46、侵入者
どこに居るのか、何人居るのかもフォルセアには分からない。ただ、絶対に単独犯ではないはずだ。
厳重に守られているはずの中央学園。どこに穴が空いたのか。
「フォルセア様、これ、何?何ですか!?」
走り出したフォルセアにとっさに追い付けず、カレンは足をもつれさせた。
「カレン嬢が狙われている可能性がある。早くこの場を離れよう」
転けそうになるカレンを支えるためにフォルセアは足を止める。と。地面が拳ぐらいの大きさににえぐれた。
止まらなければフォルセアの足に直撃していたはずだ。
「これって攻撃魔法!?」
カレンの声が裏返る。
「…失礼!」
フォルセアはカレンを抱え上げた。急に横抱きにされ、カレンはまた悲鳴をもらす。
「私にしっかり掴まれ、舌を噛まないように」
「っはいィッ!」
カレンはフォルセアの首に手を回す。おかしな事が起こっている、それを判断するには十分な状況だった。
フォルセアは助走をつけて渡り廊下の屋根の上に飛び乗る。カレンが悲鳴を飲み込んだ。
何かがぶつかる衝撃音。それまで居た地面がまたいくつもえぐれている。
「侵入者だ!カレン・モンステラが狙われている!警備員を呼べ!」
屋根の上でフォルセアは大きく息を吸い込み叫んだ。
背後から風を切る音、フォルセアは振り返ることなく屋根の上で走り出し、また地面に飛び降りる。「ぐぅっ!」うめきを堪えるカレンの腕に力が入る。
ぐるりと急いで周囲を確認する。
地面をえぐる攻撃と屋根の上で向けられて来た音は違う方角から狙われたものだ。
フォルセアだけを害そうと狙っている、やはりカレンが目的なのだ。
(最低二人)
フォルセアは学園の地図を脳裏に浮かべる。止まるのは危険だ。動き続けないと。
「走るぞ!」
「はいっ」
「公子!」
騎士課程の訓練場、そこからやや離れた場所でハールは主人を庇うように立った。
女性の大声が響いたのだ。
「今のはフォルセア嬢だったな!」
声の主を判断し、デュークは周囲を確認する。自分の護衛以外この場には居ない。
「カレン・モンステラと言ったか…ハール、急いで教師と警備員に連絡しろ!」
「はっ、しかし、公子の守りが…」
「今はフォルセア嬢とモンステラを優先しろ!この時期に魔道庫を狙うなんぞ我が国の汚点どもしかいないだろ!早く行け!」
デュークの荒い声にハールは弾かれるように駆け出した。
あっという間に遠くなる背中、デュークはすぐにハールとは反対方向に走り出した。
この先には訓練場がある。
背中に衝撃が走る。
「フォルセア様!」
驚いて一瞬顔を顰めたフォルセアだが、駆ける足は止めない。「大丈夫だ」小さく伝える。声を出すと呼吸が乱れる。
おそらく地面えぐる、あの衝撃の魔法なのだろう。それにしてはフォルセアの背中には何かが当たった感触があっただけで、痛みはない。
周囲の壁に穴すら開けるあの魔法を何度も何度も避け、フォルセアは気付く。
(ラングルト様の宝石か!)
あの日、ベルツ魔道伯爵邸で渡されたトパーズのルース。
今もフォルセアのポケットに入っている。
ラングルトが思いつく限りの悪意ある魔法を逸らしたり防いだりするという、簡易的な結界。フリージアは言っていたではないか。
(ラングルト様が守って下さっている)
なんと心強い事だろうか。
だがそれもいつまで効力を保てるのかフォルセアには分からない。この身体強化魔法だって長くは続かない。
思うように逃げられない道のりにフォルセアはさすがに焦り、眼前を睨みつける。
誘導されている感覚がある。
ばちん、と進行方向で大きな火花が散る。
迂回し、壁を乗り越えても結局遮られる。
結界があるフォルセアに当たらなくても、これらの魔法はカレンには当たってしまうかもしれない。
目の前の門が凍りつき、尖った氷柱の先が何本もこちらに伸びた時、フォルセアは踵を返した。
花畑へ。
元々はカレンをそこへ誘導する目的だったはずだ。罠が仕込まれているか、それとも侵入者たちが待ち構えているのか。
しかし、花畑の塀を辿って行くと訓練場がある。
オルソーたち騎士課程の生徒たちが訓練しており、王宮の騎士が教官としてその場に居るはずなのだ。
(賭けるか…!)
フォルセアはカレンを抱く腕に力を込める。
それを感じたカレンも、曲げたままの足を小さくなるように寄せ、フォルセアにしっかりと抱きついた。
フォルセアが蹴破った門の近くを飛び上がり乗り越える。
重心が前に傾くし両手が塞がっているため、バランスが取りにくい。
石造りの壁を伝い、壁側からの攻撃を無くしながらフォルセアは花畑へ走った。
眼前の地面が急に広範囲にぬかるむ。
底の見えない沼のように泥が広がった地面を寸での所で飛び越えた。靴やスカートに泥が飛び散る。泥に魔力はないらしい、内心でフォルセアは安堵する。
背中に、足に、また何かが当たる感覚。痛みはない。背後、そして頭上側からも狙われているとわかる。
どこかの塔に潜んで長距離で狙っているのか。
渡り廊下を横切る、この向こう、丸い飛び石が並んだ先がヒューロックの花畑だ。
左側に木々が広がり右側には塀が。
開けた美しい花畑、二つ並んだ大きな石碑。
初代学園長夫妻の墓。
目的地であるはずなのにその場には誰もいない。待ち構えているかと思っていたのに、障害物ひとつない。それがかえって恐ろしさを感じさせる。
訓練場へ。
塀にまた飛び乗るための助走を始めようとしたフォルセアは、ふと、ポケットの熱に気付く。宝石が熱い。
そして思い出す。
あの方の言葉を。
『何かあれば必ず私が貴女のところまで参ります。お約束します。必ず、私を呼んでください』
(足場もある、障害物もこの花だけならば)
フォルセアは立ち止まり、息を吸った。
とうとう足を止めたフォルセアに、ぬるりと、影から手だけが伸びた。
一斉に、何本もの杖が向けられる。
「ラングルト様!私はここです、助けて下さい!」
フォルセアの叫び。
直後。
すぐ隣に光の円陣が現れた。
「遅くなり申し訳ありません」
天地、上下二つに分かれた魔法円からラングルトが現れる。
すでに構えていた杖を振るうと、フォルセアとカレンの周りに球体の壁が出来あがり、発動していたいくつもの衝撃魔法を弾いた。
結界の外側に居るのにラングルトはなぜか無傷で、魔法を発射してきた方向全てを捕捉する。
杖を軽く動かす。
それだけで、終わった。
「ぎゃああぁ!!!」
悲鳴がいくつも上がる。
それに見向きもせずに、ラングルトはフォルセアに向き直った。
「フォルセア様、お怪我は」
「大丈夫です。ラングルト様のおかげです」
フォルセアはようやくカレンを下ろした。
さすがにフォルセアの呼吸が荒い。
ずっと抱えられ走ったり飛んだり、その衝撃を受け続けたカレンは花畑の上にべたりと座り込んでしまった。
「カレン嬢、どこか痛めてないか」
フォルセアは片膝をついてカレンを支えた。
「大、丈夫です、だいじょうぶ、うぉぇ、」
恐怖が遠のいた今頃に駆け回された酔いを自覚したらしい。
吐きはしないが口を押さえてえずいている。
その背中を何度かさすって、フォルセアは周囲を見渡した。
いつの間にか男たちが七人、花畑の周りに現れてのたうち回っている。
そばには粉々になった杖。
男たちは喉を押さえたり心臓の辺りを掻きむしり、狂ったように悲鳴をあげ続けている。
「ラングルト様、あれらは」
「フォルセア様を傷付けようとした重罪人です。死ぬより辛い目に合わせます」
「駄目です、それはいけません」
絶対零度のラングルトの声音に、フォルセアは慌てる。
「もし死んでしまったら裁けません。まずは法務局に引き渡さなければ」
杖を持つラングルトの手に、抑えるようにフォルセアは手を添えた。
「他に仲間が潜んでいるかもしれません。情報を引き出す余地は残しておいて下さい」
魔道庫を狙う時点で彼らは極刑だろう。
だが、それは今ではない。
「貴女を害したのに?」
フォルセアの静止にラングルトは驚く。
まるで自分が手を下して当然だと、そう思っているような表情だ。
えずきながらカレンは、その様子を見上げて背筋に流れる冷たいものを感じた。
(怖い、)
「ラングルト様が助けて下さっただけで十分です。約束を守って下さってありがとうございます」
少し呼吸が荒いままだがフォルセアは恐れも抱かずにラングルトに笑みを浮かべた。
「できることなら、もっと早くお助けに上がりたかった。貴女の動きが思いの外素早かったので、座標を絞り込めませんでした」
今後の課題といたします。
ラングルトは神妙に目を伏せる。
フォルセアは瞬いた。
「私がラングルト様を呼ぶ前にこの状況を知っていたのですか?」
「貴女が身体強化魔法を使った時点で私に分かるようになっています。この魔法は有事にしか使わないでしょう?後は結界が発動しましたので、攻撃を受けておられると判断し、すぐに向かえるように貴女の場所の特定をしておりました」
(え?ストーカーかな?)
カレンは先程とは別の意味で青褪める。
(この人怖い!)
そしてフォルセアが呼んだ名前を思い返して、更に恐怖する。
この方が、ラングルト・ベルツ魔道伯爵!自分と婚約しただのしないだの、あの騒動の人物なのだ。
しかも、まだ周囲ではカレン達を狙ったと思われる男達が苦しみ続け這いつくばっているのだ。
地獄絵図だ。
「必死に走り回っていたので…そうでしたか、また対策を相談しましょう」
「承知しました」
フォルセアは息を吐いて、もう一度ラングルトの手を握った。そっと杖を下ろすように促すと、周囲の苦しむ声が消えた。
その時だ。
「フォルセア!」
叫ぶ声に激しく駆けてくる音。
ダンダンッと力強く壁を蹴り上がり、花畑に着地する。剣を掲げた人影が素早くフォルセアの前に立った。
「オルソー!」
フォルセアが息を呑む。
「フォルセア、無事か!」
オルソーはフォルセアとカレンを庇うように剣を構えるが、気絶している男達とフォルセアを守るように立つラングルトを確認して、驚きの表情をする。
「なんでだ、」
「カレン嬢が狙われた。ラングルト様が来て下さって事なきをえた。奴らが侵入者だ」
「無事なんだな、怪我は?」
「してない、大丈夫だ」
フォルセアの言葉に、もう一度周囲を確認してからオルソーは剣を鞘に納めた。
すると、壁の向こうから次第に走る音や声が聞こえて来たと思ったら、順番に男子生徒達が塀を乗り越えて来た。
騎士課程の生徒達だ。
「オルソー!状況を報告しろ!」
「ルドベキアとモンステラは無事です、魔道伯爵が制圧していました!侵入者は七人、気絶しているようです」
生徒達の隣で、単身で塀を乗り越えて来た教官役の騎士にオルソーが大声を出す。
「魔道伯爵!?ベルツ卿か!」
騎士はフォルセアとカレン、そしてフォルセアのそばに立つラングルトを目にして驚きの声を上げる。しかし、すぐに周囲を確認して生徒達に指示を出した。
「二人一組で侵入者を拘束しろ!自害防止も怠るな」
「はい!」
「オルソー、よくここの事が分かったな」
てきぱきと動き出した生徒達を見ながら、フォルセアはカレンを立たせる。オルソーを見上げれば、彼は肩をすくめた。
「お前の叫ぶ声を聞いたとデューク公子が訓練場に駆け込んできた。少し探し回っちまったが、こっちから魔力の反応があったからな」
まあ、無事で良かったよ。
はーー、とオルソーは安堵の息を吐く。
「オルソー、指示を待たずに飛び出したな。独断専行は危険だと学んでいるだろう、後で罰走を与えるからな」
「はい、すいません」
ラングルトと情報交換をした教官役がオルソーの頭を小突く。その後、フォルセアとカレンに騎士の礼をした。
「フォルセア様、カレン・モンステラ嬢、ご無事で何よりでした。念の為保健室までお連れします、その後何があったのかご説明をお願いします」
「分かりました」
フォルセアは頷く。
「オルソー、お前がご案内しろ」
「私が参りますので結構です。警備員が来たようです、侵入経路の特定と学園外に仲間が居るかの確認をお願いします」
す、とラングルトがフォルセアと教官役の間に入る。
その言葉が終わると同時に花畑の入り口に警備員や教師が詰めかけたので、ラングルトはフォルセアの手を取り、カレンも含めた状態で杖を振った。
光の円陣が閉じ、三人の姿は消えた。




