20、ポケットの石とストーカー魔法
「なぜ、私に話してくださったのですか」
行政府の玄関、別れ際にラングルトはレイナードに尋ねた。
何を、とは言わなかったがもちろん通じる。
「僕の妹たちが貴方を気に入ったからです」
レイナードは笑みを浮かべる。何かを企むような、いたずらを隠すような笑み方だ。
「あの子たちの人を見る目は僕や姉以上です。だから、僕は貴方を信頼しています」
*
三学期が始まったが、この最終学期は卒業生でもない限り試験以外のイベントもなく暇な季節だ。
だが、教師からの伝達に生徒たちはざわめいた。
行政府で三年生を対象に今学期中に短期間のインターンを行うというのだ。
中央学園だけではなく、西方女学園、東方学園と、王都に存在する三校から募集するという。
生徒たちからすれば寝耳に水。卒業を控えた四年生からも驚きの声が上がる。
国家行政府の職員は、いわば高級官僚だ。市民向けに設置されている役所などで勤務する一般職員とは業務内容も待遇も異なる。
もちろん、相応に過酷な職場であることは有名だが、血筋の身分以外で国民が得られる最も高い肩書きのひとつでもある。
中央学園の生徒でも、狭き門ながら行政府を目指す者は多い。それに三年生の内から挑戦できるのだ。
放課後も学園内はその話題で持ちきりだ。
急に決定したらしく、担任の教師は詳細を知らないようだった。すぐに学園の進路相談担当の職員が廊下に説明会の用紙を貼り出していた。行政府の人事担当が後日説明会を開くらしい。
(私も参加しても大丈夫だろうか)
フォルセアは説明会の日程を見ながら、鼓動が早くなる胸を押さえた。ヒュッテ・クレアドール女伯から何も知らせを受けていない。
インターンを経て行政府に就職する、フォルセアはヒュッテのその言葉に従いラングルトまで巻き込んだ。
(不安になってきた)
自分は間違ったことをしていないだろうか。
何か、独りよがりな勘違いをしてしまっていないだろうか。
「フォルセア」
オルソーが声をかけてきた。
「フリージアと約束してるんだろ?」
何やってるんだ、とオルソーはフォルセアの前の掲示板を見ると、「ああ」得心がいったようだ。
「これだろ、お前らが参加するやつ。前倒しってのは驚いたが」
話が早くて良かったじゃねえか。
フォルセアはオルソーを振り返る。背の高い親友を見上げると、にやっと笑った。
「とっとと実績積んでゴリ押ししちまえ」
フリージアから婚約のあらましなどを既に聞いていたオルソーが、肘でフォルセアの肩を小突く。
オルソーの言葉に、す、とフォルセアの胸のつかえが降りた気がした。
「うん、そうだな」
そうだ。
フォルセアは頷く。
「行こうぜ」
オルソーに促され、二人はフリージアのもとへ向かった。
「すまない、待たせた」
フリージアとシリスが談話室の前で待っていた。二人の姿をみとめて、フォルセアはオルソーと足を早める。
「大丈夫ですわ」
シリスが扉を開けてくれて、三人で入室する。いつもの通り、防音魔法がかけられた。
「フォルセア、インターンのことを知っていたのですか?」
入るなりフリージアが問いかけてきた。この件で待ち合わせたと思っているのだろう。
「いや、私も初耳なんだ」
フォルセアは首を振る。三人それぞれに椅子に腰掛けると、オルソーが机に肘をつく。
「フリージアも説明会に参加するのか?」
「ええ、もちろんです。冬季休暇は色々あって、お兄さまに進路の話をすることをすっかり忘れていたのですけど…」
お手紙を出して聞いてみます。
肩をすくめるフリージアに、フォルセアは少し汗をかく。すべて自分の都合のせいだ。ラングルトだけでなく、フリージアも振り回してしまった。
「すまない…」
慌てて謝ると、フリージアは笑う。
「フォルセアが行政府に行くから私も目指すのです。まずフォルセアから足場を整えるのは当然ですわ」
「それもそうか…」
確かに、フォルセアが婚約者を見つけられなければ卒業後に行政府で働く道もなくなるのだ。そうすればフリージアは、フォルセアと会うために別の道を選ぶのだろう。
「で、フリージアの兄貴はどんな人だったんだ?爆速で婚約成立したんだろう?」
「爆速?」
「わけわかんねえぐらい速いってことだ」
「そうか、また使ってみよう」
神妙に頷くフォルセアにオルソーは笑う。
「で?」
「ああ、とても真面目で親切な方だったよ。私の契約結婚の提案に驚いていらっしゃったが、いざ決めたらもの凄く心を砕いて協力して下さったんだ」
にこにこと話す。
オルソーは真顔でフリージアを見た。
「お前の兄さんの話?」
「嘘みたいでしょう?事実なんですのよ」
オルソーが、フリージアと恋人になるにあたって個人的に調べたベルツ魔道伯爵の印象と全く違う人物像だ。
容姿も良く、実力が高いが無愛想、社交界にもほとんど出席せずひたすら研究や任務に打ち込む仕事人間。孤高の存在のような、敬遠されがちな取っ付きにくさを持つ。そんな風に言われている。
オルソーの地元で大規模な魔物の討伐隊が組まれた時に、件の魔道伯爵も出向いており、傭兵部隊の待機場所から遠目で見ただけだが途方もない魔力を有していると感じ取れた。
誰かと親しげに会話をする場面もなかったし、直属の部下や将軍以外は話しかけるのもおこがましい、そんな扱われ方をしていた。
とんでもない人間の妹に惚れちまった、と、一時は頭を抱えたものだが。
「噂は当てにならんとかそんなやつか?」
「いいえ、お兄さまはお兄さまのままです。フォルセアにだけ、とても親切なんです」
「なんだそれ」
よほど魔道伯爵にとってフォルセアとの契約結婚が都合が良かったのか。
オルソーの地元は王都から遠いので、彼は王都に戻るまでフォルセアたちが何をしているのか全く知らなかった。
休暇の最後にフリージアと会って、ようやく年末年始に何があったのかを聞いたのだ。
本屋に並ぶ新聞やゴシップ誌には、侯爵令嬢をめぐるイケメンたちのあれやこれやだの王弟妃の候補がどうだなど、適当なことが書かれていたが。
その中の、魔道伯爵が自ら令嬢をダンスに誘った、というものだけはフリージア曰く本当なのだそうだ。
さすがの侯爵家には、あの魔道伯爵も丁重にならざるを得ないということなのか。
ほとんど噂でしかラングルトを知らないオルソーは、その様に結論付ける。
「そうだ。フリージアには見せてもいいと仰っていた、ラングルト様からこれをいただいたんだ」
オルソーも居るけど、まあいいか。隠し事はしたくないし。
と、フォルセアはポケットから何かを取り出した。
オルソーとフリージアが覗き込む。雑な縫い目のいびつで小さな巾着袋に、フリージアが眉を寄せる。
「なんですの、この袋」
「下手ですまない。これでも頑張って縫ったんだ」
「お前が縫ったのか!」
オルソーは驚く。フォルセアを見れば、ひたすら気まずそうにしている。
「裁縫は苦手なんだ」
刺繍やレース編みなど、貴族令嬢の嗜みとしては一般的な技術だが、フォルセアはそうではなかったようだ。
「いえ、そうではなく、あの、フォルセア、この袋はお兄さまから?」
「ああ、元はハンカチだったんだ。中身が落ちると怖いから、縫ってみた」
フォルセアが巾着を開ける。
ころりと、手のひらに出した物にフリージアは小さく悲鳴を上げた。がたり、と椅子ごと後ろに下がる。
傭兵出身ながら魔力の高いオルソーにも感じ取れるものがあった。
なんだコレ。
高価そうな宝石。
オレンジ掛かった黄色の宝石が何なのか、オルソーには判別がつかない。
だが、ベルツ魔道伯爵が婚約者に高そうな宝石を贈った、とは単純に思えないシロモノだ。
「何か、魔法が掛かってないか?」
すげえ色々。
指差しながらフォルセアを見ると、嬉しそうに笑っている。
(いや、笑っていいやつか?)
「すごいな、二人とも分かるのか。私にはさっぱりなんだ。ラングルト様が、私の身体強化魔法の効果をしっかり出すために補助的な魔法?というのを施してくださったんだが」
「そんなことができるのか」
身体強化魔法はフリージアが構築したフォルセア専用の魔法だ。オルソーも実験的に試したことがあるので、興味深げにルースのままの宝石を覗き込む。
魔道伯爵がフォルセアには親切、というのはこういうことか。
「お兄さまはフォルセアにそう説明したのですか?」
フリージアはまだ離れたままだ。
怖いものから目を離せない、というようにフォルセアの手のひらを見つめている。
心なしか顔色が悪い。
「ああ、わざわざ宝石ごと譲ってくださったんだ」
必ず呼んでください。と、指先に口付けられたことも思い出してしまい、フォルセアは少し指が跳ねてしまった。
宝石を乗せる手を握ったり開いたりして、ごまかしてしまう。
「太っ腹だな。高いだろ、それ」
「高価だと思う。トパーズ中でも希少な種類だ」
「まじか」
魔道伯爵って金持ちなんだな、とオルソーは呟く。将来の自分のことを考えているのだ。フリージアは魔道伯爵の妹なので。
「フォルセア、それは、それは補助魔法どころではありませんわ」
フリージアは震えている。
恐ろしいのかと思ったが、声音が違う。怒っている。
「悪意のある魔法各種、たぶんお兄さまが知っている種類のほとんどを防いだりそらしたりする魔術式が書き込まれています。簡易的な結界ですわ」
それが、永続使用できるようになっている。
何をしたらこうなるのか、魔術式を読むことはかろうじて出来たが、どうやったらできるのか、フリージアには何ひとつ分からない。
というか、原因だけは理解できる。ここでは決して明かせないが。
(お兄さま…!!)
この技術は兄の専売特許だ。
フリージアは怒りすら覚える。何というモノをフォルセアに渡したのだ。
「すごいな」
フォルセアは亡きアゲラタム侯爵夫人に作ってもらった腕輪を思い出す。あれも魔法を逸らせる効果があるものだった。
「…それに、フォルセアの位置が分かるようになっていますわ」
「はぁ?」
オルソーが片眉を上げる。
「多分です、フォルセアの居る…座標?位置?がお兄さまに分かるようになっていると思いますわ」
「そんなことができるのか?」
「出来てると思いますわ…」
フォルセアの宝石をオルソーが見る。
フリージアも、じいっと目を細めながら見つめている。術式を解読しようとしているのかもしれない。
「ストーカー魔法じゃねぇか。フォルセア、お前大丈夫か?」
「いや、驚いた」
オルソーにフォルセアは頷く。
「思ったよりも色々と手を加えてくださっていたのだな…」
宝石を見つめる表情に嫌悪感はない。
「フォルセア、兄がすみません…その石、私が回収しましょうか…?」
青い顔をするフリージアに、フォルセアは首を振った。
「いや、別に構わないよ。ありがたいことだと思う」
「お前マジか」
あっけらかんと笑みを浮かべるフォルセアに、オルソーは開いた口が塞がらない。
元々行動を制限され、学園内以外の外出には必ず供が必要なフォルセアだ。ラングルトに居場所が知られたところで、どうということもないのだ。
フォルセアのそんな説明に、オルソーは「大貴族やべぇな」と呟く。
フリージアはため息を吐いた。自分の兄ながら何を考えているのか。
「週末にお兄さまに会いに行きますわ…」
はあ、
外出届をまた出さなければいけない。




