14、新年祝賀会1
「お姉さまきれいです!」
「お姫さまのようです!」
興奮する妹たちにフォルセアは笑みを浮かべる。この場合のお姫さまというのは、おとぎ話に出てくる存在のことだ。
「ありがとうエリシア、リディア」
光栄だと、フォルセア完璧な淑女の礼を見せる。膝を曲げ片足を引き礼をする。引かれたドレスがふわりとなびく。
それだけでまだ幼い気質の二人は喜んだ。
とうとう、年が明けた。
暦の上では今日から新しい年が始まる。
父侯爵は朝から新年を祝う式典に出席しており、昼前に帰宅した。
フォルセアは母と弟と共に、朝からずっと夕方から始まる祝賀会の準備だ。
朝から風呂に入り髪を結い化粧をする。わずかな昼食をとり、他の令嬢と比べると乏しい肉をコルセットで締め上げられドレスをまとった。
あとは出発まで自室でひたすら待機だ。化粧もドレスも、絶対に崩してはいけない。暇を持て余すフォルセアに、にぎやかな妹の存在はありがたかった。
「お姉さま、今日はラングルトお義兄さまと踊るのですよね!」
もう兄と呼んでいるのか。
妹の気の早さにフォルセアは苦笑する。
「そうだな、踊ると思う」
「ならイクシオさまとは踊ってはだめですよ!」
「なぜだ?」
リディアの言葉にフォルセアが驚くと、エリシアが怒った顔をする。
「ラングルトさまがいるのに、イクシオさまと踊っちゃだめです、浮気です!」
「シー、だ。エリシア。そんな言葉を使ってはいけない、母上に聞かれたら大変だ」
どこからそんな言葉を仕入れたのだ。
フォルセアは思わず周囲を確認する。扉近くに控えるメイドたちが気まずそうにしている。
「お前たち、内緒だぞ」
「かしこまりました」
すぐにメイド達の返事がある。
「…うわき、いや、二心などではないぞ。イクシオとは毎回踊っておかないと周りが余計な気を回すんだ」
「それでもです!」
「ラングルトお義兄さまが傷付いてしまいます」
訴える妹たちは一生懸命だ。ラングルトはよほど彼女たちのお眼鏡にかなったらしい。それはとてもありがたいことだが…。
「こら、二人とも。姉上を困らせるんじゃない」
にぎやかな声を聞きつけたのだろう。レイナードが入ってくる。
兄の姿に、双子は歓声を上げた。
「お兄さま!素敵!」
「格好いいです!」
拍手までしている。フォルセアも笑みを浮かべた。
十四歳の秋にデビュタントを済ませたレイナードの、初めて出席する公式の行事だ。母たちが張り切って準備しただけのことはある。
「よく似合っている、レイナード」
「みんなありがとう」
照れる仕草はまだまだ幼いが。
姉弟の持つ濃い紫の目に合わせた落ち着いた色の衣装には髪の毛と同じ金の刺繍が施されていて、優しい顔立ちをした弟がキリリとして見える。
背筋をしっかり伸ばしてから、レイナードは紳士の礼をして見せた。久しぶりに付けているフォルセアと揃いの腕輪が、袖から少し覗く。
「姉上もおきれいです」
「ありがとう。そう言ってもらえて一安心だ」
フォルセアの装いも、弟に合わせて淡い紫のふわりとしたシルエットのドレスだ。裾には金の刺繍糸で宝石のようにカットされたビーズが美しく縫い付けられている。女性にしては背が高くスラリとしている体型のフォルセアが、今まで選んでこなかった形の衣装だ。
これに合わせるために、少ない脂肪と肉を胸まで思い切り手繰り寄せられ、切れ長の目尻がやや垂れ目になるように、熟練の技のなせる化粧を施されている。
少しでも可憐に見えるようにと薄い唇にもぽってりと紅を乗せられているので、今日はもう飲食厳禁だ。
「皆に頑張ってもらった甲斐がある」
ちなみに、フォルセアよりもまだ少し背の低いレイナードに合わせて靴もぎりぎりまでヒールの低い物を履いている。母に抜かりはない。
「ダンスの練習はもう大丈夫か?」
「はい。たくさん付き合っていただいてありがとうございました」
昨日の夜遅くまで二人でダンスの練習をした。普段寮生活でなかなか姉らしいことができないフォルセアは、弟の願いに喜んで応じたのだ。
「私たちも早く行きたいです」
「二人はあと三年だね」
拗ねるような声音の妹たちをレイナードが宥める。今年は彼も中央学園に入学するので家を離れるのだ。二人からは色々なことを羨ましがられている。
「お嬢様、若様、そろそろご出発のお時間です」
ノックとともに、シリスが知らせた。
「では、ええと、姉上、どうぞ」
「おや」
手を差し出してくれたレイナードにフォルセアは目を見張る。なんと今からエスコートをしてくれるらしい。
「今日は僕が姉上をお守りしますので」
「頼もしいな」
フォルセアが幼い頃、まだレイナードが赤子の時から彼を経由してフォルセアは守護されていた。
フォルセアが大きくなり自分で自分を守れるようになっていき、そしてシリスが側に付くようになったことでレイナードの役目も半ば終わったが、彼は誰よりも自分が姉を守るという自負が強い。
弟の腕に自分の手を添え、玄関までの道を進む。先に待っていた両親が、子供たちの姿に笑顔を浮かべる。
「いってらっしゃいませ」
「お話聞かせてくださいね!」
エリシアとリディアが手を振って見送ってくれた。
*
夕方とはいえ冬の最中だ、周囲はもう薄暗い。しかし新年を祝う王都市街は数多の光に照らされている。
光の道の中を行くように馬車は王城へ続く大通りを進む。広大な敷地を持ち多くの建物を有する、その全体を王城と呼ぶが、実際に王族と公爵家が住む場所と今回の夜会の会場は違う。
巨大な城門をくぐっても、大舞踏会場にもなる宮殿博物館へは距離が遠いので正装した人々では馬車でないととても辿り着けない。
招待客たちの馬車が列になっている。石造りの大きな宮殿博物館は普段の荘厳な佇まいから、華やかな物へ装飾が施されている。数多くの光が建物を包んでいた。
「さて、レイナード」
馬車の中で父ライゼルが息子を呼ぶ。
「馬車を降りればお前は次期ルドベキア侯爵として振る舞わねばならない。分かっているね」
「はい」
レイナードは真剣に頷く。
午前中の式典とは違い祝賀会は華やかな場だが、招待されるのは有力貴族や他国の外交官、大商人などだ。多くの人間がレイナードを値踏みすることだろう。
「さあ行こうか」
ライゼルが笑みを浮かべ、従者が開けた馬車の扉から降りる。妻アニエスに手を差し伸べた。
両親が馬車から降りたら今度はレイナードの番だ。父の動きをなぞるようにフォルセアに手を差し出す。
「姉上、どうぞ」
「ありがとう、レイナード」
普段よりもふわりとしたドレスだ。フォルセアは慎重に馬車を降りた。
さあ、弟の晴れ舞台だ。
場外の案内役に連れられて、両親に続いて会場へ歩いて行く。大きな扉が開かれると、次に夜会案内役がよく通る声で告げた。
「ルドベキア侯爵ライゼル様、侯爵夫人アニエス様御来場でございます」
続く。
「ルドベキア侯爵御令息レイナード様、御令嬢フォルセア様御来場でございます」
レイナードはフォルセアの歩幅に合わせ、すでに来場している招待客の視線の中、しっかりと丁寧に歩みを進める。光を反射したシャンデリアのきらめく光が会場を照らす。
レイナードがデビュタントを経て最初のお披露目だと知っている人々が拍手を送ってくれる。
フォルセアはレイナードに微笑みかけた。
「誇らしいよ」
「まだまだ始まったばかりですよ、姉上」
気の早い姉の賛辞にレイナードは苦笑した。
両親の元まで歩き終えたフォルセアとレイナードに、給仕がグラスを渡す。デビューしたとはいえまだ二人は飲酒が許される年齢ではない。
シャンパンに色を合わせた、果物のジュースだろう。しかし化粧を守るフォルセアは飲むふりしかできない。
近くにいる知人たちと会話を始めた両親を、レイナードは失礼にならないように気を付けながら眺めている。
彼なりに社交界の習いを学んでいるのだろう。さわさわと、小声ながらも多くの人々の会話が重なる。その最中でも、何名かの賓客の名が案内役によって知らされ、その度にざわめきや拍手が起こった。
「フォルセア様」
聞き慣れた声が、慣れない敬称を付けてフォルセアを呼ぶ。仕方がない、ここはある程度の自由が許される学園ではない。
「フリージア様」
多くの人が集まる場だ。
注目を集めぬようにゆっくりと近付いてくる親友に、フォルセアは笑顔を向ける。
「お会いできて光栄ですわ、フォルセア様。レイナード様にもご挨拶いたします、フリージア・ベルツでございます」
「ありがとうフリージア嬢、僕も久しぶりにお会いできて嬉しく思います。どうぞ楽にして下さい」
淑女の礼をとり、頭を下げていたフリージアは、レイナードの許しを受けて顔を上げる。
フォルセアと視線を交わしてにっこりと笑った。
(オルソーに見せたかった…!)
フォルセアは内心で悔しがる。
小柄なフリージアがまるで花の妖精のようだ。ふわりとした水色のドレス、銀の細工にはめ込まれた青い宝石のネックレス。
オルソーの髪と目の色だと気付けるのは学園に在籍するわずかな者とフォルセアだけだろう。それがもどかしい。
「すごくきれいだ」
オルソーの分も含めて感想を告げると、フリージアは少しはにかむ。
「ありがとうございます。フォルセアもとても素敵ですわ。いつもと違う印象ですわ、お化粧が、」
「フリージア」
フリージアの声が途切れる。さわさわと、人々がざわめいた。
「先に行かないでください」
妹のもとへゆっくりと、長身の青年が歩いて来る。濃紺と銀の刺繍が施された漆黒の衣装、魔道伯爵にのみ与えられる勲章が左胸に。
目立たぬようにと歩いて来てくれたフリージアの努力も虚しく、人々の集まりが彼に道を譲るようにぱっと割れた。
(これが魔道伯爵の人気というものか)
実のところ、フォルセアが公式の場できちんと彼に会うのは初めてなのだ。女性たちが頬を染め、ラングルトに熱い視線を送っている。
「お兄さま…」
周囲の反応に、フリージアは肩を落とした。仕方がないとはいえ、目立っている。
まだ公表されない、つい先日結ばれたフォルセアと兄の婚約。
周囲から不審がられないように、自分がそれとなくフォルセアと兄を近付けようと思った矢先に、…兄の方から来てしまった。
夜会を厭いほとんど出席せず、仕事相手以外のしかも女性とはほとんど関わろうとはしないラングルトが急にフォルセアに話しかけでもしたら。
周りはどう思うであろうか。
ましてやここは夜会。そのままダンスになど誘おうものなら、明日のゴシップ紙の一面を飾りかねない。
兄はその辺りにまったく頓着しない。そして、フォルセアもその辺りの機微に疎いところがある。
近付いてくるラングルトを見上げ、フォルセアが声をかけようとしているのがフリージアには分かった。とっさに親友の手を取って握り込む。
「フォルセア様、兄が来ましたわ、レイナード様にご紹介してもよろしいかしら」
一言一言を意識してフリージアが告げるとフォルセアが不自然な瞬きをした。『設定』が通じたようだ。この親友は察しはいいのだ。
『フォルセアはフリージアを通じてラングルトとは知己である。レイナードとは初対面』。
「レイナード」
フリージアに頷いて、フォルセアは隣の弟に声をかける。
ラングルトが到着した。周囲の視線を引き連れて。
フォルセアしか見ていない様子の兄にフリージアはひやひやするが、そこはフォルセア。
スイッチが切り替わった歴戦の侯爵令嬢は頼もしかった。
「ベルツ魔道伯爵様、お久しぶりでございます」
普段のフォルセアとはまったく違う、たおやかな笑顔、淑女の話し方。声のトーンも少し高く、細い。
そ、と片手を差し出したフォルセアにラングルトも立ち止まり、恭しくその手を取った。理解したようだ。
「ご無沙汰しております、フォルセア様。お会いできて恐悦至極に存じます」
ラングルトが手の甲に口付ける振りをすると、フォルセアの手がラングルトからふわりと離れた。優雅な仕草で、弟を呼ぶ。
「ベルツ魔道伯爵様、弟をご紹介しても?」
「はい」
フォルセアはレイナードの名を呼んだ。
「レイナード、こちらは私の友人フリージア様の兄上、ベルツ魔道伯爵様ですよ。魔道伯爵様、私の弟、ルドベキア家嫡男レイナードです」
「魔道伯爵位を賜っております、ラングルト・ベルツでございます。レイナード侯爵令息様に御挨拶申し上げます」
「レイナード・ルドベキアです。ベルツ魔道伯爵のご高名はかねがね聞いておりました。お会いできて嬉しく思います」
(満点ですわ、レイナード様!)
何の打ち合わせもなく応じてみせたレイナードに、フリージアは内心で拍手喝采を送る。さすがルドベキア家の嫡男だ、何ともそつがない。
レイナードがラングルトに握手を求めている。先日の屋敷でも同じことをしていたが、とても嬉しそうだ。
多くの少年たちが国内最強と名高い魔道伯に憧れるようだが、彼もなのだろう。
子供たちの様子に気付いたようだ、ルドベキア侯爵夫妻がフォルセアたちの所へ歩いて来る。
「これはベルツ魔道伯爵、今朝ぶりだな。フリージア嬢もよくおいでになった」
王家主催の新年祝賀会だが、侯爵家も采配を手伝うため、つい招く側の口調になってしまう。
ライゼルとアニエスが話しかけることで、周囲の視線はラングルト達から逸らされることになった。さすがに侯爵夫妻の言葉を堂々と観察する不心得者は居ない。
ルドベキア侯爵家とベルツ魔道伯爵が親しいようだと、それが伝われば大成功だ。
形式上の、ルドベキア家とラングルトの顔合わせが無事に終わった。
達成感がすごい。
フリージアはフォルセアと笑みを浮かべ合った。




