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1、侯爵令嬢フォルセア・ルドベキア

 これは魔力の少ない侯爵令嬢が、この国に三人しかいない魔道伯爵に契約結婚を提案して、幸せになる物語。




 (さて、困った)

 侯爵令嬢フォルセア・ルドベキアはため息を吐いた。

 季節は秋の終わり。

 彼女の在籍する王都の中央学園は、秋の定期考査も学生会主導のパーティ大夜会も無事に終わり、あとは冬季休暇を迎えるばかり。

 学園内の生徒たちも晴れ晴れとした表情を浮かべている。

 学園は全寮制とはいえ、長期休暇の際は寮は閉じられる。生徒たちは社交に務めたり帰省するなり旅行に行くなり、思い思いの予定を胸に抱いているだろう。

 そして、彼女も。

 (いや、まいった)

 周囲の目も気にせず、歯で噛むようにまたため息をひとつ。

 五大侯爵家の一角、ルドベキア家の令嬢とは思えない立ち居振る舞いだが、眉を顰める者は今この場には居ない。

 制服のスカートにも頓着せずに長い足を組み、腕を組み、空を仰ぐ。束ねたややくすみのある金の毛先が風に揺れる。どちらかといえば凛々しい顔立ちの彼女には、その姿が妙にしっくりくるのだ。

 それにこの学園の誰よりも身分が高い彼女に苦言を呈する事ができる者も、友人を除いてそう居ない。

 フォルセアは、中庭を行き交う生徒たちがチラチラと視線を向けてくる事も気にせずに、ただただ途方に暮れる。


 (本格的に、結婚相手を探さねば…)


 はあー。

 と、濃い紫の目を細め、冬も間近の高い高い青空に、気の浮かぬ息を吐き出した。



   *



 ルドベキア侯爵家はアルストロメリア王家に仕える五大侯爵家の、第三位に位置する大貴族である。

 公爵家は現国王の弟君と叔父君が当主となる二家しかないので、実質的な貴族としては侯爵が最高位となる。

 そのルドベキア家の長女といえば、少し変わったことで名を知られてしまっている。

 全ての人間が大なり小なり当たり前に魔力を持つこの国に於いて、魔力が極端に少ないということだ。

 様々な名家とそして王家とも姻戚関係にあり、多くの優秀な魔道士を輩出してきた高位貴族にとって、魔力が少ないというのは非常に珍しいことなのだ。

 幼い頃の魔力測定の際に発覚したこの事実に、家族は非常に慌て、そして緘口かんこう令を敷いた。

 高位貴族として生まれたからには、当然負わなくてはいけない役割が存在する。

 国のために、民のために、様々な責務の危険が彼らの身に降りかかる。

 それらから身を守るためにも、魔力の多さというのは必須の条件なのだ。


 それが成せないということは、私たちの娘は命の危険に瀕しても己の身を守れない。

 それに、魔力が少ないことを侮る他の者たちの悪意にも晒されてしまうだろう。


 彼女の両親や当時の侯爵夫妻であった祖父母は、悩んだ末に娘が生まれたことを一時秘匿した。

 もちろん、出生は国へ届け出たし王家や同じ侯爵家には知らせもした。だが、幼い娘を表に出すことはなかった。

 少しでも危険のないように、大切に大切に館の中で育てたのだ。

 だが、その願いも虚しく幼い少女は危険にさらされることになった。

 フォルセア、と名付けられた彼女が侯爵の苦渋の決断の下、初めて社交界に出たのは五歳の時。

 一歳になった弟のお披露目パーティの時だ。

 弟のレイナードは一歳、まだようやく掴まり立ちが出来るくらいの幼さだが、魔力量は侯爵家の跡取りとして相応しいものだった。

 彼にかけられた防護魔法がそばにいるフォルセアも守るだろう。それは大人たちの願い通りになった。

 弟が成長すると共にフォルセアの行動範囲も広がり、友人と呼べるような付き合いも増えていった。

 そして、幼い頃から交流のあったとある侯爵家の夫人がフォルセアをいたく気に入っていたので、息子の婚約者にと望んだのだ。

 縁談はあっという間にまとまり、魔力の少ないフォルセアを守る役割は、弟の他に婚約者の少年も担うようになった。


 だが、それも束の間の話。

 フォルセアを望んだ侯爵夫人が亡くなったのだ。

 夫人の希望で結ばれた婚約は、破棄されることになった。

 魔力の少ない娘では侯爵夫人は務まらないだろう。

 先方からは平身低頭謝罪を受け、賠償金も支払われた。ルドベキア家の侯爵も両親も、仕方のないことだと受け入れ、婚約は円満に破棄された。

 フォルセアはこの時十一歳。

 守られてしまれてきた己がどれほど無力な存在なのかを、とうとう知ってしまったのだ。


   *


 「フォルセア嬢」

 かけられた声に、フォルセアはほんの少しだけ眉を動かした。

 悠然と歩いてくる人物に対し、組んでいた足を下ろして立ち上がる。

 「これはこれは、デューク公子」

 裾を引き、淑女の礼をする。侯爵家の彼女がこうべを垂れる、その相手は隣国の公子。

 デューク・ラスライル。

 半ば無理矢理この学園へ留学しに来た、北の大国ツワンベルの王妹の息子だ。

 ツワンベル王家には王女とまだ幼い王子しか居ないため、彼も王位継承権を有している。

 フォルセアは三年生、彼は二年生と学年は違うがこうやって時折声をかけてくる。

 立場上無視することもできない相手は、フォルセアにとってはやや厄介な人物だ。

 「学園内とはいえ供の方も連れず、どうなされたのです?」

 「西棟の窓から貴女をお見かけしたものでね。走ってきてしまいました」

 「それはそれは、供の方も慌てていることでしょう」

 公子に随伴する護衛への同情をフォルセアは隠さない。失礼にならない程度に周囲に視線を送るが、まだ護衛はこの場所に気付いていないようだった。

 これは、己がしばし彼の側にいるしかないようだ。

 淑女らしからぬ考えだが、紆余曲折あった彼女にはいざという時の対処という力と経験が備わっている。

 「ところで、なぜ私が急いで貴女のもとに来たのか、聞いてはくださらないので?」

 美しい緑の瞳に見つめられるが、フォルセアは動じない。デビューしてよりずっと社交界で揉まれ続けていた侯爵令嬢は、その程度ではびくともしない。

 「お聞きしても?」

 「貴女にこれをお渡ししたくて」

 ポケットから出したのは小さな宝石箱、

さすがの仕草でフォルセアに見えるように、優雅に蓋を開けた。

 金の装飾に縁取られたエメラルドのピアスだ。

 「新年の祝賀会、私にエスコートさせていただけますか?」

 この国、アルストロメリア王家主催の新年祝賀会は一年で最も大きく、権威のあるパーティだ。

 有力貴族や普段は国境を守る辺境伯までも、全てが一堂に会する。

 どうやら招待状は、この他国の貴賓にも届けられたようだ。

 (ふむ、去年はおられなかったが…)

 彼女の知らないところで国情が動いたのだろうか。

 後で父に確認しなければ。と、考えながらも、彼女は表情に笑顔を浮かべた。

 「光栄なことです。が、」

 一呼吸。

 「今年は我が最愛の弟の初めての祝賀会なのです。弟のエスコートを受けると、それこそ去年の会から約束しておりました」

 十四歳になりデビュタントを秋に済ませた弟の、侯爵家令息としての晴れ舞台だ。姉としては全力で応援するつもりである。

 「デューク公子におかれましては大変申し訳ないことでございますが…」

 お断りいたします、と言外に告げて目を伏せた。

 右手を胸に当て、軽く腰を折る。

 凛とした佇まいの謝罪に、さらりと束ねた髪が流れた。

 「なっ…」

 断られるとは少しも思わなかったのだろう。

 まるでお芝居のように口をぱくぱくさせた公子は、引っ込め損なった宝石箱を握りしめたまま動きを止めてしまった。

 (そこそこ気性の荒い方だ。さて)

 何かしらの物言いはあるかと彼女は考えたが、ちょうど良いタイミングで駆けてくる足音が聞こえた。

 「公子!お探ししました!」

 護衛の青年が、制服の裾に土埃が舞うのも気にせずに走ってくる。中々の全力疾走だ。

 チッ、と。

 護衛の姿を認めた時か、小さな舌打ちが聞こえる。公子はようやく箱をまたポケットに仕舞い、まるで何もなかったかのように笑みを浮かべた。

 「残念ですが、よいパーティを。また会場でお会いできるのを楽しみにしております」

 「恐れ入ります」

 己の護衛に一瞥をくれるとデューク公子はまた西棟の方に歩いて行く。

 呼吸を整えていた護衛は、フォルセアに一礼するとまた、その背を追って行った。

 (やれやれ)

 ご苦労なことだ。

 フォルセアは苦笑する。あれは後で公子に八つ当たりでもされるかもしれない。

 と、実直そうな護衛に同情する。

 確か公子より三歳年上のあの青年は、急に留学を希望した公子に付き添うために試験を受け、同じ二年生のクラスで生徒となっているのだ。

 よく知らぬ外国で、他の護衛も居るとはいえ、公子を守らなければならないのは中々の心労だろう。

 同情はすれども手助けをする義理はなく、去っていく後ろ姿にふう、と息を吐いた。



 「終わりましたの?」

 タイミング良くかけられた声に、フォルセアは破顔する。

 「ああ、終わった。待たせたな」

 フォルセアのそばに来たのは一組の男女。

 濃紺の瞳、ゆるく波打つ濃いブルネット。可愛らしい容姿だがややきつい目元をした小柄な女性はフリージア・ベルツ伯爵令嬢。

 空のような青い目、アッシュグレイの髪色の堂々として精悍な顔立ちの背の高い青年は、学園初の傭兵出身の生徒であるオルソー・トラジア。

 二人ともフォルセアの親友だ。

 フォルセアは先程それとなく周囲を探った時に、離れた所から彼女たちをうかがっていたのを見付けていた。

 「あの公子さんはなんの用だったんだ?」

 「何か渡そうとしていましたわね」

 オルソー、フリージアの問いにフォルセアは肩をすくめる。

 「新年祝賀会に一緒に行こうと誘われてな。見事なエメラルドのピアスだったが、まあ、お断りした」

 「貴女ピアスの穴を開けていませんものね」

 調べもしなかったのかしら。見ればすぐに分かるのに。

 すぱんと切り捨てるフリージアの舌鋒は相変わらずだ。

 「ピアスが付けられねぇから断ったのか?」

 「いや、弟のエスコートを受けると約束してるんだ。最優先事項だよ」

 「成程、そりゃ大事だ」

 オルソーは平民出身だが親友の家庭事情くらいはそれなりに知っている。それにルドベキア侯爵家の家族仲の良さは有名だった。

 「デューク公子も招待されたのですわね」

 「そのようだ、何か伝手ができたか、本国での発言権でも上がったか」

 しばらく考え込んだフリージアは、この学園きっての才媛だ。

 中等部に入学した時から全ての学科試験で首位を飾っている。

 「彼の国の第一王女の苛烈な政策提案は新聞にも載っていましたが…」

 「おい。お前ら、俺に聞かせていい話しかするな」

 二人の令嬢の顔の前に大きな手のひらを差し込み、オルソーは眉を寄せる。中央学園に在籍しており魔力も多い優秀な生徒でもあるが、彼はあくまで平民。

 貴族間の政治の裏事情などには全く精通していないし、場合によっては知ることも許されない。

 はた、とフォルセアとフリージアは目を瞬かせ、苦笑した。

 「噂話など、不躾だったな」

 「人避けもしていません、はしたなかったですわね」

 止めてくれて感謝する。

 フォルセアは屈託なく笑う。

 学園外では決して許されないことだが、今のこの三人に身分の差はないのだ。フォルセアはつい気を抜いてしまう自分を可笑しく思う。

 「さあ、早く図書室に行きましょう」

 放課後、都合が付けば三人は勉強会をする。約束の時間はもう過ぎていた。

 「後は冬休みだからと、気を緩める訳には行きませんわ!」

 きりりと宣言してフリージアは踵を返す。ハーフアップのブルネットがふわりと揺れてとても優雅だ。

 「可愛いだろう、私の親友なんだ」

 「当たり前だろう、俺の恋人だ」

 フリージアの背中を見つめながらフォルセアは自慢げに言うと、オルソーもすん、と真顔で返す。

 「オルソー、お前、腹を決めたらすぐに言うんだぞ。最終手段で私のはとこ位にはしてやれるからな」

 「おう、どうしようもなくなったら頼むぜ」

 平民と伯爵令嬢だ。どうあっても未来はない。オルソーはそれを覆すために鋭意努力中であった。

 「とりあえず騎士試験だ」

 「そうだな。推薦は任せろ」

 「頼む」

 オルソーもフォルセアも、未来のために使える物は何でも使う覚悟をしている。

 「で、お前は何でこんな所でたそがれてたんだ?」

 先へ行くフリージアの背を追いながら、二人はゆっくり歩き出す。

 長身の二人はすぐに追い付くことはしない。可愛らしい令嬢の後ろ姿を堪能するためだ。

 「ああ、」

 フォルセアは肩をすくめた。

 「結婚相手を探さなくてはいけなくなった」

 できれば、今の三年生のうちに。

 「は?」

 オルソーの裏返った声が、中庭に響いた。

 

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