24、インターン2
フォルセアのインターンも二日目に入った。
ラングルトは自分の側で補佐をしてもらうと言っていたが、シュベリ・リナリア魔道技術部部長が「まずは現場」と頑なに譲らず、さっさとフォルセアを研究員たちの席に連れて行ってしまった。
そのせいか、いつもは閉ざされているラングルトの執務室の扉が半分くらい開いている。
フォルセアにきちんと指導をしているのかと目を光らせている様に職員たちには感じられて、彼らの動きが若干固くなる。
侯爵令嬢が同じ空間に居る、というのも緊張の種だったのだがいざ接してみるとフォルセアさん(滅多にない経験なので彼らはここぞとばかりに名を呼んでいる)は気さくだし、とても真摯に説明を聞いてくれるので、高位貴族が気まぐれでインターンに参加したといった懸念もすぐになくなった。
実際、フォルセアさんはとても聞き上手で、職員たちには当たり前だった知識ですらとても感心しながら頷いてくれる。
「とても分かりやすかったです、ありがとうございます」
などと、いちいち言ってくれるので、外部の人間とのコミュニケーションに不安がある職員たちの自己肯定感がものすごく上がっていくのである。
そして、意外だったのがほとんどのことを懸命にメモすることだ。
「分からないことだらけですので…」
少し照れたように答える侯爵令嬢に、職員たちはますます親近感が湧くのである。フォルセアさんはメモ魔!
「フォルセアさん、この辺見てみましょうか」
指導役を任されたマトリ・カートン魔道管理部部長補佐官が手招きする。
「はい」
フォルセアが向かうと、積まれすぎて巨大な立方体になっている紙の束が待っていた。
「これは?」
数枚から十数枚の紙が紐で閉じられている。それがいくつもあるのだ。びっしりと書き込まれた文字や記号。
「魔法とか術式の特許申請の書類の束」
「はい」
マトリは苦笑しながら書類をぽんぽんと叩く。
マトリとフォルセアの近くに席がある職員も、「あー」となんとも言えない声を出してそれを眺めて声をかけてきた。
「まだこれ一部なんですよ、向こうにめちゃくちゃ溜まってるんで、良かったら見てください」
「うちの暗部の紹介をするな」
やいやいと、近くの職員が話しかけてくる。
「すごくすごくまれに、新技術とかが書かれてるんですけど、基本はもうすでにある魔法ばっかりなんですよ。でも一応ちゃんとチェックして、特許取れませんって返事をしなくてはいけなくて」
「他の業務や研究がありすぎて、申し訳ないけど後回しになってます…」
「なるほど…」
職員たちの疲れたような表情に、フォルセアも頷くしかない。
「せっかくフォルセアさんがいるし、午前中はこれを一緒にやりましょうか」
「私で理解できるでしょうか。恥ずかしながら、魔力がとても少ないのですが」
「ああ、フォルセアさんが、そうか…」
気まずそうなフォルセアに、マトリは記憶を辿る。高位貴族でありながら魔力が弱い子供がいると、一時期各所で噂になったのだ。
マトリは社交界にはほとんど出られないから関わることはなかったが、悪い意味でよく話題にされたと聞く。
「大丈夫。最後の検証をする時以外は魔力は必要ないです。魔法全書と申請書を見比べて、ひたすら新技術かを確認するだけだから」
どん。
歴代の登録された魔法が記載された分厚い事典のような書籍が、六冊。鈍器だ。
「あと、こっちが全書が刊行された後からの新魔法分」
全書に比べると薄いファイルが何冊も出てくる。
マトリと全書を交互に見比べ、フォルセアはゆっくり頷いた。なるほど、これは皆が後回しにするはずだ。
魔力がどう、という問題ではない。
フォルセアは覚悟を決める。
「フォルセアさんは、申請書の見出しとか目的とかを見て、どんな魔法かを分類分けして欲しいです。僕がそれぞれの項目から調べていきますから」
魔法、魔術式の分類に関しては学園で学んでいるが。
「それだけで良いのですか?」
「それだけでもめちゃくちゃ助かります。分類が分かってたら全書の項目を絞れるから」
気を遣われている訳ではないようだ。マトリは本当に憂鬱そうな表情をしている。
「分かりました」
しっかり頷いて、フォルセアは積まれた申請書の一番上を手に取った。
フォルセア自身には縁のない世界だったので全く知らなかったが、いざ、申請書を読んでみると種類も目的も本当に様々だ。
申請書自体の書き方も統一されていないようで、支離滅裂な文章もあれば、とても細かく回りくどく書かれているものもある。
見出しにも目的にも、最終的にどんな効果をもたらす魔法なのかが書かれていなくて、結局申請書全体を読まなければいけなかった物もある。
なんとか見つけた分類が書かれた部分に、フォルセアは付箋を貼っておく。
(確かにこれは、大変だ)
ただでさえ忙しいであろう魔道局の面々が敬遠したがる気持ちも分かる。
ものすごく読みづらい字で書かれた申請書に目を通しながら、フォルセアは眉間に力を入れた。
慣れない眼鏡は度が入っていないとはいえ、普段と視界が違うのだ。目が非常に疲れる。
マトリはフォルセアが分けた申請書の一角から処理を始めたようだ。
「ほら、これはもうすでにある魔法」
や、
「この術式のこの部分、ここがおかしいからこの魔法は発動するわけがない」
など、フォルセアにきちんと教えてくれるのでとても勉強になる。
「え、なんかそっちの方が楽しそう」
魔道技術部の職員達が様子を覗きに来る。
「楽しいぞー、フォルセアさんすごく仕事が早いぞ」
マトリはにやりと返事をして、分類済みの束の山をぽんぽん手で叩くと、他の職員も口を挟みに来た。
「あれだよね、やり出すまでが面倒なんだよね。一人でやるのもむなしいし」
「確かにそれはあるかも、どっちかっていうとワイワイやりたいよね」
「え、私もまぜてほしい」
男性も女性も次々に覗き込んできて、フォルセアは少し緊張する。今のところ失敗はしていないはずだ。
「まざってもいいけど、自分の仕事のキリ付けてからにしてくれよ。僕が怒られる」
「よっ、部長補佐官!」
「謎のヨイショやめて」
あまり人付き合いが上手くない人が多い印象の魔道局だったが、仲間内では親しく接しているらしい。
学園の友人たちのようなやり取りに、フォルセアは笑みを浮かべると、
「え、フォルセアさんかわいいですね」
「が、学生ですもんね、十代って若い…!」
「うち、しばらく新人来てないから…初々しさが眩しい…」
女性陣が賑やかな声を上げる。年長者たちの盛り上がりに、フォルセアはやや気圧される。貴族たちの茶会とは全く違う雰囲気だ。
「調子はいかがですか」
そこに掛けられた声に、その区画の空気が一気に冷える。
フォルセアを囲む女性職員たちの背後から、ラングルトが背の高い影を落とした。
「き、局長」
やばい、と言った呟きが聞こえる。いつの間に局長室から出てきていたのか。
年齢だけならばラングルトは魔道局の中でも若手の部類だが、その実力や威圧感は誰よりも強い。
はたから見れば研修生にかこつけてサボっているように見えたのだろう。上司の登場に職員たちが慌てる。
が。
「ベルツ局長、様子を見に来てくださったのですか」
ラングルトに関してはまったく動じないのがフォルセアだ。
嬉しそうにラングルトを見上げたので、ラングルトの意識が研修生に向かう。
((フォルセアさん…!))
職員たちが感謝の叫びを上げる。心の中で。
ラングルトは職員たちの冷や汗をよそに、フォルセアに近付く。もちろん、フォルセアの周りにいた女性職員は慌てて場所を譲った。
「何か気になる魔法などはありましたか」
穏やかに尋ねる上司に、職員たちは顔を見合わせる。
怒っていないらしい。
ルドベキア侯爵家の手前だからか。それとも私達の事、何ひとつ気にしていない?
「あ、でしたらこれが」
ラングルトにフォルセアは分類済みの申請書の内、火に関係する魔法の束の中からひとつを取り出した。
「この、蝋燭の火を風で揺れないように固定する魔法、というものは面白いと思いました。教会の神官の方が、礼拝に来る子供がいたずらで火を吹き消すから考案したようです」
「なるほど」
ぺらり、ラングルトがフォルセアの持ったままの申請書をめくっていく。
「焚き火の火を固定できれば、強風の中でも火事になる心配が減ると思いまして」
領都の騎士たちが、野営の時に火の番が大変だと言っていた。フォルセアはなんとなくそれを思い出したのだ。
「良い着眼点だと思います。強風による山火事の延焼を抑える効果に応用できれば非常に有用だ」
「それは、すごいですね」
フォルセアはそこまで思い付かなかった。ぱっとラングルトを見上げれば、少し目を細められた。
「カートン、明日からこの件を検証しましょう。間違いがないか、どの規模や条件で発動するのか洗い出します。フォルセアさんもお手伝いをお願いします」
「分、かりました」
自分も参加できるのか。フォルセアは少し返事を詰まらせてしまう。
「了解しました」
マトリも返事をする。
「で、僕と後は誰にしますか?技術部の誰か…」
検証は一人では行わない。必ず二人以上で確認しながら進めていくのだが、
「私が参加します」
ラングルトがさらっと名乗りをあげるので、職員たちがざわめいた。
「局長が?」
「いや、これそんなに難しい案件じゃないですよね」
「ダメに決まってるでしょう、何言ってるんですか」
マトリがさすがに止めた。どう考えても魔道局局長が手を出すような仕事ではない。
というか。
「局長には局長の仕事があるでしょう」
「なんとかします」
「駄目です」
局長補佐官ダナン・ノルマンが慌てて駆け付けてきた。広い室内とはいえ、騒ぎすぎた。今や職員のほとんどがこちらを見ている。
「局長は別件の仕事があります。明日は会議も入っています」
ダナンの静止にラングルト周辺の温度が下がった気がした。気のせいだと思いたい。
「検証はカートンとフォルセアさん、あとはエメリ・クリオロ、一緒にやってくれ」
「わ、私ですかっ」
ダナンに呼ばれたエメリが慌てる。彼女は魔道技術部の所属なので適任ではある。
「ノルマン」
「駄目です」
低いラングルトの声にもダナンは首を振る。
さすがに補佐官として認めるわけにはいかない。しかし非常に珍しい上司の様子に冷や汗が伝う。なにせ彼は魔道伯爵なのだ。
(フォルセアさん説得助けてください)
マトリがぱっと走り書きを上司に隠しながらフォルセアに見せた。
フォルセアが瞬く。説得とは?
「あの、局長、明日の会議、頑張ってくださいね。私も検証のお手伝いを頑張りますので…?」
職場での発言として適切だったのか、フォルセアには分からない。何せまだ研修二日目、本当に何も分からないことだらけだ。
「……分かりました」
低く唸るような声をラングルトが出す。周囲から歓声が上がった。
フォルセアさんコールが起こりそうだ。研修生強い。
「さ、皆持ち場に戻って。クリオロは明日からの検証を頼む、今の仕事は今日中に終わらせるか割り振る事」
「ひぇ…む、無茶振り」
ダナンの指示にエメリは顔色を悪くする。
「わ、、分かりました」
どもりながらとぼとぼと席に帰って行く。
「さ、局長も」
マトリが促す。
他の職員がいなくなったところで、ようやくラングルトが動き出した。
「昼休憩は一緒に行きましょう。ご案内します」
小さな声で、フォルセアに告げる。
先月に約束していた事だ。フォルセアはもちろん覚えている。
「楽しみにしています」
笑顔で見上げると、ラングルトも表情を柔らかくする。
「はいはい、僕も行きますよ、ノルマンさんもリナリアさんだって行きますからね、なんならうちの部長も誘いますっ、局長昼メシご馳走になります!」
マトリは慌てて二人を止める。
(秘密にするのを手伝ってくれってこういう事かぁ!)
マトリがダナンを見上げると、ダナンも普段と全く違う上司の様子に心底戸惑っているようだった。
この方って、確か、魔道伯爵なんだよね。




