44、デューク・ラスライル
(さて)
フォルセアは思う。
机の引き出しには五月の半ばに行われるインターンシップの合否判定の書類。
(父上の許可を取らなければ…)
じわり、と手に汗が浮かぶ。インターンシップの説明会直後のカレン・モンステラから始まった事件からまだ半月ほどしか経っていない。
フォルセアとラングルトの婚約発表もつい先日の事だ。
フォルセアたちがどれだけ忙しくても学園の予定は何も変わらない。
婚約の準備や事件の経過報告などを受けつつ、フォルセアもフリージアもインターン参加の申し込みを行いレポートを提出した。
最終学年となり必要単位は少なくなったが授業の内容は濃く、提出物も多い。
行政府以外からもインターンの募集は何件もあり、フォルセアの周りの学生達も忙しそうだ。
そんな中、フォルセアに届いた判定は「可」。
またフォルセアは行政府のインターンに参加できる。そして、ふさわしいと認められたら就職の内定がもらえるのだ。
つい、本当につい、フォルセアは父にインターンに今年度も申し込んだ事を言いそびれていたのだ。失態である。
当初こそ力押しで何とかしようとしていたが、ラングルトの助力もあり、さすがに正直に打ち明けて説得しようと思っていたのだが。
面と向かって話したいからと婚約式の準備に家に帰れば父はおらず、すれ違ったままこの日を迎えてしまった。
(今度こそ父上にお伝えしなければ…)
緊張による動悸を抑えながら、フォルセアは筆を取った。多忙な父に予定を空けてもらわなくてはならない…。
*
「フォルセア嬢、今お時間よろしいか」
学園の園庭を歩くフォルセアに声を掛けたのは、久しぶりの人物だった。
「デューク公子」
フォルセアは隣を歩いていたオルソーと顔を見合わせた。フリージアは研究が忙しいからと学園から与えられた個人研究室にこもっているので、今は二人だけだ。
「どうかなさいましたか」
一礼した後、フォルセアは首を傾げる。
何だかんだと、去年、新年祝賀会の誘いを断って以来顔を合わせていなかった相手だ。
北の大国ツワンベルからの留学生、三年生に進級したデューク・ラスライル公子。今回は学生服の護衛の青年もきちんと後ろに控えている。
「少しお話がありまして。そこの生徒も一緒で構いません、お付き合いいただけますか」
いつもの慇懃な口調ではない。どこか、急いでいるような雰囲気だ。
「オルソー、構わないか?」
「いいぜ」
オルソーも頷く。
婚約者が居るフォルセアを、部下がいるとはいえ隣の国の公子と二人きりにするわけにはいかない。傭兵の感覚が抜けないオルソーにもそのぐらいの分別は付いている。
「では、…あちらに」
デュークは園庭の端に設置されているテーブルを示す。学食を外で食べられるようにと配置されたテーブルのひとつだ。
園庭には他にも生徒が過ごしているが、公子は構わないらしい。だがいざ近付いてみると、周りの生徒はフォルセアとデューク達の姿を見るなりそっと離れて行ってしまった。身分差はこういうところに表れてしまう。
デュークではなくオルソーがフォルセアの為に椅子を引いてやる。「悪いな」フォルセアの小声の礼を聞くと、彼はそのまま親友の隣に座った。
オルソーはデュークがフォルセアを自身の結婚相手に見定めている事を知っている。彼なりの牽制だ。
ふてぶてしいオルソーの態度に、デュークは少し表情に不快感を滲ませるが言葉にすることはなかった。フォルセアの向かいに腰掛ける。
供の生徒となっている護衛騎士はデュークの後ろに立つようだ。忠実に周囲を確認している。
「まずは、フォルセア嬢とかの有名な魔道伯爵殿とのご婚約におめでとうと言わせていただきます」
おや。
フォルセアはオルソーとまた顔を見合わせた。
「ありがとうございます」
フォルセアは形式通りの笑みを浮かべた。
そして。
「お祝いの言葉をいただけるとは思いませんでした」
あえて切り込んだ。
護衛騎士がフォルセアに視線を落とす。オルソーが気配だけでそれを確認している。
デュークは二人の様子に気付いていないのかもしれない。少し驚いた顔をして、そして物凄く眉を寄せた。
物凄く。
「そういう事を仰いますか、さすがフォルセア嬢。筒抜けかー」
がしがし。
デュークが頭を掻きむしった。今までの丁寧な仕草とは全く違う。オルソーはまじまじと公子を見つめてしまった。
「そうですよ、フォルセア嬢が私の結婚相手第一候補でしたよ。もー、振り出しに戻った!」
うらみますよ。
予想以上に不平不満を明かすデュークの態度にフォルセアも驚いて、つい笑ってしまった。
気性の荒そうな人だと思っていたが、こういう性格を隠していた為にあの振る舞いだったのか。
「それは申し訳ありません。でもさすがに私は他国には嫁入りできませんから」
何せ役目を持った侯爵令嬢。嫁ぐとなれば政治的な問題も絡んでしまう。
「それをあえてというのが都合が良いんですよ。私はそのままではツワンベルに帰れませんからね」
「公子!」
護衛騎士が後ろから止めに入る。デュークはひらり、と手を振った。
「周りに誰もいない。世間話だよ」
「…俺が聞いて大丈夫な話しかしないでくれよ」
「知らん、自分で判断して危険だと思ったら耳を塞げ」
「何だこいつ」
オルソーは態度が豹変したデュークにヒクリと口の端を歪めた。
「お呼びだてしたのはこの件に関してです。フォルセア嬢、貴女は最近貴族間の婚約を取りなしましたね。一部で噂になっていました」
「ただ友人を紹介しただけです」
アマリリスとマトリの事を言っているのだろう。本当に、父侯爵に紹介してもらっただけなのだが。
「恥を忍んで申し上げますが、ツワンベルの情勢にも詳しく力のある貴族の未婚の女性を紹介して下さいませんか」
「はぁ?」
オルソーが呆れた声を出す。護衛騎士も「言ってしまった」というような渋面を作った。
「ぶっちゃけると私はこのまま帰国すると命が危ない。発言権を上げるにはアルストロメリアの力ある結婚相手が必要なんですよ」
「ぶっちゃけましたね…。オルソー、耳を塞いだ方がいい」
「遅ぇよ」
「フォルセア嬢がすごくちょうど良かったんですよ」
「それはちょっと嬉しくないですね」
命を狙われるのは心底勘弁したい。
「もちろん、全力で守ります。どなたか居ませんか?」
「カレン・モンステラは駄目ですよ」
フォルセアは先手を打つ。
彼女は途方もなく貴重な人材だ。国外流出は阻止したい。
「魔道庫なんて連れ帰ったら謀叛の疑いありとすぐ捕まりますね。勘弁してください」
デュークは首を振る。
「即答できかねますね。ご令嬢を危険に晒したくない」
「私も危険に晒されるんですよ」
「このままアルストロメリアにお住まいになれば?」
フォルセアの提案に、デュークは眉を寄せた。
「帰国しないといけない事情があるのでね」
「そうですか、…これ以上は聞きません。帰国予定は卒業後ですか?」
「卒業後すぐはまだ良くないですね、結婚相手次第ですが、二、三年はアルストロメリアに待機させていただくつもりです」
「では、一旦アルストロメリアで仕事を探すと」
「まことに遺憾ながら」
ツワンベルの公子がアルストロメリアで就職活動。聞いたことがない。外交官は無理だろう、卒業後すぐに着任できるような役職ではない。
「ふむ」
フォルセアは息を吐いた。
自分の独断で進めていい話ではない。公子もフォルセアに明かしたということは、暗に父たちに伝えろということなのだろうと判断する。
「とりあえず、お友達になりましょうか」
フォルセアは手を差し出す。
「おい、フォルセア」
「フォルセア嬢?」
驚くオルソーとデュークに、フォルセアは快活に笑った。
「同じ学園で仲良くなった友達同士なら、少々愚痴や相談を言い合っても不思議ではないでしょう?」
「はーん?なるほど」
デュークは笑った。
「それに私は今のデューク公子の方が話しやすくて好きです」
「はーん…去年のうちに聞きたかったですね」
デュークは苦笑してフォルセアの握手に応える。
「よろしく、フォルセアさん」
「こちらこそ、デューク君」
「君はちょっと」
「では、デューク殿?」
「それでお願いします」
「ちなみにこちらは私の親友のオルソー・トラジアです」
「知ってます、彼は有名だ」
ちらり、デュークはオルソーに視線を向けて、そうして背後の護衛を指差した。
「こいつは私の専属護衛、ハールだ。私の事は彼にだけ話してある」
つまり、ハール以外の護衛は信用してはいけないという事か。
フォルセアは少し眉を寄せる。
「物騒な話を我が学園に持ち込まないでください」
「私がバカみたいに婚活に励んでいるうちは大丈夫でーす」
「一生結婚すんな」
オルソーがぼやく。
その言いようにフォルセアは苦笑した。
(父上に報告することが増えてしまったぞ…)
「あんな場所でしていい話だったのか?」
デューク達と別れ、フォルセアとオルソーはまた散歩に戻る。週に一、二度あるオルソーの騎士訓練のない日だ、まさかこんな事が起こるなど。
「個室と違って逆に人が近付いたらすぐ分かる場所だったからな。ハール殿もかなり周囲に気を配っていたし、オルソーも気を付けてくれていただろう」
だから、大丈夫だ。
フォルセアの信頼にオルソーは首の後ろが痒くなる。
「まあ、とりあえず友人が増えたとだけ覚えておこう。私は政治に口を出す権限が何もない」
レイナードにも話を通すか。
フォルセアは呟く。レイナードこそ、未来のこの国の政治を担う人材なのだ。
「それよりオルソー、私は明後日父と会うんだ」
フォルセアが立ち止まりオルソーを見上げる。
「おう、良かったな?」
「インターンの件で許可をもらいに行くんだ、ものすごく緊張する、応援してくれ…!」
更にデューク公子の事も伝えなくてはいけない。
とてもややこしい。
つい、親友の前で泣き言を漏らすフォルセアにオルソーは吹き出した。
「お前、最近可愛げ出てきたな」
「何だそれ」
「頑張ってこい、人生掛かってんだろ」
ばんっ
「うわっ」
オルソーは激励がてら背中を叩いてやった。




