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14話 -LAST-

 

 勇者が黒龍に挑んでから1か月の月日が経過した。



 我が「ゴールド&シルバームーン」は完全にテンスター国から撤退して、現在はライジング国で情報屋を営んでいる。


 今日は雲一つない晴天で風も気持ちいい。働いているのが馬鹿らしくなり店を休業日にした。


 こんな日は庭でバーベキューがしたかった。新しく購入した新居の広い庭には、来れるものが集まって好き勝手に食って飲んで大騒ぎしている。


 急遽店に連絡を取り最高の食材と最高の酒、それに音楽隊やマジシャンなどのパフォーマーも呼び寄せた。このあとは豪華景品が当たるビンゴ大会をする予定だ。


 その甲斐あってとても賑わっている。


 なんだかんだいっても日々の仕事と、新しい土地に疲れていたのかもしれない、芝生で昼寝をしている仲間やその家族もいるし、走り回っている犬もいる。


 温かい日差しの下で椅子にもたれかかり、果実酒を飲みながらその光景を見ているだけで幸せな気持ちになった。



 さて、


 分かっていた通り勇者は黒龍に完敗した


 幸いというべきなのか黒龍の一撃を受けてすぐに、勇者パーティーが命の危機に瀕しているという連絡がテンスター国に伝わった


 彼らは全員「レス」という魔道具を所持している。この魔道具は所持者が命の危機に瀕した場合に「キュー」という魔道具に伝わり、遠く離れていても大音量を発して知らせるという仕組みになっている


 救助隊は、即座に行動を開始した


 不安視されていた黒龍にも道中会うこともなく、途中で遭遇するモンスターを排除しながらなんとか無事に勇者一行の元にたどり着いた


 そこには見るも無残な光景があった


 黒龍の黒い炎が全身を焼き尽くし4人とも瀕死の状態だった


 全身が黒く焼けただれ、地面を這いつくばいながらも、何とか生きていた彼らを見つけた救助隊はすぐさま回復魔法や回復薬を使用した。しかしそれは何の効果も生まなかった


 黒龍の使う黒炎は通常の火魔法とは全く異なる。黒い炎には黒魔法の呪いの力が混濁されていて、治癒の働きを阻害する。


 ただ治癒するのが不可能というわけではない


 その1つが神薬エリクサー


 最終手段として国宝の秘薬を惜しげもなく使った結果、呪いが解け、完全とは言えないが、彼らは再び生活ができるまでに回復した。


 問題はその後、発覚した


 聖剣が見つからない


 全員の特殊スキルが消失していた


 これはテンスター国を揺るがす大問題である。


 勇者は国の軍事力の中核を担う存在であり、また、象徴でもある。他国にテンスター国の力を見せつけるのに「聖剣を持つ勇者」という存在は無くてはならないものなのだ。


 これを失ったことが知られれば、敵対する国や、今まで軍事力で抑え込んできた他の国々が、テンスター国に対する不満や圧力を露わにし、場合によっては団結し、敵対行動することが考えられるからだ。


 激怒したのは国王


「何のためにその傲慢な態度を見過ごしてやってきたと思ってるんだ!!何の力もない愚か者なんぞこの国にはいらん!!!」


 そこにはチャンの自分を見下していた過去の態度と勇者を失ったという焦り、それに加えて数多くのエリクサーを使ってしまったという後悔もあった。


 結局、勇者チャンは国王とその王妃、王女を侮辱した罪として国外追放処分になった。


 聖剣を失い、能力を失い、国を失った勇者チャン。


 そんなチャンに対してもはやこれ以上の攻撃を仕掛ける気にはならなかった




 それよりもある気持ちが湧き上がってきた



 感謝



 仲間たちに対する感謝


 もし自分一人であれば勇者チャンを殺していただろう


 殺す計画は完全に出来上がっていた。


 特殊スキル「全面開示」の力によってチャンが、バトルミツバチの毒に対して苛烈なアレルギーを持っていることを知っていた。


 バトルミツバチはこの世界のなかでも強力な力を持つモンスター。


 その蜜はこの世で最も美味な甘味として知られているが毒針は強力で、ドラゴンであってもその巣を見つけたら逃げ出すと言われているほどだ。


 毒が僅か1ccでも彼の体内に入ると、すぐさま血圧低下、呼吸困難、意識喪失を引き起こし数分であっという間に死ぬはずだった


 彼が最近雇い入れた家政婦は、彼が先日クビにした家政婦と幼いころから苦労を共にしてきた、無二の親友であった。


 求愛に頷かなかったことを逆恨みして親友をクビにしたチャンに対して、恨みと軽蔑の気持ちを持っていた。


 だからチャンに毒を含ませるのは簡単なことだった



 けれども結局この計画を実行しなくて済んだ


 人を殺さなくて済んだ


 結局のところ南野みなみの 緑田りょくたは人を殺すことが好きではない。


 生きていくためには、仲間を守るためには躊躇すべきでないとわかっている。だが、長く日本で生きてきた彼にはあまりにも重い行為。


 仲間たちはそれを分かっていた


 彼らは自分たちをどん底から救い出し手を差し出してくれた緑田の事を良く見ていたし、力になりたい、恩返ししたいと思っていた。大切な存在だと思っているのだ。


 そんな大切が緑田笑わなくなってしまった。いつもの緑田ではなくなってしまった。悲しかった、つらかった。


 だから皆で話し合い計画を立てた。


 緑田に無断で山頂にある山小屋に勇者を誘いこみ罠へと嵌めた。目的は勇者に屈辱を味合わせ緑田の怒りを鎮めることにあった。


 糞尿の罠を選んだのは肉体的なダメージは無いが精神的に最もつらい罠であるから。そして思いがけず聖剣も手に入った


 それによって怒りが収まった緑田は作戦の中断を決断した


 獣人少女リフアが風呂場で彼の背中をこする力がいつもより強かったのも、汚れがしっかり落ちれば気分がすっきりすると思っての事で、彼女が自分なりに考えた行動であった。


 皆、どれほど嬉しかっただろう。


 大切な人がいつもの姿が戻ってきた。馬鹿話が大好きな緑田が戻ってきた。


 それがとても嬉しかった。




 あの時はこれらに気づけなかったが、時間が経ち改めて振り返ってみると、仲間の優しさが分かり涙が出そうなほど嬉しかった。


 大切なものをこの異世界で手に入れていた。



 今振り返って考えると勇者チャンと同じく自分も力を得て傲慢になっていたのかもしれないと思う。


「全面開示」の力で何でも知ることができ、強力な力を持った配下を数多く持ち、使い切れないほどの金を得て、知らず知らずのうちに天狗になっていたのかもしれない


 自分にとって一番重要なことはこの世界を楽しく生きる事



 今回の自分の行為はそれに反することだった。出る杭は打たれるということわざがあるように、目立つことは危険を伴うことだ。それはわかってはいたつもりだった。


 気を付けているつもりだった。だが止められなかった。感情をコントロールすることが出来なくなっていた。


 そんな自分に気が付けてよかった。



 もしかしたらチャンにも感謝すべきなのかもしれない。


 あのままでは彼のようになっていたのかもしれない。


 他人事じゃないんだ。大きすぎる力は、変えてはいけないものが変わってしまっていることに、気が付くことができなくなってしまうんだ。


 何が一番大切なのかを仲間が気が付かせてくれた。


 楽しく生きよう。みんなで楽しく生きるんだ。力も金も何もかもそのための道具でしかない。プライドや傲慢さでこの手の中にある幸せを握りつぶしてはいけないんだ。


 それに気づいてからの彼は寝る前に手を合わせ祈る。この世界に連れてきてくれた神に対する感謝と、仲間たちへの感謝。


 勇者チャンを殺していたらこんな気持ちにはなれなかっただろう


 仲間たちが救ってくれた。助けられた。


 この事件のおかげだ。道を踏み外さずに済んだ。仲間たちの気持ちに気づくことが出来た。幸せだと知ることが出来た。



 だから緑田は今日もぐっすり眠れる


 だから緑田は馬鹿話で大笑いできる


 だから緑田は自信をもってこう言える



「ボスー!こっち来てくださいよ。このマジシャン、すげーんですぜ。何回見てもトリックが分かんないんですわ」


「いや、緑田じゃ絶対に無理だって!」


「いえ、0.01%くらいは見破れる可能性があるかと・・」



「何バカなこと言ってるリフア、サロメ!ちょっと待ってろ絶対一発で見破ってやるからな!」





 結構良いよ。異世界!





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