48話 第三章完
静かな教会堂の中で、ユウタの告別式が始まった。
祭壇の前へと静かに運び込まれる木棺。参列者たちが一斉に起立し、低い声で聖歌を口ずさむ。神父が淡々と聖書の一節を読み上げ、魂の安息を願う短い説教が響いた。そうして全員が頭を垂れ、彼の魂が天国へと召されるよう祈りを捧げる。
緑田もまた参列者の一人としてその場に立っていたが、どこか他人ごとのような、現実感のなさを感じていた。
——だが、その感覚は長くは続かなかった。
郊外の墓地へと出発する直前、棺の小窓越しにユウタの死に顔を覗き込んだ瞬間、押し殺していた感情が一気に突き上げてきた。
冷たく動かない少年の顔。あまりにも理不尽で、どうしようもない現実に、今すぐここで暴れ出したいほどの激しい衝動が身体を駆け巡る。
(あの時、俺がもっと早く決断していれば……)
(どうして、こんなことになってしまったんだ……)
答えの出ない後悔と疑問がぐるぐると頭の中を渦巻き、視界が滲む。気づいた時にはすでに墓地での埋葬も終わり、土が被せられた後だった。
◇
あっけなく終わってしまった葬儀に、どこかぽっかりと穴が空いたような物足りなさを抱えたまま、緑田は宿のベッドに身を投げ出した。
どれくらいそうしていたろだろうか。部屋を訪れたデルモンドの使いに促され、デルモンドの店に行った。そこで用意されていたのは、生前ユウタが好物だったという料理の数々だった。
喉を通る気がしなかったが、料理はしっかりと美味しかった。
参加者たちがそれぞれの料理を十分に堪能し終えた頃合いを見計らい、上座に座っていたデルモンドが静かに椅子から立ち上がった。
「皆様、本日は我が社員ユウタの葬儀に参列いただき、誠にありがとうございました」
重々しい声が、静まり返った個室に響きわたる。
「ユウタの生まれは、決して幸福なものではありませんでした。三歳の時に両親が離婚し、どちらからも育児を放棄されました。やむなく遠い親戚の老婆に引き取られましたが、その庇護者もわずか五年でこの世を去ってしまいました。その後は救貧院をたらい回しにされ、巡り合わせで私の元へとやってきたのです」
デルモンドの視線が、目の前の料理の皿に落とされる。
「彼は非常に聡明で、よく気の利く少年でした。剣術の鍛錬にも、勉学にも熱心に取り組む努力家でした。そんな彼がこの世を去ったことは、経営者として、そして一人の人間として心痛の極みであります」
言葉を区切り、デルモンドは顔を上げて力強く宣言した。
「しかし、私は彼を誇りに思います。彼は、私が与えた護衛の役目を最後の最後まで全うしました。銃弾に肉体を貫かれながらも、一歩も引かずに敵を討ち取ったのです。彼の命がけの奮闘のおかげで、守るべきアーサーさんはこうして五体満足でここに生きています。何度でも言いましょう。彼は、私の誇りです」
参列者の間から、堪えきれずに小さくすすり泣く声が漏れた。
「ひとつ、聞いてもいいか?」
重苦しい沈黙を破り、緑田が顔を上げて声を張り上げた。
「どうぞ、アーサーさん」
「デルモンドさん……あなたにとって、ユウタはどんな存在だったんだ?」
デルモンドは答えに詰まったかのように、しばらくの間、じっと黙りこくった。やがて、遠い過去を思い出すような目で窓の外に視線を逸らし、ぽつりと口を開く。
「私には……妻も、子もいません。……ですが、彼は、私にとって息子のようなものだった気がしています。今、こうして失ってみて、振り返ってみれば、ですがね」
「そうか……」
緑田はそれ以上言葉を続けなかった。
ふと視線を落としたテーブルクロスの上に、ポタリと水滴が落ちる。それに釣られて自分の頬に触れると、それは自分の涙であることに気が付いた。
無意識の涙。
とめどなくあふれ続けるそれは、なぜか自分のものではないような気がした。それを拭い去る気にはなれなかった。
生きよう。
ユウタから貰った命。自分なりに精一杯、楽しく生きてみよう。
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