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10、ルドベキア侯爵邸1


 ラングルトの訪問のことを父、ライゼルから問われるかと思ったが、ラングルトたちと喫茶店で会った日も、またその次の日もフォルセアは父から何も言われなかった。

 王城での業務も、行政府と同じく23日までだ。例年ならば終業日までの数日間は早いめに帰宅をして新年の式典などの準備をする父侯爵なのだが、今年はそうではないようだ。

 帰宅も遅く、家族揃っての食事も朝しか出席しないので、落ち着いて会話をすることもできない。

 ラングルトのことを問われた場合、どのように説明するべきかとやや身構えていたフォルセアは少しばかり安堵してしまう。

 ただ、珍しい時期に忙しくする父に別の不安を覚えた。王城で、何かあったのだろうか。

 (そういえば、デューク公子のことも聞きそびれていたな)

 隣国ツワンベルの公子が急に新年祝賀会への参加を認められた経緯も、知っておいた方が良い気がするのだが。

 (とりあえずは、)

 今日だ。

 ラングルト・ベルツ魔道伯爵がルドベキア侯爵邸を訪問する日だ。

 今日を無事に乗り越えなくては祝賀会どころではない。

 客人を迎えるためにフォルセアはドレスも用意され、軽く化粧も施される。

 魔道伯爵の訪問は家族にも伝えられていた。会いたいとねだる弟妹をかわしながら、フォルセアは父の執務室に行く。

 今日から父も冬季休暇となる。昨夜も帰宅が遅かった父は、やや疲れたような顔をしていた。

 「父上、まだ時間もありますし少しお休みになられてはいかがですか」

 「フォルセアか。いや、大丈夫だ」

 娘の心配に、ライゼルは軽く手を上げる。

 「それよりも、ベルツ魔道伯の訪問の理由を、もちろんお前も知っているのだろうね」

 さすがに問われないわけがなかった。

 訪問の際にフォルセアの同席も求められたのだから、彼女も当事者であると言っているようなものだ。

 「知っていますが、もう当日ですし、できればベルツ魔道伯爵からお聞きください」

 何か齟齬があると後でややこしくなってしまう。フォルセアは控えめにごまかしてみせた。

 「父上は魔道伯爵の事はよくご存知なのですか?」

 「魔道伯爵位の選定の時に関わったね、後は陛下への報告の際に顔を合わせるくらいか。評判や実績は多く届いているよ、優秀な人材だ」

 「そうでしたか」

 「お前の友人が、彼の妹君だそうだね」

 「ええ、フリージア嬢です」

 「学園の長い歴史の中でも際立って優秀なのだろう?」

 「はい、中等部の時から試験で首位を取り続けているので、今年から学生の中では殿堂入り扱いになっています」

 つまりフリージアはどうあっても一位なので、二位の生徒が実質一位という謎のランキングだ。もちろん、生徒たちの冗談ではあるのだが。

 嬉しそうに話すフォルセアに、ライゼルも笑みを浮かべる。

 侯爵夫妻はフォルセアの懇願でしぶしぶ学園の受験を許したが、合格する事はないだろうとも思っていたのだ。ほとんどの生徒が中等部から進学する中で、高等部への途中入学は枠が少なく倍率も高い。

 見事合格してみせた娘に、ライゼルは手放しで祝福することはできなかった。魔力が少なく、危険から身を守れない娘を心配する気持ちの方が強かったためだ。

 だが、フォルセアは迷うことなく中央学園に入学し、寮に入ってしまった。

 それから約三年、四年制の学園生活も残すところ一年となるが、フォルセアは本当に楽しそうに学園のことを話す。おかげで、学園に通う必要のない幼い次女三女も将来は学生になると息巻いているので、父としては複雑だ。

 執務室の扉がノックされ、家令がベルツ魔道伯爵の来訪を告げた。ルドベキア侯爵邸の門を馬車がくぐったようだ。

 「第一応接室にご案内いたします」

 「分かった」

 家令と父のやりとりに、フォルセアは少し緊張した。

 第一応接室は貴賓客を招く部屋だ。基本は王家や侯爵家、辺境伯家を招くために用意をしてある。ラングルトはそのレベルだと判断されたことになる。

 「私は玄関にお迎えに参ります」

 「いや、お前は私と一緒に部屋で待ちなさい」

 家令に案内させよう、とライゼルは娘を制する。フォルセアは「分かりました」と頭を下げた。


 「ベルツ魔道伯爵がいらっしゃいました」

 家令に案内されて、ラングルトが応接室に入室する。

 ライゼルはソファから立ち上がり、賓客を迎えた。フォルセアも父に倣い立ち上がりドレスの裾を引く。

 「ルドベキア侯爵閣下、本日はお時間を下さり感謝申し上げます」

 す、と胸に片手を当てラングルトは頭を下げた。

 本来ならばベルツ伯爵家は侯爵家に招かれるほどの家格ではない。だが、魔道伯爵ともなればその限りではないのだろう。

 王家にすら招かれるほどの貴重な実力があるラングルトは、それなりに場慣れもしているようだ。

 フォルセアが緊張を隠しながら見つめる先で、相変わらずの淡々とした声音だった。

 「ようこそ、ベルツ魔道伯爵。わざわざご足労いただき感謝するよ」

 父侯爵の言葉の後、家令がラングルトをライゼルの向かい側のソファに案内すると、ライゼルとラングルトは順に腰掛けた。

 フォルセアは父のソファの後ろに控える、するとラングルトがこちらを見てくれた。

 同じ作戦を遂行する同志だ。

 フォルセアが父から隠れるように笑顔を向けると、ラングルトも小さく頷いてくれた。

 (ラングルト様にすべてお任せするのは心苦しいな…)

 だが、この場でフォルセアが何かをする方がラングルトの邪魔になってしまうだろう。

 フォルセアは心の内でただただ祈り応援する。

 「お待たせいたしました」

 扉がノックされ侍女が扉を開けると、フォルセアの母アニエス侯爵夫人が入室する。母も同席するとは知らず、フォルセアは目を大きくする。

 これは本当に、自分たちの目的を悟られているのかもしれない。

 「遅かったね」

 ライゼルの言葉に、妻アニエスは苦笑する。

 「エリシアとリディアがお客様に興味を持ってしまって。同席したいと言い出したので、部屋に押し込めてきたのですよ」

 好奇心旺盛なフォルセアの妹の双子だ。ライゼルは「まったく、あの子たちは」と困ったように呟く。

 「お待たせしてしまい申し訳ありません、ベルツ魔道伯爵様。ルドベキア侯爵の妻、アニエスと申します」

 「お目に掛かれて光栄です、ルドベキア侯爵夫人」

 優雅な淑女の礼に対し、ラングルトは立ち上がり、紳士の礼をする。ライゼルの隣に腰掛けるアニエスを待って、ラングルトは再びソファに着席した。

 アニエスの侍女が紅茶とお茶菓子を並べていく。侯爵夫妻が紅茶を口にするのを待って、ラングルトは一口、紅茶を飲んだ。

 「さて」

 ライゼルがラングルトへ視線を向ける。珍しく早急な態度だ。ラングルトも分かるのだろう、ティーカップをソーサーに置く。

 「ベルツ卿、この度の来訪の要件を聞かせていただこうか」

 アニエスも膝に手を置きラングルトを見つめる。

 フォルセアの心臓が忙しなく動き始めた。ドレスの前で組んだ手のひらに力が入る。

 ラングルトも背筋を伸ばした。


 「ご令嬢フォルセア様との結婚の、お許しをいただきに参りました」


   *


 (言った…)

 立ち上がったラングルトが頭を下げる。伸びた背筋、それはもう見事な角度に折れた姿勢。背の高いラングルトの請う姿はとても迫力があった。

 (とうとう、)

 フォルセアは心臓が跳ねた。

 その後、鼓動が止まってしまうかと思った。手首の脈を確認してみる、大丈夫だ、生きている。

 自分から仕向けた事なのだ、こうなる事は分かっているはずだった。

 だが、いざラングルトが両親に結婚を願ってくれる姿を見て、途方もない罪悪感が襲ってくる。

 自分はとんでもない事をしてしまったのではないか。

 脈に置く手に、力が入る。

 爪が皮膚に強く当たった。

 「まあ、まあ、ベルツ魔道伯爵様…!フォルセア、あなたは知っていたの?」

 小ぶりな扇で口元を隠し、それでも興奮した様子でアニエスは娘を振り返る。母の様子に、フォルセアは少しだけ思考が冷える。

 (母上は何も知らなかったのか)

 つまり、ベルツ魔道伯爵の来訪に関して、父侯爵は推測を母に共有していなかった。確信がなかったのか、母の反応を確認したかったのか。

 (最初から反対するのならば、あらかじめ母上にも告げてあったはずだ)

 その確信が、フォルセアの背中を押す。

 「黙っていて申し訳ありません、ラングルト様とは、その、親しくさせていただいております」

 お付き合いをしている、というのは良くないだろう。両親に無断でそのような行為をするべきではない。

 言葉を選ぼうとして、少しおかしな言い回しになってしまったかもしれない。

 「フリージア嬢の兄君なのです、信頼できる方ですし、ちゃんとお会いする時はフリージアもシリスも同席していましたのでご安心下さい」

 やや早口で言葉を重ねる。

 「そういう事を聞いているのではないのよフォルセア」

 娘のやや見当はずれの返事に、アニエスは興奮を抑えて呆れた表情をする。

 「まったく、フォルセアったら…でも仕方ありませんね、…あなたですもの」

 さあ、こちらにいらっしゃい。

 アニエスは娘を自分の隣、一人掛けソファに座らせる。ラングルトが近くなる。

 ラングルトはまだ懇願の姿勢のままだ。ルドベキア侯爵が何も返事をしないからだ。

 「あなた」

 アニエスが夫を呼ぶ。そこでようやく、ライゼルは口を開いた。重い声だ。

 「顔を上げなさい、ベルツ魔道伯爵」

 「はい」

 ゆっくりと、ラングルトは頭を上げる。背の高い青年を、ルドベキア侯爵夫婦は見上げた。

 「お掛けになって」

 アニエスの声に、「失礼いたします」と、ラングルトは再びソファに座る。

 父と比べると、母の態度はかなり好意的に見える。

 「ラングルト様」

 そっと小さな声で呼ぶと、ラングルトはフォルセアの方を見て小さく頷く。「まあ」二人の様子に、アニエスが呟いた。

 「…フォルセア、ベルツ卿の言葉に相違ないか」

 お前はきちんとこの事態を理解しているのか。

 と、言外に告げられる。

 「はい、もちろんです。これほど嬉しく、光栄なことはありません」

 フォルセアは即答する。少し気がはやったかもしれない。

 「では、お前から見てベルツ魔道伯爵はどのような人物だ」

 す、フォルセアは背中に力を入れた。父の目をまっすぐに見る。

 「素晴らしい方です。言動に嘘や飾りはなく、ご自身のお仕事にも誇りを持っていらっしゃいます。お話ししていても、淡々とした少し冷たい方かと思ったのも最初だけで、短い言葉でもちゃんとこちらのことを思った返事をしてくださいます。私の顔を見てしっかりと話をしてくださいます。妹君との会話も愛情に溢れていて見ていて本当に心癒されますし、その輪の中に私も入れてくださるのです。私とフリージア嬢が二人で話しだしても、不機嫌になることもなく優しく見守ってくださいます。先日知ったのですが、ラングルト様はとてもたくさんお食べになるのです。あの量の食べ物がラングルト様の口に吸い込まれていく様は圧巻で、なんといいますか、ずっと見ていても飽きないと失礼ながら考えておりました。おいしいものをいっぱい食べて頂きたい衝動に駆られます」

 「フォルセア、その辺で」

 わずかに呆れを含んだ声音で母に制される。

 身振り手振りで伝えていた手を押さえられ、フォルセアは浅い呼吸を繰り返した。つい、話し過ぎたかもしれない。

 「まるで演説だな」

 ライゼルも困ったような声音を出す。

 先程までの父の重苦しい姿は、演じていただけなのだろうか。

 「申し訳ありません。つい力が入ってしまいました」

 「まったく、我が娘ながら…」

 ライゼルはラングルトに向き直る。

 「さて、ベルツ卿。このように、なかなか奇特な娘だが、…なぜフォルセアを選んだのか、お聞きしてもよろしいか」

 「はい」

 ラングルトは頷く。

 すう、と深く息を吸った。

 「フォルセア様はとても清々しい方です。常に笑顔を絶やさず、身分が下の者にも分け隔てなく大らかに接しておられます。少しお会いしただけでも、フォルセア様のお人柄の良さはすぐに分かりました。自分にできることならばと力を尽くして周りを助けるお姿は凛々しく、これ程までに見事に貴族たらんとしていらっしゃる方は見たことがありません。人見知りで友人の居なかった妹に気を配っていただき、ふさぎ込んでいた妹は驚くほど元気になりました。兄としても感謝の言葉もございませんし、フォルセア様の惜しみない明るさと優しさに私自身救われる思いがします。また、堂々とした振る舞いをなさるフォルセア様が、時折驚いたり不意を突かれたりして目を大きくなさる表情や、貴族然とした笑みから一転して破顔なさる様はとてもおかわいらしいと思います。願わくばフォルセア様のそのようなお姿を長くおそばで見ることができればと願っております」

 一呼吸。

 「このほど、妹よりフォルセア様が学園を卒業された後はお父君のお決めになった男性の元に嫁ぐことを聞きました。今までのようにフォルセア様とお会いすることも、お姿を見ることも難しくなるということに耐えられず、先日フォルセア様に結婚を申し込み、そして本日、侯爵閣下にお許しをいただきに参った次第です」

 言い切ったラングルトは、再び一礼する。

 「ふむ、こちらはまるで研究発表会のようではあるが…娘にはそうではないらしい」

 ライゼルの言葉にラングルトはフォルセアの方を見る、と。

 「フォルセア様」

 「いえ、ラングルト様、申し訳ありません、なかなか、その、照れるものですね」

 耳と顔を赤くしたフォルセアが、途方に暮れたように笑みを浮かべていた。

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