15本目
「お電話ありがとうございます、多々木探偵事務所です」
事務所の紅一点にして所長以外では唯一の職員である若林芽衣が、いつもの明るいトーンで電話に出た。2017年4月1日のことである。
「……もしもし、青木という者ですが。多々木さんは、いらっしゃいますか」
「所長はいま外出しております。お昼頃には戻る予定ですが……ご新規のお客さまですか?」
「ええ」と電話のむこうの男は低い声で言った。「至急、相談したいことがあって」
「本日13時からであればご予約が可能ですが、ご来社されますか?」
「伺います。そちらの場所をおしえてください」
青木氏に事務所の場所とアクセスを伝えたあと、受付担当の若林ですと言って芽衣は電話を切った。
それからホワイトボードに13時、青木氏来社と書く。商売繁盛、まことにけっこう。
所長の多々木からラインがあり、お弁当を買って帰るが若林くんは何がいい? とのことだったので、からあげ弁当でと彼女は返信した。
正午ちょい前に多々木は弁当持参で帰社した。
「おかえりなさい、所長。13時から予約が1件入ってます、来社です」
「ああ、そう。やっぱ新聞広告の効果かな、うちが多忙なんてめずらしい」
「いま、お茶を淹れますね」
いつもどおりのランチタイム。多々木がのり弁で芽衣がからあげ弁当というのも、これまた定番だった。
13時きっかりに青木と名乗る青年は事務所へやってきた。
「所長の多々木です。どうぞ、おかけになってください」
型どおりのあいさつをし探偵は名刺をわたす。シンクでは芽衣がお客に出すお茶を用意しているところだ。
「多々木さん。これからオレがする話は、誓って与太話なんかじゃありません。証拠だってあります」
また唐突だな、と多々木は思った。だが導入で依頼人の真剣さみたいなものが大概わかる。この青年は切羽詰っている。
「安心して話してください。どんなことでも、けっこうです」
「オレ、過去からきたんです」
「ほう」と探偵は目を輝かす。「おもしろいですね。未来から、じゃなくて?」
「未来からメールがきて、世界線を移動し、いまオレがここにいるんです」
なるほど、これはおもしろそうだ。が、同時にもっさめんどくさそうでもある。
「証拠って、その未来からのメールですか。拝見しても?」
無言でスマホを寄越す青木。メールの文面を見た多々木は、目玉が飛び出すんじゃないかってほどに刮目した。
差出人の「チャンエー院ホウマ」は探偵がプライベートで使用しているハンドルネームだった。qメールのアカウントも彼自身のものだ。
「ちょっと失礼」
そう断って、多々木は自分のスマホをとり出しqahoo! にログインする。昨日3月31日の20時13分に青木からメールがきていた。
【青木です。元の世界線に戻りました。助けてください】との文面だった。
「昨日、ボクにメールをくれた?」
額の汗を拭い探偵は聞いた。丁寧な口調ももうヤメだ。
「はい。届いていましたか」
「申し訳ない……このメール・アカウントはプライベート用だが、つねにチェックしているわけじゃないんだ。見逃してしまった」
「まあ仕方ないです。おかげで、こちらの事務所の電話番号を必死に探しましたが」
「どうやって? うちは新聞に広告を出すような零細企業だ。ホームページすらない」
「その広告がオレの部屋にあったんです。偽札に混じって」




