36、男装の麗人
中央学園の三学期が終わる。
先週行われた四年生の卒業式はつつがなく終わり、在校生代表としてイクシオが送辞を見事に務めた。
フォルセアは何人かの親しい先輩と別れを惜しみ、次は社交の場でと約束する。地位の高い貴族ならば意外とすぐに会えるのだ、たとえば王妃主催の春の茶会はもう間もなく。
行政府に入局する先輩の何名かはフォルセアに激励の言葉をくれた。フォルセアが侯爵家でありながらインターンに参加したことはそれなりに知られていた。
「次のインターン、待ってますよ」
そんなありがたいことを言ってもらう。
平民ながら学園に通い卒業する先輩たちも、様々な進路に進んでいく。中央学園を卒業するという肩書きはとても重要視されるのだ。
勤め先でも優遇されたり、よい役職に就きやすくなるのだという。
卒業式が済めば、翌日には四年生は寮から全て居なくなってしまった。一学年がごっそりと減った学園内は少し静かだが、数週間もすれば新しい一年生が入学してくる。
フォルセアの弟、レイナードもだ。
「フォルセア、参りましょう!」
フリージアとオルソーが待ち合わせ場所にやってくる。
料理をシリスに手配してもらい、学園から許可を得て延びに延びたインターンの打ち上げを、談話室で行うのだ。
「ああ」
フォルセアは応じた。
*
学園の春の休暇は二週間ほどだ。
シリスと共にフォルセアはルドベキア邸に帰ってきているが、実のところここ最近は毎週末に戻っていたので帰った感覚があまりない。
春の季節を楽しむために貴族や大商会がここぞとばかりに会を開くのだ。フォルセアたちは全てに出席することはないが、それなりに付き合いはある。
今年は特にレイナードが学園に入学するため、他の入学生との顔合わせも多い。
レイナードはフォルセアとは違う役目を持っている。
二歳年下のアルストロメリア王家第一王子マクシミリアンの側近となるため、学園で準備をするのだ。
マクシミリアン殿下は、二年後に中央学園に入学する頃には立太子されている予定だ。
レイナードは、イクシオの弟ライナス(彼はレイナードの一歳下だ)と共に、王太子の側近となる。
その頃にはフォルセアとイクシオに課された王子の代役のような役目の方はほぼ終わりを迎えることになる。
レイナードにとっても忙しい日々が始まる。
それとは別に、フォルセアも準備だ。
フォルセアとラングルトの婚約式の準備である。
離宮を王家から借り受けての婚約式。
日程も七月のあたりと候補が絞り込まれてきて、あとは、侯爵たちと王家の予定をすり合わせているらしい。
ラングルトへの日程の確認はその後らしく、当事者であるはずのラングルトへの扱いにフォルセアは申し訳なくなる。
前回ラングルトがルドベキア邸を訪問してくれた時だけでは彼の準備は到底間に合わず、春の休暇の間にまた招くことになっている。
なんと衣装のデザインが決まらなかったのだ。
ラングルトの長身、整った姿にデザイナーが興奮してしまい、隣に並ぶフォルセアごと衣装のデザインを作り直しはじめてしまったのだ。
ちなみにラングルトとフォルセアに決定権はない。ひたすらに母アニエスとデザイナーが検討会議をしている。
フォルセアとラングルトが大きな鏡の前に二人で並べられて、布や宝石を当てられる時間だけが過ぎた。
「すみません…」
「いえ、」
さすがのラングルトも困惑している様子で、フォルセアはただただ申し訳なくなる。
そこに痺れを切らした双子が飛び込んできたし、それを止めるためにレイナードもやって来たので混乱したまま衣装合わせは終わってしまった。
さすがに次にラングルトを招く時は大丈夫なはずだ。
アニエスとデザイナーが衣装のデザインを絞り込んだので、最終確認をするだけだ。さすがに作りはじめないと間に合わなくなる。
どさくさでフォルセアのドレスが増えたので、それはきちんとお断りをした。フォルセアの身体はひとつである。
*
この日は侯爵家にも出入りする商会が主催する茶会である。
国外から輸入された食器や菓子が用意され、商会が援助をしている芸術家の作品も並ぶ。
母アニエスとともにフォルセアは貸し切られた大きな庭園に向かう。芸術品で飾り付けられたレストランの中庭を抜けると、色とりどりの植物とともにガーデンパーティの用意がなされていた。
「ようこそお越しくださいました、ルドベキア侯爵夫人」
会の主催者、ラスタード商会の商会長ヴァン・ベルデッドが直々にアニエスを出迎える。
「フォルセア様もご無沙汰をいたしております。少しお会いしない間に、なんともご立派になられましたね」
老獪な紳士はいまだに後進に席を譲らず、自ら国外へも赴くらしい。
「今日はよろしく」
フォルセアは目を細めて笑みを返すと、やり取りを見ていた周りの女性達がさわさわと囁いた。
なんと、今日のフォルセアは男装をしている。
母の趣味だ。
もちろん化粧も軽くしているし、衣装も男性用とは違い布を多く使っていてレースも宝石もあしらってある華やかなものだ。
なぜか。
ラングルトの婚約式の衣装を考えている際に、デザイナーがつい、「フォルセア様にも似合いそうですね」と呟いたのだ。
面白がった母アニエスが、ラングルト用に描かれていた式服のデザインに色や装飾の注文を付けて、フォルセアの新しい衣装が一番に完成してしまった。
身体を鍛え姿勢も良く女性にしては背の高いフォルセアが、更にヒールの高めの紳士靴を履けば男装の麗人の誕生である。どちらかといえばきれい、凛々しい顔立ちのフォルセアにとてもよく似合ってしまったのだ。
母アニエスだけでなく、侯爵家の女性使用人達にも大好評だった。
「次の茶会はこれで行きましょう」
と、嬉々としてフォルセアをエスコート役にしてこの会に出向いてしまったのである。
「母上」
自分の腕に手を添える母にフォルセアは呆れたような声を出す。
庭園を歩けばアニエスに挨拶する者たちで集団ができる。
順番に声を掛けて、掛けられて、集まる女性たちはフォルセアを褒めちぎった。よほど女性たちのお眼鏡に適ったらしい。
夜会ならばダンスをお誘いしましたわ、と半ば本気で繰り返され、フォルセアは困った顔で笑みを浮かべるに留めた。
「あなたは最近目立ちすぎだから、ちょうど良いでしょう?」
アニエスは楽しそうだ。
フォルセアは真顔で主張する。
「いえ、今まさに目立ってますが」
「違います、新年の夜会からあなたは殿方との関係で要らぬ邪推をたくさん受けているのですよ。特に公爵殿下とのね。今後の魔道伯爵様のこともあります、そろそろしっかり誤魔化さないと」
なるほど、侯爵夫人の企みらしい。
「噂を消すために、ならいっそ殿方になってしまおうという作戦ですか」
極端ですね…
フォルセアが呟けば、「だって似合うんですもの」と母があでやかに笑う。
「これはラングルト様のご迷惑にはなりませんか?」
男装して女性に騒がれる婚約者とはどうなんだ。一抹の不安がフォルセアによぎる。
「きっと大丈夫ですよ、魔道伯爵様、あなたにとても甘いもの。安心して、きちんと皆さんには内緒にしてもらいましょう?」
コロコロと、鈴を転がすように笑う母に、フォルセアは反論できない。少し顔を赤くして、押し黙る。
ラングルトから特別に優しくしていただいている自覚は、さすがのフォルセアにも芽生えている。
「アニエス様、お久しぶりです」
「まあ、カルミア夫人」
親しい夫人に声を掛けられて、アニエスはフォルセアから手を離して行ってしまった。
二人を中心にまた輪ができている。
熱くなった顔を冷やしたい。なぜか耳も熱い。
フォルセアが視線を巡らすと、給仕がすぐにそばに来る。
「何か冷たい飲み物を」
「かしこまりました」
一礼して給仕は引き返して行く。一人になったフォルセアへ、離れた所の令嬢たちのグループがちらちらと視線を向けて来ていた。
少し悪い予感がする。
男性のように扱われると困るな。
さりげなく違う方向を見ると、ひらり、小さく手を振ってくれる令嬢が居て、フォルセアはほっ、と笑顔を浮かべた。
新年の夜会でレイナードとも踊ってくれたフォルセアの友人、エンデ子爵家のナリア嬢だ。
「ナリア嬢、助かります」
ドレスではないのでフォルセアは大股で颯爽と歩く。ナリアはくすくすと笑った。
「どこの王子様かと思いましたよ、まさかフォルセア様だったなんて」
「光栄です、と言うべきなのかな、いやあんまり嬉しくないな…母が急に思いついてこんな格好をする事態になってしまって」
フォルセアは肩をすくめる。
新年の夜会での可憐な令嬢とは正反対の仕草だ。学園でのフォルセアを知るナリアにとっては、こちらの方がフォルセアらしいとも思ってしまう。
「絵師にお姿を描いてもらいたいぐらいお似合いですよ。あちらの女性方が色めき立っておられるようですし」
「私もあちらの女性たちはちょっと近付かない方が良い気がしています」
「賢明かと」
「ご存知の方ですか?」
件の女性たちには視線を向けずに、フォルセアはナリアと話す。先程の給仕が戻って来たので炭酸水を受け取った。
「西方女学園ご出身の方々ですわ、おそらくみなさま、まだ婚約者がいらっしゃらないのかと」
社交に出席して、縁を探しに来ているということなのだろう。
「私では力になれないな…」
「大丈夫です、落ち着いて見ればきちんと麗しい女性に見えますよ」
「初見では男性と…」
力なく言うフォルセアに、ナリアはまたおかしそうに笑った。
ちなみにナリアには幼い頃に決められた婚約者がいる。以前フォルセアを説教した事で学園内で名が知られてしまったアルブレイ・ヒルタンである。
二人揃ってフォルセアには気さくに対応してくれる、貴重な友人だ。
「そういえばフォルセア様、少し前にあのご令嬢たちが話していたのですが」
ナリアが声を落とした。
世間話を装う。二人とも視線は見事に刈られたトピアリーに向けられている。
「新学期、西方女学園から中央学園の四年生に転入する方が居るそうです」
「四年生から?」
「ええ、あまりに急なお話でしょう?失礼ながら耳を澄ませてしまいました。…その方がどうも、魔道庫だったそうなのです」
「それは、一悶着ありそうだな」
フォルセアの目つきが真剣なものになる。
ナリアは扇で口元を覆った。
「ええ。私たちと同級生になる方です、何も起こらないと良いのですが…」
「良い事を教えてくれてありがとう。私の方でも父上に確認してみるよ」
「よろしくお願いします」
ナリアは、す、と頭を下げた。
魔道庫と言う素養を持つ人々がいる。
何百人に一人とも千人に一人とも言われる非常に貴重な資質だ。
彼らは膨大な魔力を有するが重要なのはそれではなく、他者に魔力を譲渡することができるという事なのだ。
大陸の長い歴史の中でも、彼らの存在が国の命運を分けたことは何度もあった。戦争の際の魔力の供給源に使われるからだ。
戦争が終わってからの時代でも彼らの存在は国を助けるだけではなく、様々な勢力に狙われて時には悪用されて来た。
アルストロメリア王国では魔道庫の素養を持つ人間は発見次第保護して、国の管理下に置くことが決まっている。
西方女学園から中央学園に転入することも、おそらく中央学園の方が他校よりも堅牢な守りを持つためだろう。
(父上が知らないわけがない)
フォルセアの父ライゼルは王の直属、評議会のメンバーでもある。今回の件に関わっていないわけがない。
(帰ったら、確認しておこう)
以前父がフォルセアに伝えた言葉を思い出す。
北の大森林でスタンピードが起こること。ツワンベルからの渡航者が増えたこと。
そして、魔道庫が見つかったのだ。
ぞわり。
フォルセアの背が少しだけ粟だった。
かつて幼い彼女と共に、たくさんの子どもたちが誘拐されていた事を思い出す。
(何事も、なければ良いが)
フォルセアは己の鼓動が早くなるのを意識しないわけにはいかなかった。




