21、ラングルト、神経異常(仮)を起こす
「お兄さま、お話があります!」
普段は学園で過ごしているはずの週末、珍しく帰宅した妹の剣幕にラングルトは視線を向ける。
ラングルトは休日に予定などほとんどない。大抵家にこもって本を読むか寝ているか、作りかけの魔道具をいじるかだ。
「何かありましたか」
居間に入ってきた妹の剣幕に、ラングルトは読んでいた本を閉じた。
フリージアはラングルトの向かいに座り、兄に向かって身を乗り出す。
「フォルセアから宝石を見せていただきました!」
「ああ」
見ましたか。
ラングルトが閉じていた本を、机の上に置く。
単調な兄の返事に、フリージアはわなわなと手を握りしめた。
「あれは、あれは、包魔石ですわ…!」
「よく見抜きましたね」
ラングルトのまるで感心するような、褒めるような返事。フリージアは兄の肯定に息を呑んだ。
包魔石はラングルトが魔道伯爵位を得るきっかけになった魔道具だ。
それまで魔道庫と呼ばれる無尽蔵の魔力を譲渡できる適性を持つ人物以外誰も成せなかった、魔力を貯めることができる宝石。
危険な用途にも使えてしまう為、包魔石の所有には厳しい制限が設けられている。
「あんなものが親友の手の中にあった時の、私の心境が分かりまして!?」
「大した魔力は入れていませんが」
「そういう事ではないのです!」
だんだん!フリージアは思わず机を叩いてしまう。
ラングルトは妹の剣幕に、やや首を傾げた。
あれは必要な動力だ。
フォルセア達姉弟が使っていた腕輪の魔術式の動力はレイナードの魔力だった。
今回、宝石を使いフォルセアを守るための魔法を発動させようにも、フォルセアには魔力の余分がない。
ならば、宝石自体に魔力を込めればいい。幸い、ラングルトにはその技術がある。
「あれを持つには許可がいるのでしょう?」
「勿論です。私が許可を出します」
「職権濫用ですわ…!」
そうだ。包魔石の所持に関して審査をするのは魔道局の職員達、最終的にサインをするのは魔道局局長であるラングルトなのだ。
「フォルセア様を守るには必要な手段だと考えました」
姉弟が着けていた腕輪に少し性能を改良しただけの魔術式だったが、レイナードからフォルセアの幼い頃の事件を聞いて、己の考えは間違っていなかったと考えている。
もう狙われることはないとレイナードは言っていたが、備えるに越したことはない。
「あのストーカー魔法もですか」
フリージアの視線が険しい。
「中々の名前を付けましたね」
人聞きが非常に悪いが、なるほど、言い得て妙な名称だ。ラングルトはつい感心してしまう。
「有事にしか確認しませんので安心してください」
「安心、できませんわ…」
そうそうフォルセアの様子を確認できるほどラングルトは暇ではないのだ。
動作の確認ために実は一度使用したみたが、あくまで何かあれば。保険だ。
……もちろん、何かあれば全力で対処するつもりではあるが。
「フォルセア様をお守りするのも契約のうちです」
「もう、お兄さまはまだそんなことを…」
フリージアはため息を吐く。
とうに契約結婚の範囲など超えているだろうに、兄は分かっていないのだろうか。
「私、包魔石のメンテナンスなどできませんわ」
フォルセアから聞いたのだろう。
告げる妹にラングルトは首を振った。
「それは私が行います。お前には包魔石を包む布の認識阻害魔法の管理をお願いします。適当な布を使ってしまったので、別の物を用意してもらっても構いません」
何せ自分のハンカチを適当に切った物で代用してしまっているのだ。侯爵令嬢が持つにはいささか体裁が悪い。
「そんなの無理ですわ。フォルセアがすごく頑張って、あの布を巾着にしたのです。お裁縫が得意じゃないのに、一人で頑張ったんですのよ」
いびつな形、荒い縫い目の袋を思いながらフリージアはため息を吐く。
「わざわざ紺色の縫い糸で、拙いからと恥ずかしそうでしたが、あんなに頑張った作品を今更交換なんて」
できません。
フリージアの言葉にラングルトは急に左胸から指先まで、麻痺するような痺れるような感覚を覚える。
ぎゅう。神経が絞られるような。
濃い紺色はラングルトとフリージアの目の色だ。ラングルトのハンカチを、わざわざ。
(…?)
ぎゅう。
血管や神経が締め付けられるような。
己の腕の異変に、ラングルトは眉を寄せる。軽く手先を振るが異常はない。心臓の痛みは消えた、だが脈拍が速い。
「お兄さま?」
己の腕や心臓の辺りを確認している兄を、フリージアが不審がる。
「いえ、少し痺れが」
「…?」
ラングルトは左腕をさすっている。フリージアは怪訝そうに兄を見つめた。あまり見ない兄の姿に少し不安になる。
「大丈夫ですか、お疲れですの?」
確かに急にねじ込まれたインターンの会議や指導員の確保など、慌ただしいことはあったがラングルトの許容範囲内だ。
再び手を握りしめてから開く。いつも通りだ。
「問題ありません、大丈夫」
「なら、良いですけれど…」
休んでください、お茶でも入れてきますわ。
フリージアは居間を出て行った。
帰宅早々兄に詰め寄っていたのだ、一息つきたくもなるだろう。
週末の休暇。妹は今日は家で泊まるのだろうか、それとも寮に戻るのだろうか。
一方、フリージアは台所で湯を沸かしながら、兄の急な異変に首を傾げた。
フリージアたちの冬季休暇から、兄にもかなり無理をさせている罪悪感があるのだ。
「ところでフリージア」
急に声をかけられてフリージアはびくりとする。いつの間に来たのか、ラングルトが台所の入り口に立っていた。
「お兄さま、いつの間に…」
フリージアはどっどっ、と脈打つ心臓の辺りを押さえる。まるで先程のラングルトのような仕草。
「お前の言うストーカー魔法に関して、フォルセア様はご存じなのですか」
「はあ?」
わざわざ台所まで、それを聞きに来たというのか。
「当たり前ですわ、包魔石で、しかもあんな魔法!宝石を回収しようとしましたがフォルセアに断られました」
「断った?」
「常に護衛と一緒に行動してるから気にならないんだそうですわ、お兄さままで守ってくださって、ありがたいことだと笑顔まで浮かべていたのですよ」
あんな魔法、普通にダメですわ。
「フォルセアの器の大きさに感謝して下さいませ」
というか、フォルセアでないと絶対に耐えられない。大体の人は多かれ少なかれ、秘密にしたいことがあるものなのに。
後ろ暗いことなど何もないのだろう。
堂々とした稀有すぎる振る舞いの親友を思い浮かべて、フリージアは少し遠い目をする。
そんなことをしていたので、フリージアは自分の兄の様子を見逃してしまった。
見たらきっと驚いたであろう。ラングルトが目を大きく開き、ぽかんと、口を開けていたので。
*
週が明けインターン募集の説明会が行われた。
フォルセアやフリージアをはじめ、数十人が説明会に参加する。
オルソーはもちろん不参加だ、彼は騎士を目指している。三学期から始まった騎士課程の放課後演習に通っている。
騎士学園との通称もある東方学園とは違い、中央学園から騎士を志す者は少ない。それでも、教師は現役の王都の騎士が務める本格的な授業だ。
傭兵として暮らしてきたオルソーですら、中々過酷な授業らしい。他の騎士課程の男子生徒たちも授業があった日はヘトヘトになりながら寮で夕食を食べている。
フォルセアは説明会の後、担任の教師から渡された手紙に鼓動を早めていた。
推薦状、と書かれたそれは、フォルセアが無条件でインターンに参加できるための書類だ。行政府の人事部が選定した、特にインターンに参加して欲しい人物、つまり、最終的に行政府の職員になって欲しい人材に発行される物だ。
「うちの学園では三年ぶりらしいよ」
と、中身を知っているらしい教師が珍しそうに渡してくれた。他の、インターンの説明会に参加していた友人たちも物珍しそうに眺めてくる。大半の者が羨ましがり、なぜか納得してくれる。
「まあ、フォルセア様だもんね」
との事だ。
どうやってインターンに参加しよう、父から許可を得よう、と、そのことばかり考えていたフォルセアはこんな抜け道があったことに心底驚いた。
クレアドール女伯は最初からこのつもりだったのだろうか。
「とうとう、ですわね」
フリージアが書類を持ったまま固まってしまったフォルセアを覗き込む。
親友の言葉が脳に届き、フォルセアはゆっくり息を吐いた。
「うん。とうとう、だ」
時間にしてまだ一ヵ月ほどしか経っていないのに、とても昔のことのように感じる。
卒業後に、ただ大きな屋敷に閉じ込められるのではなく、自分の力で生活ができるかもしれない。
もちろん、そのためには行政府できちんと働けることを証明しなくてはいけない。自分にその適性があるのかも分からない。
「頑張るよ」
正直どのような仕事があって、何をしたら良いのか、何も分からない。説明会でも、選考はするが気軽に応募して下さいと、担当職員が話していたが。
「私も頑張ります」
フリージアも意気込んでいる。彼女は他の生徒と同じく、応募からスタートだ。きっとフリージアの方が大変なはず。
「そうだな、一緒にインターンに通おう」
「もちろんですわ」
私も俺も、フォルセアとフリージアの近くに居た生徒たちが同調し、二人は笑った。




