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2、クレアドール女伯、勧誘する


 「フォルセア嬢、お待たせしてしまい申し訳ありません」

 「いえ、お気になさらず」

 先方の入室とともにフォルセアは謝罪を受けた。

 席から立ち上がり淑女の礼を取ると、軽く手で制される。

 扉のそばに控えるフォルセアの侍女にも軽く会釈をして、訪問者はフォルセアに席に着くように促し、自身もまたさっさと座った。

 彼女の名をヒュッテ・クレアドール。

 現クレアドール伯爵であり、国家行政府人材管理局の幹部役員の一人である。

 ルドベキア侯爵家とはいえ、フォルセアは一介の学生だ。彼女に面会を申し込んでくるにはいささか首をひねるような相手だ。

 「わざわざ学園までご足労をおかけしました」

 「いえいえ、お時間をいただくのはこちらなのです」

 そう、クレアドール女伯は侯爵家ではなく学園を通じて面会を申し込んできた。面会場所も、学園が用意した面談室だ。

 つまり、侯爵令嬢ではなくフォルセア個人に用があるということ。

 その用向きなど、フォルセアには全く思い当たらない。

 「時間も限られています、単刀直入に言うと、卒業後に私の部下として行政府で働いていただきたいのです」

 予想外も予想外。

 働く?

 フォルセアが?

 「…私はまだ三年生、卒業は来年ですが」

 中央学園高等部は四年制だ。

 「もちろん存じ上げております。来年度のインターンシップはうちを志望していただきたいので、今お誘いしているのです」

 「それは、何とも…」

 侯爵家長女として、そしてこの学園の生徒として、様々な人々と交流を繰り返してきた社会性の塊などとも呼ばれるフォルセアだが、これはさすがにすぐには返答できなかった。

 そもそも、フォルセアは国家機関で働かなければいけないような身分ではないのだ。

 「理由をお伺いしても?」

 「勿論です」

 ヒュッテは自信ありげに笑顔を浮かべ、力強く頷いた。

 「他言無用でお願いいたします。今、行政府で新しい部門を立ち上げようという計画が持ち上がっています。勿論、国王陛下の認可の下です」

 「はい」

 「例えば大きな自然災害、スタンピード、伝染病など、領地をまたぐ事案が発生した場合に行政府の各部署や各地方領主が個別に対応した場合、収束にかなりの時間がかかるのです。勿論、領をまたがなかった場合も、その地の領主によって対策がまちまちになってしまいます」

 「確かに、その問題は度々起こりますね」

 フォルセアは頷く。

 頻繁ではないが、年に一、二度は国内外で魔物が大量発生することがある。

 地震や大規模な火事などもそうだ。

 基本的に、対処はまずその場の領主が担当し、王都に支援を求める匙加減も領主次第だ。

 「数年前、ベルツ魔道伯爵が開発した包魔ほうま石のおかげで、我々も個人で強力な魔法の行使が可能になりました。国王陛下はこの機会に、領地や部署を越えた支援をするための超法規的な部門を創設しようとお考えです。すでに公爵家、五大侯爵家、もちろんフォルセア嬢のお父上もご了承されています」

 フォルセアは娘とはいえ、父侯爵の業務を全て把握しているわけではない。しかも、まだ公表されていない事案なのだ。

 「残念ながら今年度内の告示は無理でしょう。来年度か再来年度に陛下による告示、各部への根回しや人員の確保もあり、本格的な施行はそれ以降となるはずです」

 再来年、それはフォルセアが学園を卒業したその後だ。

 「各部署には優秀な職員は居りますが、全てを引き抜くとその部署の業務が著しく滞ります。少しでもその弊害を減らすために、最初は少数精鋭でこの部門を設立します。私がその責任者に内定しております」

 そこで、ヒュッテは一つ、深呼吸をした。

 「既存の職員以外に新卒で一人、メンバーをと考えた時に貴女が最も適任であると判断いたしました」

 「…その根拠は?」

 フォルセアは身分が立派なだけの極端に魔力の少ない小娘だ。

 何がこの、優秀な女伯の目に留まったというのか。

 フォルセアは悟られぬ程度に身構える。

 ヒュッテはにこりと笑顔を浮かべた。

 「まずは社交性。多くの人々の性格や個性を把握し、円滑にコミュニケーションを取れる人間はそう多くありません。貴女は企画を提案し実行するお力もある。大夜会など、学園で行われる行事の改革をお手伝いなさったそうですね?」

 「当時の学生会から相談され、案を出したに過ぎません」

 確かに、貴族と平民の身分差が顕著になりがちな行事の改革案を相談された。

 中央学園の高等部に入学して間もなかったが、当時の学生会の先輩は社交の一環、茶会などで親しくしている面々だったのだ。

 いくつかの提案が迅速に会議にかけられた後、実現したことはある。

 「学園の何十年もの歴史の中での懸案事項でした。身分差、収入の差。私が在籍していた二十年前ですら棚上げされた問題です。貴女の改革案は我々世代にもかなり知られ、賞賛されているのですよ」

 「…それは、光栄なことです」

 彼女達の話題に上っていることも知らなかった。むしろ、貴族の特権を奪う改革だったという不満の声も上がったのだが。

 「ちなみに貴女の魔力が少ない件は一切ご心配なく。魔道局以外の役人などは、魔力よりも実務を重要視しております」

 魔道局は行政府の中でも特別な機関だ。魔道士の資格を持つ者ばかりで構成される。

 「なるほど、」

 「最後に、大変失礼な物言いですが、貴女のご身分です。貴族だから金持ちだからと無茶を通そうとしてくる短絡的な輩どもを、貴女は身分で殴れるのですよ」

 「身分で殴る」

 フォルセアはつい、繰り返してしまった。

 なんだそれは。

 「とんでもなく強力な精神攻撃ができます。侯爵家の方は我々の更に上、陛下の直属です。行政府の職員で侯爵家出身の方などごく僅かですし、かの方々は身分を盾に無茶を通すことは有りません。そして、貴女も同じであると私は信頼しておりますよ」

 ヒュッテは自信たっぷりに笑みを浮かべた。

 「貴女が私の部下になってくだされば、多くの貴族たちと円滑な交流ができるようになるでしょう」

 円滑な交流、に酷く含みを持たせる言い方だった。

 あえてなのだろう、フォルセアは考える。フォルセアの性格を理解した上で、挑むような提案をしている。

 しかし。

 しかし。

 「…身に余るご提案です。内密を前提としたここだけの場です、正直に申し上げると本当に嬉しい。挑戦したいと思います。…しかし」

 フォルセアは長い息を吐いた。失礼な行為だが、気持ちを切り替える為にも止められなかった。

 「私は卒業後すぐに、父の決めた相手のもとに嫁ぐことになっています。まだ相手が決まったと知らせはありませんが、社交や式典以外で屋敷の外に出ることは許されないでしょう」

 魔力の少ない娘を、両親は本当に大事にしてくれている。また危険がないように、苦労することのないように。

 幼い頃に一度断られてしまった婚約を、両親は仕方のないことだと言う。魔力の少なさを可哀想なことだと言う。

 だから、せめて出来る限り守ろうと。

 もう二度と傷つくことがないように。

 今度こそ幸せに暮らせるように。

 侯爵家の長女としてのお役目を果たせるように。


 (それは、私の考える幸せでは、ないのだけれども)


 この中央学園高等部への途中入学も最後のわがままのようなものだった。

 高位貴族は学園に通わなくても良いくらいの教育を施されるのだから。

 王族も通う事があるため、厳重なセキュリティが施されているこの学園だからこそフォルセアは受験を許された。

 卒業したらすぐに、安全な家に嫁ぐという約束で。

 「折角のご提案ですが、申し訳ありません」

 フォルセアは、出来るだけ何でもないことのように装った。この位のことは朝飯前だ。

 もう、己の処遇についてはしっかりと理解できている(諦めている)。

 「フォルセア嬢のご事情に関しては、職務上それなりに存じ上げております」

 ヒュッテは少し目を伏せる。

 だが、再びフォルセアを見つめる、その瞳はらんらんと輝いていた。

 「それも含めて、ご提案いたします。勿論、他言無用です」

 ヒュッテは扉付近に控えるフォルセアの侍女に視線を向ける。

 「シリス」

 「かしこまりました」

 フォルセアが名を呼ぶと、侍女は、す、と頭を下げる。それを確認して、ヒュッテはまたフォルセアに向き直った。

 「出来るだけ早いうちに、フォルセア嬢が外に出ることを否定しない結婚相手を見つける事です」

 私のように。

 ヒュッテは役者のような仕草で胸に手を当て、口の端を上げる。

 彼女はクレアドール伯爵家の女当主。子爵家の子息が婿入りをしている。

 「私が聞いた話ですと、嫁入り先はフォルセア嬢が望む相手でも良いそうですね」

 「確かに、学園で適した人物が見つかればそれでも良いと言われております」

 人格と実力が伴うならば下級貴族でも構わないと言われている。

 その場合は他の貴族を経由して婿入りさせ、爵位は余っているから良いようにしようと、そんなことすら言われている。

 大事なのはフォルセアが守られる環境を整えることなのだ。それは婚家ではなく、ルドベキア家で十分用意ができてしまう。

 「ルドベキア侯爵が探すよりも先に、お相手を見つけておしまいなさい。確かに、侯爵から許しを得られる人材にはなりますが、フォルセア嬢のお相手です。それぐらいは必須でしょう。行政府では極力危険がないように護衛も手配致しますし、他のメンバー候補もそれなりの魔法の使い手です」

 それに。

 ヒュッテは、ずい、と椅子から体を浮かせてフォルセアに近付いた。

 小さな声。

 「今のフォルセア嬢はもう十分ご自身をお守り出来るでしょう?」

 「…ご存知でしたか」

 「大変失礼なことですが、お誘いする為に、調べさせていただきました」

 先方の悪びれない表情にフォルセアは苦笑するしかない。確かに、必要以上に隠したりはしていない。

 魔力の少なさを補うために、幼い頃のフォルセアは別の努力を惜しまなかったのだ。

 そう。

 かつて、婚約破棄された十一歳のフォルセアは、己の無力さを痛感した。そして、考えて考えて、思い付いたのだ。

 魔力がないなら筋力があるじゃないか、と。


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