表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天才創業者・織田信長の下で潰れる前に、本能寺が起きない組織を作ります~MBAホルダー明智光秀の事業承継計画  作者: 東雲 諒杏
第四章 坂本城改革

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/46

第32話 明智家業務分掌表


 翌日、利三は本当に四枚を三十二部書き上げた。

 一晩でだ。

 俺は、その束を見て絶句した。

「――利三。寝たか」

「寝ており申さぬ」

「なぜだ」

「殿が、明日配ると仰せられたゆえ」

 俺は、額を押さえた。

 (――これだ)

 この男は、文句を言いながら、命じられたことを完璧に、しかも最速でやる。

 だから俺は、この男に頼りすぎる。

 そして、この男は倒れるまで言わない。

「利三」

「は」

「今夜は、寝ろ」

「――は?」

「命令だ」

 利三は、心底わけが分からんという顔をした。


    ◇


 三日後、修正が集まった。

 思った以上に多かった。

 ――「これは、それがしの仕事ではござらぬ」が、十一件。

 ――「書いてある通りではござらぬ」が、二十三件。

 ――「これも書いてほしい」が、四十件近く。

 俺は、その修正を全部拾って、書き直させた。

 二度目の版は、六枚になった。

 そして、その頃には、家中の空気が少し変わっていた。

「殿」

 ある若い家臣が、書付を持ってきた。

「これを見て、気づいたことがござる」

「言え」

「――それがしの仕事の中に、『蔵の鍵を開ける』というのがござる」

「うむ」

「これは、朝と夕、二度でござる。されど、鍵を開けるのに、それがしがおらねばならぬ理由が、ござらぬ」

 俺は、顔を上げた。

「――どういうことだ」

「鍵は、それがしの父の代から、それがしの家が預かっておりまする」

 若い家臣は、少し赤くなった。

「されど、なにゆえそうなったかを、それがしは存じませぬ」

 俺は、その書付を見た。

 (――出た)

 これが、俺の欲しかったものだ。

「――誰か、理由を知っている者はおるか」

 俺は、家中に問うた。

 三日待った。

 誰も、知らなかった。


    ◇


 結局、蔵の鍵の話は、こういうことだった。

 十五年ほど前、明智家がまだ小さかった頃。

 当時、蔵は一つしかなく、その隣にその家の屋敷があった。だから、その家が鍵を預かった。

 ――ただ、それだけだ。

 今、蔵は五つある。屋敷の位置も変わっている。

 だが鍵は、いまだにその家が預かっている。

 そのために、朝夕、その男は蔵まで歩いてくる。

「――利三。これは、いくつあると思う」

「なんでござる」

「『昔はそうだった』というだけで続いている仕事だ」

 利三は、書付を睨んだ。

 そして、渋い顔をした。

「――数え切れぬかと」

 俺は、頷いた。

 前世でも、同じだった。

 毎月作っている報告書。誰も読んでいない。だが誰も止めない。

 「昔、役員が見たいと言ったから」という理由で、十年続いている。

 その役員は、五年前に退職している。


    ◇


 俺は、新しい決まりを作った。

 ――仕事には、理由を書く。

「殿。理由、でござるか」

「そうだ」

 俺は、書付の様式を変えた。

 項目ごとに、三つの欄を作った。

 ――何をするか。

 ――誰がするか。

 ――なぜするか。

 少し考えて、四つ目を足した。

 ――この者が明日おらぬとき、代わりに誰がするか。三名を書くこと。

「殿。三名も、でござるか」

「三名だ」

「――一名では、いけませぬので」

「一名だと、その者も同じ日に倒れることがある」

 俺は言った。

「それに、一名しか書けぬ役目は、そもそも危うい。三名書けと言われて書けぬなら、その役目は、家中の穴だ」

 利三は、しばらく書付を睨んでいた。

「――殿。それがしの欄は、三名書けませなんだ」

「何名書けた」

「――〇にござる」

 俺は、額を押さえた。

「利三。それは、まずい」

「まずうござる」

「――で、いつやりますので」

 利三が、げんなりした顔で言った。

「それは、それがしの台詞にござる」

 三つ目が、肝だ。

「利三。この『なぜ』が書けぬ仕事は、疑わしい」

「――やめるので」

「すぐにはやめぬ」

 俺は言った。

「まず、『なぜ』を探す。探して見つからなければ、そのときやめる」

 俺は、続けた。

「大事なのは、順だ。先にやめると、必ず何かが壊れる」

 これは、前世の教訓だった。

 無駄に見えるルールを廃止したら、実は重要な機能があった、という失敗を、俺は何度も見た。

 ――そのルールが存在する理由が、誰にも見えていなかっただけだ。


    ◇


 二月かけて、俺たちは二百七十の項目に「なぜ」を書いていった。

 結果は、こうだ。

 ――理由が明確なもの。百八十一。

 ――理由が見つかったが、既に消えているもの。四十三。

 ――理由がまったく分からないもの。四十六。

 俺は、この数字を見て唸った。

 三割が、理由不明か、理由消滅だ。

「利三。この八十九を、どうする」

「――やめまするか」

「一気にはやめぬ」

 俺は言った。

「三月、止めてみる」

「――止める、と」

「そうだ。廃止ではない。止めるだけだ」

 利三が、腑に落ちぬ顔をした。

「殿。ならば、先に調べてはいかがでござる。八十九の一つずつ、なにゆえそうなったかを、古い者に聞いて回れば」

「聞いて回るのに、幾日かかる」

 利三は、少し考えた。

「――二月ほどかと」

「そして、聞いて回っても、たぶん半分は分からぬ」

「……さようで」

「利三。三つ、道がある」

 俺は、指を三本立てた。

「一つ。調べる。確かだが、遅い。そして調べた頃には、調べる金と時が消えておる」

「二つ。えいやで全部やめる。速い。だが、外れれば家が止まる」

「三つ。小さく止めてみる。八十九のうち、まず十だけ止める。三月見て、何が起きるかを見る」

 利三は、しばらく黙っていた。

「殿。それは、どれがいちばん良うござる」

「場合による」

 俺は言った。

「調べる値打ちがあるのは、間違えたら取り返しがつかぬときだ。兵を出すか出さぬかは、調べる。だが、掃除を止めるかどうかは――」

「――止めてみればよい、と」

「そうだ」

 俺は、書付を叩いた。

「利三。人は、調べることを『慎重』と呼ぶ。だが、調べておる間も、日は過ぎておる。慎重に見えて、いちばん高くつくことがある」

 利三は、渋い顔をした。

「――で、いつやりますので」

「明日からだ」

「やはり」

 俺は、紙に書いた。

「三月止めて、何も困らなければ、廃止する。困ったら、戻す」

 利三が、なるほど、という顔をした。

「――やめて良いかどうかを、試すので」

「そうだ」

 俺は言った。

「議論しても分からぬ。やってみれば分かる」


    ◇


 この「三月の試し」は、面白い結果を生んだ。

 八十九のうち、六十七は、止めても何も起きなかった。

 だが、二十二は、問題が出た。

 特に驚いたのは、「毎朝、門の前を掃く」という仕事だった。

 これを止めた三日後、家中で妙な諍いが増えた。

 最初、俺には理由が分からなかった。

 調べさせると、こういうことだった。

 ――毎朝の掃除は、下働きの者たちが顔を合わせる場だった。

 そこで、その日の段取りが自然に話されていた。誰が何をするか、何が足りないか。

 掃除を止めたら、その場がなくなった。

 結果、段取りが伝わらなくなり、行き違いが増えた。

 俺は、その報告を聞いて、頭を抱えた。

「――利三。掃除を戻せ」

「は」

「そして、書き足せ」

 俺は、筆を取った。

 ――門前の掃除。なぜ:下働きの者が顔を合わせ、その日の段取りを話し合う場を作るため。

 利三が、書付を覗き込んだ。

「殿。これは……掃除の理由でござるか」

「そうだ」

「――掃除は、汚れを取るためでは」

「それもある」

 俺は言った。

「だが、この家では、掃除の本当の役目はそこではなかった」

 俺は、筆を置いた。

「――仕事には、書かれていない役目がある」


    ◇


 この発見は、大きかった。

 俺は、家中に向けて、こう言った。

「無駄に見えるものを、無駄と決めつけるな」

 俺は続けた。

「無駄に見えるのは、役目が見えていないからかもしれぬ」

 そして、最後にこう付け加えた。

「――だから、止めてから決める」


    ◇


 九月。

 『明智家、役目書』が完成した。

 全十二枚。項目は、二百三で確定した。

 二百七十から、六十七が消えた。

 そして、新しく十六が増えた。

 増えたもののうち、いちばん重要なのは、これだった。

 ――荷が坂本を出てから丹波に着くまでを、通して見る役。

 この役に、俺は若い家臣を一人、充てた。

 名を、三沢(みさわ)という。二十四になる男だ。

 三沢は、最初、この役目を嫌がった。

「殿。それがしは、槍を取りとうござる」

 当然の反応だった。

 この時代、武士の出世は戦功で決まる。荷の管理は、手柄にならない。

 俺は、この男に言った。

「三沢。おぬしがこの役をきちんと果たせば、丹波で兵糧が切れることはなくなる」

「――は」

「兵糧が切れねば、兵は死なぬ」

 俺は言った。

「おぬしが救う兵の数は、槍で取る首より多い」

 三沢は、しばらく黙っていた。

 そして、こう言った。

「――殿。それは、誰にも見え申さぬ」

 俺は、動きを止めた。

 (――そうだ)

 この男の言う通りだ。

 防いだ事故は、記録に残らない。

 起きなかった飢えは、誰にも見えない。

 前世でも同じだった。障害を未然に防いだ技術者は、評価されない。障害を起こして徹夜で直した者が、英雄になる。

 俺は、しばらく考えた。

 そして、言った。

「――三沢。ならば、見えるようにする」

「――は?」

 俺は、筆を取った。

「毎月、書け。荷が何日で着いたか。遅れたか。遅れたなら、どこで遅れたか」

「……」

「そして、それを家中に配る」

 俺は、三沢を見た。

「一年経てば、数が並ぶ。数が並べば、良くなったかどうかが見える」

 三沢の目が、少し動いた。

「――良うならなんだら」

「そのときは、おぬしの落ち度だ」

 俺は言った。

「だが、良くなれば、それはおぬしの手柄だ」

 三沢は、しばらく黙っていた。

 そして、深く頭を下げた。

「――やり申す」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ