22、婚約者はしれっと暗躍する
「ベルツ局長!貴方なんて事をしてくれたんだ!」
昼休憩の時間。
珍しく時間通りに昼休みが取れたラングルトは行政府の食堂で昼食を食べているところだった。
パスタやサンドイッチ、サラダなどを注文し、がやがやと職員で賑わう食堂の一角に腰掛ける。
ここの食堂は行政府の雇った料理人たちの注文ブースだけでなく外部の業者が弁当販売も行っていて中々選ぶ種類が多い。持参した弁当などを持ち込むことも可能だ。
食べ慣れた食事を口に運んでいると、他部署の女性たちが向かいの席に座る。
「他が空いていなかったので、こちらに座ってもいいですか?」
時々たずねられる言葉だ。特に拒否はしない。
女性たちはいそいそと座り、なにかとラングルトに話しかけてくるが、基本的にラングルトは返事をしない。見向きもしない。
それでも女性たちは嬉しそうだ。にこにこと、食事を口に運んでいる。
ラングルトへの怒声が響いたのはそんな折だった。
ヒュッテ・クレアドール女伯、いや、この場では人材管理局人事部本部長というべきか、がラングルトに向かって一直線に歩いて来る。
その剣幕に広い食堂がざわついた。
ラングルトの向かいに座っていた女性職員たちも何事かと伺っている。ラングルトの近くに座りたいが、揉め事に巻き込まれたくはないのだ。
「君ねぇ、独断専行にも程があるんじゃないか!」
「何の話ですか」
ラングルトはヒュッテの剣幕にもどこ吹く風で水を飲む。
「インターンだよ!」
ヒュッテが振りかざす紙面をチラリと見て、ラングルトはため息を吐いた。食事は諦める。
「失礼」
コップを机に戻し、杖を出す。ヒュッテに一言告げれば、彼女は驚いたように地面と天井を順に見た。
光の円陣が生まれる。
上下の円陣がぴたりと重なると、ラングルトとヒュッテは食堂から姿を消した。
ラングルトの持つ局長室には別に個室が用意されていて、そこは何も物が置かれていない空き部屋になっている。
円陣が浮かび、上下二つに分かれるとラングルトとヒュッテが姿を現した。ごく限られた魔道士が使う、転移の魔法だ。
突然の浮遊感にヒュッテはよろめく。ラングルトは意に介さずに空き部屋の戸を開けた。
そこはラングルトの執務室だ。
「どうぞ」
「…感謝するよ。確かに、食堂でする話ではなかったね」
額や喉のあたりを押さえ、ヒュッテはうめく。慣れない転移にやや気分が悪くなる。
そうそう誰もが使える魔法ではないのだ。大体の人間は未経験の浮遊感に酔ってしまう。
来客用の椅子に腰掛け、ヒュッテはそれでも意識的にばんっと強く書類を机に置いた。
「なんでフォルセア様のインターン受け入れ先が魔道局になってるんだい!?」
「ルドベキア侯爵からのご指示です」
しれっと、ラングルトは答える。
「よりにもよって何で魔道局なんだ!フォルセア様には一番縁のない職場だろう、フォルセア様にはまず人材管理局か国土管理局に入ってもらうはずだったのに!」
「魔力が少なくても仕事はいくらでもありますから」
ラングルトがこれを言うのは、実は二度目だった。
ーー
ラングルトがルドベキア侯爵に呼び出されたのは昨日のことだ。
王城からわざわざ使者が来て、すぐに来るようにとの指示。何事かと仕事を中断して使者と共に城へ向かえば、慌てた顔のライゼル・ルドベキア侯爵が待っていた。
「ベルツ卿!よく来てくれた」
そのまま王城内の小会議室に案内されると、侯爵家の護衛騎士以外は部屋から出される。つまり内密の話があるということだ。
「フォルセアから、行政府のインターンに推薦されたから参加すると手紙が来たのだ。どういうことか、君は知っているのかね⁉︎」
(ああ、ついに)
ラングルトはフォルセアを思い感慨深くなる。人事部から学園へ推薦状が届いたのだ。そして、フォルセア様は参加を決められたのだ。
しかしラングルトは、
「初めて聞きました。しかし、人事部から推薦状が届くというのはよほど優秀であるということです。さすがフォルセア様です」
いけしゃあしゃあと初耳のふりをする。
変化のない表情はこういう時にとても役に立つ。
ライゼルは王の直属のため行政府の職員たちの人事には詳しくないようで、ラングルトはざっと就職に関して説明をする。
すると、ライゼルは額に手を当てて長い息を吐いた。
「なぜフォルセアが。あの子はこれからはもう何もせずとも、これ以上働く必要もないのに」
ラングルトは思わず口を開いた。語気がやや強くなる。
「ですが、フォルセア様はとても優秀であらせられます。推薦状が届くのが何よりの証、試験も上位の成績を収めているそうですし、人望も厚く、身分を問わず信頼されておられます」
そう、フォルセアは学業でも優秀な成績を修めているのだ。
魔法や魔法科学の実地授業でどうしても点数が取れないため、他科目の筆記で点数をカバーしているらしい。フリージアと仲良くなったのも元は試験勉強がきっかけだったとか。
「恐れながら、フォルセア様は行政府の職員として素晴らしい適性をお持ちだと考えます。行政府は常に人手不足、資質不足。フォルセア様が入局されましたら、きっと多くの部署が助けられるでしょう」
ラングルトのいつにない話しぶりにライゼルは驚いたようだった。勝手をする娘への心配と不安、少しの苛立ちが薄らぐ。
「君はえらくフォルセアを買ってくれているようだ」
「私はフォルセア様を尊敬しております」
即答だ。
ライゼルは息を長く吐き、椅子の背もたれに背中を預けた。
「いや、驚いた。フォルセアのこともだが、君にも驚かされてばかりだ」
「…は?」
「君は意外と情熱的なのだなぁ」
「…初めて言われました」
ラングルトの心底不思議そうな返事。毒気を抜かれたように、ライゼルはラングルトを見上げた。
「インターンに参加をしても、行政府で働けるとは限らない。向き不向きはやってみないと分からないからね」
「その場合もあります」
最終判断は人事部だ。
「学生最後の思い出だ、まあ、インターンの一度ぐらいなら、まあ…」
しかしなぁ。
ライゼルは考え込んでいる。
ラングルトは、本来はインターンは四年生になってからで、フォルセアもあと二回は参加できることをあえて告げない。無表情ここに極まる。
「行政府か、護衛を着けても大丈夫かね」
「でしたら、フォルセア様のインターンを私の部署でお引き受けいたします」
さらり。ラングルトが告げる。
「私がお側でお守りしましょう」
フォルセアにあの腕輪に代わる宝石を渡したことは言わない。
あれは希少な包魔石。知られない方が良いことは、さすがのラングルトも理解している。
「君の部署は魔道局だろう、フォルセアは魔力が本当に少ないのだよ」
「魔力が少なくともできる仕事は多くあります。書類仕事も、他部者との折衝にも、必要なのは魔力よりも学力や社交性ですので」
魔道局は研究肌の人間が多く、彼らには不得手の業務が多いのだ。
用意してきたように、すらすらと言葉が出る。
実際、ラングルトは準備をしていた。年始にヒュッテに言われたからだ。
フォルセアがインターンに参加できるために、侯爵を説得しろと。
「君が守ってくれるなら、護衛の方が邪魔になるか」
「私だけではなく、部下に防護の魔法を得意とする者がおりますので、その者もお側に付けましょう」
新部署に派遣するつもりの人材だ。ちなみに異動に関してはまだ当人に告げていない。
はあー、
ライゼルは何度も長い息を吐く。
対外交渉などではとてもこんな姿を見せられない。とたんに侮られるだろう。珍しい侯爵の姿。
「まあ、一度くらいは」
一度くらいは、まあ。
ライゼルは何度も何度も繰り返している。
ラングルトは侯爵のそばで沈黙のまま佇んでいる。時間だけが無為に過ぎていく。
「分かった。君を信じよう」
「承りました」
苦渋の顔のライゼルに、ラングルトは深く一礼する。自分の役目がひとつ、達成される。
「まあ、フォルセアもインターンで君に会えるかもしれないと楽しみにしていたようだしね、どうせなら同じ部署で働かせてみようか」
(フォルセア様が、)
ぎゅう。
まただ。
左腕の神経が絞られるような感覚。ラングルトはそれをわざと無視して、
「は」
と頷くに留めた。
ーー
「書類仕事や他部署との調整、交渉。魔力が少なくともできることは沢山ありますので」
「確かに、そうだけれども…!」
戻って、ラングルトの執務室。
ヒュッテに向かってすらすらと答える。
「それはルドベキア侯爵からの指示書のようですね。本来ならば人事に口出しは歓迎されませんが、まだインターンです。しかも対象は前代未聞の侯爵令嬢、ここは侯爵のご指示の通りにしないとフォルセア様のインターン自体反対されるのでは」
「準備してきたみたいにすらすらしゃべるじゃないか」
その通りだ。
さすが鋭い、これらはあらかじめ準備してきた台詞だ。
「昨日ルドベキア侯爵に呼び出されましたので」
だが、あくまで侯爵の指示であるというふりをする。ラングルトは侯爵の指示を受けただけだ。という、ふり。
ラングルトの口調も表情も淡々としたもので、ヒュッテは彼のふりに気付かない。
「くそ、予定が狂った…まさか君にフォルセア様を取られるなんて」
ヒュッテは頭を掻きむしっている。よほど腹に据えかねているらしい。
「来年度もインターンを開催するのでしょう」
「順番に違う部署を回っていただく予定だったんだよ!」
もちろん魔道局は候補に入ってなかったからね!
トントントンッ、ヒュッテは人差し指で魔道局局長の机を叩く。
「私に言われても知りません」
ラングルトはしれっと無関係を装う。
ヒュッテとの温度差にもまったく頓着していない。
「…分かってるよ、八つ当たりだ」
ふー。
ヒュッテはようやく声音を変える。
「侯爵家の横槍を想定していなかった私のミスだ。君がフォルセア様の婚約者に選ばれた時点で予想しておくべきだった」
「それはまだ内密にお願いします」
「分かってるよ、ルドベキア閣下は私が知ってることすらご存知ないんだから」
でも、とヒュッテは続ける。
「周りは夜会からこっち、君がすっかりルドベキア侯爵の傘下に入ったと思われてるよ。それは良いのかい?」
「特に思う所はありません」
「まあ、君はそうか。全く、今の五大侯爵家の仲が良くてよかったよね」
ふた昔前ぐらいだったら血を見たよ。
あーやだやだ。
ヒュッテは小さく呟いて首を振る。
「じゃあ、参加人数が確定したらまた招集するから、よろしくね」
「分かりました」
ひらり、と手を振ってヒュッテは執務室を出ていく。ラングルトはそれを見送って、のそりと立ち上がった。
放置したままの食事を片付けに行かなければならない。もうとっくに昼休憩の時間は終わっている。
扉を開けると、部下が気付いて手を上げてきた。
「局長、食器は片付けておきました」
魔道管理部のマトリ・カートンだ。
どうやらあの時、食堂に居たらしい。
「助かります」
「今度昼に奢ってください」
ひらりと上げた手を振る。彼は珍しくラングルトに対して萎縮しないタイプの人間だ。
「分かりました」
一言返して、ラングルトは執務室に戻った。




