50話
「今日からはあそこで寝泊まりしてもらいます」
緑田が指し示したのは、どこか古びた宿屋だった。
「十分すぎます。お仕事はいつからでしょうか?」
「明日の朝、ハミツの森へ魔物狩りに行くことになっていますので、一緒について来てもらいます」
「了解しました。ところで、武器の方は……」
「武器も含めて、魔物狩りに必要なものはあの中に揃っています。あの宿は全室借り切っていて、そのうちの一部屋を物置きとして使っているんです」
「ご主人様は、現在何人の奴隷を所有していらっしゃるのですか?」
「『アーサーさん』と呼んでください。ご主人様なんて呼ばれると体が痒くなるので。それと、奴隷は今のところ、六人ですね」
「おーい!」
その時、宿から出てきた男がこちらに向かって手を振っていた。
「彼は寮長のレッドシューズ。一見いい加減に見えますが、責任感が強く仲間思いな奴です。分からないことがあったら彼に聞いてください」
緑田は男に手を振り返しながら、そう言った。
◇
無精髭を生やした鋭い目つきの男が、ニヤリと笑いながら手を差し出してきた。
「新しいお仲間だね。俺の名前はレッドシューズ。よろしく」
「バウトです。よろしくお願いします」
バウトは少し戸惑いながらも手を差し出し、握手を交わした。ほのかに煙草の匂いが漂う。
「見た感じ、剣士かな? これは頼りになりそうだ」
一目で職業を言い当てられ、バウトはドキッとした。口調こそ軽いが、数々の修羅場を潜り抜けてきた男だとすぐに感づいた。
「ところでアーサーさん、ちょっとお願いがあるんスけど……」
手を離すなり、レッドシューズは緑田の方を向いて揉み手を始めた。
「金か?」
「さすがッスね! ちょっとばかり給料の前借りをお願いしたくて……」
「またか。顔を合わせればそればかりだな」
「頼みますよ。飲み代が思ったより嵩んじゃって……今日中に持ってくるって宿の女将に約束しちゃったんスよ。助けると思ってお願いしますよ」
どこか芝居がかった調子で腰を低くする。
「新しいお仲間の面倒も、ちゃんと見ますから」
「しょうがないな……いくら欲しいんだ?」
「銀貨三枚ほどいただければ……」
「『もらう』んじゃなくて『前借り』だからな?」
「分かってますよ。ありがとうございます!」
銀貨を受け取ると、レッドシューズは嬉しそうに頭を下げた。
「毎晩飲み歩くのはやめたらどうだ?」
「何言ってるんスか。俺は仕事終わりの一杯のために生きてるんですよ。それがなくなったら人生じゃないッス」
「人生が楽しそうで何よりだな」
「ありがとうございます!」
「あの、質問してもよろしいでしょうか?」
バウトは二人のやり取りの合間を縫って声をかけた。
「彼もアーサーさんの奴隷なんですよね?」
「そうですよ」
緑田が頷く。
「それなら、どうしてお酒を飲めるのですか? 普通の奴隷なら、酒など精々祭りの時にしか飲めないはずですが……」
「うちの大将は、そこらの連中とは違うんだよ。日払いで給料をくれるし、仕事が終われば自由にしていいっていう、神様みたいに心が広いお方なんだ」
「神様は言い過ぎだ」
「いやいや、俺は本気でそう思ってますから」
とても奴隷と主人の関係とは思えない砕けたやり取りを目の当たりにし、バウトはどうやら自分はとんでもない人物に買われてしまったらしい、と静かに確信した。
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