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41、評議会


 ベルツ前伯爵夫人と姉のヤージュ男爵夫人の起こした事件は、基本的には伏せられたまま上層部にだけ報告された。

 罪に対しては裁く法律があり、それは法務局が担当する。しかし、貴族を裁くには王の許可が要る。

 ラングルトは法務局局長、聖務局局長、そして代々正教会の大神官を輩出する役目を持つ、ペラルゴニウム侯爵と連名で評議会の招集を王に求めた。

 請願は受理され、国王、公爵、五家の侯爵による評議会が開かれたのは、ベルツ前伯爵夫人が拘置されてからニ日後のことだ。異例の早さでの開催となる。

 磨かれたオークで作られた評議会会場。

 王を正面に、右側に国王の叔父アベリア公爵と弟のドラセナ公爵。左側にフロックス侯爵、アゲラタム侯爵、ルドベキア侯爵、ペラルゴニウム侯爵、ブバルディア侯爵。

 ラングルトは魔道伯爵として、そしてベルツ伯爵として国王と高位貴族を前にして事件の経緯を述べた。

 ライゼル・ルドベキア侯爵は事前にラングルトが書状を送っていたためか無表情。更に実父が正教会の大神官であるペラルゴニウム侯爵を除き、評議会の面々がフレデリカ前伯爵夫人の所業に驚愕の表情を見せた。

 通常の思考ならばあり得ないことを為したのだ。

 二重婚姻など。

 そしてそれを可能にするために様々な罪を重ねたのだ。


 「ラングルト・ベルツ魔道伯爵は、提出した婚約誓約書に魔道伯爵として署名していました。今回提出された偽りの婚約誓約書にはベルツ伯爵と記されており、まだ新人の役員が別人と判断して受理をしてしまったのです」

 聖務局局長リッケル・シュタインがラングルトの説明を補足する。

 「その新人を受理役に指定したのは、正教会の神官です。この者がベルツ前伯爵夫人から賄賂を渡され、便宜を図ったのです」

 「この者はすでに拘束されて、神殿の独房に入っております。神に誓いすべて事実であると、罪の詳細を語っております」

 ペラルゴニウム侯爵が告げる。

 独房で何があって罪を吐かせたのか、それは誰にも分からない。

 「ベルツ前伯爵夫人と姉のヤージュ男爵夫人が情報を売った新聞社の役員と社員も法務局捜査部の職員が捕らえております。また、夫ヤージュ男爵は事情を知らなかったと一貫して関与を否定しておりますので、現在は男爵邸で捜査部監視のもとに謹慎を指示しております」

 法務局局長メンデルス・ダリアが続く。

 「何ということだ」

 国王エイリークが嘆息する。

 「我が国の長い歴史の中でも類を見ない暴挙だ」

 即位してまだ六年しか経っていない若き王に、侯爵家の面々は神妙な視線を向ける。

 様々な悪意の中でアルストロメリア王国は存在して来た。

 数十年前の汚職による大粛清が行われてようやく落ち着きを見せた治世に、まさか魔道伯爵の実母が魔道庫を抱き込み罪を犯すとは。

 「魔道庫タンクの少女カレン・モンステラと父男爵はベルツ前伯爵夫人の計画を知らず、ただ婚約を求められたとだけ証言しております。学園の生徒である娘はベルツ伯爵が魔道伯爵も兼任していることを知っていましたが、男爵は辺境地の暮らしのせいかその事も知らず、ベルツ伯爵は女性であり息子が魔道伯爵であると説明され、それを信じたと発言しています」

 これはメンデルスの言葉。

 ラングルトの要請後すぐに、法務局は選りすぐりの捜査員達を走らせ事件の解明に当たった。

 ラングルトが続く。

 「モンステラ男爵は事件が明るみになった直後に婚約誓約書の破棄を宣言しています。書類も法務局に提出しております、おそらく我が母に騙されただけなのでしょう」

 ラングルトが男爵の潔白を証言する、その事に一部の人間が意外そうに視線を揺らす。

 「我が妹、フリージアが報告したカレン・モンステラとの会話の詳細もお手元にあるかと思います。この会話から、モンステラ男爵令嬢も罪に問うに値しないと判断いたします」

 ぱらり、

 紙をめくる音が響く。

 ルドベキア侯爵は無表情のまま、ずっとラングルトを見つめている。

 この事も、これからの事も、ラングルトはルドベキア侯爵に全て手紙で伝えてある。

 「国王陛下並びに評議会の皆様に申し上げます」

 ラングルトは背筋を伸ばし顔を上げる。

 会議場に朗々と響く声。

 「我が母フレデリカ・ベルツを、ベルツ伯爵の権限を以て除籍し、ヤージュ男爵家へ戻した上で裁判へ出頭させます」

 「…妥当か」

 国王エイリークが呟く。

 「更に」

 ラングルトの声が響く。


 「フレデリカ・ベルツの犯した罪は重く、国王陛下の御代に於いて許されざる事と判断し、我がベルツ伯爵位を王家に返上し我が罪を償います」


 ざわり。

 がたり。

 国王が腰を浮かせ、何名かの侯爵が実際に立ち上がった。沈黙を守るべき書記官すらも息を呑み顔を上げる。

 驚愕。

 『爵位の返上』

 ラングルトの視線は揺るがない。真っ直ぐに国王陛下を見つめている。不敬ですらある、しかしそれを咎める者はこの場にはいない。


 「ベルツ伯爵位は王家へお返しいたします。しかし、魔道伯爵として私は生涯王家に尽くし、国民を守る事をお約束いたします。どうか、フォルセア・ルドベキア様との結婚だけはお許し下さい」


 堂々と告げるラングルトの嘆願は宣言のように、更に言えば脅迫にすら聞こえる。

 国王をはじめ高位貴族も、行政府の局長たちも言葉を出すことができない。

 呼吸の音すら消える、長い沈黙。

 「…陛下」

 破ったのはルドベキア侯爵だ。

 彼だけは、ラングルトが何をするのか全て知っていた。ライゼルはようやくラングルトから視線を外し、主君を見つめる。

 「発言をお許し下さい」

 「…許す」

 ライゼルは立ち上がる。

 「フレデリカ・ベルツ前伯爵夫人の罪は彼女の物です。むしろ、ラングルト・ベルツ魔道伯爵は被害者であると私は考えます。かねてよりベルツ家の内情は我々も知るところでありました、ベルツ魔道伯爵が母親の行動に気付かぬのも致し方ないことと浅慮いたします」

 ラングルトはライゼルを見る。

 ラングルトの凍てたままの表情がやっと、驚きを浮かべはじめる。

 ラングルトは自分が評議会で何を発言するかを、重ねた謝罪と共に手紙でライゼルに伝えていた。しかし、それに対する返事は来なかったのだ。

 ルドベキア侯爵家にとうとう切り捨てられたのだと、ラングルトは覚悟をしていたのだが…

 「すでに正式に婚約契約書を交わしている以上、ラングルト・ベルツ魔道伯爵は我が息子も同じ。どうか、寛大なお心を以て審議を続けていただきたく願います」

 侯爵、ライゼル・ルドベキアは国王へこうべを下げた。

 ラングルトは呆然とその姿を見つめる。

 「ベルツ魔道伯爵の功績は爵位だけではあがないきれない価値があると考えておりました。包魔ほうま石だけではなく、新魔法の開発、多くの魔物の討伐でも功績を重ねておりますし、来月の北部大森林での魔物の大量出現も控えております」

 この言葉は王弟アルダール・ドラセナ公爵だ。

 彼は騎士団の将軍の一人でもある。

 「…更に言うなれば、先の粛清で王家に返上された爵位が多く残っております。この上ベルツ伯爵の爵位が返上されると我が国の貴族の数が更に減ってしまいますな」

 これは、アベリア公爵。

 彼は国王兄弟の叔父、前国王の弟だ。この場で最も長く政治を支える年長者なのだ。彼の言葉は重い。

 「恐れながら申し上げます。ベルツ魔道伯爵は行政府魔道局局長としても素晴らしい功績を上げております、どうか、寛大なご判断を」

 法務局局長も声を上げる。

 「罪を犯したのはベルツ魔道伯爵ではございません。私も、我が父大神官アクシオスも正教会の神官の不正を心から謝罪いたします」

 これはペラルゴニウム侯爵。

 聖務局局長リッケルも頭を下げた。彼の部下も誤って婚約誓約書を受理してしまったのだ。

 会場内の視線が国王に集まる。

 ラングルトは、予想外の力添えの言葉の多さにただただ驚く。

 全てを失う覚悟で臨んだというのに。

 フォルセア以外ならば、何を失っても良いと、その覚悟で。

 「…フレデリカ前伯爵夫人は先の宣言ですでにベルツ伯爵家から除籍されており、今この場でラングルト・ベルツ伯爵が爵位を返上するに及ばない」

 国王エイリークが考え込みながら、ゆっくりと一言一言確認するように告げる。

 「ヤージュ男爵家フレデリカと姉のマリオン男爵夫人の裁判の開廷を許す。しかし、非公開で行うように」

 「承知いたしました」

 法務局局長が一礼する。

 「ベルツ魔道伯爵は実母の行った事とはいえ、貴重な魔道庫を巻き込んだ偽りの婚約と、貴族と神官の行った数々の不正を国民が知る前に迅速に収束に当たった、その功績を優先して判断しよう」

 国王エイリークが高い席からラングルトを見下ろす。

 ラングルトは、深く頭を下げた。

 「…ありがたきお言葉」

 「…では、改めて会議を続けよう。法務局局長」

 「はい」

 メンデルス・ダリアがラングルトに代わり前に進み出た。

 「では、お手元の書類をご覧ください」


   *


 「ルドベキア侯爵」

 評議会の後。

 会議場の控え室で待機していた従者とともに解散する高位貴族たちの背に、ラングルトは声を掛ける。

 家令エディアンを伴ったライゼルは、早足に近付くラングルトに立ち止まり、笑みを浮かべた。

 評議会での無表情とは打って変わった表情、声音だ。

 「ラングルト殿、見事であったね」

 「いえ、私は」

 「だが、もう少し周りを頼りなさい。君を見ているとひやひやする。なぜ私への手紙に、助けてくれと書かなかった」

 ラングルトは驚きに硬直する。

 その様子にライゼルはため息を吐く。

 「君は事件の詳細と謝罪、自分の決意を書くばかりで、私に助力を求めなかったね。私はフォルセアの父で、君の義父なのだが」

 「ルドベキア侯…」

 親など、ラングルトには居なかった。

 書類上の両親は子供を放置し、ラングルトもフリージアも、乳母たちに助けられながら育って来た。

 「…フォルセアからも手紙をもらっていたよ。君を助けてくれとそればかり書いてあった。全く、君たちは相手の事ばかりだ」

 (フォルセア様、)

 「ある意味では似た者同士というやつなのだろうね。…またフォルセアに会いに行ってやりなさい。来月には婚約も公表できる予定だ。準備が遅くなってすまないね」

 「…ありがとうございます」

 ラングルトは深く、深く頭を下げる。

 どうしてもそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。

 ライゼルは自分よりうんと背の高い義息の肩を叩いた。

 この国で最も強い魔道伯爵、数々の偉業を作り出す彼は、しかしまだ二十四歳の青年なのだ。

 「また落ち着いたらフリージア嬢も連れて屋敷に来なさい。アニエスや娘たちも会いたがっているし、喜ぶだろう」

 アニエスがフォルセアのドレスの数を減らされて不満そうでね。君の妹君のドレスを代わりに用意すると息巻いている。

 こそり。

 ライゼルがラングルトに囁く。

 衣装合わせの時のアニエスとデザイナーの剣幕を思い出し、ラングルトは「それは、」と呟く。ラングルトには太刀打ちできない世界だ。

 「ではまた。これから侯爵家同士で会議でね」

 ぽん。

 もう一度ラングルトの肩を叩き、ライゼルは家令を伴って去って行った。

 ラングルトは長い廊下に立ちすくむ。

 不思議な感情が身体を包む。

 義父と名乗ってくれたルドベキア侯爵の、国王にすら意見し、そしてラングルトの肩を優しく叩く行為。

 実父には見向きもされなかった幼少期とは全く違う、その温かさ。力強さ。

 (フォルセア様)

 押し寄せる感情を捌くのにラングルトは苦労する。

 何度も思う。いつだって思う。

 もう何ヶ月も、この想いを完全に自覚する前からずっとそうだった。

 あの方に会いたい。

 あの方さえ居てくだされば他に何もいらない。

 心の底からそう思うのに、あの方のおかげで多くのものがラングルトへ与えられる。


 (フォルセア様)


 ラングルトは固く固く目を閉じた。

 


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