31、結果発表
週末の帰宅は中々に忙しく、フォルセアは学園の週明けはレポートの作業に追われた。
インターンに参加した生徒は二週間分の授業の単位を補完するために、レポートの提出が必須なのだ。
図書館で資料や教科書を開きひたすら文章をまとめていく。特に示し合わせたわけではないのだが、インターンに参加した生徒が同じ机に集まってしまう。
インターン中も寮に戻ってから少しずつ着手していたが、やはり疲れがまさり疎かになる生徒が多い。
フォルセアもインターン中の大量のメモを書き直したりしているうちに、レポートに使う時間が短くなってしまった側だ。
人が集まっている割にペンを走らせる音と頁をめくる音ばかりの物々しい一角を、フリージアとオルソーが遠くから眺めている。
ちなみにフリージアはもうレポートは完成して、早々に提出してしまっていた。幼い頃から過酷とも言える教育環境に置かれていた彼女は、睡眠時間を削って机に向かうことに慣れきっている。
レポートもインターンと並行して準備して、週末に書き上げてしまった。
とんとん、
フォルセアを心配そうに眺めていたフリージアの肩をオルソーが叩く。
「行こうぜ」
このままここに居るのも邪魔でしかない。オルソーはフリージアを図書館の外へ連れ出した。
「フォルセアがお前の兄さんのファンに嫌がらせを受けた話は聞いたか?」
図書館から中庭に向かう道すがら、オルソーは小声でフリージアに問う。フリージアは深く頷いた。
「ええ、インターン中に注意喚起がありました。関係者の名前は伏せられていましたが、後でフォルセアから教えてもらいましたわ」
廊下でコーヒーを掛けられ、牽制のような言葉を投げかけられたと聞いた時は血の気が引いた。フォルセアはあっけらかんとしていたが、とんでもない事だ。
「よりにもよってフォルセアがあんな目に遭うなんて…いくら目立たないように変装していたとしても、侯爵家に対して…」
「いや、身分関係なく駄目だろ」
「ええ、ええ確かにそうですけれど、やはりどうしても重要度というのはありますの。フォルセアが家名を名乗っていなかったから職員同士の事件となりましたが、そうでなかったら多分、狼藉を働いた女性たちは職を失い貴族籍も剥奪されていたかもしれません」
「マジか」
「なのに、フォルセアったら平然としていて、お兄さまや魔道局の方々にとても良くしていただいたと嬉しそうに…」
フリージアはため息を吐く。
オルソーがニヤリと笑った。
「事件の後、アルブレイにめちゃくちゃその事を説教されてたぞ。周りがどれだけ心配するか考えろってな。あのフォルセアが小さくなってた」
「あの噂って本当でしたの?侯爵令嬢を公開説教という?」
「おう、すごい見せ物になってた。アルブレイはちょっとした英雄だったな、不本意そうだったが」
中庭に出たところで、オルソーが空いていたベンチにフリージアを誘った。少しずつ日が長くなってきた午後は、日差しが暖かい時間も増えた。
「フォルセアがすげぇ反省してる感じだったから、少しはあの無茶もましになるんじゃないか?」
「でしたら、とても嬉しいですわ」
身分に似合わずフォルセアはあまり自分自身を重要視しないのだ。貴族としての立ち位置はとてもよく理解しているのに、個人としての自分に価値を見出していないように感じる。
フリージアはそれがとても怖いのだ。
「まあ、フォルセアもだけどよ」
「はい?」
「お前の話も聞かせてくれよ。二週間ぶりだろ?」
何だかんだと、オルソーも騎士課程の授業で忙しく、ずっと会えていなかったのだ。
隣に座った恋人を見つめると、フリージアは顔を真っ赤にして、「ええ、そうですわね」と笑顔を浮かべた。
*
インターンの終了から一週間以上が経った頃、評価の書類が学園から渡された。
フォルセアは放課後、いつも集まっている図書館の個室で、フリージアと共に封筒から出した書類を広げる。
研修を受けた部署、責任者、担当指導員の名前と何の研修、業務を行ったか、その成果、評価、などが書き連ねられている。
フリージアは外務局、フォルセアは魔道局の局長のサインがしてある。
魔道局での研修中に何度も見た、ラングルトのサインだ。
「フリージア、ちゃんと、できたよ」
フォルセアの声が震えてしまった。
「私もですわ…!」
フリージアも声が揺れる。
書類の二枚目には人事部本部長の署名と共に、来年度のインターンシップにおいて一部の試験を免除する旨が書かれている。
フォルセアもフリージアも、行政府が求める基準を達成できていたということだ。
もちろん、それに至らなかったといって来年度の本格開始されるインターンシップに応募できないわけではない。
ただ、一から試験を受け直すだけだし、今回のインターンに応募しなかった生徒も来年度は申し込む事だってある。
なにせ、今回の募集は急すぎて、まだ、進路を考えていない生徒も多かったのだ。
だがフォルセアにとっては、四年生になってからインターンを希望する、つまり、行政府へ進路を進める大義名分をひとつ手に入れたことになるのだ。
自分は少なくとも、現時点ではあの場で働くことを希望しても良い人材だと、判断してもらえたのだ。
「良かったな」
そばで二人を見守っていたオルソーも息を吐いている。緊張してくれていたらしい。
「ありがとう」
「一安心ですわ」
できるだけ丁寧に書類を封筒に入れ直して、フォルセアたちはオルソーに笑顔を向けた。
久しぶりに三人で拳を合わせた。
「打ち上げでもするか」
「何をですか?」
「私は魔法はちょっと無理だ」
オルソーの提案に、フリージアが首を傾げフォルセアは困った顔をした。
「季節外れだが、花火なら何とか用意できると思う」
「お前らマジか」
二人の令嬢の反応にオルソーは笑う。
「祝うんだよ、飯とか酒で。めでたい時とか、大仕事が終わった時にな」
「そうなんですの?打ち上げという名で?」
「あー、聞いた、聞いたことがある」
首を傾げるフリージアの隣で、フォルセアが目を細めて遠くを見た。記憶を探る。確かに聞いた、街で。
「ミリの店で、改装が終わった時に大工の棟梁たちが言っていたな、うん、言っていた」
フォルセアは彼らの嬉しそうな顔と、大きな声を思い出す。大工というだけあって、堂々たる体躯の男たちだった。
「何のことか分からなかったが、楽しそうだったな。うん、そうか、そういう意味だったのか」
勉強になる。
うんうん、と、頷くのはフォルセアのいつもの癖だ。市井のやりとりを知るのが嬉しいらしい。
「お酒はまだ無理ですけれど、お食事は賛成ですわ、どこかお店に行けば良いのですか?」
「まあ大体はそうだな。別に食って飲んで騒げれば何でもいいんだよ。店でも家でもな」
「中々融通が利くんだな。うちの庭で準備させようか」
「やめろ、それは止めろ」
「そうですわ、打ち上げではなくてお茶会になってしまいます」
「俺を貴族の行事に呼ぶな」
オルソーが真剣に止める。平民どころか、家名すらない傭兵出身者なのだ。貴族、しかも侯爵家の屋敷になど入れるわけがない。
ちなみに、オルソーの暫定的な名字、トラジアは出身地の地名である。
「そうか、じゃあ、それ以外で…でもオルソー、騎士になるならその辺の練習もした方がいいんじゃないか?騎士は一応、一代貴族扱いだぞ」
「だとしても、初回が侯爵家の庭はおかしいだろ」
「じゃあ、私の家にします?」
フリージアが思い付いたとばかりに手を叩く。
「お前の兄さんがいるだろうが…」
オルソーは唸る。それはそれで難易度が高い。
ちなみにラングルトはまだフリージアの恋人の存在を知らない。
「ラングルト様が居てくださったら嬉しいな」
「俺はちょっと嬉しくないな?」
止めろ止めろ、
オルソーは顔色を悪くしてフォルセアを睨む。そしてフリージアは、信じられないものを見る目でフォルセアを見た。
「フォルセアはすっかりお兄さまと親しくなったのですね?」
「まあ、インターンでずっと一緒だったんだろ?」
「そうだな、本当に良くしていただいた。昼食も、何だかんだとほぼご馳走になってしまったんだ。あれはさすがに申し訳なかったな…」
「へえ、気前がいいな」
オルソーが感心すると、
「普段は一人で食べるお兄さまが、研修生と数人の部下を連れて毎日定時に食堂に来るものだから、他の部署の皆さまがざわついたそうですわ。私も研修先の職員の方々から何があったのが問い詰められました」
フリージアがこそりと教える。
「それも嫌がらせの原因じゃねぇのか?」
オルソーが怪訝そうにする。フォルセアは思い出すようにあごに手を当てた。
「確かに、最初のうちは少しでも局外へ出る時はほぼ着いて来て下さったな…そういうのも原因だったのかもしれない…」
「魔道局の局長サンは思ったより親切だな」
「多分、父からも私のことを頼まれていたのだと思う。けれど、本当にお優しかったよ。あんなに素敵な方に親切にしていただいたら、それはまあ、女性に好かれるだろうと思うよ」
「私の知らない方の話ですわね」
「フリージアの兄君の話のつもりなんだが」
真顔のフリージアにフォルセアは苦笑する。世の中の人々はラングルト様をどれほど冷たい人だと思っているのだろうか。
幸か不幸か、自身こそが真逆の認識をしていることにフォルセアは気付かない。
「なんだ、お前は親切にしてもらっても好きにはなってないって口振りだな」
「私が?」
オルソーの指摘にフォルセアは笑った。
何を言っているのか。
「婚約していただいただけでも本当にありがたいのに、そんなご迷惑なことできないさ」
「うん?迷惑ってなんだよ」
「オルソー」
つい、フリージアがオルソーを止めた。
オルソーはシリスの告白を聞いていない。
フォルセアは父侯爵から、誰かを特別に想うことを禁じられているらしいのだ。
だが。
(まだ、駄目なのでしょうか)
フリージアは思う。
(ルドベキア侯爵は、お兄さまでは駄目だと判断なさっているということなの…?)
けれど。
フリージアは恐ろしい。
(もしルドベキア侯爵がフォルセアにお兄さまを愛しても良いと言えば、フォルセアはその命令に従ってお兄さまを愛すのかしら…自分の意思ではなく…)
そう、フリージアはそれを恐れている。
兄がフォルセアを特別に扱うのを聞けば聞くほど、恐ろしくなる。
フォルセアがもし、父侯爵の命令でラングルトを愛したとなった時、それを知った兄は何を思うのだろうか。




