26、インターン4
「あのさ」
早朝、行政府へ向かう馬車の中でクラスメイトがためらいがちにフォルセアに声を掛けた。
「うん?」
「ちょっと言いにくいんだが、君、悪い評判を流されてる」
アルブレイ・ヒルタンが告げる。フォルセアは一瞬言葉を失ってしまった。
悪い評判?
「私が、何か失敗してしまったかな…」
血の気が引く。インターンが受けられなくなってしまうのだろうか。
「いや、違う、君が悪いわけじゃないから」
フォルセアの様子の変化にアルブレイは慌てる。隣に座っている男子生徒、ラース・フロールもフォローするように声を上げた。
「俺も少し聞いた、ルドベキアのせいじゃなくて、勝手に悪口を言われてるんだ」
「…私も聞きましたわ。本当に腹立たしくて、無視しましたけれども…」
フォルセアの隣に座るフリージアも、不機嫌に頷く。
フォルセア以外の三人は知っていたようだ。もう一台の馬車に乗っている他の三人のインターン生も知っているのだろうか。
行政府のインターンシップも、半分が過ぎた。週末の休日を挟み、今日から二週目。あと数日でインターンも終わる。
「…思い当たることがないな…、本当に、私の過失ではないのか?」
「女性のことだから、あんまり僕が言うのも、気まずいんだけど」
アルブレイが前置きをした。
「ベルツの兄君…魔道局局長はルドベキアの上司だろう?結構女性職員に狙われてるらしくてさ。ルドベキアがベルツ局長に気を配られてるのを見て、ルドベキアが局長に媚びてるって吹聴してるんだ」
「媚びてる?私が?」
初めて言われた言葉だ。
「僕も、身分的にはルドベキアが媚びられる側だって思うんだけど、君は局では家名を伏せてるだろう?僕がバラすわけにはいかないし…」
そう。フォルセアは魔道局での対応が嬉しかったので、同じ学園の友人たちにも行政府内ではフォルセアさんと呼んでもらっているのだ。他の二校のインターン生たちも何となくそれに倣って、名前で呼んでくれている。
「なんか、ベルツ局長が他人に優しくしてるのは結構珍しいらしい。俺の指導員も驚いてた」
ラースも補足してくれる。フォルセアがフリージアを見ると、彼女もそれを否定しなかった。
「確かにお兄さまは普段は、その、さほど人付き合いをする方ではありませんわ」
「そうなのか…魔道局の方たちとはとても仲が良さそうだったから気付かなかったな…」
魔道局の職員たちは上司と部下ではあるが、忌憚のない意見をぶつけ合い、時折、失礼な物言いをあえてされてもラングルトは淡々と受け答えをしていた。
「魔道局はちょっと立ち位置が特殊みたいで、他の局とはあんまり関わらないみたいだからな」
あそこは研究機関扱いだから。
ラースの言葉にフォルセアは頷く。確かに、他部署とはほとんど関わらない。
先週末ぎりぎりで終わった特許の検証の件で、最後に人力で台風相当の自然風を起こすために国防局の騎士たちに助力を求めた以外は、フォルセアは魔道局外にあまり出ていない。
「変なことを言ってごめん。気を付けたほうが良いかと思ってさ」
「いや、ありがとうヒルタン。フロールも、フリージアも。場合によっては魔道局の方に相談してみるよ」
ありがたいことに指導員のマトリやシュベリだけでなく、エメリたち一般の職員もフォルセアに親切にしてくれる。何か知恵を借りられるかもしれない。
「何かあったらすぐに教えて下さいね」
と、いうのが今朝の出来事だ。
「おはようございます、フォルセアさん。週末はゆっくり休めましたか」
行政府の制服に着替えて、魔道局の扉を開けるなりラングルトが待っていた。まるでフォルセアが来るのを知っていたかのようなタイミングだ。
「おはようございます、ベルツ局長。おかげさまでゆっくりさせていただきました。今週もよろしくお願いします」
結局シュベリが押し切って、フォルセアの研修生用の席はマトリたちのそばに用意された。
局長の執務室に用意するつもりだったラングルトはやや不満そうだったが、自分が職員の席に通うことで納得したらしい。
上司が頻繁に執務室から出て研修生の様子を見に来ることに、最初こそ魔道局の職員たちは恐れおののいていたが、そこは魔法オタクで仕事優先の研究者たちの集団だ。
ここぞとばかりに魔道局長に質問や相談をする内に慣れてしまった。
しかも、研修生と一緒に時間通りに昼休憩を取ればもれなく同席するラングルトに奢ってもらえるので、フォルセアさん人気は高い。
ラングルトがフォルセアを席までエスコートする光景にもすっかり慣れてしまい、誰も疑問に思わない。(多分、ヒュッテ・クレアドール本部長に見られたらしこたま怒られる。)
「この後一緒に国土管理局に参りましょう」
「分かりました」
ラングルトの言葉に頷きつつ、ふと、隣の席に座っているマトリを見る。
「局長と二人ですか?」
「局長同士で話があるんだそうです。さすがに僕が付いて行く理由がありません」
マトリは苦虫を噛み潰したような顔をしている。本意ではないらしい。
「後のために先方をご紹介させていただきたいので、フォルセアさんも一緒に来て下さい」
「ありがとうございます」
ラングルトはフォルセアのこの先の事も考えてくれているのだ。本当にありがたい事だと思う。
「距離とか、表情とか、気を付けて下さいね」
マトリはラングルトに指摘する。もはや口癖のようになってしまっている。
「善処します」
「不安ですねー」
フォルセアさんも気を付けて下さいよ。
フォルセアはマトリに頷いたり、その後も他の職員と話している内に朝のアルブレイたちの言葉をすっかり忘れてしまっていた。
*
どんっ
フォルセアの肩に人がぶつかり、制服が濡れた。熱い。
「あ、ごめんなさい」
女性職員が慌てたような口調で謝ってくる。ほぼ空っぽのコーヒーカップをトレイとは別の手に持っている。
「いえ、」
大丈夫です、と返して良いものか、フォルセアは少し迷ってしまった。熱さはさほどだったので火傷はしていないだろう。しかし、行政府から借りている上着がひどく汚れてしまった。
この場合は何と返事をするのが「行政府の職員の常識」なのだろうか。
「…こんな所に立ってたら邪魔ですよ、気を付けて下さいね」
別の女性職員がフォルセアを咎める。
「それは、すみませんでした」
(そうか、この場合はこちらの過失なのか)
フォルセアは頭を下げた。
ラングルトに連れられ国土管理局に出向いたフォルセアは、局長や補佐官たちに紹介されひとしきり挨拶をした後、国土管理局の執務室の外で立っていた。さすがに、局長同士の話し合いに同席する権限はない。
「すぐに終わらせますので」とラングルトは自ら扉を開けて、フォルセアを執務室のすぐ外で待つように願った。
魔道局とは違い、局長の執務室は国土管理局の職員たちの部屋とは廊下を隔てた場所にある。
行き交う職員たちの物珍しそうな視線を感じながらラングルトを待っていれば、先ほどの一件があったのだ。
「ベルツ局長へお出しするコーヒーだったのに」
ぶつかった女性が被害者のような声を大きく上げ、そうしてうらめしそうにフォルセアを睨んで、さっさと引き返して行ってしまった。淹れなおすのだろうか。
「その、これに懲りたら、もうベルツ局長にあんまり近付かないで……」
もう一人の女性が意識して作ったような低い声でフォルセアへ小さく呟いて、先ほどの女性を追いかけて行ってしまった。
(あ、あー、なるほど!)
今朝の友人たちの助言を思い出す。
(これが嫌がらせというものか!)
フォルセアは思い当たって、ポンと手を打ちたいのを我慢した。廊下を歩く他の職員が、コーヒーまみれのフォルセアにどうしたものかと視線を向けているのだ。
高位貴族のフォルセアは主に魔力が少ない事や身分への逆恨みなどで、とても婉曲した嫌味や嫌がらせを受けたことはあったが、このような、まるで物語のような嫌がらせは初めてだったのだ。
なかなかどうして、新鮮ではないか。
(では、私の立ち位置が悪くてぶつかったわけではないな)
相手の悪意によるもので、自分の行動が悪かったわけではない。
すっきりした気分でフォルセアはハンカチで顔や眼鏡に跳ねたコーヒーの滴を拭く。濡れた廊下はどうすれば良いのだろう。どこかで雑巾を借りられるだろうか。
「大丈夫ですか」
一連の出来事を見ていたのだろう、まだ若い女性が、嫌がらせをしてきた女性たちが居なくなったのを見計らって走ってきてくれた。
「すみません、すぐに助けられなくて…私もまだ新人で、ごめんなさい」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
「洗面所はあっちです、一緒に行きましょう」
あの女性たちの去った方とは反対の方向を指差してくれる。
「助かります。少しお待ちいただけますか」
「え?」
「上司にここで待つように言われていますので、離れる事を伝えなくては」
「え??」
あっけらかんとフォルセアは言うと、すぐそばの執務室をノックした。
助けてくれた女性は、悲壮感ひとつ見せないフォルセアの行動に驚く。
そして、コーヒーまみれの研修生が、女性の目の前で平然と局長室の扉を叩いている。
「はい」
国土管理局の局長補佐が扉を開けると、外に佇むフォルセアの汚れた姿に「は!?」と叫んだ。
「服が汚れてしまったので、この方に洗面所へ連れて行っていただきます。どうぞベルツ局長にお伝え下さい」
「いやいやいや、お待ち下さい!」
フォルセアの家名を知っている局長補佐は思わず敬語でフォルセアを止める。
「何かありましたか」
するとその場にラングルトが現れたものだから、フォルセアを助けてくれようとした女性職員はもう口をパクパクさせることしかできない。
フォルセアの姿を一目見るなり、ラングルトの表情が、す、と無くなった。
「誰の仕打ちですか」
錯覚ではない。明らかな冷気が周囲を包む。
魔道局長の怒りを抑えぬ苛烈な気配に、女性だけでなく近くに居た他の職員たちも声にならない悲鳴を上げた。
結局、フォルセアへ嫌がらせをした二人の女性職員は、厳重注意の上反省文の提出と一ヶ月の減給、一週間の出勤停止の処分となった。
ベルツ局長に目を掛けられていたインターン生への嫉妬、と白状した彼女たちだが、その研修生の正体がルドベキア侯爵の令嬢であると知って言葉を失った。
貴族令嬢である彼女たちだったが、普段と全く違う様に姿を変えた研修生が、まさか侯爵令嬢のフォルセア様だとは気付かなかったのだという。
フォルセアが家名を名乗っていなかったということで、彼女たちの行為は侯爵家への嫌がらせではなかったと区別されたが、処分は中々厳しいものだったようだ。
インターン生への嫌がらせで職員が処分を受けた。
行政府の中ですみやかにこの情報だけが伝わり、ベルツ魔道局長がどれほど恐ろしかったかや、それを宥めたのが身分を隠した侯爵令嬢だったという事実は隠されることになった。




