16本目
「偽札?」
探偵多々木は聞いた。青木という青年がどんどん話を進めるので、正直、ついて行くのに必死だった。
「偽札と言っても新聞紙を紙幣サイズに切り揃えただけの、ちゃちな代物ですけどね」
青木は苦笑しつつ言った。
「その新聞の切れ端のなかに、偶然事務所の広告が混じっていたと?」
「オレには偶然とは思えません。世界線を移動したあと、オレの部屋に置かれていた唯一の異物が偽札の束でしたから、それをしらべない手はないでしょう。しかも広告記事には電話番号のところに、赤ペンで丸まで付けられていた」
探偵は生唾を飲み込んだ。すべてが出来すぎている。過去改変に世界線の移動、そんなことが現実にあるのか……。
「その偽札の束に心当たりは、あるのかね」
「ありません。ただ、」
そして青木は、水戸かず子という謎の女のことを探偵に話した。
彼女は青木に荷物を届けることが任務だったそうだが、それが偽札の束だったかどうかは確証が得られていないという。
「水戸さんて女性は、どうなったの」
「わかりません。まさか、こうなると思ってなかったから」
「こうなる、とは? ……あ、そうか」
SF大好きっ子、じゃなくて中年の多々木は合点が行った。
あのメールの内容が本当で、かつ青木がその警告に従ったのであれば、世界線の移動は回避できたはずである。
「きみは、あのメールの警告に従ったんだよね」
「もちろんです。オレは、いやオレたちは、部屋のものにはいっさい手をつけずにそこを出ました」
ふとあることに思い至った探偵は聞いた。
「部屋を出るとき、鍵はかけた?」
「かけませんでした。オレが部屋から持ち出したのはこのスマホだけです。財布すら持たなかった」
「なぜ……」
聞かれた青木は、山田一郎という存在について探偵に説明した。あちらの世界線において、山田が青木に取って代わるダミー的存在だったことを。
「ふうむ、これはエグイ」多々木は唸った。「だが、その不用心が祟ったようだ。誰かがきみの部屋に侵入し卒業アルバムをひらいた。そしてトリガーが発動した……そうとしか考えられない」
「オレがアルバムをひらかなくてもトリガーが発動するなんて、正直、その発想はなかったです」
「まあ、そうだろうな。だがこの仮説が本当だとしたら、その侵入者はだいぶ悪意があるな」
「ですね。侵入者は意図的にオレをもとの世界線に戻した。死の運命が待っている、この世界に」
言って青木はうつむいた。悔しそうだった。
「よしっ、ビジネスの話と行こうじゃないか」
ことさら明るいトーンで探偵は膝を叩いた。
「これからむこう1ヶ月、ボクがきみに付いてあげよう。報酬は前金で20万円。もしきみがデッドラインの5月2日を無事にやりすごせたら、成功報酬として80万円上乗せして合計100万円だ。どうだ、安いものだろう」
「……わかりました。背に腹は代えられません、お金は何とかします」
「商談成立だな」
探偵はうれしそうに親指を立てた。




