25話
「えっ……」
南野緑田は絶句した。
道の端に置いてあったまだ新しい自転車が、鞄の中へ「しゅぽっ」と一瞬で吸い込まれていったからだ。石や倒木などが収納できるのは想定外だったが、まさか自転車までとは、思いもしなかったのだ。
「すごっ……」
九千ゴールドで買った、魔道具『カエル鞄のストレージ』の性能は、緑田の予想を遥かに超えて優秀だった。
手で押し込む必要がない
鞄の中に手で入れるのだと思っていたが、実際は『収納』と心で念じた瞬間に勝手に吸い込まれた。
口のサイズより大きなものでも入る
鞄の開け口に入る大きさのものしか収納できないと予想していたが、それより圧倒的に大きな自転車がそのまま飲み込まれた。
重さが全く変わらない
収納した分だけ鞄が重くなると思っていたが、重さは何ひとつ変わらなかった。
「すご……すごい、すごすぎる……!!!」
緑田はその場に両膝を突き、カエルの顔がでかでかと刺繍された鞄をきつく抱きしめると、愛おしそうに頬ずりした。
あまりにも魔法だった。自分の想像を絶するほど優秀な、本物の魔法の鞄だったのだ。
「ありがとうぅうううううーーーーーーーーーーーーーーーー本当にありがとうぅうううううううううううううううううううううううううううううーーーーーーーーーあああ、ありがとうーーーーー!!」
緑田は目に涙を浮かべながら、何度も何度も感謝の言葉を呟いた。泥棒市を行き交う人々が、自分を冷ややかな白い目で見つめていることなど、今の彼には気づく余裕すらなかった。
「おい! なんだこれは! どうなってる!!」
突如響き渡った怒声に振り返ると、そこには制服を着た警察官が立っていた。
(やばっ……!)
緑田は息を飲んだ。今の自分にとって、世界で最も会いたくない存在——それが警察官だ。
「なんだ、ケバブ。何を騒いでるんだ?」
ケバブと呼ばれた警官のもとへ、もう一人の警官が歩み寄ってきた。腰の警棒に手をかけ、高圧的な視線で周囲を警戒している。
(頼む……どこか行ってくれ……!)
心臓が跳ね上がり、背中から一気に冷や汗が吹き出した。
あの夜以来、警察に追われて捕まる夢を何度も見てきたのだ。街で姿を見かけるたびに、必死で避けて歩いてきたというのに。
「おい! そこの浮浪者!」
「え……?」
「ここに置いていたワシの自転車が無くなっているのだ。お前、何か見なかったか?」
(ふ、浮浪者……?)
確かに着ている服は薄汚れているし、今は地面にそのまま座り込んでいる。それにしても、まさか自分がそんな風に見られているとは思いもしなかった。
だが、ここで怪しまれるわけにはいかない。
「そ、そういえばさっき、オジサンみたいな顔をしたオバサンが自転車で走っていくのを見ました」
「何だと貴様! それならなぜ止めなかった!!」
「落ち着けケバブ、その浮浪者を責めても仕方ないだろう。……で、そのオジサンみたいなオバサンとやらは、どっちへ行ったんだ?」
「あっちです」
緑田は咄嗟に、適当な路地の方角を指さした。
「くそったれがぁあああああ!!」
ケバブは叫ぶやいなや猛ダッシュで走り出し、もう一人の警官も呆れ顔でそれを追っていった。
「助かった……」
警官たちの背中が見えなくなると、緑田はほっと胸をなでおろした。心からの安堵と同時に、もう少しマシな服を買おうと固く心に決めたのだった。
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