28、インターン6
アルブレイ・ヒルタンにひとしきり説教されたフォルセアは、その後の行政府の対応を教えてもらい心底慌てた。
「多分だけど」
と、前置きをした上で、行政府の職員…おそらくフォルセアの上司、問題を起こした職員の上司、インターンシップの責任者が、中央学園とルドベキア侯爵家に謝罪に来るだろうというのだ。
フォルセアはまだ学生、行政府は学園からフォルセアを預かっていたのに、危険に晒してしまったという事なのだと。
「また迷惑をかけてしまう…」
フォルセアは頭を抱えた。
もちろん、悪いのは問題を起こした側でフォルセアは被害者である。しかし、ラングルトたち行政府の手間を増やしてしまう事に違いはない。しかも、謝罪をさせるなど。
(父がなんと言うか)
フォルセアは侯爵としての父ライゼルをあまり知らない。だが、父としてならば。
そもそも、インターンシップに参加させなければ起こらなかった問題だと、考えるのだろうか。
行政府の局長たちの事も心配だが、つい、フォルセアは自分の将来のことも心配してしまう。
(せっかくラングルト様に私を認めていただいているのに)
婚約がなかったことにならないだろうか。
契約結婚がなくなれば、フォルセアは行政府で働くこともなくなる。ラングルト以外の男性と結婚して、どこかの屋敷の中で過ごすのだ。
それは、嫌だ。
(今更ラングルト様、以外の、-…?)
フォルセアは無意識の思考を止める。
そして(我ながら自分のことばかりだ)と、己を責めた。
アルブレイがうな垂れるフォルセアに声をかける。
「とりあえず、学園長とお父上に先手を打って手紙でも出せば?」
「そうする」
そうと決まれば。
フォルセアの行動は早い。椅子からすっくと立ち上がると、
「待て待て待て待て」
肩が上から押された。強い力だ。フォルセアはまた椅子に逆戻り。
「オルソー」
いつの間に近くに居たのか。いや、聞いていたのか?
フォルセアは驚く。周囲には思いの外たくさんの学生たちが集まっていた。
「よく分からんが、お前がまた突っ走りそうな気がする」
知っていて気にしないのとは違う。これだけの人数の見せ物になっていてもフォルセアが気付かないなど、異常だ。
オルソーが友人からフォルセアが公開説教されていると伝えられ、慌てて談話室に来てみれば黒山の人だかり。
何をしているんだとオルソーは呆れるしかない。
「分からんが落ち着け、多分お前は今テンパってる」
「何だそれは?」
「あー、悪い。あー、混乱してマトモに思考ができてない」
「…勉強になる」
「するな。落ち着け。また自己完結して事後報告することになるぞ」
「う、」
オルソーの言葉が今のフォルセアには痛い。
アルブレイに指摘されたばかりではないか。これもきっとそうだ。後で知る周りのことも考えろと。
「…進路指導担当に相談しても良いんじゃないかな。行政府だけでなく、例えば他のインターン先でも同じようなことがあったかもしれない。過去のインターンで何も問題が起こらなかったはずがないんだから」
アルブレイが考えながら、ゆっくり教えてくれる。
「あと、シリスさんにも相談しろ」
これはオルソーだ。
フォルセアには二人が救世主に見える。後光が見える気すらする、つまり「テンパっている」のだ。
「ありがとう、そうする」
肩を押さえたままのオルソーを見上げ、礼を言うと手が離れた。
フォルセアはぱっとアルブレイの手を取り、握手をした。両手でしっかりと握りしめる。
満面の笑み、感謝の言葉。
「ヒルタンもありがとう。君がいてくれて本当に良かった」
「う。」
(あ。)
野次馬たちの心がひとつになる。
(侯爵令嬢直撃した)
…余談である。
侯爵令嬢、または侯爵令息が直撃する。は現四年生の一人がかつて考えた造語だ。
中央学園に久しぶりに入学してきた侯爵家の二人の、優雅で完璧な笑顔や感謝の言葉を真正面から受けて、ちょっと機能停止してしまう現象のことである。
王家に次ぐ高位貴族に全力で賞賛される誇らしさと畏れ多さと何かよく分からない感情に、思春期を過ぎたばかりの若い情緒がおかしくなるのだ。
ちなみにマトリ達が浴びているのもコレである。
固まってしまったアルブレイを気にせず、「じゃあ、また」とフォルセアはさっさと談話室を後にした。
黒山の人だかりはフォルセアに道を譲るためにきれいに割れる。
「おい、アルブレイ。悪いが何があったか教えてくれ」
オルソーは去っていく親友を見送って、まだ少し固まっているアルブレイの肩を叩くのだった。
*
翌日はびっくりするほどいつも通りに始まった。
フォルセアの混乱も不安もまるで全部無かったかのように、朝の業務が始まっていく。昨日あれほど騒いだと言うのに、魔道局の職員たちはそのことには触れずに朝の挨拶をした後は各々の業務に向かう。
自分が世間を知らない子供であると、フォルセアは痛感する。
ここは本当に自分の住んでる世界とは違うのだ。そして、フォルセアたちの世界は、彼らの日常に支えられている。
貴族も多く在籍しているのに、貴族同士のやり取りなどない。ここにあるのは、行政府から与えられた役職で上下が決まる、フォルセアの知らない三角形の構図だ。
「フォルセアさん、次はこれを」
「はい」
今はシュベリに魔道具の点検方法を教えてもらっている。どの家庭にもあるような、食品を保存する為の家事を補助する魔道具。もっと効率が良くなるように、常に研究が行われているのだという。
本来ならばそれは魔道局ではなく関連の研究所が行うのだが、来週シュベリが視察へ向かう為に資料を見直しているところだ。
二週間目の研修、少しは慣れてきた業務。
ただ、ラングルトが朝から不在であることがフォルセアの罪悪感を煽る。
昨日の夜にできるだけの人に助力を仰ぎ、打てる手は打ったつもりだが…。
「フォルセアさんのお屋敷にもある?」
「調理場は出向くことを禁止されていまして…」
「侯爵家だものね、確かに、行ったら使用人が困るか」
使用人との棲み分けがきっちりとされているのが貴族の生活だ。今度ラングルトの屋敷に行くことがあれば、見せてもらえないだろうか。かの屋敷には使用人がいない。
フォルセアはそんなことを考える。
できれば使えるようになりたい。
「フォルセアさん、午後から街に降りましょうか」
マトリがやって来た。
「良いのですか?」
「ノルマン補佐官の許可は取って来ました。局長が居ないうちにやっちゃいましょう」
「…良いのですか?」
マトリの表現に、フォルセアはつい繰り返して聞いてしまう。昨日の今日なのだが。そして自分は侯爵家なのだ…。
「国防局から騎士も護衛に派遣してもらいます。僕も居ますし、ウェイズさんにも来てもらいます。彼女も守りに特化した魔道士です」
レイチェル・ウェイズはよくフォルセアを気遣ってくれる魔道技術部の職員だ。
「その方がいいわ。局長が居ると着いて行きかねないから、今のうちに行っちゃいなさい」
シュベリまで賛成してくれる。
上司の言葉に否定をできる立場ではない。
「わかりました、よろしくお願いします」
フォルセアは頷いた。
昼の休憩時間に出発をすると、街で昼食を取ることになるらしい。
レイチェルが紹介してくれた食堂は、人々でごった返している。フォルセアにマトリ、レイチェル、軽装に着替えた騎士の二人と五人分の席が空くまで店の外で順番待ちをする。
順番待ちは初めての経験だ。フォルセアがそれをレイチェルに話すと、また頭を撫でられた。学生は幼い子供だと思われているのだろうか。
騎士たちが気安い魔道局の二人の行動にヒヤヒヤしているのが分かる。彼らはフォルセアの家名を知っている、特許申請の魔法を検証するときに巨大なうちわで扇いでくれた二人だ。
式典などで王家の代理をした時や侯爵令嬢として護衛をしてもらったこともあるので、フォルセアを一研修生としては扱いづらいらしい。
「今日は包魔石の点検に行きます、市街地の東側の施設を三件回ります」
「はい」
四人がけの席に無理矢理五人座って、「本日のランチセット」を食べながら話を聞く。他の客たちの話し声がとても大きくて、マトリの声を聞き取るのが難しい。
「認可を受けている施設しか置けない特別な魔道具なので、点検も僕たちがする決まりです。点検するのも局長から許可を得た職員しかできません」
「カートンさん達は凄いのですね」
「自己肯定感が高まります」
「分かるー」
マトリとレイチェルが頷き合っている。やれて当たり前の事を褒められるのはとても新鮮なのだ。
「お二人はフォルセアさんから絶対に離れないで下さい。でも、身分がバレないような対応でお願いします。視察先の施設の人にバレると面倒なので」
「分かりました」
マトリの指示に騎士たちは頷く。身分を知られた時の方が危険が増えると判断したのだ。「フォルセアさん、フォルセアさん」と、名前で呼ぶ練習をしてくれているので、フォルセアは嬉しい。
「よろしくお願いします」
「は、全力を尽くします」
「バレます、バレますからね」
マトリが慌てた。
*
「フォルセアさんを外に出したのはノルマンですか」
ダナンは魔道局に帰って来てすぐの上司に詰め寄られた。
「局長お疲れ様でした、まずは執務室に」
執務室の扉を開けてラングルトを押し込む。ラングルトの帰局に気付いたシュベリとグリムが一緒に部屋に入ってくれた。今のダナンにはとても心強い。
「フォルセアさんを外に出す許可は出していません」
「私が出しました」
外套を椅子に投げ、鞄を無造作に机に置いたラングルトは、ダナンに厳しい視線を向ける。
「私は許可を出していません」
「行政府に居るより外に出た方がフォルセアさんの気晴らしになると判断しました」
「気晴らし?」
ラングルトの言葉は冷たい。
「局長は今日は会ってないから知らないでしょうけど、フォルセアさんは朝から物凄く緊張してたんですよ。昨日の今日です、頑張っていつも通りに振る舞っていましたけど、あれではかわいそうです」
シュベリがダナンに加勢する。
「インターン中に包魔石の説明は絶対にする予定でした。局長の発明ですからね。それが今日になっただけです」
「マトリ・カートンに手練れの騎士も二人、レイチェル・ウェイズも護衛も兼ねて同行しています」
グリムも説明する。
「フォルセアさんの正体がバレるようなことがなければ危険はほぼないはずです。今までの視察でも何も問題が起こってません」
局長補佐官と部長二人、三人がかりで説明する。しかしラングルトの表情は険しいままだ。心底から怒っている。
昨日の戯れが本当になってしまう。
『魔王』が。
「もー、何でもかんでも制限してたらフォルセアさんがかわいそうでしょう。部屋に閉じ込めてお人形にでもしたいんですか!」
我慢できないとばかりに、シュベリが腰に手を当てて呆れたように怒った。
だが、ラングルトが目を見開いてシュベリを見たので、シュベリの方が驚いてしまう。
ラングルトは本当に驚いた。
ガツンと、まるで頭を殴られたような衝撃を覚える。
(部屋に閉じ込めて、人形のように)
シュベリの言葉が繰り返される。
それは、侯爵家がフォルセアに望んでいることだ。
フォルセアがそれから逃れるために、ラングルトを頼ってくれたというのに。
(私が、フォルセア様の自由を阻害するなど、…あってはならない)
急に怒気が消えたラングルトに、部下たちは怪訝そうな顔でお互いを見あった。
はーーー、と、ラングルトが長い息を吐く。額を押さえたまま、目を固く閉じた。
「局長…?」
シュベリが見上げる。
「…取り乱しました。すみません」
絞り出すようにラングルトは謝罪した。冷たかった声音が少し和らぎ、ようやく年長者三人から肩の力が抜ける。
しかし。
「今から私も視察に同行してきます」
「いや、ダメに決まってるでしょ」
真顔のラングルトの発言にグリムがついさえぎる。
「魔道局局長が行ったら先方が緊張して視察になりません。フォルセアさんだって気負いますよ」
「包魔石は私の魔道具です」
「カートンやウェイズで充分です。局長が行くのはやり過ぎです」
ダナンも止める。
次はシュベリの番だ。
「こういう時は、戻ったフォルセアさんに何でもない顔してお帰りって言えばいいんですよ、心配するより信頼してあげてください」
さすが、息子ばかり三人も育て上げた大先輩の女性は強い。
他の男性陣にはとても出来ない的確な助言だ。
ラングルトも無碍にはできないらしい。
「……勉強になります」
はーーー。
ラングルトはまた長いため息を吐いた。
「というか、なんでフォルセアさんが外に出たこと知ってるんですか」
「!」
グリムの指摘に、ダナンとシュベリがラングルトを睨んだ。




