49、インターン
最終学年のインターンが始まった。
形式は昨年度のインターンと変わらないらしい。まず全員が集められて、説明と案内、各部署に配属されるのは午後からだ。
まず違うのは参加人数だろう。前回、急に募集された時と違い生徒の数は倍以上だ。四年生になり将来の進路を定めたり模索しているのだろう。
フォルセアの配属先は国土管理局。
今度は一人ではない、同じ中央学園からアルブレイ・ヒルタン。そして西方女学園からセーラ・ジュノーという生徒と三人で研修を受ける。
フリージアは財務局だ。
フォルセアは今回は変装をしていない。
ラングルトとの婚約も公表し、就職活動としての参加なので堂々と挑みなさいという母の指示だ。
しかし呼び方は変わらず家名ではなくフォルセアさん、と名前で呼ばれるらしい。
前回と同じようにヒュッテ・クレアドール人事部本部長直々に国土管理局に案内された折に、そう説明された。
国土管理局局長、ジーノ・オルファが三人の研修生の名前を紹介した時、集められた職員たちのざわめきにアルブレイは(まあ、そうなるよな)と感想を抱く。
前回のインターンでフォルセア・ルドベキアに嫌がらせをした職員が在籍している部署なのだ。
人事部も何を考えて配属したのか。
しかし。
「フォルセアさん、うちの職員から話があるそうです」
局長ジーノがフォルセアの名を呼ぶ。前に出た女性に、更に部屋の中がざわめいた。
「ライラ・フリントと申します。フォルセアさん、冬の研修の際に本当に酷いことをしてしまいました。誠に申し訳ございません」
アルブレイが思わず女性を凝視してしまう。
フォルセアの隣にいたセーラ・ジュノーも前回のインターンに参加していたので何事か思い当たったらしい。フォルセアと女性を交互に見ている。
ライラ・フリントは前回の研修の際にフォルセアに嫌がらせをした職員の一人だ。コーヒーをかけた方ではない。ベルツ局長に近付くなと、躊躇いをにじませながら警告をした方の女性。
フォルセアはわずかに驚く。
局長の方に視線を向けると、ジーノは軽く頭を下げた。
「もう一人の職員はあの後退職いたしました。急に結婚が決まったそうです。フリントは処分の後、貴女にどうしても謝罪をしたいと希望していました」
急に結婚が決まる、その意味を察せない者はここにはいない。
フォルセアは自分に頭を下げ続ける女性に、口元を緩め小さく息を吐いた。フォルセアにとってはすっかり終わってしまった事件だが、彼女には違うらしい。
処分が済んで終わった事と考えても良いはずなのに、この女性は公式な場での謝罪を選んでくれたのだ。
「フリントさん、謝罪を受け入れます。どうぞ顔を上げてください」
「え、」
「確かに良くない行いであったと思います。ですがベルツ局長はとても素晴らしい方です、想いを寄せる方に一介の研修生がまとわりつけば不快に思うだろうとも想像はできるのです。どうぞ今後はベルツ局長にも、貴女自身にも誇ることができる行動で、お気持ちを守ってください」
「え、でも、フォルセアさま、ベルツ局長の婚約者なんです…よね?」
ライラは掛けられた言葉に戸惑っているようだった。
「確かに私はベルツ局長の婚約者ですが、それと貴女が誰を想うかは別の話です。もちろん、私にこのような言葉を伝えられるのもご不快かもしれませんが、そこはご容赦下さい」
「はい、いいえ、えっと、はい、全然」
ライラの様子にフォルセアは苦笑した。
そっと肩に触れて身体を起こさせると、ライラの手を両手で包んだ。
「今後は研修生として、先輩であるフリントさんにもご指導いただけると嬉しく思います。どうぞよろしくお願いします」
少し身を屈めてライラにほほ笑みかければ、彼女は真っ赤になって崩れ落ちそうになった。
「私、もうこの手は洗いません…」
「え、それは洗った方が」
慌てて身体を支えると、きゃあ、と職員たちの数名が声を上げた。
ライラが謝罪を始めてから固唾を飲んで見守っていた職員が再び騒ぎ出す。
他の女性職員達がふらふらのライラを回収するように駆け寄り、フォルセアに一礼する。目が輝いている。
「絵姿拝見しました!フォルセア様が研修に来てくださるなんて、本当に光栄です!」
女性達の弾んだ声に、
「絵姿…!?」
フォルセアの声がひっくり返った。
*
「皆さんの指導員を務めます、エバン・ナラシアとベリエラ・ナラシアです。夫婦で在籍しています」
国土管理局局長のジーノ・オルファが二人の男女を紹介する。
「エバン・ナラシアです。よろしく」
「ベリエラ・ナラシアです。夫婦で同じ職場に勤める時は旧姓を名乗る場合もありますが、私は名前で呼んでください」
つまり男性をナラシアさん、女性をベリエラさん、と呼び分けるらしい。
国土管理局は魔道局と全く部屋の作りが違う。何より職員の数がとても多い。むしろこれが普通で、魔道局の方が特殊な部署なので人数が少ないらしい。
各部署でそれぞれ部屋が分けられていて、扉の上にはそれぞれ部門の名前が書かれている。
大部屋の中でざっくり二つに部が分けられていた魔道局とは全然違う。
研修生の紹介が終わると職員は各部屋に戻って行き、フォルセア達が所属するのは地理管理部らしい。
王国や各領の地形の変化などを調べて地図を更新したり、災害の際の対応を各領主と検討したり指示を出したりするそうだ。
「地図の更新だけでも結構大変なんだが、スタンピードなんかが発生すると場合によっては地形が変わるから、中々地獄です」
ナラシアがざっくりと歴代の地図を広げて説明してくれる。
「もうすぐ北部でスタンピードがありますよね」
アルブレイが質問する。
先日王都の騎士や魔道士、神官達が北部遠征に出発した際は、出発式の後大通りで市民たちが手を振って盛大に見送ったのだ。
「北部のスタンピードは物凄く規模が大きくなるから、討伐が全て終わったら職員を派遣して辺境伯と合同で森の調査もします」
「私たちもですか?」
これはセーラだ。
「いいえ、スタンピードの鎮圧は一ヶ月近くかかる事もあるから…その頃にはインターンも終わってるでしょう?」
ベリエラが苦笑する。
「その辺を頑張るのは行政府に入ってからね」
研修頑張って。
ベリエラに、フォルセアたちは頷く。
「さあ、学園で習っただろうが、改めて我が国の災害発生地域の確認をしていこうか。できれば全部暗記してくれ」
ナラシアがにやりと笑った。
「失礼します、研修生のフォルセアさん居ます?」
終業時間、国土管理局の一室の扉を叩いたのはマトリ・カートンだ。
フォルセアの研修先を知っていたのだろう。
「カートンさん」
知己の姿にフォルセアは笑顔を浮かべる。と、マトリはフォルセアの姿を確認して驚愕の表情を浮かべる。両手で口を覆った。
「え、フォルセアさん?」
(えー、顔が違う雰囲気が違う、あの眼鏡はどこ行ったの?)
「はい、お久しぶりです」
「あー、フォルセアさんだ。びっくりした、眼鏡はどうしたんです?」
マトリはまだ口を覆ったままた。
「あの時は目立たぬようにと母の指示で、伊達眼鏡を付けていたんです」
「あー、なるほど」
ベルツ局長との婚約と、侯爵家の身分をできるだけ隠そうとしていたのだろうと思い当たる。
(局長は隠せてなかったな、大変だったな)
脳内で呟いて、マトリはようやく手を下ろした。
「今日の研修は終わりました?うちの局のみんなが会いたがってるんで、ちょっとお時間あれば寄ってもらえません?」
「嬉しいです、ぜひ」
「あ、フォルセアさんだ、懐かしいなその全開の笑顔」
眩しそうにマトリが目を覆う。
「?」
「こっちの話です。じゃあ行きましょうか」
国土管理局の面々に挨拶をして、フォルセアはマトリと共に歩き出す。
前回とは違いすでに知っている道のりだ。フォルセアはわずかに安堵を覚える。
「歩きながらですみません、フォルセアさん、アマリリス嬢を紹介していただきありがとうございます」
歩きながらと言いつつ、マトリは立ち止まってフォルセアに深々と頭を下げた。
「アマリリス嬢からもお礼のお手紙をいただきました。ご婚約おめでとうございます」
「式にも来て下さるんですよね、なんかもう、うちの方の家族がめちゃくちゃ緊張してて」
何せ侯爵家が仲人のようなものなのだ。
貧乏子爵カートン家にとっては雲上の方々である。
「さすがに父が出向くことはできず、私と弟が出席させていただきますね」
「次期侯爵様までが…」
父さんたち大丈夫かな?
マトリは自分の結婚式ではあるが、別の事を心配してしまう。
「局長も出席してもらうはずだったんですけどね」
マトリは違う事を話す、ラングルトはノースポール辺境伯領に行ってしまった。今月末のマトリたちの結婚式には間に合わない。
「残念です」
フォルセアの声音に、(おや)と、思う。
こう言っては失礼だが、本当に残念そうなのだ。
(前はもっと、何というかドライだったよな?)
だから他の局員がラングルトの片思い、一方通行だと思い込んでいたのだ。
(あれ、これ局長頑張った感じ?)
マトリはつい、また口元を覆い隠した。余計な事を言ってしまいそうだ。
「…ベルツ局長は、長期間の遠征は何度も経験されているのでしょうか」
ラングルト、と言いそうになりフォルセアは気を引き締めた。親しくなったマトリを前にして油断してしまったのだ。
マトリはフォルセアの不注意には気付かなかったようだ。少し、考え込んでいる。
「局長が魔道局に入局したのが四年、五年前だから…大きい討伐は今回で二度目ですかね。短期間のやつは何度も行ってるはずです。僕は騎士団には所属していないので、あまり詳しくは…」
「そうですか…」
便宜上国防局の管轄下にある騎士団にはいくつか種類があるが、騎士だけではなく魔道士と神官も所属している。
ラングルトの様に、魔道局の職員の中にも騎士団に籍を持つ人物もいるのだ。
「あ!フォルセアさん」
魔道局の扉の前でレイチェル・ウェィズが手を振ってくれる。何名かの女性職員が廊下で待ってくれていたようだ。
すでに懐かしく感じる顔ぶれに、フォルセアも気持ちを切り替える。とても嬉しい。
「皆さん、お久しぶりです」
歩く速度が速くなってしまう。
マトリはそんなフォルセアをほほ笑ましそうに眺めて、背中を追う。
「フォルセアさん、メイク変えたんですね」
「フォルセアさんの机、実はまだそのまま残ってるんですよ。何となくそのままにしてたら荷物置きになっちゃって」
「え、フォルセアさん?え?あれ?」
「なんか雰囲気、あれ?そんな眩しい感じでしたっけ」
「前はわざと地味メイクだったって事でしょ!察しなさいよ」
局内ではフォルセアを迎えた職員たちの賑やかな声が聞こえる。
「局長が居ればなぁ」
マトリは小さくぼやいて、魔道局の扉を閉めた。




