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天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第四章 坂本城改革

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第42話 父を見る家臣たち


 五日目、俺は信忠を村へ連れて行った。

 訴えを聞くためだ。

 供は、十人に絞った。

「城介様。三百は、置いてまいります」

「なぜだ」

「村の者が、話さぬゆえにございます」

 信忠は、少し不服そうだった。

 だが、俺は譲らなかった。

 村に着くと、案の定、村人は震え上がった。

 十人でも、多かったらしい。

 俺は、五人を離れた場所に待たせた。

 そして、信忠と、利三と、書き役の三人だけで、村の寺に入った。

 訴えている二つの村の年寄りが、来た。

 最初、彼らは何も話さなかった。

 当然だ。織田家の当主が座っている。

 俺は、いつも通りにやった。

 まず、茶を出す。それから、相手が話し始めるまで待つ。

 半刻、待った。

 信忠が、途中で身じろぎした。

「日向守」

「お待ちくださいませ」

 俺は、小声で言った。

 さらに、四半刻。

 やがて、片方の年寄りが、ぽつりと言った。

「田の境が、動いており申す」


    ◇


 話は、一刻半かかった。

 複雑だった。

 二十年前の洪水で、川の流れが変わった。それで田の境が曖昧になった。

 当時、両方の村が話し合って、新しい境を決めた。

 だが、その取り決めを書いたものが、ない。

 当時の当事者は、片方の村では既に全員死んでいる。もう片方には、一人だけ生きている。

 その一人が、「境はこうだった」と言う。

 もう片方は、「そんなことは聞いていない」と言う。

 俺は、書き役に全部書かせた。

 信忠も、書いていた。

 城に戻る道すがら、信忠が言った。

「日向守」

「は」

「あれは、どちらが正しい」

「分かりませぬ」

 俺は、正直に言った。

「分からぬのか」

「はい。書いたものがございませぬゆえ」

「ならば、どう裁く」

 俺は、少し考えた。

「城介様。ひとつ、伺ってもよろしゅうございますか」

「申せ」

「あの二つの村は、この先も隣り合うております」

「そうだな」

「百年後も、隣り合うております」

 俺は、続けた。

「ならば、どちらかを勝たせるのが、良い裁きでございましょうか」

 信忠は、しばらく黙っていた。

 そして、言った。

「負けたほうが、恨む」

「はい」

「恨めば、また争う」

「さようにございます」

 信忠は、馬の上で考えていた。

 やがて、言った。

「両方が、少しずつ損をする裁きはあるか」

 俺は、この男を見た。

 (――出た)

「ございます」

 俺は言った。

「そして、それがいちばん難しゅうございます」


    ◇


 城に戻ってから、俺は信忠に案を出させた。

 これも、時間がかかった。

 信忠は、何度も「日向守はどうする」と聞きたがった。

 俺は、答えなかった。

 三日目、信忠が案を持ってきた。

「日向守。これでどうか」

 俺は、読んだ。

 案は、こうだった。

 ――境を、両村の主張の中間に引く。

 ――ただし、それだけでは両方が不満を持つ。

 ――ゆえに、境の土地を「共の田」とする。両村が共同で耕し、収穫を折半する。

 ――そして、この取り決めを紙に書き、両村と城で三通持つ。

 俺は、読み終えて、しばらく黙っていた。

「どうだ」

 信忠が、少し不安そうに言った。

「城介様」

「うむ」

「これは、良い案にございます」

 信忠の顔が、動いた。

「特に、三つ目が」

 俺は、書付を指した。

「共の田にすれば、両村は共に働かねばなりませぬ。共に働けば、争いにくうなりまする」

 俺は、続けた。

「そして四つ目。三通に分けて持つのは、まことに良い」

 信忠は、少し赤くなった。

 そして、言った。

「四つ目は、そなたの真似だ」

「は」

「そなたが、国衆に書付を配っておると聞いた」

 俺は、頭を下げた。

「よく調べておられます」

「父上が、そなたのやり方を見てこいと仰せられた」

 俺は、顔を上げた。

「上様が」

「うむ」

 信忠は、書付を置いた。

「『日向守のやり方を、盗んでこい』と」


    ◇


 その夜、俺は一人で考えていた。

 (――盗んでこい、か)

 信長は、信忠をただ預けたのではない。

 目的を持たせている。

 (――だが)

 俺は、書付を見た。

 問題は、そこではない。

 信忠は今日、自分で案を出した。

 良い案だった。しかも、俺のやり方を取り入れつつ、自分の工夫を加えていた。

 ――能力は、ある。

 この男は、無能ではない。

 では、なぜ「独自判断二十二」なのか。

 俺は、答えを探した。

 そして、思い当たった。

 (――案は出せる。だが、決められない)

 案を出すことと、決めることは、違う。

 案は、間違っていても「案でしたから」で済む。

 決めれば、責任が生じる。

 この男は、決める練習をしたことがない。


    ◇


 翌朝、俺は信忠に言った。

「城介様。あの案を、実行なさいますか」

 信忠が、顔を上げた。

「実行、とは」

「村へ行って、両村の年寄りに、そう申し渡すのでございます」

 信忠の動きが、止まった。

「わしがか」

「はい」

「日向守の領であろう」

「さようにございます」

「ならば、日向守が」

「城介様」

 俺は、言葉を遮った。

「これは、城介様のお案にございます」

 信忠は、しばらく黙っていた。

 そして、言った。

「もし、うまくいかなんだら」

 俺は、答えた。

「そのときは、それがしが責を負いまする」

 信忠が、顔を上げた。

「なぜだ」

「それがしの領にございますゆえ」

「城介様に案を出させたのは、それがしにございます。それを用いると決めたのも、それがしにございます」

 俺は、頭を下げた。

「ゆえに、責はそれがしにございます」


    ◇


 信忠は、その日、村へ行った。

 俺は、同行した。

 だが、一言も喋らなかった。

 信忠が、年寄りたちに案を説明した。

 声が、少し震えていた。

 最初、年寄りたちは戸惑っていた。

 当然だ。この若い男が誰か、彼らはよく分かっていない。

 だが、案の中身が説明されるにつれて、顔つきが変わった。

「共の田、と申されますか」

「うむ」

「収穫は、折半で」

「そうだ」

 年寄りたちは、顔を見合わせた。

 そして、片方が言った。

「お待ちくだされ。共に耕すとなれば、いつ誰が出るかを決めねば」

 信忠が、動きを止めた。

 俺は、口を出さなかった。

 信忠は、しばらく考えた。

 そして、言った。

「それは、両村で決めよ」

 年寄りが、目を瞬いた。

「われらで、でございますか」

「うむ」

 信忠は、続けた。

「わしが決めても、実際に耕すのはそなたらだ。都合はそなたらが知っておる」

 俺は、後ろで息を呑んだ。

「ただし」

 信忠は、言った。

「決めたことは、書け。そして、城に一通出せ」


    ◇


 帰り道、俺は信忠に言った。

「城介様」

「うむ」

「見事にございました」

 信忠は、馬の上で前を向いたまま言った。

「日向守」

「は」

「手が、震えておった」

 俺は、少し笑った。

「存じております」

「見えておったか」

「はい」

 信忠は、しばらく黙っていた。

 そして、こう言った。

「父上なら、震えぬ」

 俺は、その言葉を聞いた。

 そして、答えた。

「上様は、震えぬのではございませぬ」

 信忠が、こちらを見た。

「どういうことだ」

「上様は、震える前に決めておられます」

 俺は言った。

「速すぎて、震える暇がないのでございます」

 信忠は、しばらく考えていた。

 やがて、言った。

「それは、良いことか」

 俺は、答えを選んだ。

 そして、正直に言った。

「速いのは、良いことにございます」

「うむ」

「されど、震えるのも、悪いことではございませぬ」

 俺は、続けた。

「震えるのは、その決めが人に及ぶと分かっておられるゆえにございます」

 信忠は、前を向いたまま、何も言わなかった。

 だが、しばらくして、こう言った。

「日向守」

「は」

「今日のことは、書かぬ」

 俺は、顔を上げた。

「覚えておるゆえ」


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