25、インターン3
「これこれこういう理由で僕らだけでは荷が重いので助けて下さい」
「無理です、僕を巻き込まないでください、というか、とんでもない秘密を僕の心の準備もなしに共有しないで下さい」
魔道管理部部長補佐官マトリ・カートンは直属の上司である管理部部長グリム・ペストリに縋りついた。
グリムはフォルセアの指導役ではなかったため、ラングルトとフォルセアの関係を知らない。
今回別室に呼ばれて、部下から強制的に巻き込まれた事で全力で首を振った。
「記憶を消したい…」
グリムは平民出身の壮年の男性だ。騎士団にも籍を置く魔道士で、魔道局で昇進するにあたって男爵家のペストリ家に婿入りした経歴を持つため、貴族のやり取りに関わりたがらない。
「信頼できる味方が一人でも多い方がいいんですよ、ちょっとベルツ局長が思った以上に暴走しがちなんで」
「そんなのリナリア部長に任せようよ、あの方なら大丈夫だよ」
「一人だけでは間に合わないんですよ。インターンが始まって二日目なのにこのザマなんですから」
などと、マトリがしっかり説き伏せて、ラングルトとフォルセアの婚約を知る味方が一人増えた。
しかし、昼食に同席することはきっぱりと固辞されてしまったので、昼休憩はラングルトとフォルセア、シュベリ・リナリアとマトリの四人で食堂に行くことになった。
ダナン・ノルマンはさすがに人数が多すぎると同行を遠慮した。年下の上司に奢られることに気がとがめたらしい。
「フォルセアさんは昨日も食堂に行ったんですよね?」
「はい、説明会の時に皆で行きました。早い時間だったので、すでに用意されたメニューを食べたんです」
シュベリの問いにフォルセアが答える。
昨日とは違い今日は他の職員と同じ時間の昼休憩。食堂はすでに多くの人がおり、とても騒がしい。
フォルセア以外にもインターンの学生が何人か、指導員らしき職員と一緒に食堂に集まっていた。
研修生は学園の制服の上に、行政府から貸与された制服のジャケットを羽織っているので一目でそれと分かる。
中央学園の男子生徒が少し離れたところから手を振ってくれる。フォルセアも軽く手を挙げた。
西方女学園、東方学園のインターン生の姿も見えるが、同行しているのはすべて指導員らしき職員ばかりで、フォルセアのように局長が共に居るという者はいない。
しかも同行しているのが他者と馴れ合うことのないベルツ局長だ。フォルセアたち四人はマトリたちの危惧の通り目立ってしまっている。
「とりあえず、リナリア部長より近くには寄らない方が良いんじゃないですか」
とは、先程巻き込んだグリムの助言だ。
ラングルトが予想以上にフォルセアに構うので、対策を立てた形だ。魔道局内ならばまだしも、外部ではまずい。
フォルセアも少なくとも魔道局の外では何かあればまずシュベリへ、もしくはマトリに話しかけるようにと言われている。
確かに父侯爵から、婚約を公表して良いと許可が出るまでは、ラングルトとあまり関わりを多くしない方が良いのかもしれないと思う。
しかも今のフォルセアにとって、ラングルトは上司なのだ。どれほどラングルトがフォルセアに心を砕いてくれたとしても、規律は守らなければいけない。
他の職員たちの視線を集めつつも、フォルセアはさほど気にしない。立場上、良い意味でも悪い意味でも見られる事に慣れてしまっている。
「まずは並びましょうか。マトリ、席を取っておいてくれる?」
慣れた様子でシュベリが案内をしてくれる。マトリは、「肉系の日替わり定食でお願いします」とラングルトに頭を下げている。積極的に奢られるつもりのようだ。
「分かりました」
ラングルトもそれなりに慣れているのか、淡々としている。
「ベルツ局長も並ぶのですか?」
フォルセアの質問に、ラングルトは頷いた。しかし、返事をするのはシュベリだ。
「行政府の職員は肩書きに関わらず自分で並んで注文するんですよ」
「そうなのですか」
やはり、貴族たちの世界とは違うのだ。学園の生活に近い。
「ベルツ局長は大食いなので、フォルセアさんはびっくりするかも」
「それは、存じ上げております」
「あらまあ!」
シュベリはつい大きな声を出してしまった。上司であるラングルトの腕を容赦なく叩いている。いわゆる年嵩の女性特有の仕草だ。
「バレちゃってるんですか!」
「隠してはいません」
「いやー、隅に置けないわ」
小声でシュベリは笑う。
ラングルトは上司とはいえ、年齢だけならばシュベリの三人いる息子たちと同じくらいなのだ。つい、ほほ笑ましく思ってしまう。
注文口に並ぶ職員たちのがやがやとした声に紛れて、シュベリの声もあまり目立たない。
ラングルトはさりげなく周囲を確認した。フォルセアや自分に向かう視線が多いのだ。
自分一人ならば無視すれば済むが、フォルセアに向かうならばそうもいかない。
ルドベキア侯爵とも、お守りすると約束しているのだ。
軽い認識阻害の魔法をかけておくべきか。杖に手を伸ばそうとすると、がしっと腕を掴まれた。
器用にもシュベリが、笑顔のまま睨んでくる。
「碌な事にならないから駄目です」
「よく分かりましたね」
「だてに年取ってないんですよ」
さすが歴戦の魔道局職員だ。しかしフォルセアは何も分かってはいないようで、「どうかしましたか?」と、ラングルトの腕を握り込んでいるシュベリに驚いている。
「何でもありません。フォルセアさん、食堂の様子で気にかかる事などはありますか」
ラングルトはフォルセアへ少し身を屈めた。シュベリの指が更に食い込むが、表情は変わらない。
「学園の食堂と似た雰囲気で面白いです。ですが学園では食事は皆同じ内容で無料ですが、行政府は違うのですね」
「確かにそうですね。どうぞお好きな物を選んで下さい」
「ご馳走になって本当によろしいのですか?」
「勿論です」
ラングルトは頷く。そこでようやく、自分の腕を見る。
「…何もしません、リナリア、そろそろ離してもらえますか」
「本当ですね」
シュベリは念を押して、ラングルトを掴む手を離した。
(まったく、魔法を使う方が目立ちますよ)
シュベリは本当に意外に思う。
浮いた話ひとつなく、押し寄せる秋波に見向きひとつしなかった青年が、まだ学生のご令嬢に心を砕いている。
若い二人のめでたい話は喜ばしいことだが、確かに注意が必要だ。マトリが心配していた気持ちもわかる。この二人は、周囲の視線を気にしなさ過ぎる。
ラングルトはもとより他者に無関心、そしてフォルセアも高位貴族として育てられてきているため、他人の視線を集めることに慣れすぎているのだ。
シュベリはやれやれと肩をすくめて、ラングルトとフォルセアの間に割って入った。
「フォルセアさん、メニューは決めましたか?局長、私も奢ってもらえるんですよね」
「お好きにどうぞ」
あからさまなシュベリの動きにラングルトも察したのだろう。ほんの少し、フォルセアから離れた。
*
「フォルセアさん、つ、次、焚き火準備します」
「はい。手伝います」
「あ、ありがとうございます」
エメリ・クリオロの指示のもと、フォルセアは薪や枝を運ぶ。どもるような話し方は緊張のためではないらしい、エメリはスムーズに用意をしていく。
インターンも三日目。
フォルセアはマトリとエメリの魔法の検証を手伝わせてもらっている。
昨日フォルセアが見つけた特許申請の魔法を、様々な条件で確認しているのだ。
炎の大きさや燃焼の素材、自然の火なのか魔法で付けた火なのか。
申請理由にあった蝋燭の火から順番に規模を大きくしていくのだ。とても地道な作業。
フォルセアはマトリから条件や結果を記入していく仕事をもらった。ファイル片手にしっかりと書き込んでいく。
「か、風で揺れないようにって事ですけど、これ以上の規模だと自然風ではむ、無理がありますよね」
「扇でも持って来るか」
今までは息を吹きかけることで確認できていたが、焚き火相手だとそうはいかない。しかも、最終的には人の身長よりも大きな木を一本燃やして実験するらしい。
「私が取ってきましょうか」
魔道局に扇があるのか、それも確認しなくてはいけないが。フォルセアが小さく挙手して提案する。
「わ、私が行きます。うちわですが、も、持ってます」
エメリがフォルセアのように手を挙げて、さっさと走っていってしまった。魔道局の実験場は行政府の建物から少しだけ離れた場所にある。
「フォルセアさん、今のうちに着火しましょう。やった事ありますか?」
マトリが声をかけてくる。
「ありません、教えていただけますか」
「良いですよ」
(知らないことばかりだ)
フォルセアはマトリたちの仕事に驚いてばかりだ。屋敷の中にいては絶対に知ることのなかったことばかり。
焚き火は知っていても、フォルセアは木の組み方や火の付け方すら知らなかった。マトリたちはフォルセアを侯爵令嬢ではなく、一人の新人として扱ってくれる。それもとても貴重な体験だ。
マッチを擦り火種を作る。
「気を付けてくださいね」
「はい」
緊張しながら火種を焚き火の中に置いた。熱さが伝わる。まずは自然の火を使い検証、次に魔法で火をつけ直して検証。今の所、火が揺れなくなる魔法は成功している。
ひとつひとつ条件を変えて確認して行くので、時間がとてもかかる。通常の業務もあるので、今日明日の午前中が検証に使える時間らしい。
「雨が降った時は火はどうなるんでしょうね」
ふと、フォルセアは思う。焚き火は外で行うものだ。火が揺れない魔法は、雨が降っても変わらないのだろうか。
「……本当ですね、すみません盲点です。天候の条件も追加していきましょう」
マトリがうめく。
「強風の日とか、風の強さも変えなくてはいけませんね」
条件が増えたぞ、明日で終わるかなこれ。
マトリが自分の頭を叩いた。
「カートンさん、フォルセアさん、お、お待たせしました」
エメリがうちわを振りながら走って来る。
「クリオロ、うちわだけじゃ足りなくなったー」
「え、え?」
マトリがエメリに簡潔に説明すると、
「あーーな、なるほどなるほど」
エメリが何度も頷いた。
「が、頑張ります」
ぐっ、親指を立てるポーズをする。フォルセアは目を見張った。行政府の職員も使用するらしい。
(一般的な合図だったのか)
フリージアやオルソーに報告したいな。そんなことを思う。
「焚き火付けちゃったから、午前中にこれだけやりきっちゃおうか」
「はい」
「分かりました」
マトリの合図にエメリとフォルセアが頷いた。
「フォルセアさん」
一時間ほど経ったであろうか。
焚き火に向ける風の強さを四苦八苦しながら変えていると、ラングルトが実験場まで迎えに来てくれた。
余程の予定がない限り、昼休憩を一緒にとる約束をしているのだ。
「ベルツ局長」
フォルセアは立ち上がってハンカチで汗を拭った。二月の寒さとはいえ、コートを着た上で焚き火のそばは本当に熱い。
「あれ、もう昼ですか?」
マトリは腕時計を確認して驚いている。
「自然の火、自然風の実験までですね、後は明日かー」
「お、お疲れ様でした」
エメリも袖で汗を拭っている。
「手間取りそうですか」
フォルセアの方へ歩きながら、ラングルトはマトリに尋ねる。
「焚き火以降は外で燃える前提なので、フォルセアさんの提案で天候とかの条件を追加しました。なので、明日中はちょっと難しいですね」
「分かりました、申請書を出してください。明後日以降の実験場の使用も許可しましょう」
「了解です」
「フォルセアさん、お疲れではないですか」
「大丈夫です、知らないことばかりでとても勉強になります」
ラングルトの気遣いにフォルセアは笑顔で答えるが、ふと気付く。ずっと燃える火のそばにいたのだ、煙まみれになってさぞ臭うだろう。
「すみません、煙たいですね」
気休めに髪やコートを手で払う。
「気になりません。一度魔道局に戻りましよう、リナリアが待っています」
食堂へはシュベリとマトリが必ず同伴してくれることになっている。
「クリオロも良ければどうぞ」
「え、え、良いんですか?」
フォルセアと共に煙まみれになっていたエメリが慌てる。
「行こう行こう、もれなく奢ってもらえるから」
ラングルトではなくマトリが答えてしまう。しかしラングルトが否定をしないので、エメリはキョロキョロと上司たちを交互に見て、「あ、ありがとうございます」と頭を下げた。




