48、青い屋根のひだまり亭
魔道庫が狙われた話は秘匿され、オルソー達騎士課程専攻の生徒もそれを守る。
フォルセアはオルソーと共にデュークと護衛騎士ハールに礼を伝え、この件を秘密にするようにと要請した。
フリージアはあの時フォルセアを一人で外に出すのではなかったと悔やみ、そして後悔を晴らすかのように研究に打ち込んだ。
学園長の指示の下、中央学園の警備体制を見直すことになったのだ。
警備員の増員や巡回路の改編。効率の良い監視や警報の魔法の開発などが始まる。
教師達だけではなくフリージア達三人の研究生にも参加の要請がなされたので、フリージアはここぞとばかりに魔術式の開発にのめり込んでいる。自分の研究はこの際二の次で良いらしい。
「ところで、言いそびれていたんだが…」
昼食時間にも研究室に篭りきりのフリージアをオルソーと共に連れ出して、三人で食堂の一角に座る。
「ラングルト様に、オルソーとはどんな関係かと聞かれて、とりあえず私とフリージアの親友だと伝えたんだが…良かったかな」
「あーー」
オルソーは後頭部を掻いた。
あの時は彼なりに必死だったので失念していたが、婚約者の目の前で取って良い態度ではなかったかもしれない。
馴れ馴れしすぎたか。
フォルセアの事を大事にしているらしい魔道伯爵だ、嫉妬でもされたらこちらの身が危険なのではなかろうか。
更に言うなればフリージアとの将来を考える時に、絶対に悪い印象を抱かせる訳にはいかない相手だ。
「私も以前、オルソーとは誰かと聞かれましたわ…あの時はとっさに誤魔化しましたが、ついに出会ってしまったのですわね…」
フリージアが口元を手で覆った。
当時、ベルツ家には厳しい母も居たので、傭兵出身のオルソーの事については反対される結末しか思い描けなかったのだ。
そして今も、あの兄に恋人です、と紹介する覚悟はまだない。
「怒ってたか?」
「少し、なんというか、冷たい感じがして怖かったな。親友で、すごく色々助けてもらってることをお伝えして、少しましになったというか、大丈夫そうになったとは思うんだが…」
フォルセアにしては歯切れが悪い。
「まあ、お兄さまが嫉妬するなんて…」
「嫉妬?ラングルト様が?」
フリージアが呟くと、フォルセアは目を丸くする。
「私も驚きますけれど、だって、そうでしょう?フォルセア、教えてくれたでしょう?」
ここは食堂だ。周りの目もある。
フリージアは声を潜めて、遠回しにフォルセアに指摘する。
少し考えて、フォルセアは思い当たる。記憶力も察しも良いのだ。
あの日の、ラングルトを思い出してしまう。
愛していると、告げられたあの時の表情。
じわじわとフォルセアの耳が赤くなる。
「そ、うか。…ラングルト様が、嫉妬、」
どんどんフォルセアの声が小さくなっていく。顔もどんどん俯いていくので、束ねられた髪の毛がさらりと肩から落ちた。
「オルソー見まして?フォルセアが可愛いですわ」
フリージアは隣に座るオルソーの腕を何度も叩いた。
「見てる見てる。おいフォルセア、オレが当て馬みたいになってるのは、お前がなんとかしろよ」
オルソーが後頭部を押せば、フォルセアの額がテーブルにくっついた。「う、」俯いたままうめいている。
「何とかってどういう事だ、親友以外に何を言うんだ、二人が付き合っていることは内緒にした方がいいんだろう?」
オルソーはフリージアの恋人なので安心して下さい、などと、言えるわけがない。ラングルトはフリージアの兄で保護者なのだ。
別の意味でオルソーが終わる。
「フォルセア、お願いですからまだお兄さまには言わないで下さいね」
「気を付ける」
まだ熱い耳を押さえ、フォルセアは真剣に頷いた。
*
久しぶりの青い屋根のひだまり亭だ。
以前ラングルトと訪れたのはもう五ヶ月も前になる。
目まぐるしい日々が続いていたため、中々市街の店に誘うことはできなかった。
ようやく今日一日だけ時間が取れたのだが、フォルセアは結局またこの店に赴くことにした。
ある意味で、思い出の店なのだから。
「フォルセア様、ようこそおいで下さいました。魔道伯爵様も再度のご来店まことに光栄でございます」
ミリの父、店主のトルスがコック帽を取り深々と頭を下げて、フォルセア達を店の中へ案内する。
休日とはいえミリは学園だ。
そもそも、フォルセアが外出しすぎているだけで、基本的に中央学園の生徒たちは長期休暇以外はほとんど実家に帰らないし学外に出ない。
時折休日に市街で買い物をすることもあるが、その程度である。
「ミリから、お元気かどうか確認してくるように頼まれていました。トルスさん、お変わりありませんか?」
「恐れ多いことでございます、この通り、なんとか無事に過ごせております。ミリがとんだ失礼を」
二階席への階段を登りながらトルスが汗をかく。侯爵令嬢に対してあまりにも気安い娘の言動に胃が痛くなる。
「気にしないで下さい、友人同士のことですから」
「ありがとうございます、本当に畏れ多いことでございます」
何度も何度も頭を下げるので、フォルセアの方が申し訳なくなってしまう。
つい、後ろを歩くラングルトを振り返って苦笑してしまった。
ラングルトはゆっくり頷いてくれる。
以前と同じ部屋に案内してもらう。シリスと護衛騎士は隣の部屋で待機する。もちろん、従者二人もここで食事を済ませる段取りだ。
「どうぞ、ごゆっくりお過ごし下さい」
ひとしきりの注文を終えるとトルスは深く頭を下げて部屋を出て行った。
以前はフリージアを介する形でこの店に来たが、婚約発表がなされた今は堂々と二人で来店できる。
フォルセアは何となく感慨深いものを感じる。
向かいの席に座るラングルトが、ようやく口を開いた。
「手紙にも書きましたが…お父上から就職のお許しを得られたこと、改めておめでとうございます」
「ありがとうございます」
フォルセアはゆるく笑みを浮かべた。
「まだ、これからのインターンの結果次第ではありますが、入局を励みにして頑張ろうと思います」
「フォルセア様ならばきっと大丈夫です」
すぐさま言い切るラングルトに、フォルセアは目を瞬かせる。
「あまり気負わないで下さい。行政府の職員といっても様々です。正直に申し上げると何故ここに居るのか分からないような人間も多く居ます。フォルセア様はあのような輩よりよほど有能で信頼できる方ですので」
淡々と。
流れるように告げてラングルトは一呼吸。
「貴女はすでに人事部本部長のヒュッテ・クレアドールに見出されているのです、フォルセア様が辞退しない限り、あの女傑は貴女を絶対に手放しません」
決定事項のように言い切られて、フォルセアは呆気に取られる。
「そういうものですか」
「私はそう考えます」
「…なるほど…?」
そういうものなのだろうか。国家公務員の選抜としては随分と強引な気もするが、しかしラングルトの言うようにヒュッテは人事に強い権限を持っている。
何となく不正入局などにならないかの不安もある。
(いや、だからこそのインターンだろうし…)
今までとは違う理由でフォルセアは鼓動が早くなる。
大丈夫だよな?
トントン
扉が叩かれて、トルスが入ってくる。相変わらずラングルトの注文が多いので、他の従業員も一緒に食事を運び入れてくれた。
ちなみにミリの母は足が悪いので店は手伝わず家を守っているらしい。古株の従業員はてきぱきとメニューを並べてくれる。
「お待たせいたしました、何かありましたらお声がけ下さい」
一礼して、トルスたちはすぐに出て行く。
会話が中断してしまったが、出来立ての料理の方を優先したい。これは先日助けてもらったお礼でもあるのだ。
「どうぞ、召し上がって下さい」
「では。いただきます」
フォルセアの言葉にラングルトは頭を下げた。
壮観だ。
皿の上の料理がどんどん消えて行く。
ラングルトの口が大きいようには見えないが、切り分けられた一切れは確かに大きい。
フォルセアの手のひらを広げたよりも大きなチキンステーキが数口で無くなってしまう。
食器やカトラリーの音も静かなまま、食材だけが消えて行く。
サラダにフォークを刺す音の方が響くぐらいだ。
二人前のサンドイッチも一切れが一口で無くなっていく。
背は高いがどちらかといえば痩せ型に見えるのに、ラングルトの胃はどうなっているのだろう。
つられてフォルセアもサラダを食べ、グラタンをスプーンで掬う。ふう、と冷ます間にもハムサンドの皿が空になる。楽しい。
フォルセアの視線に、ラングルトが止まる。
「…ご不快ではないですか」
「まったく。お好きなだけどうぞ」
行政府の食堂で一緒だった時よりも食べる量が多いようだ。口に合ったのか、よほど空腹だったのか。
「私の方がお待たせしたらすみません」
猫舌ではないが、フォルセアは熱いグラタンを一気に食べる勇気はない。どうしてもラングルトに比べると速度が落ちる。
「それは全く気になりませんので、ごゆっくりなさって下さい」
「ありがとうございます」
ラングルトの言葉に甘え、慌てずに咀嚼する。
次こそは他の店を誘いたいが、これだけの注文が乗るテーブルがある店はあっただろうか。以前マトリたちに連れて行ってもらった食堂ならば絶対に無理だ。
皿がきれいに空になり、従業員を呼んで片付けてもらう。食後の紅茶の用意が終わると、ラングルトがおもむろにフォルセアの隣の椅子に腰掛けた。
珍しい行動だ。
「フォルセア様、魔物の討伐部隊に加わるため、王都を離れることになりました」
ラングルトの言葉に、フォルセアはわずかに驚き、ふわりとしていた思考を引き締める。
椅子に座り直し、ラングルトへ膝を向けた。
「北部の大森林ですね。いつからですか」
「明日です」
「…明日!すみません、お忙しい時に」
準備もあるだろうに今日の時間を取らせてしまった、しかし。
「いえ、今日お会いすることができて良かったです」
フォルセア様。
ラングルトがフォルセアの手を取る。彼のいつもの仕草だ。
「いつでも貴女をお守りするとお約束いたしましたが、北部からではそれも叶いません。申し訳ありません」
「いいえ、お気になさらないで下さい」
ツワンベルの国境となっている北部大森林はノースポール辺境伯の治める地域だ。王都から馬車を乗り継いでも五日以上掛かる。しかも、今回は王都や北部近隣の騎士も編成される、大規模な行軍になるだろう。
「私よりも、ラングルト様のご無事の方が心配です」
「万全の注意をもって臨みます。フォルセア様も、どうぞお気を付けて」
「はい」
つい先日、フォルセアは危険に巻き込まれたばかりだ。ラングルトの心配もフォルセアはよく分かる。
「フォルセア様のインターンのお手伝いができず、それが残念です。クレアドール本部長に、フォルセア様をお守りできる人材の手配を申し入れました。必要ならばカートンも駆り出すように指示しています」
「お気遣いありがとうございます」
行政府のインターンもまもなく始まる。そうか、今回はラングルトは居ないのか。
「必ずインターンをやり遂げて、ラングルト様をお待ちしています。どうかご無事で」
フォルセアもラングルトの手を握った。
力を込めると、それ以上の力で握り返された。
「お約束いたします。必ず貴女のもとへ」




