ることを止めない。
ラングルトが杖を振った。
最前列の魔物達が一斉に進みを止める。
足だけは前へ前へと動いているのに、まるで見えない壁に押し留められるように一定の場所から進まなくなる。
次々に後ろの魔物が前に進み、また魔物達が壁に押し付けられ潰れ始める。
「騎士団、退避完了しました!」
「ペストリ」
「発動します」
グリムが杖を振る。
断末魔。
魔物達が一斉に、内側から弾け飛んだ。ラングルトが作った見えない壁に、魔物達の肉片が隙間一つない程に貼り付いていく。
「燃やします」
ラングルトがもう一度杖を滑らせると灼熱の炎のトンネルが作られた。
グリムが破砕した魔物のかけらが全て炎に呑まれ、炭化し、程なくして塵と化した。
ラングルトが息を吐く。
「第一波討伐完了です、確認をお願いします」
「サントリナ」
「お待ち下さい」
カリファがアルダールに応じる。
彼女の部下たちが一斉に探査魔法を発動する。それぞれ、担当する区画が決められているため迅速に確認が進む。スタンピードの魔物は一匹逃しただけでも惨事に繋がる。
「発見されません、討伐完了できております」
「よし」
アルダールは前線、次いで後方の支援部隊に視線を巡らせる。
「第一波討伐完了!皆、ご苦労だった!」
歓声が上がる。
アルダールも息を吐いて、さすがに椅子に座り込んだ。夜通し立ちっぱなしで指揮を取っていたのだ。アルダールの侍従達が陣内の人々に温かい飲み物を配る。
「三交代制で順番に休憩を取らせろ、救護所の人員と魔力は足りているかの確認と、堀の魔物も片付ける」
「直ちに」
騎士団長が一礼して陣を出る。
「堀の魔物は私が」
「待て待て」
ラングルトが応じると、アルダールは首を振る。
「何でもかんでもお前がやったら、お前が不在だったり引退した後が困るだろう。騎士団で出来ることは騎士団にやらせる。ベルツは最終兵器だ」
「兵器」
「間違えた、最終手段だ」
アルダールは口の端を上げた。わざとなのかもしれない。
「お前の管轄の魔道士部隊も順番に休憩させろ、ベルツ、お前も休んでいい。次に備えていろ。私もこれが終われば一度休む」
「かしこまりました」
ラングルトは胸に片手を当て、一礼する。
「ペストリ」
「はいはい、同行いたしますよ」
グリムは疲れた顔でずれた眼鏡を直す。
兼務している騎士団の魔道士長というよりは、魔道管理部部長の顔で、部隊の名簿を懐中からがさりと出した。
「魔道庫は」
「救護所以外は温存してあります。一回魔道士を休憩させて、魔力が回復しきらなければ協力を要請しましょうか」
「分かりました。傭兵部隊にも要請があれば派遣して下さい」
「はいはい」
山になっている堀の魔物は魔道士部隊が分担して片付ける。細かくしてから腐らせて最終的に地中深くに沈めてしまうのだ。騎士団所属の神官部隊が祈りながら行うので地に還るのが早くなる。
第二波が来る前に終わらせなければいけない。
騎士達も急ぎ武器と鎧を整備し大型兵器も修理して、更に戦場の魔物の死体を片付けていかなければいけない。堀に放り込むのだが、かなりの重労働である。
大昔には、この第一波でスタンピードが終わったと思い込み、撤収作業中に第二波が発生して混乱が生じ、領都が壊滅しかけたことがある。
長い歴史の中でスタンピードの対処も体系化し手順が生まれた。
半日から一日半ほど、次までの猶予があり、次の魔物の出現数は比較的少ないはずだ。
今回王都から派遣された魔道士部隊は百人近い。ラングルトとペストリは長い息を吐いた。
まだまだこれからだ。
*
第二波は翌々日の早朝に始まった。
次元の穴から魔物が現れる理由も、どのようにして種類が選ばれているのかも判明していない。
ツワンベルの精霊信仰のように、精霊やそれに似た立場の意思が関係していると考えるのも仕方ないことだ。
法則のある魔物の出現は、自然現象というよりは何かしらの意図が含まれているとしか思えないからだ。
アルストロメリア王国正教会は、邪悪な意思を持つ闇を祓うために大地に降りた主神と眷属神達を祀っている。
闇とはつまり、この次元の穴のことなのだ。それもあり、正教会と騎士団、王家は密接に繋がっている。
「ワームの大群です!」
「堀に溜めろ!外へ出すな!」
戦場で指示が飛ぶ。
這う虫の様な姿の魔物は、小型の動物から大きな馬ぐらいの大きさと様々だ。速度は遅く、しかし通った後には草が枯れ、這った後の木は腐る。
決して人の営む場所に逃してはいけない魔物だ。
幸い、各部隊の休憩はしっかり取れている。
騎士団が堀から這い出た魔物を槍で突き刺して堀に投げ込み続ける。森の中のはぐれたワームも傭兵部隊が仕留め、次々に台車で前線に運んで来る。
昼になる頃には第二波の魔物の出現は終わり、堀がすっかり満杯になった。ラングルトが結界で覆う。透明な結界は視界の遮断ではなく魔法が漏れるのを防止する目的だ。
「魔道士部隊、燃やし尽くして下さい」
ラングルトの命令が静かに伝えられた。
第三波は翌日の夜だ。
よりにもよって夜に飛行種ばかりが穴から放出される。
この暗さでは騎士団の弓も使えない。魔道士部隊が魔法で倒そうにも、落下する魔物に掛けられた魔法ごと騎士団に当たる危険もある。
「ベルツ、落とせ。騎士団は落下した魔物のとどめを討つんだ!」
「篝火を消して、光魔法で照らして下さい」
「分かったわ」
カリファの部隊が補助魔法を使う。
炎に代わり光の玉が前線と森の中に浮かぶ。
「風魔法で翼を切り裂いて下さい、森の上空は私がやります。構え」
ラングルトの指示で騎士団の後方で一列に並んでいた魔道士部隊が杖を一斉に構える。
「放て」
夜空を切り裂く音。
上空の空気の鋭い動きに、地上にも旋風が起こる。土が舞い上がり、その中でもどんどん魔物達が落下してくる。
巨大な鳥型の魔物がほとんどだ、翼を切り裂かれてもまだ絶命には程遠い。
爪もあれば牙も持っている、他には長い首や、鋭く長いくちばしの種族も。
騎士達は構えていた槍や剣をすかさず振るう。
魔物には心臓の代わりに核がある。そこを潰さなければ完全には絶命しない。
ぼたりぼたり、作戦本部の陣にも魔物が落ちてくる。
アルダールたちも剣を抜く。
「魔道士部隊、下は構うな、一匹も残さず落とせ!」
「承知しました」
ラングルトたちは杖を振るう。
あと二回の出現を抑えきれば、スタンピードは終わる。




