45、一難去ってまた、
週末に父ライゼルの時間を空けてもらったフォルセアだが、訪ねたのは侯爵邸ではなく王宮の一室だった。
多忙なルドベキア侯爵専用に用意されている客室に弟レイナードを伴って訪れたフォルセアは、予想外の迅速さで終わった親子の会話にやや呆然としてしまっていた。
「ゆっくりしていくといい」
と、父は姉弟を部屋に残して急いで出てしまっている。
フォルセアとレイナードは父から指示を受けたのだろう、王宮のメイド達が並べた軽食を口に運んだ。
「レイナード、お前はすごいな…」
「姉上のお役に立てたなら良かったです」
レイナードはサンドイッチを口に運びながら、満足気に姉を見ている。
フォルセアのインターンシップの参加を告げたところ、案の定ライゼルは難色を示した。
父親としては三年生の一度で終わったつもりだったらしい。
むしろこれからが本番だと、内定がもらえれば行政府で勤務する事も可能なのだと聞いて驚いていたのだ。
「もちろん、私が行政府で勤務するに相応しいかどうか判断するのは人事部の方でしょう。ですがもし、可であると判定をいただけたら私は行政府で働きたいのです」
「フォルセア、お前はもうそんな事をせずとも、ゆっくり過ごせば良いのだ」
お前は充分役目を果たしている。
危険のないところで、平和に過ごせれば。
それが父の願いだ。
「私も侯爵家の娘です。レイナードや妹達のようなお役目は私には務められません、ですが他の方法で王家に、国民に尽くしたいのです。…父上と母上が私を案じてくださるのは本当にありがたいと思います。でも、私はまだ自分にできる事を探したいのです」
「フォルセア…」
「ラングルト様も、私の考えに賛同してくださっています。そのために私を守ってくださるとも」
「ラングルト殿がか」
「はい」
娘婿になる青年の名前に、ライゼルは眉を寄せた。
冬頃のインターンで、ラングルトがフォルセアの後押しをした一件を思い出す。
あの時からラングルトはフォルセアの望みを知っていたという事だ。
「全く、お前は…相変わらずとんでもない味方を…」
そう。
フォルセアは子供の頃、身体を鍛えたいと言った時も自分で教師役を見つけて来てしまったのだ。茶会で知り合ったというアマリリス嬢だ。
中央学園を受験したいと言い出した時も、知人の伝手で優秀で厳しい家庭教師を自分で招いている。
それらを全て、自分の役目をこなした上で時間を捻出して叶えて来たのだ。
思いつけば一途に邁進する娘の優れた面であり、親としては心配な面でもある。
…もう少し事前に相談をしてくれないものか。
(いや、否定されると分かっているから外堀を先に埋めているのか)
「私は姉上のご決断を支持します」
のびやかな声が上がる。
フォルセアもライゼルも視線を向ける。
別件で話を共有したいからとフォルセアに伴われたレイナードが、沈黙を破った。
「レイナード」
フォルセアが驚いている。
「姉上には身分を問わず人の適材適所を見抜き、使いこなす才があります。この姉上の才能を埋もれさせる事はもったいないと思います」
姉の後ろに控えていたレイナードは、すっとフォルセアの隣に並んだ。
父を見つめる。
「父上が姉上を心配なさるお心も分かります。しかし姉上はもう四歳の姉上でも十一歳の姉上でもありません。とても強くて、頼りになる方ではないですか」
「しかしレイナード、行政府に勤めるなど」
「私や妹達は第一王子殿下をお支えするために王宮に上がります。姉上が行政府に居てくだされば、どちらのことも分かりきっと後の陛下のお役に立てるかと思います。それに、行政府には義兄上もいらっしゃいます。姉上の守り手としてこれほど心強い方もいないではないですか」
すらすらと、レイナードは言葉を紡ぐ。
父に対して何も臆することがない、堂々とした態度だ。
弟の姿にフォルセアは心底驚く。それはライゼルも同じであったようだ。
「レイナード、いつからそれを考えていた」
父の問いに、レイナードは少し気まずそうな表情をした。
「姉上が義兄上と婚約をした時には。私は姉上には屋敷の中だけで過ごすより、自由に外へ出て欲しかったのです…」
「レイナード…」
フォルセアは堪らず弟を抱きしめた。
ぎゅう、と力を込めるとレイナードは慌てる。
「姉上!」
さっと顔を赤くして、逃げようと身体をよじった。
「恥ずかしいです!」
「フォルセア離してやりなさい。レイナードも十四なのだ、子供扱いはいけない」
「子供扱いではありません、弟がこんなに優しく立派に育ってくれて感慨深くて」
「それはそうか」
「父上!」
今度はライゼルが息子の頭を撫でだしたので、レイナードはまた悲鳴のように声を上げた。
「二人とも止めて下さい!」
「まあ、そうか。レイナードの言うことも最もだな」
まだ撫でる手を止めず、ライゼルは言う。
「お前のことはレイナードの方がよく理解しているかもしれんな」
「父上?」
フォルセアは弟を抱きしめる腕を緩めた。
「冬のインターンでお前が新たな国有魔法となった申請を見出したと聞いた。決定会議にはもちろん陛下だけではなく我々も参加している」
「はい」
特許の申請の山からあの魔法を見つけた、それは偶然ではある。だが、結果、あれは国に認められた。
フォルセアの実績となった。
「…まずは次のインターンで認められなさい。内定がもらえるかどうか、お前の卒業後を決めるのはそれからだ」
「父上」
「第一王子殿下も来年には十三歳となられる。立太子にはまだかかるが、お前やイクシオ殿が代行していた祭事にも正式に参加なさるだろう。私もアニエスも、新たな決断をしなくてはいけないな」
レイナードの頭にあった手を、ライゼルは娘の肩に乗せた。
「まずはインターンをやりきってみなさい」
「…はい」
フォルセアは深く、深く頷いた。
初めて、かもしれない。
自分の決断に、『そんなことはしなくていいのだよ』と言われなかったのは。
自分の将来について、…もちろんインターンの結果次第だが、道筋が定まりフォルセアはやや茫然自失の状態になっていた。
しかし、その後レイナードをなぜ伴ったのかを聞かれて、慌てて意識を戻した。
ツワンベル王国のデューク公子が暗に匂わせた事を、報告しなくてはいけなかったのだ。
それが終わると急いでライゼルは部屋を出て行った。他の侯爵家と情報を共有するためなのか、違う仕事があるのか、フォルセア達には分からない。
先程「お前はすごいな」、と褒められたレイナードは、少し考えてからポツリと言った。
「姉上の方がすごいです。あんなに色々あったのにちゃんと目標を掲げて、やり遂げようとするんですから」
「私には出来ることが少ないからな」
「魔力が少ないだけじゃないですか。他の事なら僕たちよりよっぽど色々な事ができるのに」
レイナードの一人称が僕に戻っている。彼なりに父の前で、頑張ってくれていたのだろう。
「お前たちを守る事で役に立ちたいと思っていたんだ、お前たちの為ならいくらでも頑張れるからな」
「それは、嬉しいです。…でも、無理はして欲しくないです。エリシアもリディアも姉上がすぐ自分を後回しにするから心配して姉上にくっ付いてたんですよ」
「それは気付かなかった、心配を掛けてしまっていたのか」
「あの二人は本当に鋭いから」
「…そうだな」
フォルセアは堪えきれずに長い長い息を吐いた。
何だかとても疲れてしまったのだ。
今まであまりこんな風に感じた事はなかったのに。
夢中で進んできて、ようやく先が見えて来て、つい。
つい、気が抜けてしまったのだ。
(まだまだ先は続くというのに…)
背中が、頭が、重い。
感じてしまった疲労感に、情けなさを覚える。
椅子に背を預けてしまった姉に、レイナードは気遣わしげな視線を向けた。
「姉上…大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。少しだけ待ってくれ、すぐに、」
フォルセアは目を閉じた。
「すぐに、元に戻るから」
*
結果を言うとフォルセアは熱を出していた。
中々体調を崩す事がなかったフォルセアは己の不調に気付いていなかったのだ。
レイナードが姉の様子に気付き、そこが王宮だったものだから王室専属の医師が派遣されてしまいちょっとした騒ぎになった。
幸いにも疲れからの発熱だろうと診断され、フォルセアはそのまま王宮に部屋を用意され、シリスに付き添われて一泊させてもらうことになった。
レイナードも付き添うと言い張ったが父が侍従と共に寮に戻らせている。
夜中に熱が高くなったが、朝方にはすっかり平熱になり、フォルセアは己の未熟さにまた項垂れた。
翌日の学園に備えて、夕方までには王宮から寮に移ったが念の為にとまたすぐにシリスに寝台に押し込まれ何も出来ずに朝を迎える。
フリージアの顔を見たのはその日の放課後だ。
最終学年になり、個人の研究室を与えられた彼女は試したい事があるからと、ここ数日朝からずっと図書館に篭っている。
行政府で働ける事を告げ、しばらく隣に居させてもらいラングルトへの手紙を書いた。発熱のせいで後回しになってしまっていたのだ。
「手紙を出してくる、また明日な」
「ええ、お気を付けて」
学園内の通信窓口へ持って行くだけなのだが。フリージアの言葉にフォルセアは軽く笑った。
「フォルセア様!」
図書館を出たところで名を呼ばれる。溌剌とした元気な声、フォルセアは目を細めた。
カレンが遠くから手を振っている。この距離でよく気付いたものだ。
軽く手を挙げると、カレンはフォルセアの方まで走って来た。女学園出身のためきちんとした場ではふさわしい仕草をするのに、普段はとても元気が良い。
「良かった、フォルセア様!あの、初代学園長のお墓って分かりますか?」
カレンはフォルセアにすがり付きそうな勢いだ。右手には手紙を握りしめている。
「知っているが、どうしたんだ?」
「大事なお話があるから放課後お墓に来て下さいって手紙を貰って…でも、それがどこなのか分からなくて…あまり他の人に聞いて回るのも、手紙の内容的にちょっとためらわれて…これって告白ですかね、それとも喧嘩を売られてる感じですかね?」
カレンの発想にフォルセアはつい笑ってしまった。
「場所から考えると告白かもしれないな。あの花畑は有名な告白の名所だ」
「え、お墓なのに?女学園なら呼び出されてネチネチ嫌がらせをされそうな場所ですよ」
「初代学園長夫妻はとても仲が良かった事で有名でな。学園内に特別にご夫婦の墓を建てて一年中花を絶やさないように管理されているんだ。それにあやかって告白すると成就する確率が高いと言い伝えられている」
案内しよう。
フォルセアはカレンを誘って歩き出す。
「森側にあるんだが、何度も学園を建て増ししたから入り組んだ道になっているんだ」
有事の際の避難場所にもなるため、学園の周りには城壁のように壁が作られているところがある。花畑の方にあるオルソーたち騎士課程の生徒の訓練場も同じように塀で囲われており、見物の生徒もよく赴いている。
フォルセアたちは扉をくぐり、他校舎に向かうための屋根付きの渡り廊下も横切る。
ヒューロックの花畑も塀と木々で囲われており、守られるように墓があるのだ。
そこで、ふと、フォルセアはカレンを見る。
「カレン嬢、手紙には初代学園長の墓に来るように書いてあったのか?」
「え?はい」
ほら。
カレンはシワがついてしまっている手紙を広げる。フォルセアは文面に目を走らせて小さく息を呑んだ。
ヒューロック初代学園長夫妻の墓。
学生たちや教師すらこの場所を「ヒューロックの花畑」と呼ぶ。場合によっては、花畑だけでも通じてしまう。
告白するであろう生徒がその名を書かない事など、ありえない。
「…カレン嬢、あまり良くない呼び出しかもしれない。一旦学園棟に戻ろう」
努めて静かに、小さな声でカレンの手を取る。
「え、…え?」
手紙とフォルセア、交互に見てカレンは戸惑う。
しっかりと握られた手が引かれて、足が来た道を引き返す。
しかし、
ガタッ
塀の扉を開けようとしたら、動かない。
「え、さっき…?」
さっきこの扉を開けて、通ったはずなのに。カレンが呟く。
フォルセアが息を詰めた。
ガタガタと扉を何度も動かすが、鍵が掛けられていないのに開く事はない。
「魔法か…!」
フォルセアは呟いて周囲を見回す、どこだ。少なくとも引き返そうとした自分たちをとっさに阻止できる距離に居る。
フォルセアは偶然カレンに会わなければここまで来なかった。つまり、狙われているのはカレンだ。彼女は貴重な魔道庫。
カレンの手を掴んだまま、空いている手でフォルセアは腰のホルダーに差してある杖に触れた。
フォルセアが使う魔法はおおよそこの一種類と決めている。なので杖の先は常に彼女自身に向かうように調整してある。
(身体強化魔法)
ひやり。己の魔力が失われていく。
それと同時にフォルセアは思い切り目の前の木製の扉を蹴り破った。
バキッ
蝶番が跳ね飛び扉が割れながら倒れる。カレンは目の前の光景に小さく悲鳴をあげる。
「逃げるぞ!」
フォルセアはカレンの腕を強く引き走り出した。




