49話
重厚な石造りの街並みに溶け込むのは、かつて貴族の邸宅だったことを窺わせる優雅な洋館だ。
その入口には、街の景観になじむひっそりとした、しかし確かな存在感を放つ木製の看板が立てられている。
——『ザ・ハウス・オブ・バスカビル』
王都でも有数の奴隷商であるその館の中には、主人であるデルモンドが一部の隙もないスーツを着こなし、底知れない笑みを浮かべて立っていた。幼い子供なら見たら泣き出してしまうほどの威圧感を纏っている。
そして彼の前には、二十人ほどの老若男女が並んでいた。何の共通点もないように見える彼らだったが、ただ一点、その目から生気が抜け落ちていることだけは同じだった。
「この度、ご用意させていただいた奴隷で御座います。ご要望通り、性格を重視して集めさせていただきました。いかがでしょうか、アーサーさん」
名を呼ばれたアーサーこと緑田は、奴隷たちの前で緊張した面持ちを浮かべていた。ユウタが命を落としたあの事件以降、何十人もの奴隷を買い込んできたが、未だにこの光景には慣れない。心も身体も重くなるのを感じる。だが、逃げ出すわけにはいかなかった。
「その前に、まずは購入条件の確認をしたい」
「承知いたしました」
デルモンドは笑みを深めた。
「購入後、三日以内での返品は無料。その後、三ヶ月間の試用期間を経て正式なご購入となります。その時点でご購入に至らない場合は、お一人につき三十万ゴールドの使用料をお支払いいただき返品となります。なお、正式ご購入の際は手数料なしで最大二十四回の分割払いが可能です」
「よし」
緑田は深く頷いた。この購入システムは彼自身が考案したもので、この世界には前例のない仕組みだった。
一番最初にこの提案をした時のデルモンドの表情は、今でも忘れられない。最初は口をポカンと開けて固まっていたが、やがてクツクツと笑い出し、最後には蛇が獲物を見定めるような鋭い眼光を向けてきたのだった。
「それじゃあ頼むぞ、ベス」
緑田が声をかけると、傍らに座り込んでいた黒い大型犬は、深いため息をひとつ吐いてのっそりと立ち上がった。そのまま整列した奴隷たちの前に歩み出ると、クンクンと鼻を鳴らして一人ひとりの足を嗅ぎ始める。
この犬は、緑田が魔武器を探し回っていたある日、突然の夕立で雨宿りをしていた際、隣に寄り添ってきた野良犬だった。雨が上がった後も当たり前のように家までついてきて、そのまま居座ってしまったのだ。
だが、このベスには特殊な能力があった。それは『有能な奴隷を見つけ出す』という能力だ。過去にベスが選んだ奴隷はみな性格が良く、魔法使いとしての実力も高かった。そのことに気づいて以来、緑田は毎回ベスに選定を手伝わせている。
「……」
足を嗅がれて恥ずかしそうにする者、恐怖で身をすくめる者など反応は様々だったが、ベスは人間の都合などお構いなしに作業を続けた。そして最後の一人の前にたどり着くと、「バフッ」と短く吠えた。
「この人か……お名前は?」
「あ、バウトです」
答えたのは、小柄な体格をした中年男性だった。二十人の中で最も地味な見た目をしている。
「バウトさん、私が探しているのは戦闘用奴隷なのですが、大丈夫ですか?」
「はい。こう見えても幼少期から剣術を修めてまいりましたので、腕にはそれなりに自信がございます」
「分かりました」
緑田はデルモンドに向き直って代金と契約内容を確認し、サインを交わしてバウトを引き取った。
「またのご利用を心よりお待ちしております」
デルモンドに見送られ、店を後にする。しばらく歩いてからふと振り返ると、デルモンドはまだじっとこちらを見つめていた。
(こわ……)
親切丁寧でこちらの無茶な要望にも応えてくれる非常にありがたい存在だが、それ以上に底知れない不気味さを感じる男だった。
「どうかされましたか?」
不思議そうに尋ねてくるバウトに「なんでもない」と返す。
「正直に申し上げますと、私のような者を買い取ってくださる方などいないと思っておりました。ですが、後悔はさせません。必ずやお役に立ってみせます」
「ずいぶんとやる気ですね」
「ははっ、どうせ死ぬなら檻の中より戦場の中ですから。昔は戦いなど大嫌いだったのですがね、不思議なものです……」
バウトはどこか吹っ切れたように微笑んだ。
(……戦闘力300。今後の成長は見込めないが、一般成人男性の100という数値を大きく上回っている。性格も問題なさそうだし、良い買い物ができたかもしれないな)
緑田は、隣でドスドスと重い足音を立てて歩くベスの頭を感謝の気持ちを込めて撫でた。
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