23、インターン1
国家行政府のインターンシップ初日。
週末の休みを挟んで十日間。その間の学園の授業は、後日各教科のレポートを提出することで免除される。
「フォルセア様、できました」
「ありがとう」
シリスの言葉にフォルセアは閉じていた目を開く。化粧台の鏡に映るフォルセアは普段とはまるで印象が異なる。
高い所で結んでいたポニーテールは、背中に垂れるキツく結ばれた三つ編みに。眉毛はやや太めにして化粧もとても地味だ。
フォルセアのインターンを聞いた母が用意してくれた度の入っていないメガネは濃い鼈甲のフレーム。
「変装だな」
「親しい方以外には、とてもフォルセア様とは思われないかと」
「さすが母上だ」
フォルセアは感嘆する。
フォルセアの母アニエスは結婚前の子爵家令嬢の時代、侍女として前王妃に仕えていた。
前王妃の衣装番として、様々な用途に合わせてドレスと化粧の采配をしてきたのだ。
母の手腕は全く衰えていない。
様々な身分の人間が働く行政府において、極力侯爵令嬢であることを隠せるように。
こうして、年始の夜会の時とは似ても似つかない地味な女生徒が出来上がった。
「じゃあ、行ってくる」
「終業時間に合わせて、お迎えに参りますので」
朝は学園から他の学生と一緒に馬車で行政府まで向かう。帰りはそれぞれ別々に帰宅することになっている。
フリージアももちろんインターンに参加できる。学園からは二人を含めて七人が共に向かう。
*
「人材管理局局長のソーヤー・コーディネルです」
フォルセアたち中央学園と、東方学園、西方女学園。三校から集まった参加者たちは会議室に集められ、午前中は担当者からの説明を受けた。
今回のインターンシップの責任者、ソーヤー・コーディネルは壮年の男性だ。
軽い挨拶をしただけで部下に後を任せて会議室を退出すると、人事部の職員たちが紙の束を配る。
各局の説明や割り振られる人数など。そこに記された自分の名に、フォルセアは鼓動が早くなる。
今回のインターン、魔道局での研修はフォルセア一人だ。あらかじめラングルトから手紙を貰って知っていたが、正式な書類に書かれていることが感慨深い。
それぞれ研修生の名と所属する部署を確認したのだろう、会議室内がざわめく。人事部の職員はざわめきを無視して説明を始めたので、慌てて生徒たちが押し黙った。
説明会の後は施設案内だ。
基本的な一般来局者用の玄関、職員用の玄関、食堂、各局の位置、非常口などを地図と共に案内され、そのまま食堂で他の職員が休憩に入る前に、早めの昼食を食べる。
行政府の中へ入ったことがある者は、学生ではほとんどいない。きょろきょろと見回す生徒たちをすれ違う職員が微笑ましげに眺めていた。
「さあ、これから君たちの配属される部署へ案内しよう」
昼食が終わった頃に、再び会議室に集まると待っていたヒュッテ・クレアドールが生徒たちに告げた。生徒たちに緊張が走る。これから各自別れて研修を受けるのだ。
それぞれの生徒たちの前に担当の職員がやってくる。生徒二、三人に対して職員が一人。
「では、参りましょうか」
フォルセア一人の前に立ったのはヒュッテ。
「よろしくお願いいたします」
フォルセアは立ち上がって、一礼した。
「お待ちしていましたよ」
魔道局への道すがら、ヒュッテはフォルセアに笑いかける。
「お誘いいただきありがとうございました。おかげで、将来への展望が開けました」
「こちらの都合に無理矢理巻き込んだ形ですが、そう言っていただけると嬉しいですね」
「できるだけ、お役に立てるように努力します」
せっかく選んでいただいたのに、やはり間違いだったと、違う人材を選べば良かったと。そうならないように。
フォルセアの真剣な瞳にヒュッテは少し驚いて、軽くフォルセアの肩を叩いた。
「気負わないでください、貴女はまだ学生、そして今から研修を受けるのです。少しずつ経験を積んでくだされば良いのですから」
「…はい」
安心させるようなヒュッテの言葉。
しかしフォルセアは思う。このインターンの間に何かしらの結果が残せなければ、父はフォルセアの就職を許さないだろう。
「フォルセア様」
廊下の先から静かな声がかかる。
「おや」
ヒュッテがおかしそうに反応する。
フォルセアは声の主に、ほ、と息を吐いた。
ラングルトが佇んでいる。どうやら部屋の外でフォルセアたちを待っていてくれたようだ。
容姿の雰囲気を変えてもフォルセアだとすぐに気付いてくれる。
「研修生相手に破格の扱いだね」
(やりすぎ注意の釘を刺したほうが良いかな)
ヒュッテは思案しつつフォルセアを促して、ラングルトの待つ魔道局の扉の前まで進んだ。
「お待ちしていました」
エスコートでもするつもりなのか。フォルセアの方へ差し出されたラングルトの手をヒュッテはためらいなく叩き落とした。
「上司と部下」
今の立場を簡潔に指摘すると、ラングルトはじとりとヒュッテを見る。
「よろしくお願いいたします。ベルツ魔道局局長」
淑女の礼ではない。背筋を伸ばし頭を下げたフォルセアにラングルトは息を吐き、
「ようこそ、魔道局は貴女を歓迎します」
魔道局の責任者の体裁を保った。
*
「本日から魔道局にて研修を受けるフォルセア・ルドベキアさんです。一分間だけ待ちます」
ヒュッテがフォルセアを紹介したとたん、魔道局の局員たちが一斉にどよめいた。
ルドベキア、…ルドベキア!?
侯爵令嬢!
局長なにやってんすか。
夜会の時と見た目が違いすぎて何が何だか。
え、本人?
この前いらしてたあの、あの方のお姉さま?
局長なにやったんすか。
「家名を聞くと今の君たちみたいになっちゃって仕事にならないから、今からこの方はただの研修生のフォルセアさんです。理解したら黙る」
しん、
部屋の中が静まり返る。
どうぞ。ヒュッテがフォルセアを促した。
「中央学園から研修に来ましたフォルセアです。家名の事は気にせずに、厳しくご指導いただけると嬉しいです。短期間ですがよろしくお願いいたします」
「はい、拍手」
ぱちぱちぱち…
まだ動揺が続いている職員たちがヒュッテに操られるかのように手を叩く。
呆然とした視線を一身に受けながら、フォルセアは笑顔を浮かべた。
(フォルセアさん、は初めて呼ばれたな)
学園の教師にはルドベキアさん、親友と家族以外は大抵様付けだ。新鮮な響きに場違いにもわくわくしてしまう。
ラングルトが口を開いた。
「万が一を考え、フォルセア様には私の補佐をしていただきます」
「さん」
「…フォルセアさんの指導員は私とノルマン、カートン、リナリア。前へ出て下さい」
ラングルトに呼ばれた三人が職員たちの前に出る。
「ダナン・ノルマンです。局長補佐を務めております」
「マトリ・カートンです。魔道管理部部長補佐です」
「魔道技術部部長シュベリ・リナリアです。フォルセアさん、よろしくお願いします」
がっしりした体格の優しそうな男性、笑顔を浮かべたひょろりとした青年、歴戦の風格の小柄な年配の女性。三人がそれぞれ名乗る。
「フォルセアです。よろしくお願いいたします」
フォルセアは一礼した。
「じゃあ、ベルツ魔道局長、くれぐれも後はよろしく頼むよ」
「分かりました」
「研・修・生」
「分かっています」
最後にラングルトにひと釘刺して、ヒュッテは部屋を出て行った。
「業務に戻って下さい。三名とフォルセアさんは私の部屋へ」
言われた先から、扉を自ら開けて真っ先にフォルセアを案内している上司に、唯一事情を知るダナンは項垂れた。
(隠す気あるのかな?)
「基本的には私と一緒に行動していただきます」
「はい」
ラングルトの言葉にフォルセアは頷く。
「職員の業務も把握していただきたいので、その辺りはマトリ・カートンに任せます」
「研修生ですよね?視察じゃないですよね」
「研修生です」
マトリの素朴な疑問に、ラングルトは真顔で答える。
「カートンは防護魔法に特化した実力者です。いざという時は盾にして下さい」
「盾」
フォルセアがマトリを見る。
そのことに関しては事前に指示を受けていたのだろう。マトリが自信ありげに笑顔を浮かべた。
「命に替えてもお守りしますよ」
気軽な言葉のつもりだった。
しかし、マトリの言葉にフォルセアの顔色が変わる。
分厚い眼鏡のフレーム越しにも分かる表情の変化。
「いけません、そのような事はしないでください。ラン…ベルツ局長、いざとなれば私は走って逃げられます。カートンさんにはまずご自身を守っていただきたい」
それまでの真面目でほがらかな笑顔が一切なくなり、ラングルトに向かって言い募っている。フォルセアの様子に、指導役の三人は顔を見合わせた。
「…カートン、訂正を」
「っ、はい!ほどほどに全力でお守りします」
「フォルセア様、いかがですか」
ラングルトはフォルセアに尋ねる。誰も聞いたことがないような、気遣う声音だ。
(いや、隠す気ないですね!)
ダナンはそれどころではない。
「…すみません、取り乱しました。カートンさんも申し訳ありません」
フォルセアは浅い呼吸を何度か繰り返した後、すっかり切り替えてカートンにほほ笑んだ。
「お手数をおかけしますが、よろしくお願いします。カートンさん」
(侯爵令嬢の全力の笑顔やばい)
意外と地味だとか思っててすみません!
オーラが違う!
マトリはラングルトにも動じないメンタルを持ってはいるが、貧乏子爵家の三男でほぼ平民と変わらない生活をしている身分なのだ。研修生とはいえ立場が違いすぎる。
(これ、俺が関わっていい人かな?)
「マトリ」
どん。シュベリがマトリの背中を叩く。
フォルセアがマトリの返事を待っている。
「はいっよろしくお願いします、フォルセアさん」
慌てて、マトリは深く深く頭を下げた。繰り返すがフォルセアは研修生である。
「まだ企画段階なので他言無用でお願いします。再来年度かその翌年に発足予定の新部署の担当職員としてフォルセア様を採用する前提のインターンです。そのつもりで指導して下さい」
「そうなのですか」
ダナンも知らない情報だ。
「新部署にはカートンも出向させますのでそのつもりで」
「初耳なんですけど!」
「初めて言いましたので」
ラングルトは淡々と答える。
「繰り返しますが他言無用です。辞令は人事が持ってくるまでは本決定ではありません」
「うちからはマトリだけですか?」
シュベリだ。
「とりあえずフォルセア様をお守りしつつ、魔道局との連携がスムーズに取れる優秀な人材を一名と要請されています。増えるかどうかはクレアドール本部長の匙加減です」
ヒュッテの名を出す時にラングルトは若干嫌そうな顔をした。先程の仕打ちをやや不快に思っているらしい。
「評価されてて嬉しいけど、異動?異動かぁ…」
マトリがうめいている。
「局長、様付けになっていますよ」
ダナンが控えめに進言する。
ラングルトが「ああ」と顔を上げる。
椅子から立ち上がって、ダナンのそばで立っていたフォルセアの手を取った。
何事かとフォルセアがラングルトを見上げる。
「私はフォルセア様の婚約者です。婚約は済ませていますが発表はまだ先なので、他言無用でお願いします」
あと、隠したいのでご協力をお願いします。
「…隠せていません」
上司の爆弾発言にマトリとシュベリが口を押さえる中、ダナンは肩を落とした。




